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第十一話「進むべき道・選ぶべき道」

龍を宿す者たちの英雄譚

第十一話「進むべき道・選ぶべき道」






 シャルロットたちの作戦は簡単だった。夜中を利用した作戦だ。彼女が囮になり、パッセ侯爵の先頭を混乱させ、その隙にソラたちがパッセ侯爵の首を取るというものである。

 それを可能と判断させたのがパッセ侯爵の圧倒的な兵士の数と、狭い林道だ。自然と隊列は細長くなり、パッセ侯爵の本体の守りも手薄なものとなると考えたのである。

 実際彼らは、シャルロットたちの思惑通りに動いていた。

 後、少しでシャルロットたちが動こうとした時である。予期せぬことが起こったのだ。

 パッセ侯爵の軍団が足を止め、反転。そのまま引き下がってしまったのである。

「どういうことよ? どういうことなのよ?」

 シャルロットはゲルマンに肉薄した。顔に傷のある金髪碧眼の男は肩をすくめる。

「わかりません」

 彼女は苦虫を噛み潰した顔になった。大きな声で去りゆく敵に罵声を浴びせる。

 程なくしてソラたちも合流した。彼は村の自警団であるカエデ、シルヴェストル、ジン、アランを伴っている。村を出るときに彼らも志願してきたのだ。

 彼らの表情には落胆の色が濃く出ていた。今回の彼らは復讐に燃えていたのだが、それが敵の撤退で折られてしまったのだ。

「どういうことかわかる?」

 ソラは小さく頷く。

「ドラゴンです」

 その言葉にシャルロットは目を見開く。しばらく考え込んだ後、夜空を見上げる。

 雲の隙間から、月光が差し込む。

「詳しくわかるかしら?」

 ソラは頷き、口を開く。






 馬車の中にいるパッセ侯爵の顔色は悪い。その側で歩く山高帽の男は、平然としていた。彼は視線を彷徨わせる。兵士たちの表情は恐怖に塗り固められていた。

 実際、夜の闇に紛れて逃げ出す者もいるくらいである。

 山高帽の男は不満に思い、それを素直に口にした。

「せめて、殺してからでも良かったのでは?」

 ドラゴン襲来の報を受けたパッセ侯爵は、すぐに反転。王都へ向かっていた。

 山高帽の男はシャルロットを殺してからでも、それは遅くないと思ったのだ。

「王都の守りは万全にせねばならない。ならんのだ!」

 パッセ侯爵は額を刺繍されたハンカチで拭う。彼は「それに」と続ける。

「あのじゃじゃ馬だ。どうせ死地に勝手に向かうさ」

「ドラゴンを倒しに行くと?」

「そうだ。自国を愛しているからな。現在の手勢はわからんが、無能にどれほどが出来る事か」

 山高帽の男は考えを改めた。

 パッセ侯爵は、考えなしに逃げているのが実情である。報を受けた時は、顔を真青にしてそこまで頭が回っているように彼は見えなかった。

 だが、取り繕っている彼の言葉には理に適う部分があったのだ。

(臆病が過ぎるが、それが今すべきことを直感で選ぶのだろう)

 シャルロットが勝手に死んでくれるなら、兵を犠牲にしなくて済む。

 王都を守りに行かなくてはならないのも事実だ。

「西の大国を知っているな? その東にある港町。それがドラゴンにやられたという噂だ」

 パッセ侯爵は額を拭い、羊皮紙に目を通す。

「事実なら、それよりはるかに軍事力が劣る貴国なら、その判断も間違いじゃないでしょう。ついでに公爵の私兵を引き入れるのはどうでしょう?」

 パッセ侯爵は鼻を鳴らす。

 考えこんでいるのだ。

「ドラゴンがいる以上、正式な軍隊は動かせません。ですが、公爵の私兵ならドラゴンライダーもいます」

 パッセ侯爵は血色がよくなる。

「そうか! そうだな! ドラゴンがこちらにもあれば兵士の士気もあがる!」

 パッセ侯爵は歓喜に声を震わせた。

「それだけの功績を出したのなら、シャルリーヌも結婚を嫌とは言えまい! いや、言わせんな! おまけに逆賊の威嚇にもなる! 勝った! 勝ったぞ! 私は勝ちました!」

 勝利を確信したパッセ侯爵。その喜びの声を聞きながら、山高帽の男は内心否定した。

 勝利するのは皇国であり、公爵なのだ。

 山高帽の男は帽子を深くかぶり、口元を歪め――。

 去り際に殺気をぶつけあった少年を思い出す。

「油断が過ぎるな俺も」

「何か言ったか?」

 山高帽の男は首を振って、夜空を見上げる。

 星は雲に隠れていた。






 翌朝、無人の村。否、シャルロットたち以外誰もいない村。

 ソラとシャルロットは日課になっている素振りをしていた。いつもと違うのは、彼女が木の棒ではなく、霊剣を振り下ろしていたことである。

 これは気を使うべき対象、子どもがいないからだ。

 シャルロットは昨夜の説明を反芻した。

「ドラゴン。本当にそう言っていたのね?」

 ソラは頷き、絶好の機会を逸してまでも引き返したことの意味を話す。

 よほど重要なことが無い限り、引き返すなんてことはしないのだ。圧倒的数の兵士。それだけで彼らは勝利したも同然であり、わざわざ見逃す理由がないのである。

「わざと俺たちに聞かせたようには見えませんでした」

「そのわずかに生まれた混乱は生かせなかったのかしら?」

 ソラは首を振った。

「正直に言いましょう。引き返してくれて助かったと思っています」

 シャルロットは振り下ろしていた長剣を止める。その表情は驚愕に塗り固められていた。

「どういう――」

「俺たちが動けませんでした」

 応えたのはソラではない。彼女たちの後方からである。

 シャルロットが振り返ると、表情を暗くした四人がいた。

「動けなかったんです。これっぽちも怖くて」

 シルヴェストルは膝をつく。カエデは顔をしかめる。ジンは空を仰ぎ、アランは沈黙した。

「どういう……」

「俺が説明します。手練が何人かいました」

 ソラは山高帽の男の話をする。その者は周囲の者とは明らかに実力が違うこと、そしてそのものの仲間もそれに負けず劣らずであることもだ。

「たぶんですが、アサシンたちの上司かと」

「実力は?」

「少し向こうが上です」

 彼は説明する。強引に行けないことも無かったが、その場合逃げられる可能性の方が大きいこと。そして逃げられた場合、多くの兵士が野盗化しかねないことが考えられた。何より、カエデたちは死んだも同然である。

「逃げられたと思う?」

「間違いなく。俺はカエデさんたちを見捨てて動けません」

「よね。私もそんなことされても嬉しくない」

 カエデは堪らず口を挟んだ。

「俺たちのせいだ!」

「違うわ。そうよねソラ」

 シャルロットは即答し、ソラは同意して頷く。

「一番の問題は兵士が野盗になってしまう。そのことが問題なのです」

「そうよ。倒せたとしても、野盗に身を落とした兵士がたくさん出たでしょうね」

 シャルロットは「落ち度があったわね」と自責の念を抱く。

 倒すことだけしか考えていなかったのだ。

 約千近い兵士が野に放たれる。そのうち何割かは戻るだろう。しかし、一割でも戻らなければ百単位の野盗が生まれるわけである。

 倒せたとしてもその後の立て直しに、時間を要しただろうと、ソラとシャルロットは思考を巡らせた。

 例えそれが収まったとしても、その先があるのだ。

「ですが――」

「この問題はこれでおしまいよ。悔しいけどね。ああああああああああああ悔しいぃいいいいいいいいいいいいい!」

 シャルロットはなりふり構わず、長剣を全力で振り回し「悔しい」と何度も叫ぶ。

 落ち着いたところで、剣を地面に突き立て振り返った。

「さて、ソラ。本題よ」

「ドラゴンですね」

「ブークリエ領よね?」

「ええ」

 シャルロットは「少し遠い」と言いながら、その場をぐるぐる回り始める。

 ブークリエ領は西の方に位置していた。つまりパッセ領のほぼ真反対である。

「三日はかかるわね」

 この計算は徒歩で行くことも計算されていた。馬の数が足りないのだ。

「ゲルマンはいいにしても、他が問題よね」

 ゲルマンと共に引き入れた元傭兵団の面々の話しである。

 元傭兵団の少年たちは、未だにシャルロットに対する忠誠心はない。おまけにドラゴン討伐に向かう。なんて言えば、確実に離反するだろう。

 彼女は、それらの危険性などを天秤にかけて思考を巡らせる。

 この瞬間もドラゴンの犠牲が出ていると思うと、天秤は簡単に傾いた。

「ドラゴンが出たというのなら、行くわ」

「御意」

 例え離反されても、一人になったとしてもやらねばならないことがある。そう彼女は自分に言い聞かせた。

「俺たちは……?」

 ジンが代表して口を開く。シルヴェストルは頷いて、隣のカエデを見やる。カエデは憮然とした顔で考え込んでいた。

「好きになさい。というか貴方たちの村はこの先しばらくは平和よ」

 驚くジンとシルヴェストル。

 パッセ侯爵は全戦力を持って、王都へ向かったとシャルロットは推測している。実際にはその通りであった。

 つまりこの村に攻撃する余裕がないのである。

「だから、しばらくは大丈夫よ。後は私たちがなんとかするから」

 シャルロットはソラを引き連れて、ゲルマンたちの元へと向かった。その背を彼らは見送った。

 しばらくの沈黙の後、ジンが口を開く。

「んじゃあ、村のみんなに報告に向かうか?」

「ま、待ってください。待ってくださいよ! このままでいいんですか?」

 シルヴェストルが異議を唱える。

「ドラゴンだぜ?」

「いやそうですけど、そうでしょうけど」

 シルヴェストルは良心の呵責から、このままでいいのかと言っていた。ジンは彼らより年長者なので、その部分をわきまえている。

 だから良心が痛もうとも、身の程をわきまえるのだ。

「俺は無理だね」

「カエデはどうなんだ?」

 シルヴェストルは苦し紛れにカエデに話を振った。

 カエデは錆びついた長剣を握りしめる。

「どうしてなのかわからないんだ」

 二人は顔を見合わせた。

「わからないって何がだ?」

「自分の国でもないあいつが、なぜ戦うのか」

 カエデはソラの事を言っているのだ。

 彼は吐露する。自分の抱いた思いを。

 カエデから見た彼は異様に映ったのだ。

 遺跡調査にしか興味がなく、地位も名誉も欲しくない。そんなのは彼、彼らからしても普通には思えなかった。

 なによりここで大成すれば、それなりの地位はもらえるのだ。だから命を賭けるに値するのだろう。しかしそうではなかった。

 故郷ではなく、なぜここで命を賭けるのか。そして自分たちはどうしてそれが出来ないのか。

「俺は騎士になりたいと思っていました」

「おかげでお前がいれば文字に関しては苦労しない」

 ジンの言葉にシルヴェストルは頷く。

「剣技、弓術。それらもお前がこの村一だ」

「だから、内乱が終わってからでもいいんじゃないか?」

 シルヴェストルとジンの言葉を受けて、カエデは改めて考えこむ。

「あれ? アランのやつはどこ行ったんだ?」

 ジンは周囲を見渡すが、フルヘルムを被った少年の姿はどこにもない。見渡しが悪いわけでもないので、すぐに見つかるはずなのだが、それでも見つからなかった。

 三人はアランを探すことに意識が向く。






 シャルロットが借り受けていた家屋。そこで今後の方針を話していた。

 彼女はもっともらしい理由を述べる。

「――ということでドラゴンを倒しに行く」

 シャルロットの言葉に、ゲルマンを除く元傭兵団の面々は露骨に拒否感を見せた。

 彼女の内心も「そうだろうな」と諦めたところ。

「んじゃあ、なんか俺行くよ」

 いの一番に口を開いたのはジョセフ・パッセだ。

 ソラを除く全員が驚きに目を瞠る。そんな周囲の様子にジョセフは首を傾げた。

「なんかそんなに驚くことか?」

 考えてモノを言っているわけではない。それは誰でもわかっていた。だからこそ、元傭兵団の少年は異を唱える。

「あなたなんか行ってもなんの役にも立ちませんよ」

「じゃあ、野垂れ死ぬか?」

 ジョセフ嫌味を言っているわけでも、怒っているわけではなかった。彼には結果だけが見えているのだ。自分がここで逃げた場合の末路を正確に捉えている。

「お前、畑を耕せるか?」

 少年は頷く。それくらい出来ると彼も考えなしに。否、反抗心から頷いたのだ。それを理解しているわけではない。それでもジョセフは彼を追い詰めていく。

「んじゃあ、なんか麦や米を実らせる知識あるか? 野菜の栽培方法は? 酪農の知識だけでもあるか? 後はそうだな。一年、二年は収穫が無くても蓄えと、狩猟が出来る腕は?」

 矢継ぎ早に問われる言葉に、少年の反抗心は折れる。最終的には「出来ない」と答えた。

「だろ? 俺も出来ない。だからなんかついていく。それだけ」

 彼は野垂れ死ぬか、シャルロットの王位奪還を手伝い、生きて大成するかの二択しかないのだ。他に何かしたくても出来ない。元傭兵団の面々なら何かが出来るかもしれない。

 それでも彼らの現状は甘くない。

「俺にあるのはなんか類稀なるマナ。しかし、なんかそれは自身の治癒能力にのみしか特化していない。それが応用できるのはなんか肉壁くらいだな。出来るの。それを利用して傭兵とかやっても、前線で使い潰されるだけだろう」

 反論しようとした少年。しかし、ジョセフが先に口を開く。

「例えどこかの村になんか運良く行けたとしても、余所者扱い。しかも戦時で余所者になんか恵んでなんかやる余裕もないだろう。なんか野垂れ死ぬのを待たれて、畑の肥やし、家畜か害獣の餌さ」

 容易に想像が出来たのか、元傭兵団の面々は押し黙った。

 ジョセフはシャルロットとソラを見据える。

「だが――だがな。この人たちに着いて行けば、俺はなんか大成できる」

「そんな自信、どこから来るのかしら?」

 シャルロットは半ば呆れ交れに聞く。

「そりゃあ陛下からですよ。ドラゴンに一太刀浴びせたお人だ。さらにそれを支える類稀なる戦士ソラ。なんかこれもう勝ったも同然だろう」

 両手を広げて大成した自分の姿を思い浮かべる。そこで顔色が変わった。

「あ、俺。爵位とかどうなるのかしら?」

「そうね。今の領地を渡すことは出来ないわね」

「せいぜい領地持ちの騎士ですかね?」

 シャルロットは頷く。

「あ、ちなみになんかドラゴンを倒せます?」

 今更そこなのかと、ソラ以外の面々は非難の視線を向けた。

「倒せます」

 応えたのはソラだ。

 この場面、嘘でも言い切ることが大事である。が、彼は本気でそう言っていた。

 彼の三白眼の瞳が、いつにもまして鋭くなる。

「ほら、見ろ。俺たちは勝ったも同然だ」

「でも俺たちが出来る事はないですよ」

「あたりまえだよ」

 ジョセフは少年の言葉を肯定した。ソラ以外の全員が頭を抱えそうになる。

「大体俺たちがドラゴン退治なんかで出来る事ってのは、離れて見ていることだ」

「場合によっては避難誘導をしてもらうかもしれません。が、ドラゴンとの戦いは俺に任せて下さい」

 シャルロットは目を瞠った。

「ちょっと待ちなさい。待ちなさいよ。私は?」

「後方で眺めてもらえれば――」

 ジョセフが二人の会話を切る。

「はいはい。そこら辺はおいおい。どちらにせよなんか俺たちは後方で、安全な場所で眺めてられる。失敗してもなんか逃げられる。逃げたとしても名誉は手に入るんだぜ?」

 元傭兵団の面々は「名誉」と口にした。その言葉は彼らの興味を引く。

 そう今の彼らには財産も名誉もない。さらに戦う意味もないのだ。

 ジョセフはそこまで理解していたわけでも、考えていたわけではない。

「そうだ名誉だ。ドラゴンと一緒に戦ったという名誉をなんか手に入れられる」

 そして彼は戦う意味、意義を彼らに見せつけたのだ。

「これ以上の名誉はないだろう」

 ジョセフは彼らを説得しようとしたわけでない。自分自身が着いて行く理由付けを、己にしていただけにすぎない。それはソラとシャルロット、そしてゲルマンには見ぬかれていた。

 しかしそれを見抜けていない者たちには、効果は絶大だ。先ほどまでドラゴンと戦う意義。そしてシャルロットに着いて行く意味を見いだせなかった彼らの瞳に熱が入る。

「それにさっき、陛下は言った。俺に領地持ちの騎士だと。俺はその団長! お前らは俺の配下だ! 一緒に楽して生きようぜ!」

 シャルロットは口を開きかけ、すぐに閉じた。そして側にいるソラに耳打ちする。

「意外な才能ね」

「はい。団長として適材でしょう。そしてそれを支えるのは――」

 二人の視線がゲルマンに向く。彼はすぐに視線に気づき、その意味を察する。天井を仰ぎ見て、苦笑して見せた。

 すでにドラゴン討伐は祭りか何かに変わっていたのである。元傭兵団はジョセフの戯言に乗せられて、熱を帯びていく。今にも飛び出しかねない気迫に、シャルロットとソラは苦笑いする。

 騒ぎ声が一段落したところで、シャルロットは口を開く。

「改めて聞くわ。ついてきてくれるかしら? ジョセフの言ったとおり、王位を奪還したら貴方達に相応の報いを約束するわ」

 怒号にも似た歓喜の声が湧き上がる。

「俺はついていくぞ」

「僕もだ!」

「龍と戦った戦士――いいねぇ」

「モノはいいようだな!」

 シャルロットは大きく息を吸い込む。

「静まりなさい! 急ぎ準備せよ! 太陽が中天を射す頃に出立するわ!」

 全員は急ぎ準備を始める。

「あの……」

 そこへ一人の闖入者が現れた。

 フルヘルムを被った少年、アランだ。

「私たちは行くわ。今までお世話になったわね。この戦いが終わったら――」

「俺も連れて行ってください」

 いつもの静かな声ではない。強く確かな声音。それにシャルロットは驚く。

 長い付き合いではなかったにしろ、大声をだすような人間ではない。そのことを彼女は知っていた。

「私たちについてくる必要はあるのかしら?」

「はい」

 アランは息を呑む。

 フルヘルムを脱ぎとる。

 日差しの向きで、シャルロットから顔が見えなかった。それでもその意味を察する。

「ずっと……考えて……いま……した」

 対人恐怖症。そう聞いていた彼女はその行為にアランの本気を見て取る。

 彼の言葉は途切れ途切れになった。フルヘルムを抱えた手が震える。それでも彼はそれを被らずに、言葉を紡ぐ。

「俺……は、このま……ま、後悔したく……ないんです」

 彼のその行為は、後から追いついたカエデたちにも強い衝撃を与えた。

「このまま、このまま村で……平和に暮らせ……るかもしれません。けど、それは違う。俺自身に嘘をつくんです。また同じことが繰り返……されるかもしれない」

 カエデは瞑目し、死んだ父の言葉を思い出す。シルヴェストルはまだ傷痕の残る村を眺める。

「そんなのは嫌だ!」

 ジンは空を仰ぎ見た。雲ひとつない蒼穹が広がっている。

「その時のために力が欲しい」

 アランの手は震えが収まっていた。それに一番驚いたのは、彼自身だ。震えが止まった手に覚悟を決める。

「俺はこの村だけじゃなく、この国を守りたいです。だから、俺も連れて行ってください」

「俺たちも、だぜ?」

 ジンが室内に入る。初めてそこに現れたように見えた面々は驚く。

「ジンさんは、行かないんじゃなかったでしたっけ?」

「ばっか、お前たちをまとめるのは俺よ? 俺俺」

 シルヴェストルの冗談交じりの言葉に、ジンは笑って答える。

 カエデは片膝をつき、恭しく頭を垂れた。

「陛下、父が貴方の剣となったように、俺も貴方を守る剣となります」

 シャルロットは四人を見渡す。

「いいわ。ついてきなさい。ただし、死ぬことは許さないからね」






「大分事情が変わっているみたいだ」

 緋色のリーゼント。褐色の肌。青い瞳の青年は話す。

 彼は周囲の物々しい雰囲気を肌で、耳で、目で感じ取っていた。

 ドラゴンの襲来に怯えているのだ。

 ブランシュエクレールには二つの大きな港町がある。褐色の肌の青年たちが降り立ったのは南の港町だ。

「フェルナンド。私でよろしいのでしょうか?」

 フェルナンド、彼は白い歯を見せて笑う。

「わかんない!」

「そんな……」

 彼の視線の先にはフードを被った女性がいた。外套越しでもわかる女性らしい肉付きは周囲の男性の目を釘付けにする。

 フェルナンドは周囲にいる人に事情を聞いていく。もちろん内容はドラゴンについてだ。

 どの人間も西の港町、ブークリエ領に出たという話をしていた。

 そこで彼らが話し込んでいると、半壊した船が入港してくる。ところどころ煤けており、船の側面は、大きく炭化してえぐれていた。

「まじかよ」

 フェルナンドだけではなく、周りにいた人間の視線も釘付けになる。

「あんなに壊れて、よくこれたな」

「普通じゃ無理だ」

 男たちが口々に騒ぐ。

 船乗りたちは、半壊した船の受け入れ体制を整えていく。

「おいそこの小舟、よせろ! 向こうは接岸するのに必死なんだよ!」

「す、すいみません!」

 小舟はすぐに退避する。

「飛び降りてくるかもしれん。人をどけろ!」

 野次馬に集まってきた人間を散らし、必要な人間だけを集めていく。

 そんな光景をフェルナンドと女性は、少し離れて眺める。

「行かないのですか?」

「ちゃんとした情報が欲しい」

 接岸を成功させた船は、しかしすぐに傾く。怒号と悲鳴が大きくなっていく。

 我先にと乗船していた男たちが飛び降りる。

 大怪我をしてでも助かりたいという一心から、無謀な飛び降りをするのだが、地面に激突。あるいは上から飛び降りてきた仲間に潰されるなどして、数名が絶命した。

「落ち着くまで飯食うか」

「はい」

 フェルナンドは鼻を鳴らす勢いで臭いを嗅ぎとる。

「む、美味そうな臭いだ。こっちだな」

「どれも美味しそうですが……」

「こっちに美味いのがあるの!」

 騒ぎをよそに商いをする者は多く、その中に飯屋もいくつかあった。フェルナンドは店を構えている隣に出していた出店に引き寄せられる。

 お粥が売っていた。白米に小麦、少量の野菜を加えたもので、塩で味付けされている。

 フェルナンドは二つ注文して、片方を女性に渡す。

 木の器の中には、白い粥の上に色とりどりの野菜が、主張している。それらが白い湯気を上げて、二人の鼻孔をくすぐった。

「美味しい。美味しいです」

「そりゃあ、姉ちゃん。うちの自慢の商品ですからね!」

 女性は美味しそうに頬張る。頭巾から長い金髪が溢れた。フェルナンドは女性をそこに置いて、近くにあるじゃがいもにバターを乗せた店から二つ購入。帰ってくるころには木の器は空になっていた。

 木の器を出店に返す。そこで隣の店、つまりちゃんと建物を立てて店を構えている店から海坊主が顔をだす。

「お前、いつも言っているだろう。そこに店出すなって! こっちは商売上がったりだよ」

「へっへーんだ。悔しかったら旨いもん作ってみろ」

「なぁにお~」

 フェルナンドは二人の店主のやり取りを眺めながら、じゃがいもにバターを乗せた食べ物を女性に差し出す。

 串に刺してあるだけの食べ物のため、かじりつくと溢れるのだ。フェルナンドはボロボロこぼしながら頬張る。それを見た女性はそれを嫌い、手を添えて口に運ぶ。その所作は周囲の目を引いた。

 先ほどまで喧嘩していた二人の店主も、その上品な振る舞いに視線が釘付けになる。

「お前さんもしかして――いや貴方はもしや」

「おっと、それ以上詮索するな、やんごとなきお方だ」

 フェルナンドは食べ終わった女性から串を受け取ると、店に返してその場を後にした。

 ようやく落ち着いた港。その頃には、太陽は傾き初める。

 フェルナンドは女性を伴って、聞き込みを開始。誰もが口をそろえて「ドラゴンに襲われた」と言う。

 現在のドラゴンの居場所はブークリエ領で間違いということがわかった。

 それに伴い、ドラゴンはそこまで暴れていないことも知る。

 船が襲われたのは、先に手を出したからであった。たまたま遭遇し、半狂乱になった魔導士が攻撃。猛反撃を受けたのである。

「腹に傷のあるドラゴンだ。魔力障壁も並じゃない」

「ブークリエから動こうとしてないみたいだ」

 褐色の青年は二人の船乗りにお礼を言って、その場を後にする。

 その道中、麻袋に包まれた死体が、広場に横たえられていたのを目にした。ひとつふたつではない。百は軽く超えていた。

「あれ全部、あれら全部は?」

「まあ、そうなる。あんまり見ても気持ちのいいもんじゃない。急ぐぜ」

 すぐに広場を通り過ぎる。しばらくしたところで女性は口を開く。

「ブークリエ、というところに向かうのですか?」

「そうなるな。あの王女様なら向かっただろうさ」

 どちらにせよフェルナンド自身は、そこに用があった。ブークリエ領。否、ブークリエ伯爵にだ。

 ゾエという女性の件である。

 フェルナンドの背を追いかける形で、女性は着いて行く。

「そういえば、先程の店主、勘違いなさっていましたがよろしかったのでしょうか?」

 フェルナンドは思い出して、思考を巡らせる。

「あれいい手だな」

「はい?」

「すぐに合流しようと思ったけど、回り道していくか」

 女性は理解していない。フェルナンドは振り返る。悪巧みを考えているのだろう。悪魔が口元を歪めているようにも見える。

「今この国にはシャルロット陛下が生きている。という噂で持ちきりのはずだ」

 彼は白い歯を見せて笑う。

 フェルナンドは自分の考えを小さな声で、女性に耳打ちする。

「可能でしょうが……」

「出来る出来る。ギルドで現状を確認して、あいつらとは別の道で遠回りしていく。そうすれば勝手に勘違いするだろうさ」

 彼の思いつきは至って単純であった。だが、それは後に絶妙な効果をもたらすことになる。






~続く~


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