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第十三話「養父との再会」

龍を宿す者たちの英雄譚

第十三話「養父との再会」






 西の大国の名はエメリアユニティという。この国から見て、北東にグレートランド皇国が位置しており、国境は陸地で繋がっている。かつては小国が間にあったものの、その小国はエメリアユニティに併合された。

 グレートランドと小国は、当初同盟を結んでいたのだ。しかし、エメリアユニティと共に歩むことを選んだ。

 それから毎年のように小競り合いは起きてた。

 エメリアユニティは、早くから王政を廃止した国である。各地の代表たちの中から、多数決により国の代表を決め、国内の政治を取り仕切るのだ。

 そして彼らは今、二つの問題を話し合っていた。

 ひとつは東の港街の復興の話だ。東の港街はドラゴンの襲撃にあい、壊滅的打撃を受けた。それは東の物流を止めてしまっている。

 そしてもうひとつ、ブランシュエクレールが、今内乱状態にあるということだ。

「船の数は少ないですが、私の船で皇国の牽制をしに動きましょう」

「そうだな。それに加えて、国境線付近にも軍を展開するべきだ」

 一人が異を唱える。

「しかし、そこまでするべきでしょうか? そんなことより復興の人手を増やすべきです」

「東の港はドラゴンのマナにやられたのだ。早々復興は出来んよ。動植物の巨大化、カラミティモンスターの誕生、この先いくらでも問題が山積みだ」

「すでにマナの濃度が平均を超えている。長期的な復興作業より、目先の国益を守るほうが優先するべきだ。とくに食料の確保だ。なおのことブランシュエクレールは独立を保ってもらわねば困る」

 一同から「そうだそうだ」と同意の声が上がる。しかし、反対意見も根強い。

「いつまで続くかわからんのだぞ?」

「マゴヤも動いておりますからな」

「シャルロット陛下がご存命なのだから、長引くでしょうよ」

「まて、それは信ずるべきに値するのか?」

「だが、皇国の領地にだけはさせてはならん」

 彼らはブランシュエクレール国との仲は悪くない。むしろいい方である。貿易を盛んに行っており、エメリアユニティにとって、それは大きなモノとなっていた。

「ここに来てドラゴンの襲撃が痛いですな」

「戦争するにしても、これからしばらくは見極める必要性がある」

 結局、エメリアユニティは皇国への牽制を行う。国境付近に軍を展開し、軍船を出せるだけ出して威嚇する。






 ブランシュエクレール国内は荒れていた。

 パスト公爵の私兵を招き入れたこと、そしてドラゴンの討伐に、シャルロットが関わったことが民に知れ渡ったのである。

 王都の民は猛抗議し、王宮に詰め寄った。しかしそれは龍に乗る騎士、ドラゴンライダーによって鎮圧されたのだ。

 二体の地竜と一体のワイバーンが民を蹂躙。多数の犠牲者を出す。パッセ侯爵も、パスト公爵も力と恐怖で王宮を支配しようと動いたのである。

 そしてその暴虐もすぐに国内に広がった。

 民はその手に武器を持ち、自分たちを統治する貴族のところへと抗議しに動いたのだ。そしてそれは武力衝突を生み、多くの血が各地で流れ始める。

 そのことを知ったシャルリーヌは熱を出し、寝込んでしまう。桜色の部屋で、天蓋付きのベッドで横になっていた。

「ごめんなさい」

「元々、そんなに強いほうじゃないからね」

 マリアンヌはシャルリーヌの額を拭う。

 シャルロットを追い出してから、シャルリーヌの体調は芳しくない状態が続く。

 彼女は元々体が強い方ではない。それに加えて、ここ最近は心労が重なり、体調を崩しがちだった。

「私は間違っていたのでしょうか?」

「それを私に聞く?」

 シャルリーヌの顔色は悪い。王都の民がたくさん死んだことを知って平静でいられなくなったのだ。さらにパスト公爵との結婚も勝手に決められてしまった。

 ここに来て、何も出来ないことを思い知らされたのだ。

「民があんなに――でも他の国も平和になればこの国だって」

「それくらいにしておきなさい」

 マリアンヌは上体を起こそうとしたシャルリーヌを、押し戻す。彼女は目配せして

そのまま窓へと歩み寄り、外に視線を向けた。シャルリーヌは慌てて布団を頭から被り、耳を強く塞ぐ。

 凄惨な光景が広がっている。木で作った杭。それらは尖った先が天を仰ぐ。その杭には多くの民が突き刺されていた。

 見せしめである。

 逆らうものはこうなるぞと、警告しているのだ。そしてまた――。

 何かが飛来し、杭に向かって生きた人を投げ落とす。断末魔と肉が裂ける音、水っぽい音が響いた。

 シャルリーヌは力いっぱい目を瞑り、耳を塞いだ。マリアンヌは上空を旋回するワイバーンを睨む。

「私は――」

 シャルリーヌは何かを言おうとする。

 マリアンヌは彼女を優しく撫でる。

「医者が言うには心労だそうよ。今日はゆっくり寝ておきなさい」

 シャルリーヌは消え入りそうな声で「はい」と応じると目を閉じる。しばらくすると寝息を立て始めた。

 マリアンヌはほっと胸を撫で下ろす。カーテンを閉めて、外の景色が見えぬようにする。

 あの杭は国民にだけではない。城にいる者に対しても警告であった。

 マリアンヌは歯がなるほど食いしばる。

「パッセ侯爵」

 彼女は注意深く部屋を見渡す。

(何も仕掛けてないようね。ということは、心労というのは本当そうね)

 杖を浮かし、手ぬぐいをかける。桶を片手に部屋を後にした。

(ゾエはどこ行ったのかしら?)

 マリアンヌが廊下をしばらく歩くとゾエがやってくる。

 マリアンヌは「遅いじゃない」と嫌味を言う。

 シャルリーヌが呼び鈴を何度鳴らしても、彼女は現れずついにマリアンヌが向かったのである。

「私のお仕事です。そういう取り決めのはずです」

「どうにも仕事の遅い侍女がいてね。シャルリーヌ様をお待たせさせていたので、不肖この私がお世話させていただきました」

 ゾエは表情を露わにした。憤怒、その眼差しがマリアンヌを射抜くが、彼女は涼しい顔をして流す。

「そうそう、あんまり霊石を待ち続けるのは、体に良くないわよ?」

 ゾエは目を瞠る。

「どうして? なんて聞かないでね?」

 マリアンヌは視線をゾエの腕に向けた。彼女の腕は包帯で厳重に巻かれている。ところどころ血が滲んでいた。

「常識じゃない。霊石を持てば肌が荒れて血が噴き出るなんて」

 ゾエは口を開き――マリアンヌはそれを手で制する。

「そういえばレーヌとカトリーヌはどうしたのかしら?」

 ゾエは破顔した。マリアンヌは「そう」とつぶやいて、ゾエの前から去る。彼女の背を見送りながらゾエは吐き捨てる。

「魔力が人一倍あることだけの女のくせに」

 鋭い瞳が背を見据えた。指先が包帯を巻いた腕に繰り込む。

「後悔させてやる。後悔させてやる」

 白い包帯に赤が広がる。

「魔力を持っていることを後悔させてやる」






 銀の姫将軍、フィオナ・シルバーライン。彼女は今、食事をしていた。側にはマルヴィナとアイヴィーもいる。相手はオレンジ第三皇子と、エレンだ。

 箸を使っての食事に二人が苦心していた。

 アイヴィーは箸をフィオナと同じように持とうとしては、落として転がしてしまう。

 もう一人はオレンジ第三皇子だ。彼は箸を正しく持てず、箸を掴んで無理矢理食べていた。

 彼はひとしきかきこんだ後に、口を開く。

「まずは、先のマゴヤとの戦、感謝する。特にアイヴィー。凄い働きをしたそうだな」

 アイヴィーは「えへへへー」と鼻をこすって胸を張る。フィオナが頭を撫でると、気持ちよさそうに目を細めた。

「あの者たち、遺跡の方へ砦を動かしたようです」

「それは困ったな――いや、どちらにせよ、こちらとしては迎撃に割ける戦力はない」

「我らが動きましょうか?」

 フィオナの提案を手で制する。

「備えてくれ」

 いくら皇帝陛下の一言があるとはいえ、ブランシュエクレールの肥沃な大地が欲しいのは事実である。奪えるなら奪う。

 だが、彼らは踏み込むことは困難を極めていた。なぜならば、ドラゴンが討伐されたからだ。

「兵を集めることは出来ても、士気は低いです」

「倒すとか、おかしいでしょうよ。与太話じゃないのか?」

 フィオナは首を振った。彼女には心あたりがあるのだ。ドラゴンを倒すことの出来る人物。

 彼女の脳裏に、ドラゴンに一太刀浴びせた王女の姿が蘇る。

「まあ、どちらにせよ備えてくれ」

 フィオナは頷く。

「それとフィオナ、俺と結婚しよう」

「お断りします」

 フィオナは箸を置いて、席を立つ。

「あーちぃっと待ってよ。待ってください」

「お断りします」

 オレンジはフィオナにすがりつこうとして、躱される。勢い余って顔面から床に激突する。

「ごめん。ごめんなさい。大事なお話があるの聞いて」

 フィオナは鼻でため息を吐くと、席に戻った。それに倣いオレンジも元の位置へと座る。エレンが彼の顔を確認して、怪我がないか確認。話が再開された。

「陛下が長くない。それで――」

「メロン第一皇子ならば、忠誠を誓います」

 フィオナは最後まで聞かずに、自身の答えを告げる。

「最後まで言わせてよ。それと、ならばって何よ?」

 彼女は視線をエレンへと移す。

「私はオレンジ様と共に、です」

 緋色の頭髪が揺れる。

「他の守護将軍たちは?」

 オレンジは表情を変えた。彼は鋭い視線をフィオナに向ける。

「黒の将軍は聞いていないが、大丈夫だろう。他も同様だ。だが、金の姫将軍だけが、不穏な動きを見せている」

 フィオナは視線に感情を滲ませた。それは一瞬で収まり、平静に戻る。それに気づいたのはエレンとマルヴィナだけだ。

 銀の姫将軍は「そうですか」とつぶやくと、食事の続きをする。オレンジの口説きは、無視され、ほとんどはアイヴィーの箸の使い方を教えることに終始した。

 フィオナの胸中に不安が募り始める。






 ヨリチカの一団は、砦の場所を移していた。遺跡に拠点を構えようとしていたのだ。

 綺麗な道筋。道が十字にぶつかるところには、地面に白い模様が描かれており、三つ目の飾りが、それぞれの道に向いていた。中央には白い線がまっすぐに走っている。正方形の区画がたくさんあり、高い石の建物が数多く立ち並ぶ。

 とはいえ遺跡、過去の遺物だ。綺麗に形は保っておらず、ところどころ崩れていたり、草木が無秩序に生え、建物をしていた。

 そんな中でも綺麗に形を残す建物はいくつかあり、雨風を凌ぐことが出来るだけじゃなく、堅牢な城壁とも思わせるほど頑強な造りだ。

「ここにしよう」

「馬はどうしましょう?」

 硬い地面に故に馬の脚を痛めてしまう可能性が考えられたのだ。側近の言葉にヨリチカは考えこむ。

「土をひくのだ。ちょうど道の中央を白い線がわけてある。そこを土をひくのだ」

 言いながらヨリチカは白い線を指し示す。

「それと、この遺跡の周囲に壁だな。人員補充と、周囲から資材を集めるんだ」

「ドラゴンが来てもいいようにですか?」

 ヨリチカは頷く。

 先の砦の位置は銀の姫将軍の妨害などもあり、良い場所に構えることが出来なかった。グレートランドの一団が去ったことで、改めて砦を組み直そうと彼は考えたのだ。

 地図を作るのも目的とした周囲の探索で、遺跡を発見。その堅牢な造りにヨリチカはえらく気に入ったのである。

 しかし堅牢過ぎる故に、問題は山ほど出た。特に木組みとの相性は最悪と言えた。改めて石を積み、土を敷き詰め、杭を打ち込む。

 何重という手間をかけることになった。が、しかし、後にこの砦はグレートランドにとっても、ブランシュエクレールにとっても悩み種となる。

「士気はどうだ?」

「まだ低いですね」

 側近の答えにヨリチカは顔を渋くする。

「ドラゴンの襲来はまだいいが……」

「さすがに討伐された。という噂は堪えますね」

 側近の男も顔を曇らせた。ドラゴンを倒すことが出来る者、それは戦う相手からすれば恐怖の対象である。

 そもそもカラミティモンスターの中での最上位、それがドラゴンであり、それを倒すことは不可能に近かった。それも成龍はほぼ不可能と言っていい。

 ヨリチカの軍にも、エメリアユニティの惨状は、伝わっている。

「故に、ここで砦を構え、兵士たちを交代で入れ替える」

「後方にいらぬ心配が伝播しませんかね?」

「するだろうさ」

 側近は呆れる。だが、同時に「そうだ」と彼も思った。

 どちらにせよ話は伝わる。そしてすでにエメリアユニティの話はマゴヤにも広まっていた。だからこそ、ヨリチカは少しでも休ませて、気持ちを切り替えられるようにしようとしていたのだ。前線に出ている兵士たちを、一度下がらせて、心身ともに休ませる。

 例え伝播しようが、今よりは幾分もましになるだろうと考えた。

「それにだ。この砦。コレさえ完成すれば我らの士気は天井知らずよ」

「確かに。手間も時間もかかるでしょうが、やらないよりやっていきましょう」






 懐かしい香り。そんな想いを抱きながらシャルロットは目を覚ます。懐かしい天井に涙がこぼれ落ちる。

「ここは……」

「目が覚めたか馬鹿娘め」

 シャルロットは首だけ動かし、目を瞠る。枕元にいる老人に自然と笑みが浮かぶ。すぐに上体を起こそうとして、失敗する。思うように体が動かないのだ。

(力が入らない)

 シャルロットは寝返りもうてない。

「無理はするな」

「いえ、こんな無様を晒すなど――」

「口調はすぐに戻っちまうな」

 肌は日に焼け、皺は深い。白髪の髪は獅子のたてがみを彷彿とさせた。眼光は鋭く、衰えや歳を感じさせない。

 白い髭を撫でながら老人は、安心させるように笑いながら言う。

「あ、いえ。すいません」

「とにかく、今のお前ではすぐに動けん。起き上がれるようになるまで、しばし横になっておれ。直に体も起こせるようになる」

 老人はぎこちなく立ち上がり、杖を取り出す。杖をつき、右足を引きずりながら部屋を後にする。

 シャルロットはその背を見送った。

 視線だけを動かし、部屋を見渡す。ふすまで仕切られた部屋。畳の香りが、シャルロットの鼻孔をくすぐる。

「サナダの家の事は教えてないはずだけど……」

 シャルロットはつぶやきながらも「ソラだから」で、納得していた。

 彼女は「そういえば」と、視線を動かす。白い霊剣は枕元にある。いつの間にか抜身の刀身に鞘があてがわれていた。漆黒の鞘。虹の紋様が記号のような文字。文字のような記号を描いていた。

「ここにいるってことは移動したってことよね?」

 彼女の最後の記憶はブークリエ領でのドラゴンとの戦い。黄金の長剣へと姿を変えた自身の霊剣。その剣を天に突き刺すように、ドラゴンに突き刺し倒した。

(はずよね? はずなのよね?)

 シャルロット瞼を閉じると、あの熱気と殺気。圧倒的な存在感を思い出し、肌で感じていた。

 突き刺した感覚が手に蘇る。

「強かったわね」

「そうですね」

 声はふすまの外から、シャルロットが顔を向け間もなく開かれる。陽光を背にソラが現れた。

 彼の背に蒼穹が広がる。

「主君を置いて何していたのかしら?」

 上体を起こそうとして失敗する。顔だけは固く結ぶ。

「ドラゴンの亡骸を、伝に売ってきました」

「ドラゴン売ったの?!」

 ソラは「ええ」と頷く。

 シャルロットは内心もったいないと思いつつも、自国で有効に利用できない事がわかって、黙る。

 顔を天井に向けて、続きを促す。ソラは側まで歩み寄り腰を落とす。

「金銭は後日来ます」

「どれくらい?」

 シャルロットは目線だけを動かす。目つきの悪い少年は小さな麻袋を取り出し、中身を見せる。金貨がはちきれんばかりに入っていた。

 ソラは驚くシャルロットに付け加える。

「これはほんの一部です。小国なら買えるくらい来ます」

「そんなに?」

 彼女は驚き口を開ける。

 ソラは説明をした。

 彼らはドラゴンをン・ヤルポンガゥにある自由貿易海上都市に、いる知り合いに引き取ってもらったのだ。

 ただドラゴンが市場に流通することは滅多になく、倒したドラゴンも大物だったため、かなりの価値となった。しかし、ここからが問題となる。海上都市で流通している金銭の全てをかき集めても、ドラゴンと吊り合わないのだ。そこでドラゴンを預けて、徐々に金銭に代えることで、売り払うという形になったのだ。

 フェルナンドがシャルロットの前に現れる。

「おっす。久しぶりだな。シャルロット・シャルル・ブランシュエクレール。ついでに利子はちゃんとつけているから安心しろ」

「利子? 逆じゃないの?」

 褐色の青年はオレンジのリーゼントを撫でる。目を瞑り鼻で笑いながら「違うのだよ」と得意気に言う。

「んまあ、ドラゴンの素材を持っているというだけで、価値が上がっていくんだわ」

「所持している間に需要が高まり、価値が上がるってことね?」

 シャルロットの答えに、フェルナンドは「そういうこと」と胸を張る。

「まあ、うちらに借金しているようなもんだし、陛下は安心して金を手に入れてくれ」

 シャルロットは頭の中でざっと金銭の使い道を列挙していく。

「そうだ。今、どうなっているの? あの後どうなったのかしら?」

 彼女の視線を受けたのはソラだ。彼は頭をかいてから口を開く。

「ドラゴンを倒した後に、フェルナンドさんたちと合流しました」

「こっちとしては暴れてくれてたんで、すぐに見つけられたけどな」

 シャルロットが意識を失ってすぐ、フェルナンドと合流。倒したドラゴンをどうしようかという話をしていたところで、ブークリエ伯爵が私兵を率いて来たのだ。

「ブークリエ伯爵が?」

「あの野郎。美味しいとこだけ持って行こうとしやがってよ」

 フェルナンドは面白くないのか、思い出しただけで眉根が鋭くなった。シャルロットは少し驚いたように目を瞠る。そして視線で続きを促す。

「伯爵は陛下を認識した上で、領地より出て行くことを告げました」

「まあ、今の状態だと正しい判断ね。面白くないけど!」

 ソラらに対して、ドラゴンの亡骸を引き渡し、即刻領地より立ち去るよう警告したのである。

 フェルナンドは、それに猛抗議した。それは褐色の青年だけではなく、彼女と付き従い、ドラゴンと戦ったゲルマンたちもだ。互いに険悪な雰囲気となり、武力衝突するかと思われたが思わぬ援軍が現れる。

「ブークリエの領民が助けてくれました」

 ソラの言葉にシャルロットは顔をほころばせる。

「ブークリエのおっさんを止めてくれたし、荷車をくれたしな」

「話は少し遡るのですが、フェルナンドさんたちが我々と合流する前に、サナダさんと知り合っており、リリアナさんとサナダさんの家臣の方々に、陛下を預けてこちらに向かってもらいました」

 ソラは最後に「ドラゴンを倒して五日経っています」と付け加えた。

「リリアナ?」

 シャルロットが疑問を口にする。

「俺がフェルナンドさんに頼んでおいた、陛下の影武者の件です」

 ソラの言葉に彼女は口をあけて「ああ」と納得した。

 フェルナンドはシャルロットたちと一度別れる前に、ソラに頼まれたことがいくつかあったのだ。

 ひとつはシャルロットの影武者。ひとつは武器。ひとつはン・ヤルポンガゥにいる商人の伝と連絡を取ることなどなどだ。

「リリアナがあまりにそっくりらしくてな」

 フェルナンドはサナダと出会った経緯を補足する。

 彼らはシャルロットが各地にいるという誤情報を流しながら、シャルロットに合流しようとしたのだ。

 その道中、サナダの領地を通ったのである。そこで偶然サナダと知り合い、事の経緯を説明してここに至ったのである。

「養父がいるとはな」

「私の実の父は、私が能なしだとわかるとすぐに養女として出したの」

 それがこの家だと、シャルロットは説明して目を閉じた。しばらくして寝息を立て始める。

 それを確認して、ソラとフェルナンドは音を立てずに部屋を後にした。

 二人は庭に面した廊下を歩く。庭先からは掛け声があがっていた。

 しばらく廊下を歩いたところで、褐色の商人は口を開く。

「言わなくてよかったのか?」

「言えば飛び出すでしょう」

 ここ数日、民の暴動が各地で起きている事は、彼らの耳にも届いていた。しかし、それはまだ言うべきではないと、ソラは考えていたのだ。

「回復してないままでは、厳しいでしょう」

「しても厳しいでしょうが。ドラゴン三体だよ?」

「それは俺がなんとかします」

 ソラの即答にフェルナンドは口を閉ざす。

「カエデさんたちにはまだ少しだけ時間が必要です」

 褐色の青年は庭先に視線を向ける。

 その先ではカエデたちが、木で出来た武器を振り回していた。互いに決闘方式で手合わせをしている。

「ドラゴンの魔力って、死んでも残るんだな」

「特にあれは古龍と呼ばれる存在に近かったからですね。その影響は計り知れません」

 フェルナンドは自身の右腕に視線を落とす。

「俺も中てられたみたいだしな」

 カエデたちの魔力はドラゴンの魔力に影響され、増大したのだ。強くなったと喜ぶべきなのだろうが、当人たちはそれを扱いきれず、四苦八苦している。

 日常生活は、ようやく送れるほどまでに慣れたのだが、戦闘となるとまだ扱いきれていない。

「サナダさんの言うとおり、戦闘形式で慣らすしかないです」

「慣れたとして、パスト公爵のアサシンたちには厳しいと思うぞ? 特にマルコは」

 ソラは頷きつつも「大丈夫です」と言うと蒼穹へと向ける。

「後はアソー子爵次第ですね」






 アソー子爵は頭を抱えていた。

 彼と側近が立てていた当初の予定が大きく狂ったのである。

 最初はドラゴンの襲来。次にドラゴンの討伐。そして最後に民が各地で決起したことだ。

 ロラン・アソーは机の上にある羊皮紙に目を落とす。次いで視線を目の前の男に向ける。

 赤い頭髪。切れ長の目には青い瞳。髪は長く一つにまとめられていた。

 彼は気だるそうに背を壁によりかけて、あくびを噛み殺す。

 ロランは口を開く。

「どうするランス?」

「知らねぇよ。こういう時こそ、お前さんの突破力が必要なんだよ」

 無礼な振る舞い口調だが、ロランは特に気にも留めない。唸りながら羊皮紙に視線を落とす。

 猪貴族と言われる彼だが、考えあぐねていた。

「陛下の居場所がわからんのだから、どうしようもない」

 ブランシュエクレール各地に現れたという情報。彼らはそれが錯乱させるためのモノだと理解していた。

「少し臆病すぎやしないか?」

 ランスは手当たり次第に探すことを提案する。しかし、ロランはその提案に頷けない。

 ロランは首の付け根をかいた。

「しかし、それでは民をぞんざいに扱うことになる。それは陛下の御心に背くことになる。民を扱いきってこそだな――そうか!」

 アソー子爵は勢い良く立ち上がる。勢いのあまり、椅子が倒れる。

「民だ! そうだ民だぞ!」

「なんだよ急に」

「民なんだよ」

「だからなんだよ」

 ロランは当初の予定を思い出していたのだ。それを告げるとランスは口元を歪める。

「確か――陛下と王都で合流するっていうやつな」

 彼らは自分たちが闘う準備をしている素振りを、パッセ派閥に知らせていた。そうすることでシャルロットと自分たち二つに注意を促そうと考えたのである。

 そして折を見て動き出し、大きな私闘を起こし、内乱を誘発させる素振りを見せようとしたのだ。そうすればシャルロットはアソー子爵を止めるために動くため、合流してくれるだろうと。

 実際、彼らの見えすぎる動きで、パッセ派閥の貴族たちは動けなくなった。シャルロットとアソー子爵、両方に注意を向けなくてはならず、すぐに対応出来るようにと、アソー領付近には、常に軍隊を置かねばならない状況を強いられていたのだ。

 これはシャルロットたちが国内を自由に動く助けになっていた。

「お前の案だろう?」

「そうだったな」

 ランスはどうでも良さそうに言う。

「それを王都ではなく、ここに変えるのだ」

「ドラゴン呼ぶくらいじゃないと、ここには来ないだろうよ」

「民だ」

 赤髪の男は目を瞬かせる。そして口元を歪めた。

「なるほど、民を集めて決起しようとしている。そうなれば陛下はこちらに来るな」

「民を守ろうとこちらに来るはずだ」

 すでに民が犠牲になっているからこそ出来る作戦でもある。

「それに少しは各地も平和になるだろう」






 翌日にはシャルロットは起き上がることが出来た。

 彼女はすぐに情報収集を開始する。そして王都での民虐殺の話を耳にした。

「どうしてそれを早く言わなかった!」

 シャルロットは怒号をソラにぶつける。対する彼は平静に応対した。逆にそれが彼女の気分を逆撫でた。

「言えば、飛び出します」

「当たり前だ! 今すぐ行く!」

 ソラは首を振る。

「なんでだ! 民が犠牲になっているのだぞ!」

 敵意と殺気をソラにぶつけった。

「敵の罠です」

「それでも行かねば民が、人が死ぬんだぞ!」

 シャルロットの大声はサナダの屋敷に響く。

 鍛錬をしていたカエデたちも、サナダと話こんでいたフェルナンドたちも只事ではないと、動き出す。

 騒ぎを聞きつけて人が集まる。それでもお構いなしとシャルロットはソラに掴みかかった。

「私は一人でも行く!」

「行かせません」

 シャルロットは霊剣を掴み、抜き放つ。対してソラは蒼い手甲を展開するだけだ。顕現した野太刀は腰に差す。

「邪魔だ!」

 鋭い目つきの少年は、殺気を放つ。その気迫にシャルロットは足が震えそうになった。

(こんなに威圧感があるのか)

 彼女は歯を食いしばり、足に力を入れて震えを抑える。霊剣を両手で持ち、踏み込むだ。白刃の一閃がソラを襲う。

 しかし彼は余裕を持ってその一撃を蒼き手甲で受け流す。勢いを利用して畳に転がし、そのまま外へ投げ飛ばす。

 数人が止めようと飛び出そうとするが、サナダに制される。

「大丈夫だ。勝負にもならん」

 起き上がろうとするシャルロットの前に、ソラはゆっくりと歩み行く。

「私はこの国の王だ! そしてお前は私の家臣だ! そうだろう? ならば――」

「だからこそ止めます。死地に行くような無様な真似はさせません」

「民が国だ! その民の犠牲を甘んじろと言うのか!」

 ソラは首を横に振る。

「民と貴方あってこその国です」

「人が死のうとしているのだぞ」

「人は死にます」

 歯が鳴り、シャルロットは激情に身を任せて突進、斬りかかった。ソラはその一撃を指三本で受け止める。彼女を庭にある大木に向かって投げ飛ばす。背中から激突して地面に落ちた。

 シャルロットは咳き込み、立ち上がろうとする。

「そこまでにしたらどうだ? 馬鹿娘」

 白髪の老人。サナダがシャルロットに言葉かけた。その言葉に頷くことも、振ることも出来なくなる。

 カエデ、シルヴェストル、ジン、アランの四人が飛び出す。

「陛下! どうか我らに時間をください」

 カエデは膝をつき、シャルロットに頭を垂れた。

「あと少しだけ、あと少しだけなんです」

 シルヴェストルは懇願する。

「今のままだと陛下の足手まといになっちまう」

「だから、僕らが強くなるのを待って欲しいんです」

 ジンとアランは悔しそうに言う。

 彼らとて面白く無いのだ。強くなったのに、その力を扱いきれず民が犠牲になっていく話に、悔しいと感じていた。

 ゲルマンたちもやってくると、シャルロットに向かって膝をつく。ジョセフは少し遠巻きに彼らを眺める。

「陛下。我らドラゴンの影響で魔力が増大しました。しかし、急激な強化により、我々は扱いきれておりません」

「俺はなんか大丈夫だけどな」

 ジョセフは胸を張って言う。彼の言葉に、全員がため息を吐く。

「え? あれ? なんかなに?」

「ジョセフ殿は少し黙って」

 ゲルマンの非難の目にジョセフはたじろぐ。

「だから、今しばらく我々に時間をください。必ずや陛下の役に立ってみせます」

「死にたくないし、生きて大成したいし」

 ジョセフの言葉は褒められたモノではなかった。しかし、彼の言葉は嘘ではない。カエデたちも、ゲルマンたちも、そして言ったジョセフ自身がなにより思っていることだ。

 誰も死にたくない。生きて大成したい。もちろん現状を許容しているわけではない。

 それでも増大した力に慣れぬまま戦うことは、彼らにとっても不本意であった。

 シャルロットは憮然としながらも、彼らの想いを理解している。

「シャルロットさん。俺たちは貴方の家臣だ。だからこそ、俺たちを信じてくれませんか? 後二日。それまでに勝てるようにします」

「抱きしめて」

 シャルロットはソラに視線を向ける。彼は凍りつく。周囲も困惑し、ソラに視線を向けた。

「早く」

「で、では」

 ソラはおっかなびっくりと、シャルロットを抱きしめる。優しく壊れないように、守るように。対するシャルロットは力いっぱい抱きしめ――。

 大きな泣き声が響く。

 彼女に内包された感情が爆発して涙となる。言葉支離滅裂に吐出され、ソラはただそれを受け止め、優しく抱擁し続けた。






~続く~


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