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第十四話「奪還開始」

龍を宿す者たちの英雄譚

第十四話「奪還開始」






 ブランシュエクレールの王宮には、地下牢がある。陽の光はほとんど入らない。旧時代に使用されたモノだが、今はほとんど使われていない。そんな地下、暗い廊下に足音が響く。

 茶髪の頭髪。メガネをかけた女性が廊下を歩んでいく。身なりは給仕服。ここの侍女であることが伺えた。

 女性の名はゾエ。すでに暗闇に慣れているのか、はたまた夜目が人一倍効くのか、暗闇の中を灯りもなしに歩いていた。ゾエは一室の前で立ち止まり中に入った。

「ムライ殿もお気の毒に」

 ゾエの言葉に暗闇が蠢く。否、人が動く。人数は二人、一人は銀の髪に黄金の瞳。二人目は茶色の頭髪に尖った耳、焦茶色の瞳。両者ともに痣と血にまみれていた。両手は鎖に繋がれ、地面につま先が辛うじてつくように吊るされている。

 ゾエの言葉に返事をする気力もないのか、荒い息と目線だけを動かすだけだ。その様子がつまらないのか、ゾエは鼻で息を吐く。

「どうだいお前?」

 扉付近で横になっていた男が首を振る。

「好きに出来るのだから、抱かせてくれればいいのに。こんな上玉そうそうお目にかかれないんだぞ」

「どうせ死ぬのだから。意味のないことでしょうに」

 ゾエはポケットの中から赤い石を取り出す。

「欲情に身を委ねてもいいのよ? マナ出血毒にかかりたいのならね」

「怖い女だ――特に情報はないぞ」

「そうよ。私は怖い女。だから歯向かう存在、目障りな存在は許さないわ。聞いているのでしょう? マリアンヌ」

 ゾエが扉を開けるとマリアンヌとその背後に男が一人。男の手には剣とマリアンヌの杖。

 ゾエの素行を調査していたマリアンヌは、彼女が地下に足繁く通っているのに、気づいたのだ。そうして追跡したものの、逆手に取られてつかまってしまったのであった。

「まあ、魔法を使ってくれてもいいんだけど。マナに伝播しちゃうのだけど?」

 マリアンヌは悔しそうに歯噛みする。対するゾエは余裕の表情。挑発するようにマリアンヌの顎に手を添えて、上に向かせた。

「こいつはいい女だ。抱かせろ」

 マリアンヌの首筋に舌を這わせようとするが、ゾエの睨みで男はそれをやめる。

「男って本当に馬鹿ね。それしか頭がないのかしら?」

 ゾエはマリアンヌがすでにマナ出血毒にかかっていることを知っている。

「霊石を持っていても、粘膜接触は危険なんだから」

「こんな部屋で閉じ込められているのだから、性欲が抑えられないのもしかたないでしょうよ! こっちの身にもなれってんだ」

「隣の部屋にいる羊で我慢しな」

 男たちは渋々諦めた

 男二人はゾエの指示に従う。マリアンヌの服を剥ぎ取り、鎖で繋いで吊るし上げた。

 マリアンヌはせめてもと、口を開く。

「私がいなくなれば、政が滞るわよ! パッセ侯爵はこのことを知っているの?」

「あの豚は知らないわ。あの男も私の手のひら」

 ゾエは手のひらをひらひらと動かす。

 マリアンヌは絶句する。そしてレーヌとカトリーヌも顔を青ざめた。

「私はね。あの女、アデライドに復讐したいだけよ。それ以外に興味なんてないわ」

「なっ。国がどうなってもいいというの?」

「そうよ。あの女が愛したモノ全てを壊してやる。それが私の目的。まあ、今更知ったところで貴方達に為す術はないわ」

 マリアンヌはすかさず「どういうことよ」と聞く。ゾエは笑う。心底面白可笑しいのか、大声で笑った。

 暗闇の中ゾエは狂気に顔を歪める。

「マナ出血毒よ」

「平均濃度が――」

「ドラゴンライダーがいるじゃない」

 マリアンヌは今度こそ顔を青ざめさせる。






 石垣で作られた土台の上に、瓦の屋根の屋敷があった。ブランシュエクレール唯一の武家サナダの屋敷である。

 サナダ領は山間にあり、山肌を開拓した棚田を用いた稲の収穫が盛んであった。故に、屋敷から棚田を臨むことが出来る。

 棚田を臨みながらシャルロットたちは、今後の事を話し合っていた。その中でフェルナンドが手に入れた話に全員が固唾を呑んで耳を傾ける。

 アデライドの毒殺の事。そしてそれに商人が関わったこと。フェルナンドが集めた話を聞かされていた。

「――ということで、ゾエがマナ出血毒を持ち込んだのは間違いない」

 全員の視線がシャルロットに向く。当のシャルロット本人は心ここにあらずと言った様子で呆然自失しかけていた。

 彼女は三重の衝撃を受けていたのである。母の死が仕組まれたものであったこと、それを行ったのが信頼していた侍女が行ったこと、そしてそのマナ出血毒が、今自国にばら撒かれようとしているという事態。それらが彼女の精神を追い詰めていく。

 側にいたソラの袖口を摘んで、虚ろな瞳を彷徨わせる。言葉を紡ごうと口を開いてみるものの、言葉にならない声が出て、閉口した。

 その場にいる全員が意気消沈する。ただ一人を除いて。

「陛下、お辛いでしょうが今しばらく辛抱、願います」

 ソラの言葉に、シャルロットは弱々しく頷く。

「ヤリノスケさん」

「あ、ああ。……ああ、そうだな」

 白髪の老人サナダ領の領主であるヤリノスケ・サナダも、強い衝撃を受けていた。

「話をまとめます」

 ソラの視線を受け取ったカエデが口を開く。

「残された時間は二日」

 カエデは隣にいるシルヴェストルを小突き促す。

「俺たちは少しでも魔力に慣れる」

 ジンが頷いてから口を開いた。

「パッセ侯爵の手勢はアソー子爵への牽制に動いている」

 ジンに指差されアランが頷く。

「俺たちは王都に乗り込む」

 フェルナンドがリーゼントを撫でる。

「俺とリリアナは陽動のために、今日にでも動く」

 ゲルマンは頷きながら口を開く。

「王都にいるのはパスト公爵の私兵とドラゴンライダー三騎」

「そいつらを倒し、パッセ侯爵を討ち取る」

 最後はジョセフ。彼は拳を振りかぶって戦う姿勢を見せる。

「問題はマルコ――山高帽の男ですね」

 マルコの事は海上都市で仕入れた情報である。少しだけ気を取り直したシャルロットは口を開く。

「ソラより強いって言っていたわね? でも貴方、ドラッヘングリーガーだから余裕じゃないの?」

 ソラは目を瞬かせる。

「どら、どらっへんぐりいがあ?」

「知らないの?」

 目つきの悪い少年は頷く。そして怪訝な顔になるが、周囲はその顔に威圧された。

「龍ノ峰島にそういう戦士がいるって話があるのよ」

 ソラは顎に手を当てながら「なるほど」と呟いた後に、両手で箱を作って横に置く素振りを見せた。

「今は横に置いておきましょう」

 これからの事、王都に行ってからの事を話しあわねばならないのだ。

「あの状態にずっとなれないの?」

「無理ですね。長時間あの状態になると寝込みます」

 シャルロットは唸る。自身も霊剣で同じような状態になったので、その危険性を理解していた。絶大な力だからこそ、使いどきを間違えれば全て返ってくる可能性があるのだ。

「ドラゴンライダー三騎、相手に出来る?」

「やってみます」

 カエデが立ち上がった。

「待ってください陛下。もしかして彼だけにやらせるのですか?」

「ソラ以外に出来るの?」

 カエデは首をふる。

「違います。そういう意味ではなく、我々全員で相手したほうが早いのでは?」

「俺もそう思うぞ」

 カエデの言葉にジンが頷く。

「万が一、ソラが倒れたらまずいんじゃないか?」

 シルヴェストルは付け加える。

 シャルロットはソラに視線を向けた。対する目つきの悪い少年は、肩をすくめて「やってみないとわかりません」とだけである。

「どちらにせよ足手まといになるだけでしょう。それより本丸を落とすべきです」

 ゲルマンがカエデたちの提案を下す。その言葉に彼らも「そうか」と苦々しく頷く。

「では、厳しいでしょうが頼みます」

 シルヴェストルの言葉にソラは頷く。

「しかし、問題はシャルリーヌ様をどうするかだ」

 ゲルマンの話にシャルロットは顔色を暗くした。

「パッセ侯爵が諸悪の根源、シャルリーヌは利用されているんですよーって、噂はそれなりにばらまいているから、侯爵を討ち取ればなんとかなるんじゃないか?」

「え?」

 褐色の商人はリーゼントを撫でながら、もう一度同じことを告げる。

「な、なんで?」

「なんであれ、下準備しておかないとね。もちろん疑う奴はいるだろうが、陛下の妹様を救えるようにはしておくべきでしょうよ」

 フェルナンドとリリアナは、合流する道すがら。噂や偽情報を流し続けていたのだ。

「これで――あの時、助けられなかったことへの、償いになるとは思わんがな」

 フェルナンドが言っているのは、最初に襲われた時の話である。彼は相手に脅されシャルロットを見捨てようとしたのだ。

「ああ、そういえば。貴方もゴーレムっぽいのに変身できるそうね?」

 フェルナンドは畳にリーゼントの先を押し当てる。オレンジの髪は形が大きく崩れた。

「面目次第もありません」

 立ち上がろうとしたシャルロットをソラが制する。

「陛下、そこまでで。あの時、フェルナンドさんも霊剣に触れています」

 シャルロットの脳裏に、女の暗殺者の光景が過った。女は霊剣を手にし、腕がずたずたになったのだ。その上魔力が形勢出来なくなった。

 フェルナンドも遺跡に同行し、霊剣に触れていたのを思い出す。

「あんまり、うまく扱えなくてな。それはさておき、すまんかった」

「別に怒っているわけじゃない。顔をあげて」

 フェルナンドが顔をあげると同時に、シャルロットは頭を下げた。

「ありがとう。妹を助ける機会を作ってくれて」

「あ、いや――これでお愛顧ということで」

 シャルロットは笑顔を作って「そうね」と言う。

「この俺の超意見はいらないか?」

「建設的な意見ですか?」

 ジョセフの言葉にすかさず突っ込んだのはゲルマンだ。

「なんかなんでもないです」

 ジョセフは表情を固くする。強がって笑ってみたものの、シャルロットの睨みで、萎縮した。

 全員がため息を漏らす。

「とりあえず、貴方達は私と一緒に城の中に入るわよ? マルコだっけ? それとその一味が大変そうね」

 褐色の商人が頷く。

「雇われの暗殺者集団だ」

「なるべく早く駆けつけます」

 シャルロットは「わかった」と言うと、カエデたちに向き直る。

「ということで、少ない時間を有効に使いなさい。夕暮れまで特訓!」

 全員が少しの間を置いて、庭先へと飛び出ていく。

 カエデたちが鍛錬を始めたのを確認して、シャルロットは自分と瓜二つの女性に向き直る。

「俺もびっくりしたぞ。瞳以外はそっくりだからな」

 シャルロットがつり上がった赤い瞳に対して、目の前の女性は青いタレ目であった。

 フェルナンドが態とらしく咳き込む。

「さるやんごとなきお方。というかエメリアユニティよりオオサカの貴族の令嬢だ」

 ソラが最初に立てた作戦は、シャルロットの影武者を用意しそちらに注意を向けている間に、パッセ侯爵を討ち取ると言うものであった。別れる前に、ソラは予めフェルナンドに頼んでおいたのである。

「探しまわった探しまわった。いわくつきの奴隷だけどな」

「そのようね」

 リリアナは困ったように笑う。

「一応、隷印呪は刻んであるままだ」

「れいいんじゅ?」

 シャルロットは首を傾げる。

「簡単にいえば奴隷の印みたいなもんだ。この腕輪――」

 フェルナンドは左腕を差し出す。そこには腕輪があった。

「――で、奴隷と主人を繋ぐもんだ。おしおきしたり、命令したりな」

 フェルナンド自身はあまり腕輪による服従や命令が好きではない。むしろ嫌いである。商人だから、時々使用することはあっても、面白くないのだ。

 それが顔に出て、心底面倒そうな顔となる。

 彼は腕輪に魔力を通し、緑の紋様を浮かび上がらせた。それに共鳴するように、リリアナの顔から体に緑の紋様が浮かび上がる。

 リリアナは顔を赤らめた。

「魔力に反応するシロモノだ。これがあると、魔力を使う度に、浮き出ちゃうんだ」

 奴隷という身分を記すモノでもあるのだ。

「どうして貴族の令嬢が奴隷に?」

「その、人さらいにあいまして」

 リリアナは口を開く。甘い声が空気を響かせる。声もシャルロットとの違いは明確であった。

 リリアナはさらわれ、身売りされてしまったのである。

「貴族の令嬢、しかも処女なら高値で売れるからな」

 フェルナンドの補足に、リリアナは顔を真赤にした。

「この戦いが終わったら、隷印呪を解いてやってくれ」

「わかっったわ」

 シャルロットは快諾する。リリアナは驚き目をむく。

「い、いいのですか?」

 フェルナンドは奴隷を持つ主義ではない。元々ソラが作戦で必要としたから、買い取っただけである。

 ソラもまた奴隷を必要としていない。シャルロットもである。故に彼女が望めば、彼らは祖国に返すこともやぶさかではなかった。とはいえ、今それを行うことは出来ない。

「悪いけど、命をかけてもらうわね」

「は、はい」

 リリアナは元の生活に戻れる可能性に意気込む。

「リリアナ、なんていうのかしら?」

 リリアナは口ごもる。よく聞こえなかったのか、シャルロットはもう一度問う。フェルナンドは先に土下座をする。再びリーゼントの形が崩れた。

「リリアナ……カロスィナトレ……です」

 シャルロットとヤリノスケは固まった。フェルナンドは顔を手で覆う。ソラだけは理解できずに置いてけぼりにされた。

「フェルナンドぉ!」

「はいごめんなさい!」

 シャルロットは頭を抱える。

 この時、よくも悪くもリリアナという爆弾を抱えたことにより、彼女の頭の中から、母アデライドの死の真相と、自国に迫っていた危機を忘れることが出来たのであった。

 それはシャルロット自身の思考に霞がなくなったのでもある。

 彼女は文句と愚痴を、フェルナンドにひとしきりぶつけると、とあることを思いつく。

「そうだ。貴方たち、アソー子爵のところに行きなさい。私の署名と、今後の方針もしたためておくわ」

 フェルナンドは首を傾げた。ソラは「なるほど」と頷く。アソー子爵のところには、パッセ侯爵たちへの不満を抱いた民が集まっていた。

 当然脅威になり得ると判断して、パッセ侯爵側の貴族たちは、私兵を展開しているのだ。

 もしもそこにシャルロットが現れたとなれば、パッセ侯爵たちの注意はそちらに向く。

「間違いなく陽動として、最大限の効力を持つ」

 ヤリノスケは膝を打ち、白い歯を見せて笑う。

「付きの者を何人か見繕っておく」

「替え馬もお願いね」

 ヤリノスケとシャルロットは目配せして頷き合う。

「マイ。少し手伝え」

 サナダは屋敷の奥へと消える。

 それを確認してからシャルロットは改めて、リリアナに向き直った。

「戦いが終わったら少しお話しましょう?」

「ええ。その……私も同じです。だから、死なないでください」

 シャルロットは笑顔で頷く。






 夕日が山頂にかかり始めた頃、フェルナンドたちはアソー領へと出立する。

 シャルロットたちはそれを見送り、屋敷へと戻った。

「そういえば、特訓って何しているの?」

「マナの使用法を内向型に、後は個々人の長所を重点的に伸ばすようにさせています」

 ソラの応えに、シャルロットは「なるほど」と頷いた後に、首を傾げる。

「マナの内向型なんて、教えられるの?」

「俺ではないです。マイさんです」

「義姉上が?」

 マイ・サナダ。シャルロットと同じく、サナダ家に養女として迎え入れられた女性である。

 彼女は平均的な魔力の持ち主であるが、マナの扱い方に長けているのだ。

 シャルロットが庭先に視線を向けると、シルヴェストルに女性が付き添っていた。彼に何か教えているのか、身振り手振りをしている。

「マイ義姉さん」

 シャルロットに気づいて、マイは笑顔を作った。

「ロッテ、今日はもう休みなさい」

 その心遣いは、彼女の心労を気にしてのことである。もちろんシャルロットもそのつもりなのか、素直に頷く。

「申し訳ございません。この度の御恩は必ず――」

「また昔みたいなしゃべり方」

 シャルロットは口を抑えて、はにかむ。

「ソラ君。お願いね」

「わかりました」

 ソラは少し強引にシャルロットを部屋へと通す。

「ま、まだ話は終わってないぞ」

 ソラは頷き、各々の特訓の内容を説明する。

 カエデは動体視力と弓の特訓を、シルヴェストルはサナダの槍術を修練していた。アランは脚力の強化を、ジンはゲルマンたちと同じくまんべんなく魔力の扱いを覚えている。

「――ジョセフさんは防御ですね」

「そういえばあいつ、もう慣れたとか言っていたわね」

「はい。ほぼ、一日で内向型も体得しました」

「一日で?!」

 ソラは布団をしくと、部屋の外に足を向ける。

「出なくていい。着替えは見ないでね」

 ソラは一瞬戸惑ったものの、諦めてシャルロットに背を向けて正座した。彼の背後で衣擦れの音をさせている。年頃の少年にはそれだけでも刺激が強く。ソラは顔を赤くして、視線を忙しく彷徨わせる。

「いいわよ。で、続き」

 彼がぎこちなく振り返ると、シャルロットは寝間着となっていた。

 ソラは何度か小さく深呼吸をして、口を開く。

「ジョセフさんは、その回復力と防御力はずば抜けています。今は皆さんの攻撃の練習相手を志願して、日々受けています」

 シャルロットは呆れ交じりに笑う。

「物好きね。ソラから見て、どれくらい?」

「熟練者、それもかなりの腕、魔力の持ち主でないと、あの魔力障壁は破れないかと」

 シャルロットは内心「カラミティモンスター並か」と驚く。

 しばらくの沈黙の後、ソラは静かに言葉を紡ぐ。

「マナ出血毒は俺に任せて下さい」

「なんとか出来るの?」

「はい」

 シャルロットは内心「それもそうか」とも思う。

 魔力を打ち消すことが出来る霊力。マナ出血毒は魔力に影響するのだ。つまり霊力を持つものならば、対処可能なのである。

 彼女はその言葉に安心感を覚え、眠気に襲われはじめた。

「寝るまで側にいて」

 彼は小さく「はい」と言う。シャルロットは口を開こうとして、周囲の目が気になった。それを察したソラは部屋の全ての襖を閉める。

「外に誰かいるか?」

「――いえ、いません」

 シャルロットは「そうか」と言うと、口を開く。

「成功するかしら?」

 弱音がこぼれ出す。不安が彼女を襲う。

「私はリーヌのために、消えたほうがいいのかもしれない。そういうころを考えちゃう時があるの」

 ソラは何も言わずに黙って話を聞く。

「実は、先王――母からの遺言で私が王位についてから、七年以内にリーヌに王位を譲る約束なの」

 ソラは少しだけ眉を動かしたが、すぐに平静になる。

「私とムライの二人しかこのことを知らなくてね。教えていたら少しは変わったのかなって」

「そうですか」

 シャルロットは上体を起こして、ソラの頬をつねった。

「それだけ? こういう時は慰めてよ」

「慰めて欲しいのですか?」

 シャルロットは勢い良く布団に潜る。小さな声で「けち」と漏らす。

「俺はあなたの家臣ですから、必ずあなたを王座に戻します」

「やることやったらいなくなる癖に」

 拗ねるシャルロットに、ソラは頭をかいた。

 ブランシュエクレールには、ある程度の期間はいる。そういう約束ではあるが、いずれソラは冒険へと戻るのだ。

「どうしても?」

「俺は異質です。その能力を解明するまでは――どこにも属せません」

 シャルロットは「そう」と言うと、寝息を立て始める。






 ソラが部屋を後にすると、白髪の老人が現れる。

「ヤリノスケさん?」

「少し付き合え」

 ヤリノスケは徳利を差し出す。ソラは頷く。二人は星が瞬く庭へと移動すると、夜空を見上げながら徳利の中身を杯に注ぎ、飲み始める。

「俺にあの話を聞かせただろう?」

 ソラは杯の中身を飲み干し「はい」と頷く。

 彼は襖越しにヤリノスケがいることに気づいていた。しかし、彼はそれを黙認したのである。

「シャルロットは生まれながら、魔力を持ち得なかった。故に先々王、つまりアデライドの夫に捨てられることが決まった」

 シャルロットは実の父に捨てられたも同然であった。しかし母、アデライドだけはそれが出来なかった。

「俺は、アデライド様からご相談を受けた」

 シャルロットはサナダ家に養子に出されることとなった。

「霊力を持っていることは教えたのですか?」

 ヤリノスケは「ああ」と応えてから、話を続ける。

「その様子だと、俺のことも気づいていたか。さすが霊将だな」

 ソラは首を振った。ヤリノスケは眉を少しだけ釣り上げる。

「違うのか? 神霊とも契約している。マナ出血毒に対処できるのだから、霊将だろうよ?」

 ヤリノスケはソラの背後を見据えた。蒼い光がうっすらと何かを象る。

「師匠の遺言で、全てを見極めてから自身の身の振り方を決めろと」

 ヤリノスケは「なるほど」と言うと、杯を口に含む。

 そこからは思い出を語る老翁となる。霊力の扱い方を教えるべきか悩んだが、それよりも田を耕すこと、人と接すること、領民の問題の対処の仕方。それらを幼少の頃から触れさせていった。

「気づけば大切な娘さ」

 養女に出されたとはいえ、自分の身の上を早くから理解し、ヤリノスケは養父であることを知ったが、それでもシャルロットは変わらず「父上」と慕った。

 ヤリノスケとマイも家族として暮らしていたのだ。こんな生活がずっと続くと彼らは思っていた。しかし――。

「アデライド様はシャルリーヌ様をご出産されてからも、足繁くこちらに通われてはシャルロットを大切にしておられた、そんな折に先々王が、病に伏されてな」

 程なくしてシャルリーヌも父親と同じ病を持っていると発覚して、王位を継ぐのに問題有りとなったのだ。

「――あれはシャルロットが十二の頃だったな」

 アデライドが即位し、シャルロットを後継者にすることが決まったのだ。

「正直言うと、親の都合に振り回され続けたシャルロットが可哀想だった」

 その時初めて、自身が仕える主君に恨み事を抱いたと、ヤリノスケはこぼす。仕方がないと理解していても、彼の胸中は複雑な想いを抱いていたのだ。

「それで、今のこの状況だ。正直、腸が煮えくり返る。挙句、あいつはシャルリーヌを王にさせると言ってやがる。おかしいとは思わないか?」

 シャルロットを追い出した妹が、シャルロットに救われようとしている。それが彼には許せないのだ。親の都合で振り回され、ついには自らの妹にすら裏切られた。

「この足さえ動けば、動ければと言い訳をしていた。しかし――」

「彼女に任せてあげてください。確かに、ヤリノスケさんから面白く無いのもわかります。けど、これはロッテさんの戦いなんです」

 ヤリノスケは乱暴な口調で「わかっている」と漏らす。

「それでもこの想いだけは、お前に聞いておいて欲しかったんだ」

 ソラは杯に映る月を眺める。月の数は八つ。それを見てソラは目を瞠る。慌てて夜空を仰ぐ。

「どうした?」

「九魔月……そうか、これを狙って」

 ヤリノスケも夜空を見上げて唸る。

「ゾエという侍女、ここまで考えていたのなら天晴だな」

「そうですね」

 ヤリノスケはこの先の事を考えて「やれやれ」とつぶやく。彼は徳利の中身を全て飲み干した。

「足がどうこう言っている場合じゃないってことだな」

「それより、ひとつ気になったのですがシャルリーヌ様のご病状って――」







 ブランシュエクレールの王都は上空から眺めると、五角形の壁の中に石造りの家々が立ち並んでいた。壁は石垣で出来ており、二十ミール(約二十メートル)の高さを誇る。

 かつてこの地は、女神エクレールが現れるまでは小国が割拠し、常日頃争っていた名残であった。

 五角形の壁の外は堀があり、深さ五ミール(約五メートル)である。最近の水質調査で、カラミティモンスターが確認された。が、攻撃性がないことや、水中でしか生息出来ない観点から放置されていた。

 中央には正方形で区切られた壁の中に王宮があり、その周囲はグレートランドのパスト公爵の私兵ががっちりと固めている。正門には二体地竜。上空は定期的にワイバーンが飛び回って都民を睨んでいた。

 さらに正門には見せしめに殺された市民が、木材の杭に突き刺され、天たかだかにさらされている。

 王宮の玉座にはパッセ侯爵とパスト公爵、そして兵士が十数人。そこに山高帽の男、マルコもいた。二人共肥えた体躯であり、緩んだ腹がせり出ている。そこにシャルリーヌが現れた。彼女は杖とゾエの支えでようやくここまで辿り着く。

 城の外から騒ぎ声が響く。

「外が騒がしいな」

「性懲りもなくまたか。おいお前。女子供の人質を見せしめに殺してこい」

 パッセ侯爵は自身の私兵に指示を出す。兵士は少し戸惑う。

「そこまでですか?」

「全員だ! いいな?」

 彼らは王都に住む民、特に女性をパスト公爵の私兵の慰みモノとして差し出させていた。それがさらなる反感を買い。ここ数日、武器を手にした市民が大勢押し寄せる事態が起こっていた。

 兵士は急いで玉座の間を後にする。

 未だ体調が万全ではなく、両の頬は赤く上気していた。彼女は無理矢理ここに呼び出されたのである。

「シャルリーヌ様。此度の民の内乱の鎮圧の功績、そして他国の侵略を阻止してくださいましたパスト公爵様です」

 パスト公爵は手を差し出す。握手を求めているのだ。シャルリーヌは内心、拒否感を抱く。しばしの間の後、パッセ侯爵の咳払いが入り、慌てて手を差し出す。

 差し出した右手はパスト公爵の左手で包まれる。

「めっちゃ小さい手で可愛い」

 荒い息を上げながらパスト公爵は、シャルリーヌは強引に自分の側へと引き寄せる。その小さな手に頬ずりを行う。

「い、いや! やめてください!」

「そのようなお言葉、いけませんよシャルリーヌ様。こちらが貴方の夫となる方なのですから」

 シャルリーヌは目が点になった。

「き、聞いてません!」

「ええ、そうでしょうな。今言いました」

 シャルリーヌは絶句する。対するパッセ侯爵は悪びれる素振りもない。

「我が国にこれだけ貢献されたのです。それに見合うモノをお返しにならなければなりますまい?」

 もちろんそんな道理はない。国をまたいだ結婚だ。手続きや色々な準備があって、初めて出来るのである。しかし彼らは既成事実を作ってしまうことで、強引に結婚させようとしていた。

 彼らの耳には、シャルロットがアソー子爵と合流した報せが入っていた。故に彼らは強硬策に出たのである。

 パッセ侯爵は怪しく笑う。シャルリーヌは激しく狼狽えて、パスト公爵の手を振りほどこうとするが、体が思うように動かず、逆に引き寄せられる。

「このパスト公爵と結婚するのだから、喜びなさいよ!」

「い、嫌です……」

「いやじゃないんだよぉ! ずっとずっとずぅううううっとこの時を待っていたんだ。初めて見た時から欲しかった」

「助け……」

 シャルリーヌは涙をこぼしながら周囲に視線を向けるが、誰一人として動こうとしない。

「マリアンヌ! レーヌ! カトリーヌ!」

 彼女の大声に返事するものはいない。しんと鎮まり帰り、後に残ったのはくぐもった笑い声。声の主は肥満な体を持つ二人。

「誰も来ないんですけどぉおおおおお!」

 シャルリーヌは絶望する。パスト公爵は周囲の目を気にせず押し倒す。

 傍から見ていたマルコは深い溜息を吐く。それを見た女の部下が、怪訝な顔を向ける。

「これで私たちも、パスト公爵の正式な兵士ですよ?」

「お前らはな」

「お話をお受けしないのですか?」

 彼らはパスト公爵に雇われていただけに過ぎなかった。この度の働きに、パスト公爵は、彼らに正式な配下になってほしいと打診していたのだ。

「依頼の内容を達成したそれだけだ。次の雇い主を探さないとな」

「残念です」

 マルコは帽子を深くかぶり、森の中で遭遇した少年の姿を思い出す。彼の唯一の心残りはソレだけだ。

 パスト公爵はシャルリーヌのドレスに手をかけ、引き裂こうとした。

「助けて……やめてください」

「私と結婚するのだから、私の子を産むんだよ!」

「助けてお姉様! シャルロットお姉様ァ!」

 パスト公爵がドレスを引き裂こうとした時、玉座の間の扉が吹き飛ぶ。扉の向こうには十数人の兵士。全身を甲冑に身を包んでいた。武器はちぐはぐで、そこに意識を向けられたのはマルコだけであった。

「何事だ! 取り込み中だぞ!」

「自分の家に帰ってきただけよ」

 パッセ侯爵は「は?」と理解していない。

 ここに至って全てを把握できていたのは、マルコのみである。彼はすぐに戦闘態勢をとる。

 一人がフルヘルムに手をかけ、脱ぐとソレを投げ飛ばす。フルヘルムはパスト公爵の側頭部に激突。悲鳴とともに公爵は地面を転がった。

「お前は……そんな馬鹿な?! アソー子爵のところに……」

 そこに居たのはシャルロット・シャルル・ブランシュエクレールである。






~続く~


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