第十二話「決戦、火炎飛龍」
龍を宿す者たちの英雄譚
第十二話「決戦、火炎飛龍」
銀の姫将軍ことフィオナは第二皇子のストロベリーを相手にしていた。
話の内容は、自分が尊大で威光のある人間だということを語っている。が、すでにフィオナは右から左へと聞き流していた。
二人は机を挟んで、対面に座っている。机の上には緑茶が二つ。
この時の彼女は、公爵が動いたという報告に、意識が向いていたのである。
(パスト公爵ご自身が動かれるとは、大胆ですね。そしてそれを引き入れたパッセ侯爵。シャルロット陛下のお手並み拝見と行きますか)
ふと脳裏に皇帝の手紙、勅命を思い出す。
(厄介な内容を送ってくださいますわ)
手紙の内容を知っているのは、フィオナ自身とマルヴィナだけである。
フィオナは茶碗に淹れたお茶を、音も立てずに啜った。
「――だから、このストロベリーが領地に飛び込み、ドラゴンを退治してやろうというのだ! その先鋒はお前だ!」
「兵士たちの士気がそれに値しておりません」
フィオナは指摘する。痛いところを突かれたのか、ストロベリー皇子は顔を大きく歪めた。
「腰抜けどもめ!」
ドラゴンを相手に士気を維持するのは無理な話である。現に突撃すると声高に叫んでいるストロベリーも、フィオナの本城から動こうとしない。
こうして彼女を説得して、突撃させようとしているのだが、空振り続きである。
彼女たち守護将軍は、皇帝の次の地位を与えられている。つまり大公位でもプリンス、プリンセスでも彼女たちに命じることは出来ない。
「何度も申しますが、ドラゴンがいる以上動きません」
「なんだと! 第二皇子の俺が言うんだぞ! 同盟国の窮地だぞ!」
フィオナはため息を吐く。
「すでに兵達の耳にも西の話は伝わっております。前回と違いドラゴンライダーも数がありません。死地に飛び込むようなモノです」
「ちょっと領土に入るだけだから!」
ストロベリーの思惑は領土に侵入し、ブランシュエクレールを制圧することである。それをフィオナも理解しているからこそしないのだ。
ドラゴンにおびえて動けず、汚れ仕事を全部フィオナに押し付けようとしているのである。
パスト公爵は正式に国の来賓と招かれたという事態も、彼にとって予期せぬ事だったのだろう。ブランシュエクレールの制圧の手柄を、自分一人であげようとしているのだ。
そこで扉が叩かれる。フィオナは入室を許可した。
焦茶色の頭髪、同色の瞳。マルヴィナが礼をして部屋へ入る。
「お話の途中失礼します」
「おう失礼だ!」
マルヴィナは一瞬だけ顔をしかめるが、すぐに取り繕う。
「オレンジ皇子が来ました……が」
フィオナはマルヴィナにだけ、表情を露わにする。
「オレンジが? 何しに来たんだ?」
「メロン皇子の言伝を伝えに来たと。客間に通しております」
フィオナは深呼吸した。
「いいでしょう。参ります」
「あ、待て! 俺も行く。いや、俺の話は終わってないぞ!」
フィオナは耳を貸さずに、部屋を退出する。マルヴィナの先導の元、客間に向かった。
銀の姫将軍と呼ばれる少女は、扉の前で一度小さく深呼吸をする。そして一瞬だけマルヴィナに、しかめた顔を見せて、入室した。
部屋には男女一人ずつ、二人。男は茶色のくせ毛だ。タレ目気味の瞳も茶色。髪を撫で付けてから、フィオナを見る。
女性は緋色の頭髪。同色の瞳。青いドレスを身に纏っていた。年頃はフィオナと同じくらいだ。
茶色の頭髪の男が満面の笑みを浮かべる。
「やあ、マイハニー」
「失礼しました」
フィオナはすぐに扉を閉めた。
「マルヴィナ、怪我をした兵士たちの見舞いをします」
「はい」
扉の向こうでは「待て待てい」と叫び声が上がる。
フィオナは諦めて、再び扉を開く。
「やあ、ハニー。俺と会うのが恥ずかしいのかな?」
フィオナは問答無用で平手打ちを叩き込む。その音は城全体に響き渡る。
男性は床に転がり込んで、打たれた頬を抑えて悶絶した。
「皇帝から容赦しなくていい。そう言われていたのを忘れておりました」
「老い先短いクソジジィめぇ」
「要件は手短にお願いします。忙しいので」
努めて冷淡な視線を向ける。
「そうだオレンジ! フィオナは今、この第二皇子のストロベリーと話をしていたのだ」
オレンジは不敵に笑う。
「どうせ右から左だろ? ビリー兄さんの話なんて」
「なんだとレン!」
二人はしばらく口論となった。といっても、ストロベリーが一方的に言い負かそうと食ってかかっているだけである。
涼しい顔で余裕を見せるオレンジ。ストロベリーは逆に顔を真赤にし、ついに耳まで赤くした。
フィオナは長くなると踏む。緋色の頭髪の女性と目を合わせた。彼女はフィオナの視線を意味を汲み取り、肩すくめた。
「ご静粛に」
フィオナが殺気混じりの言葉を発し、場を治める。ストロベリー皇子は腰抜かして、床にへたり込む。
「メロン第一皇子のお言葉とは?」
「お、おう。その前に俺と結婚してくれ」
「不許」
フィオナはどこからか大太刀を取り出すと、形を巨大なメイスに変えた。
それを上段で構えて、もう一度口を開く。
「メロン皇子のお言葉とは?」
「じょ、冗談が通じないな」
助けを求めようと、オレンジは緋色の女性に視線を向ける。しかし、彼女は窓の外を眺めて素知らぬ顔をしていた。
オレンジ皇子は両手をあげて、降参を示す。
「ロン兄さんが帰って来いだって。フィオナはこのままブランシュエクレールの内乱、及びドラゴンの推移を見守ってくれ。それとマゴヤの動向も注意をしてくれ」
「なんでだ! 今が絶好の機会だろう!」
ストロベリー皇子はオレンジ皇子に掴みかかった。緋色の女性は身構える。
だがそれは杞憂に終わる。次の言葉にストロベリー皇子は手を離すからだ。
「親父が起きた」
「なっ?!」
オレンジは語る。病床に伏せていた皇帝が目を覚ましたこと。さらに今の現状を知って、ストロベリー皇子を王都へ連れ戻せと命じたのである。
「なぜだ? なぜだ! 必要だ! あの土地が必要でしょうがよ! 必要だろう食べるもんが!」
「それはわかるが、皇帝はビリー兄さん。貴方とは違うモノを見ているんだよ」
ストロベリー皇子は叫ぶ。
ストロベリー皇子は落ち着くと、兵士をまとめに城を出る。それを確認してオレンジは口を開く。
「パスト公爵は最悪見捨てて構わんだそうだ」
「わかりました」
「それと――」
「お断りします」
「まだ何も言ってないぞ」
オレンジの言葉に耳を向けず、踵を返す。
彼はフィオナを引き留めようと言葉を並べる。しかし、それらは全てフィオナに届かない。
「せめて食事だけでも」
「エレンが相席してくださるなら」
「いいよ。うんうんいいよ。それでいいよ」
邪険に扱えきれず、フィオナは折れる。その様子にエレン、緋色の髪の女性は同情の視線を送った。
火炎飛龍。そう呼ばれたドラゴンとグレートランドの死闘は、撃退という形で勝利を収めた。
三年前の戦いの話しである。グレートランドの西南に現れたドラゴンは、村を、町を焼いた。その犠牲は看過できるものではなく。グレートランドは総力を上げてこれの撃滅に向かう。しかし結果は惨敗。
逆にドラゴンを怒らせ、被害はさらに広がった。事の重大性から、九の同盟国に共闘を打診。
ブランシュエクレールは病床に倒れた女王に変わり、シャルロットとマリアンヌが。ヴェルトゥブリエからは、王の娘、フェリシーとその側近ジャンヌが出陣。
グレートランドはドラゴンライダー、龍に乗る騎士を全て投入。
火炎飛龍の魔力障壁は固く。またその顎門から放たれる爆炎は強力で、ドラゴンライダー三騎を損失。
形勢は一気にドラゴン側に倒れたかに見えた。
しかし、マリアンヌ、フェリシー、ジャンヌらによる一点突破の魔導攻撃。そこに突撃したシャルロットがドラゴンの魔力障壁を突破し、腹部に一太刀。それも大きな傷をつけたことで、逆転。
ドラゴンは激痛に悶え咆哮をあげながら、南へと飛び去る。
シャルロットは三年前の戦いの概要を話した。
ソラ以外は息を呑んで話に耳を傾ける。
彼らはブークリエの町を目指し歩いていた。馬はすでにない。シャルロットがあげてしまったからである。徒歩で逃げていた家族に馬を引き渡したのだ。
馬がないため、一日遅れでの到着である。
ドラゴンは未だにブークリエにいるようだ。道中、多くの人とすれ違った。その者たちは、家財を抱え込んで、シャルロットたちとは反対方向へと逃げていく。
「で、役に立ちそうかしら?」
シャルロットはソラを覗きこむ。
「なりません」
「そんなはっきりと。少しくらいあるんじゃないですか?」
「ないです」
ソラは空を仰ぐ。その後周囲を見渡す。彼は違和感を覚える。
動物の気配が感じられないのだ。彼は内心焦りを滲ませた。
「そういえば、ドラゴンを倒せるとか言ったわね?」
シャルロットの言葉に、彼は頷く。しかし意識は、全神経は周囲に向けられていた。
「倒したことがあるの?」
「ええ、二度ほど」
ソラは地面に手をつく。地面は震えていた。
彼は最初地震と考える。しかし、揺れが長く規則的であった。
「一度目は師匠と共に、二度目は友人と共にですね」
「そっか」
そう言いながらシャルロットは空を仰ぎ見る。
「綺麗な青空ね」
ソラは全神経を耳に集中した。
彼の耳朶に微かに響く音を拾う。それは急激に大きくなってきた。
羽ばたく音。しかしそれは鳥のようなものではない。もっと大きく、空気を弾くような音だ。
「来ました。どこかに隠れてください」
「え?」
全員が唖然としていると、突然地面に影が差し込む。それは一瞬で通り過ぎ――。
シャルロットはドラゴンと目が合ってしまう。その瞬間ドラゴンの瞳孔が大きく動く。
――ない。赤い鱗は岩のようなコブ。コウモリのような翼。悪魔を彼らに印象付ける。手足に生えた爪は赤熱し、湯気を立ち上らせていた。顎門から溢れる炎。鋭い眼光。
その瞳が、シャルロットを正確に捉えた。
傷痕が疼くのか、ドラゴンは咆哮を上げる。
突然の襲来。そして突然の遭遇にシャルロットたちは頭が真っ白になる。その隙はあまりにも長く、それは龍にとっては最高の機会を与えた。
喉が隆起し、閉じられた牙から炎が溢れる。
火炎飛龍は口を大きく開けて、爆炎を吐き出した。
ソラは駆け出す――。
爆炎は真っ直ぐにシャルロットを捉える。
誰もが動けない中、一人だけ動けたものがいた。ドラゴンもその存在を捉える。自身とはまったく異なる力。
その存在にドラゴンは古龍を思い出す。
――シャルロットの前まで来ると、跳躍。さらに空中でもう一飛。何もない虚空を蹴って、迫り来る爆炎に立ち向かう。蒼穹へと飛んで行く。
その背中を視認して、シャルロットは叫ぶ。
爆炎とソラが激突。爆風が周囲を吹き飛――。
「―――――――――――――――――――――――ッ!」
ドラゴンとは異なる咆哮が大気を震わせた。
――炎が霧散し、爆炎は爆ぜることもなく、火の粉となって散りゆく。
中から出で立つモノは人ではなかった。
黒い体躯に赤い外殻。赤い瞳に二本の赤い角。腕部、脚部胸部を覆う外殻が隆起、赤き炎を噴き出し、燃え盛る。
「あれは……ソラか?」
シャルロットはただ上空を眺めた。カエデたちも空を仰ぐ。
姿を変えたソラは、重力に引かれる前に虚空を蹴った。対するドラゴンも未知なる脅威を撃滅するために羽ばたく。
二体の龍が激突する。
「竜人族か? いや違う。人のような龍か? 龍のような人か?」
シャルロットは記憶をたぐり、過去に会ったことのある亜人種である竜人族を思い出すが、見てくれは人に近い。だが、上空にいるソラは違う。外殻を纏っていた。人とはいえない異形と変わっているのだ。
赤い外殻を纏った人型の龍が、業炎を纏う。上空で滞空し、己の身にまとう業炎を周囲に撒き散らしはぜさせた。咆哮をあげ、拳を振るう。
シャルロットはグレートランドにある島を思い出す。その島の名前は――。
「竜ヶ峰島の――」
そこに古くから龍を宿した戦士がいる。そういう噂を耳にしたことがあったのだ。
龍の宿命を背負う戦士――。
「――ドラッヘングリーガー」
カエデたちも呆然と眺めることしか出来ない。
火炎飛龍は爆炎を連射する。先のモノとは比べると大きさも威力は劣るその攻撃。しかし、人の身には絶大な威力は持つ。
そう、相手が並の相手ならばの話だ。
だが、ドラゴンが今目の前にしているのは、異常な存在だ。龍でありながら人。人でありながら龍。
爆炎を弾きながら、虚空を跳ねてドラゴンに肉薄。業火を纏った拳が、龍の頬を殴り飛ばす。業火は激突と共に一層燃え盛ると、膨れ上がり散った。
肉を打つ音と、鱗が砕ける音。それらが混ざった激突の音が空気を震わせた。
火炎の飛龍は体勢を崩すが、力強く羽ばたき体勢を立て直す。
ドラゴンは真下にいる人間。復讐すべき相手に視線を落とす。
「――――――――――――――――――――――――――――ッ!!!」
大地を、空気を、木々を震わせる咆哮。
顎門の奥が赤く灯った――。
「させるかァ!」
赤い龍。否、龍の超戦士は咆哮を上げると、緑の烈風を纏う。外殻が大きく姿と色を変え、手には大太刀を携えていた。その長さは六尺(約百八十センチ)。
先ほどまでとは違い、虚空を蹴ること無く空中を滞空。ふわりと浮いていた。
烈風が空中での動き加速させる。ソラはドラゴンの左の翼を見据えた。
――口中に炎が膨れ上がる。
ドラゴンとソラはすれ違う。
緑の一閃が走り、血飛沫が宙を舞う。
左の翼が斬り落とされる。瞬間、体が反転。片翼を失ったのだ。空をとぶことは二度と適わない。ドラゴンは頭から地面に落ちて、爆炎を蒼穹に吐き出してしまう。
地面を二つの物体が落着。地面を震わせ、周囲の動物は逃げ出す。
咆哮。激痛に悶えるソレは、暴れても収まらず。周囲に無差別に爆炎をまき散らす。炎は森を焼いた。
爆炎がひとつシャルロットたちに襲いかかる。
緑の突風がシャルロットたちを、炎から守る。
「ロッテ、みんなと一緒にいてくれ」
彼女は緑の外殻を纏った戦士に守られるように抱かれていた。ソラは、シャルロットの反応がないことに気付き、もう一度言葉をかける。
「いいな? みんなと一緒にいるんだ」
「え? あ、はい」
彼女は口調の変化に驚く。声音も普段の優しさはない。荒々しさを感じさせた。
ドラゴンはなんとか起き上がると、大地を踏みしめ駆け出す。木々がいとも簡単に薙ぎ倒されていく。木々を、土を巻き上げながら、ドラゴンはまっすぐにシャルロットたちを轢き殺そうと突進してきたのだ。
ソラは皆を丸ように前へと飛び出る。
青き激水が外殻を象った。大気中の水がハルバートを形勢。長さは七尺(約二百十センチ)掴んだ時には眼前にドラゴンが迫っていた。
ソラは激水を纏うハルバートを目一杯振りぬく。胴体に命中。砕ける音とと血飛沫が噴き出す音。巨大な質量は大きく真横に吹き飛ばされる。
胴体から流血し、大地を赤く染めていく。
荒々しい息遣いそのままに、炎を吐き出す。爆炎でソラは吹き飛び、飛び退く形となった。その隙を逃さず龍は咆哮を上げながら、周囲に炎を散弾のようにばら撒く。
炎の雨はシャルロットたちを襲う。
黄の迅雷が迸る。ソラは雷光になりて疾駆。炎の雨を全て弾き落とす。
「マジか……見えなかったぞ」
ジョセフは辛うじて言葉を紡ぐ。
黄の外殻を纏う戦士がいつの間にか彼らの前に立ち、ドラゴンに立ち塞がる形となっていた。
「トドメだ」
ソラは赤き業炎を纏い、赤い外殻を身にまとう。前腕、膝下にある赤い外殻が開く。
それらが赤熱し、炎を滾らせる。
ドラゴンは咆哮を上げると、反転。どこかへ走り去っていく。
突然の事態に、全員の動きが止まる。
ソラはどうしたもんかと、考えこんでいると、シャルロットが叫ぶ。
「追って! 追ってソラ! あっちはブークリエの町があるはずよ!」
息を呑む声と同時に、ソラはシャルロットたちに背を向けた。
「俺が行く。ここで――」
シャルロットはソラの背中を見て、言葉を遮る。
「ダメ! ダメよ! 私も行くわ」
「なぜだ?」
「ここで貴方を一人で行かせたら、貴方は一人になっちゃうでしょう!」
ソラは「そんなこと」と否定しようとしたが、シャルロットはそうはさせまいと、飛びつく。
「あなたは私の相談役。それでもって私の家臣。家臣なのよ?」
シャルロットは、ソラを一人にさせまいとしていた。化け物じみた。否、化け物そのものの力を目の当たりにしたからである。
彼女は無能と呼ばれ、王位を奪われ、孤独を知っていた。
その異形を見て、力を感じ、誰もが恐れないわけではない。だから、彼女は一人にさせまいと抱きつくように飛びつく。
ソラも力の加減が出来ないからか、引き剥がせないでいる。
「いいじゃないか。なんか行こうぜ!」
ジョセフは考えなしに言う。
「俺たちを守ってくれるんだろう?」
「ちょっと待てさすがに――」
ソラは拒絶しようとするが、カエデがそれを手で遮る。
「その力、学ばさせてもらう」
後は「ジョセフが行くなら俺も」と言った具合で、全員がついていくと言い出す。
ソラは逡巡した。しかし、シャルロットの申し出を受けることにする。
「わかった。だが、運べるのは一人だけだ」
「当然私でしょう?」
赤き龍の超戦士は頷く。
「お姫様抱っこ」
化け物はたじろぐ。
「はーやーくー」
「戦いに行くんだぞ?」
シャルロットはわざと胸を押し当てる。
「早くしないと、こうしちゃうわよ」
「わ、わかった。わかったからちょっと離れて」
赤き外殻が黄の外殻へと変わる。シャルロットを抱えあげると、雷光は瞬く間に龍を追いかけていく。
その背を見送りそうになった面々は、叫んで気合を入れた。
「龍を俺たちで倒すぞ!」
ゲルマンの言葉に傭兵団は負けじと叫ぶ。
「本当の意味で龍と戦った戦士になれるんだ!」
「戦っちまうぞ! 戦っちまうんだ!」
「避難誘導だけでもいいよな? な?」
「あたぼうよ。死ぬことはない」
ジョセフはそんなやり取りを横目に、我先にと駆け出す。
「俺が最初になんか追いついてやるー!」
その背を追いかける元傭兵団の面々。それらの背中見てジンは肩をすくめる。
「先程までの恐怖はどこへやら?」
アランは頷くだけだ。
「でも、陛下の言うとおりですね。このままソラさん一人行かせてたら、俺たちあの人とまともに会話出来たかどうか」
シルヴェストルは言いながらカエデに視線を向ける。
彼は弓の弦を確認し、錆びた長剣を確認していた。
「ボンボンには負けたくないな」
ジンは笑って言う。
傷を負ったとしてもドラゴンの力は絶大だ。走り出しただけで、地面は破裂し、大木は薙ぎ倒されていく。
森を抜けると町に出た。龍はそのまま手近な建物に突撃。破壊する。
ドラゴンが出たのは知っていたのか、すでに避難は始まっていた。しかし、家財や準備やらで町民の動きは鈍かった。
ドラゴンは体を振り回し、人を、建物を薙ぎ払う。爆炎を広場に向けて放ち、人を炭化させ、家々を燃やす。一瞬にして町は地獄絵図と化す。
悲鳴と怒号。絶叫と咆哮。それらが町を覆い、一気に狂乱に染まっていく。
怒りが、痛みが収まらぬドラゴンは、衝動をそのままに町中に爆炎を吐き出した。火はさらに広がる。
「これ以上やらせるか!」
お姫様だっこされたままのシャルロットが叫ぶ。
雷光は瞬く間にドラゴンに追いつく。
「舌を噛むぞ」
「噛まないように運んでよ」
ソラは内心「無茶な」と思う。
ドラゴンは振り向き、シャルロットを視線で射抜く。先程と違い視線に射竦められることはなかった。
彼女はすぐにそれはソラが側にいるからであると理解する。
「戦うから」
ソラは拒もうとしたが、諦めた。シャルロットはそういう人だ。一度言い出せば止まらない。
「――わかりました。そろそろ落とします」
「え?」
「上手く着地してください」
ソラは言い終えると、地面を踏みしめ跳躍。勢いを殺せなかった地面は破裂した。
ドラゴンの背にシャルロットを投下。虚空を蹴り、急降下。
迅雷を纏う短剣を出現させ、それらを走らせる。無数の斬撃が、龍に浅い切り傷を与えた。ソラ自身は着地と同時に、青き激水を身に纏う。ハルバートを取り出し、足元に滑りこむ――。
「ここは? 投げられた? ドラゴンの背中?」
見慣れぬ赤い地面。普段より高い視点にシャルロットは混乱しそうになった。
迷いは一瞬。シャルロットは無我夢中で霊剣を取り出す。白く虹色の光沢を放つ剣を迷うこと無く突き立てる。
魔力障壁などなかったかのように、容易く刀身は突き刺さった。
ドラゴンは背中を刺され、激痛に暴れる。上下左右に力学が生まれ、シャルロットは振り回される。遠心力が働き、シャルロットは吹き飛ばされそうになった。彼女は歯を食いしばり、力いっぱい剣を握りしめる。
「暴れるんじゃねぇ!」
――ソラは叫ぶハルバートを、力任せに振りぬき、左足に深い斬撃を叩き込む。
赤い流血。そして激痛によってドラゴンは地面に倒れ込む。シャルロットは背中を、蹴飛ばし剣を引き抜く。遠心力はまだ働いており、彼女は吹き飛ばされる。
「ソラ!」
叫び声に応じてソラは駆け出す。緑の烈風を纏い、体をふわりと浮かせる。投げ飛ばされる形となったシャルロットを風の力で優しく受け止め、抱える。
「ありがとう」
「無茶しすぎだ」
「守ってくれるって信じているからよ」
「おだてないでくれ」
「ここはそういう場面、でしょ?」
ドラゴンは首だけを動かし、シャルロットたちに向けて炎を放つ。それは大太刀によって斬り裂かれ霧散する。火の粉ですら風に遮られ、シャルロットを焦がすことは敵わない。
その姿は龍を従えたようにも見えた。
戦いを遠くで眺めていた町民は、彼女の生きている姿に歓喜し、そして側にいるモノに恐怖し、それを従えている姿に畏敬の念を抱く。
ようやくカエデたちも追いつく。彼らはドラゴンの様相に、足が止まる。最後はジョセフであり、彼はここに到着するだけで、息も絶え絶えになっていた。だが、彼は疲労と、持ち前の思慮のなさから、石を掴んでドラゴンに投擲。それは瞳にぶつかり、力なく落ちた。
「おっしゃ! これでドラゴンと戦ったし、なんか攻撃した! でもなんで目ん玉傷つかないんだよ馬鹿!」
カエデたちの緊張が一気に弛緩する。ジョセフは膝に手をあて、深呼吸する。
「ちょ、ちょいとなんか休憩で」
ドラゴンは最後の力を振り絞る。大きく口をあけると、火球を作り出す。自身の持つ魔力の全てを爆炎に込めていく。そしてシャルロットたちとは反対の町へと首を向けた。
「倒さないと」
「マナもなんとかしないと、この地がマナ害にあうぞ」
「なんとか出来ないの?」
ソラは首を振る。
「あのマナの量は一撃では無理だ。少し時間もかけないと厳しい」
「今倒すべきじゃないの?」
「その拍子であの炎が吐出されたら、それこそ本末転倒だ」
町民はシャルロットの登場に、動きを鈍くしていた。
「ドラゴンめぇ!」
シャルロットは忌々しく叫ぶ。
「このやろう! 俺がジョセフ・パッセだ!」
ジョセフは手近にある石を投げ始める。石のひとつがドラゴンの傷に直撃。巨体がわずかに動く。
カエデは目を瞠った。弓を構え、矢を番える。矢を放ち、無数にある切り傷のひとつに命中させた。
ドラゴンは身を震わせる。
「いける! いけるぞ! 奴の傷だ。傷に攻撃するんだ!」
カエデは叫ぶ。
ジン、シルヴェストル、アランそこら辺にある石を掴み、ドラゴンに投擲。ゲルマンと配下の面々もそれに倣う。ジョセフは頭くらいの大きさの石を抱え、ドラゴンに突撃。途中で石を投げ出すと、慌てて引き返してくる。
「あっち! あちちち! あっちぃ!」
ジョセフの皮膚は赤く、焼けただれていた。
「馬鹿! あんな火球だぞ!」
ゲルマンはジョセフを叱る。
「いや、待て。あれが大きくなれば、俺たちもただでは済まんぞ」
ジンは指摘するが、目安がわからない。全員の動きが鈍くなる。熱にやられた頃には、ジョセフの二の舞いになるかもしれないのだ。
「俺より後ろにいろ」
ジョセフは言うと、立ち上がる。すでに傷が癒え始めていた。
「俺が焼かれ始めたら、目安な!」
相談している暇はなく、彼らはジョセフの案を採用する。
石と矢がドラゴンに降り注ぐ。鱗に傷ひとつはいらない。それでも嫌がらせにはなっていく。
それでもなお、龍は動じない。口中の爆炎は巨大に膨れ上がり、ドラゴンの顔も焼き始める。
カエデは体中に走っている傷に矢を放っていく。それは確実にドラゴンを苛立たせていく。
そして苛立っていたのはもう一人いた。何も出来ずにいるシャルロットである。彼女は霊剣を睨み、罵声を浴びせる。
「この霊剣! なんか能力ないの?」
シャルロットは叫ぶ。
「今ここでなんとかしないと、私の――みんなの国が守れないの! だからなんか力があるなら貸してよ!」
ドラゴンはついに耐えかねて、シャルロットたちに向く。
「貸せって言ってるでしょうが!」
ソラは、その身を業炎で焼き、赤き外殻を身に纏う。爆炎を迎え撃つ形で構えた。
「陛下、後は俺が。なるべく被害を抑える。だから早く退避してくれ!」
「私だって守りたいって言ってんの!」
「それは俺が――」
ソラが差し出した手は、霊剣に触れた。
その時、不思議なことが起こる。
純白の長剣は、黄金に光り輝いたのだ。側にいた面々は黄金の光に、視界が奪われる。
剣の色は、白から黄金へと変わった。
その光は町を照らす。
「なんだこの光は」
「シャルロット陛下だ! 陛下の光なんだよ」
「やはりエクレールの生まれ変わりなんだ。あの人は生まれ変わりなんだよ」
町民は光を見て、崇めるように眺めた。
その変化はシャルロットの霊剣だけではない。
「なんだこれは」
ソラは自身の体を見下ろす。赤き炎は黄金の炎へと変わる。黄金の炎が彼を覆う。
「霊力が触れ上がっていく――これならやれる」
ソラは足を開き、腰を低く落とす。両の拳を引いて構えた。黄金の炎は全身から吹き出し、燃え盛る。
「あの炎は俺がなんとかする。トドメは任せたぞロッテ」
「いいの?」
「受け止めるにはそれなりの技量がいる」
「どうせ私はまだ未熟ですよーだ」
シャルロットはいつでも走り出せるようにした。
これは自身の霊剣の能力がわからないからである。今このまま振り下ろすと、どんな威力が出るか誰も知らない。
そしてそれを握っているシャルロット自身が、ただならぬ力を感じ取っていた。
「懐に飛び込んで突き刺すわ」「
「それがいいでしょう。できれば空に向かって」
シャルロットは頷き、ソラの背後に控えた。
ギリギリまでカエデたちはドラゴンに攻撃を加えて、ジョセフが火傷を負ったのを確認して、引き下がる。
ドラゴンの顔は巨大な火球に包まれてわからなくなっていた。それが一瞬で小さくなる。ドラゴンの顔は、湯気が立ち上るほど、熱せられていた。
咆哮と共に火球が吐出される。放たれると同時に、加速度的に膨れ上がっていった。爆炎が地面を吹き飛ばし、ソラを襲わんと迫る。
ソラは迎撃するために駆け出す。
「――――――――――――――――――――――――――――ッッ!!!」
雄叫び上げながら。右の拳を火球に打ち込む。
黄金の炎が爆炎を受け止めて、拮抗する。
否、ソラが押され始めた。地面に食いつく足が、滑り始めていく。苦悶の声をあげて、ソラは踏みとどまろうとする。
「まだまだぁ!」
ソラは左手で拳をつくり、叩き込んだ。
黄金の炎が噴き上がり、燃え盛る。
「消えろぉおおおおおおおおおおおおッ!」
爆炎が破裂し、霧散する。
それを確認したシャルロットは、ソラの背中から飛び出す。気合の掛け声を上げて、駆け出す。
もしかしたらドラゴンに余力があるかも知れない。シャルロットはそんな事を微塵も考えなかった。
そして懐に飛び込む。
「死ねぇえええええええええええ!」
黄金の刀身は、空に向かって突き出される。容易く腹部に突き刺さった。それは奇しくも、彼女が以前に一太刀浴びせたところであった。
黄金の光が剣から放たれ、柱となって天に登っていく。
その神秘的な光景に、町民は神を崇めるように見つめた。
~続く~
ツッコまれる前に言い訳を
ドラッヘングリーガーは造語です。龍の超戦士とかそんな意味ととっていただければ。
ドラッヘクリーガーが本来の龍戦士という意味なのです。
語感がいいというのが、最大の理由なのですが、それ以外にも意味付けはしてあります。
それらは機会があればお話したいと思います。
では次のお話まで。