第十話「ドラゴン襲来」
龍を宿す者たちの英雄譚
第十話「ドラゴン襲来」
グレートランド領内はマナの平均濃度が高い。三年前にドラゴンが襲来したからである。
同盟諸国とグレートランド皇国は総力を上げてドラゴンと対峙。結果、一撃を加える事で追い払うことに成功したのだ。
しかしドラゴンとの戦いからの影響で、マナの濃度が高めなのである。が、それも中央に限った話であった。
ブランシェエクレール。その周囲の領土や海の平均濃度は中央に比べて低い。
故に魔導を使った戦いは不向きの土地と言えるだろう。
ヨリチカは眼前に広がる大地を見て唸る。
「さすがだな。銀の姫将軍」
「違うでしょうに。今回はあの魔導士ですってば」
彼らの眼前に広がる地面は穴だらけあった。大きくえぐられて出来たモノである。
「今のマナの濃度は?」
「低いですね。四割です」
ヨリチカの側近は、円筒の計器を見て言う。
「それでこの威力か」
「ブランシェエクレールのマリアンヌに匹敵しますかね?」
ヨリチカは鼻を鳴らす。
「それ以上かもしれんな」
彼らは踵を返し、砦に引き返す。
砦に戻った彼らを待っていたのは傷だらけの兵士たちだ。誰も彼もが包帯などを巻き、傷の手当を受けていた。ヨリチカは周囲の者に声を駆けていく。
誰も彼もが勇気づけられ、顔を輝かせる。
しかし、士気は徐々に下がっていた。
士気の低下を危惧して、略奪に向かわせた部隊が壊滅したこともあり、マゴヤの軍は下手に動けなくなっていた。
ヨリチカは飾り気のない一室に入り、板のような大剣を壁に立てかける。
「難しいな」
「では、ここで籠城しますか?」
地図を睨んだ彼らはしばしの沈黙した。
「それも難しいな」
側近を手招きして部屋を後にする。
ヨリチカは手近にいた一人の男に話しかけた。
「お前は農家の出か?」
「え? あ、はい」
ヨリチカの部隊にも徴兵した農民がいるのだ。すぐに進軍できるように手勢を主力に動かしたとはいえ、いく道中で徴兵したのである。
とはいえ、士気も低く武器の扱いにも不慣れである。だから後方に布陣するしかないのだ。
「一つ聞く。死ぬのが怖いか?」
男は首を振った。それはヨリチカを恐れてのことである。本音を隠したのだ。
もう一人歩いていた男をつかまえる。
「お前、死ぬのが怖いか?」
男は逡巡した後に、最初に質問された男と視線が合う。
「はい。怖いです。死にたくありません」
「そうか。だろうな」
側近はため息を吐く。
結局のところすでにヨリチカの部隊は、限界を迎えていたのだ。
「ということだ。籠城するにしても心もとなさすぎる。何より彼らは戦力としてあてにならない」
銀の姫将軍の軍勢は精強である。ヨリチカと一騎打ちが出来る銀の姫将軍。そして彼女が抜けても統制が取れる軍勢の練度とそれを指揮する存在。最後に逸材と言っていい稀有な魔導士。
この三つの要素がある限り、ヨリチカの軍勢では太刀打ち出来ないのだ。
「ですね。わかりました。撤収の準備をいたしましょう」
「その前に斥候だ。敵の現在地をもう一度確かめたい。その上で使者を送る」
「なんて伝えますか?」
ヨリチカは銀の姫将軍とその配下を褒める言葉を書き綴った。
翌、夕刻。ヨリチカにとって予想し得なかった事態が起きる。
撤収準備の段取りを部屋で行っていたところ、一人の男が飛び込んだ。彼は叫ぶ。
「銀の姫将軍の軍勢いません! 撤退した模様」
「なんだと? ふざけるな!!」
ヨリチカは反射的に怒鳴る。相手は飛び込んできた男にではない。先日まで刃を交えていた好敵手にだ。
「す、すいません」
「いいえ違います」
側近は理解していたので、軽く説明して男に仔細を説明させる。その途中、冷静になったヨリチカは男を労い詫びた。
男の説明だと銀の姫将軍は撤退したということだ。幕舎が設置した後はあったものの、移動した痕跡があり、場所を変えて襲撃してくるかと、周囲をくまなくて探ってみたものの見当たらなかったとのこと。
「そして見つけたのが?」
「はい。彼女らの本城へと向かう帰路です」
罠の事を考慮したが、それでも周囲に何も設置、設営できていない。
「皇国が重い腰を上げたと見るべきだな」
「と、言いますと?」
「我らが進軍してくれたら、彼らもブランシェエクレールに介入できる口実ができるからな」
側近と軍議に出ていた男たちはなるほどという顔になる。
皇国としてはブランシェエクレールにマゴヤの軍勢が入ることを願っていた。それ故に、銀の姫将軍の軍団は邪魔となる。皇国の手駒でありながら、意にそぐわない行動をするのだ。
だから彼らは銀の姫将軍を引き下がらせたのだ。
とはいえ、ヨリチカの手勢はその期待に応えることが出来ない。
「二日前の我らなら出来ただろう。今はここに籠城することしか出来ないがな!」
ヨリチカは高笑いをした。笑いが収まるのを待ってから男は口を開く。
「それともう一つ」
「申してみよ」
男は言いづらそうにした。意を決すると口を開く。
「ドラゴンを見たという者が」
その場は一気に静まり返った。ヨリチカは冷静に問う。
「特徴は?」
「聞いた話です。確証はありません」
「よい」
「赤色だと言っておりました」
ヨリチカは側近に顔を向ける。
「今のマナの濃度は?」
「三割です」
「何ッ? 馬鹿な」
「ドラゴンほどのカラミティモンスターが出ているのなら、マナの濃度は高くなるはずでしょうね。ですがこのザマです」
円筒の計器は三割五分を指していた。しかし、徐々に目盛を下げてもいたのだ。それを見越して側近は三割と応えたのである。
「こちらに来ないことを願うばかりだな」
「信じるのですか? これは敵が流した嘘かもしれません」
側近とその他の配下は、ドラゴンの存在を否定した。彼らが言ったとおり、カラミティモンスターは存在するだけで周囲のマナの濃度を強くする。
しかしマナの濃度は上がるどころか下がっているのだ。疑うのは無理からぬ話だ。
だが、ヨリチカはドラゴンの存在を疑っていなかった。
「我らに進軍させたいはずだ。矛盾するな」
「籠城するのですか?」
「当初の予定通りだ。が、かなり下方修正になるがな」
ヨリチカは内心思う。一年は動けないことを覚悟した。
長い銀色の髪、真紅の瞳。黒いフリルのついた赤いドレスに、具足などを最低限纏った姿の少女。銀の姫将軍と呼ばれる少女は、無表情ともとれる顔で馬を進めていた。
「フィオナ様」
銀の姫将軍を呼ぶ甲冑を纏った者。その者は馬を並走させる。
全身鎧を纏っているため声で女性らしいとしかわからない。
全身甲冑の女性がヘルムを取る。
焦茶色の髪。瞳も同色。前髪は真っ直ぐに切りそろえられていた。髪は長く、首筋で二つに結ばれている。その二房がこぼれ落ちた。
「怒ってらっしゃいますか?」
「当然」
低く小さな声に凛とした響き。そこに感情が乗っているようには聞こえない。しかし、銀の姫将軍であるフィオナは不満なのである。
彼女らは勝っていたのだ。このまま押していけば勝てたのだがか、不服に思うのは当然ではある。だが――。
「それでも、想定内ですね。よく出来たと思います」
「骨が折れますね」
もう一頭の馬が馬首を揃える。
「フィオナもマルヴィナも、難しく考え過ぎ。面倒ならぶっ飛ばしちゃえばいいのよ。私がやってあげようか?」
小さな少女。目立った甲冑などは装備しておらず、頭巾のついた外套しか纏っていない。
茶色の頭髪は短く、アイスブルーの瞳は不満を滲ませた。
少女は背丈を超える杖を持っていた。その大きな杖を行く先へと向ける。
「どーんっとね。私に任せてくれてもいいのよ? よ?」
覗きこむように言う。
「却下」
「えーなんでー。こっちの方が正しいことをしているのよー」
今度は不満を見せる。
少女は歳相応に感情をコロコロ変えていく。
「昨日の戦いだって私の魔法でどーんって出来たのに」
銀の姫将軍はそこで初めて感情を瞳に見せた。それは一瞬だけであったため、気づいたのはマルヴィナだけである。
悲哀。それを一瞬だけ滲ませたのだ。
「いいえ。マナの濃度が低いですから。それよりも、此度の戦では、よくやってくれましたアイヴィー」
「えっへん。もっと任せてくれもいいのよ? よ?」
フィオナは短く首を振った。
彼女らは城下町に差し掛かる。彼女たちの姿を見ようとすでに人集りはできていた。
城下の民は歓声で彼女らを迎え入れる。そんな中不満を言い募る者もいた。
「姫将軍様! 城の人たちがおらたちの食料を奪っていきやがった」
フィオナはその者の前で馬を止める。
「申し訳ありません。後で城の備蓄を切り崩します」
「あ、いや。そんなつもりじゃ――だが、これ以上持っていかれると厳しい」
「こいつ、フィオナ様と話したくて大袈裟言っただけですぁ。俺達はいざとなったら助けあうさ」
不満を言った男の友人だろうか、肩を組んで話に割り込む。笑顔を作って「気にしないでくださいよ」と言う。
フィオナは頷いてから、馬首を巡らせて本城へと向けた。
彼女らは少し馬の足を早めて、城へと戻る。門番は今にも泣きそうな顔で、フィオナたちにすがりつく。
中に入ると、本城は占拠されたと言っても差し支えないほどの惨状となっていた。
フィオナは眉根を少し釣り上げる。
彼女は広場に座している兵士たちを無視して自身の配下を整列させた。そこで労いの言葉と褒賞を与えていく。
「やあ銀の姫将軍、フィオナ・シルバーライン」
金髪碧眼。眉目秀麗。金の刺繍で着飾った衣服を身にまとった男が、集会に割って入る。
フィオナは無視して、部下たちに褒賞を手渡していく。
ちなみにこの手渡しは部下たち、たっての希望である。兵士たちは嬉しそうにそれを受け取った。
男は怒りを露わにする。
「おい、この第二皇子である、ストロベリー・ランス・グレート・オーランド様を無視するのか?」
「左様」
男は顔を真赤にして怒鳴った。
「第二皇子だぞ! このストロベリー第二皇子を無視するのか!?」
フィオナはその怒号の声を冷たい視線で黙らせる。
ストロベリー第二皇子は食い下がった。
「だ、大体! 勝手な戦のせいでしょうがよ! この集会も!」
「皇帝より賜った領土を死守するのは、我ら守護将軍の責務です」
淡々とした言葉。褒賞を渡し終えると解散させた。
「第二皇子が話しかけているでしょうがよ!」
アイヴィーは露骨に嫌悪感を見せる。マルヴィナがそれを隠すように間に立つ。
フィオナはストロベリーと向き直ると、睨むように見据えた。
「お話を伺いましょう。その前に、あなたの部下たちをなんとかしてください」
広場にいるストロベリーの手勢の兵士たちは、乱雑に屯している。糞尿もその場に撒き散らしている有り様であった。
「勝手にやらせてもらうでしょうよ。出迎えがなかったので、そこら辺は知らないでーす」
馬鹿にするように言う。
フィオナは無表情のまま口を開く。
「では、こちらで好きなようにしてよろしいのですね?」
「好きにしてくれちゃっていいのよ。そういうのは家臣である君の仕事でしょうよ。そういうふうに言っているの? わかっているのかね?」
フィオナは話の途中で背を向けていた。
銀の姫将軍は大きな大太刀を取り出す。鞘を抜き捨てると、刀身を閃かせる。
白銀の刀身は突然形を崩す。刀身が突然形を保てず、液体に戻るように形を変えていく。
片刃の大剣が象られる。
「参ります!」
「そうそう参ってください。って、違う! 違うでしょうよ!」
言い終わるよりも早く振りぬかれ、振り下ろされた一撃は突風をなって、広場の幕舎全部めくり上げた。
ストロベリー第二皇子の手勢は悲鳴を上げて、四散していく。
「あ、こら! お前ら待て! 待てと言っているでしょう! この第二皇子のストロベリーが!」
ストロベリー皇子が声をかけても兵士たちの混乱は収まらない。
フィオナは武器を収めると、マルヴィナにそれを手渡す。
「静粛に」
殺気のこもった言葉に、先程まで右往左往していた男たちは動きを止めた。
「集合」
その後彼らはフィオナの指示の元、城外の広場に幕舎を移す。
第二皇子の主だった配下たちは本城の客室をあてがう。
こうして色々な問題を終えた頃には日が沈んでいた。
「マゴヤが攻め入ったら、我らはブランシェエクレールに入るぞ」
ストロベリー第二皇子は声高に叫ぶ。
銀の姫将軍の城の一室。そこで彼らは作戦会議をしていた。
部屋は豪華な装飾こそないものの、花がいけており質素にならないようにしてある。また芳香剤なども炊いており、その場に列席している将校たちの鼻孔をくすぐった。
フィオナは内心「再起は不可能」と思いながらも頷く。
ストロベリー第二皇子の一団には、まだマゴヤの一団がどうなっているのか知らない。彼らは多大な犠牲を出し、進軍しようにも出来ないのである。
それに加えて軍を動かすことが出来ない事情が、出てきていた。
「ひとつご報告が」
「なんだ言ってみろ?」
尊大な態度を見せつける。自分こそがここの総指揮だと思わせるのに必死なのであった。
「ドラゴンが出たという報告があります」
部屋が静まり返る。
「ど、どうせ与太話でしょうよ。マゴヤ辺りの策じゃあないの?」
ストロベリー皇子は金髪をかきあげ「バカバカしい」と切り捨てた。
「いえ、赤いドラゴンです。我々も帰路で目撃しております」
「んなっ?!」
今度こそ彼らは言葉を発せなくなる。
「ので、ドラゴンの仔細を調べてからブランシェエクレールの事を考えましょう」
燭台が暗闇を灯す。本棚、机などが照らされていく。
机の上に花がいけてあり、そこに人影が浮かぶ。フィオナだ。
会議が終わると、彼女はすぐにここへ来たのである。
フィオナは地図を広げて、自身が目撃したドラゴンの位置に丸印をつけた。
「お疲れ様です。暗闇での作業は感心しませんよ」
マルヴィナは声を柔らかくして言う。
「ええ、ですがこればかりはマゴヤだけではなく、我々にも飛び火しかねません」
「ですが、不可解です。これまでに幾度と無く出ているお話ですが――」
「そうですね。人への被害などは聞きませんね」
「あるとしても、二年前の疫病の時でしょうか?」
フィオナは「そうですね」と頷く。視線を彷徨わせて、本棚を見た。
マルヴィナは察して、先に本。否、報告書をまとめたモノを取り出す。
帯には「ドラゴン報告書」と書かれていた。
「どうぞ」
「感謝します」
フィオナはソレを受け取り開く。最初のページは十年前を記していた。
彼女はめくり続けて、ようやくそのページにたどり着く。
「やはり、人的被害はありませんね。疫病の時も家畜には被害が出ていますが、人は襲われたという話はありませんね」
「その疫病、家畜に伝染する疫病だった覚えがあります」
フィオナは考え込んだ。
「まさかそれだけを的確に?」
「都合が良すぎます。そんな都合が良すぎる話、ありませんよ。いくらなんでも都合が良すぎです」
マルヴィナは強く否定した。
フィオナはそうかもしれない。そう思いつつもどこか腑に落ちないままとなる。
「そういえば、お腹に傷がありませんでしたね」
フィオナは言いながら、三年前を思い出す。金髪の少女。自分と同い年の「無能」と呼ばれていた姫が、ドラゴンに一太刀浴びせた光景を。
暗殺失敗と聞いたパッセ侯爵は、怒鳴り散らす。誰かれ構わず、最後には山高帽の男に肉薄する勢いで怒鳴った。
彼は、自ら軍を率いて村へと向かう。
山高帽の男たちもそれに随伴する。
パッセ侯爵は邸宅にある全戦力、五百を持って村へと向かう。その話はすぐにシャルロットたちの元へともたらされる。
「――となり村のお話です」
「ご苦労」
シャルロットは、報告に来たシルヴェストルを下がらせた。
「村のみんなも、やり返すなら手伝うってよ」
ジンは笑って付け加える。シャルロットはため息を吐く。
「簡単に言ってくれるけど、相手はちゃんと訓練している百の兵士。こっちは五十にも満たない訓練もしていない村人。無理がありすぎる。今すぐ逃げる準備をさせなさい」
ジンは「ちぇっ」と言うと、部屋を後にする。部屋に残ったのはシャルロット、ソラ、ジョセフ、ゲルマンとその配下だけだ。
「良いのですか?」
「いいの。その方がこの村のためよ」
ゲルマンは頷いた。
実際に、この村の者たちは戦う義務を持たないのだ。戦う理由はあってもそれを利用していいわけではない。
彼らは今この瞬間に戦ったとして、勝てる保証もなければ、勝った先に農民に戻れる保証もないのである。
それはシャルロットとしても望まないものであった。
幸いにも周辺の村は受け入れる準備を整えてくれていたので、そこに四散してもらう形にしようしたのだ。
彼らが盗賊団を撃退したことへの感謝と、そして村を見捨てたことへの償いで申し出たことでもあった。
「むしろ少数精鋭で、親父の首を取ったほうが、なんか楽みたいな?」
ジョセフ・パッセは、考えてモノを発言したわけではない。
だがこの時の彼の言葉は、シャルロットを頷かせる。
「下手に待ち構えるよりも奇襲。それでパッセ侯爵の首を取るわ」
シャルロットはそこまで黙っているソラに視線を向けた。
「囮は私、それでいいわね?」
「ええ。わかりました」
地図を広げる。
広い林道が目についた。そこはパッセ領からこの村まで一本で繋がっている。
その道をシャルロットはなぞった。
「私は村の方で囮。ソラは首を取って」
ソラは「はい」と頷く。
「ゲルマンたちは私とジョセフの護衛」
これはゲルマンの配下のことを考慮してだ。士気が高くないのである。
未だ忠誠心も戦う意味も持ちえていない。このままでは危険と、判断してである。
それの意味を理解し、異論はないゲルマンは頷く。ジョセフは「楽できる」と喜んだ。
ジョセフは囮の意味と、危険性を理解していなかった。
シャルロットはそんな彼の様子に頭を抱えそうになる。
「とりあえず、細かいところを詰めましょう」
それから色々な案を出し合い、作戦を詰めていく。
カエデは鞘のついた長剣を振り回す。
荒々しく型というモノとは程遠い動き。跳ねまわったり転がったりして剣を振るっていた。
子どもたちはそれを見て真似たり、茶化したりする。だが本人はいたって真剣だった。
彼の脳裏に浮かぶのは先の戦いの光景。
アサシン数人を相手に大振る舞いをしたソラの動きだ。
マナの光弾の中をすり抜けて一本の矢がアサシンの頭部を撃ちぬく。
緑の光線が止み、その隙にシルヴェストルとジンは距離を取った。
「やられたぞ」
「攻撃!」
「どこからだ!」
アサシンたちは包囲陣形となり、周囲を見渡す。
すぐに彼らは矢を放った存在を見つける。
その者は弓を構え、矢を番えた。
「炎だ!」
一斉にソラのいる方向に杖を向けて、炎の壁を形成すると、彼らは突撃するように走りだす。
ソラは弓を上へ向ける。
空気を切り裂く音。矢は蒼穹に吸われて消えいく。
ソラは弓と矢筒、手斧を地面に置いた。
左手を突き出し、中指にある蒼穹の指輪を閃かせる。蒼い結晶が左腕を覆い、手甲となった。
左手を握ると同時に蒼い野太刀が顕現。彼はそれを左の腰へとさすと抜刀。
遠くでそれを見ていたカエデは感嘆とした声をあげる。
「見えなかった……」
神速、というわけではない。それでも彼には見えない抜刀だったのだ。
それはカエデの心を鷲掴みにした。戦っていることを忘れ、食い入るようにソラの動きに釘付けとなったのだ。
アサシンの作った炎の壁が一箇所崩れる。
カエデが注意深くそちらを見ると、一人の脳天に矢が突き刺さっていた。
「曲射だ!」
「次はない!」
アサシンたちは怒号の声をぶつけあいながら、炎の壁に空いた穴を埋めようとした。
が――。
「飛び込んできただと?!」
空いた穴にソラは飛び込んだのだ。即、一振り。一人の首が血飛沫の尾を引いて飛ぶ。
「光弾だ!」
アサシンたちは一斉に杖を向けて、緑の光弾を放った。
しかし、緑の光弾は霧散する。
「マナの光弾だぞ! マナの光弾なんだぞ!」
ソラは左手を突き出しているだけである。自身らにとって理解不能な事態に、動揺が走った。
「飽和攻撃が出来るこちらが有利だ!」
「足を止めろ!」
彼らの言うとおりである。飽和攻撃をされればソラも動けなくなるのだ。
だが、それはソラが左手を突き出し続けているのが前提である。
野太刀を振りぬき、緑の光弾を叩き落としながら、ソラは突き進む。
裏拳ではじき、野太刀を最小限の動きで光弾を落とし、アサシンたちと距離を詰めた。
一人に野太刀を突き刺す。懐から真っ直ぐに縦に斬られる。
「あがぁああああああああええええええええッ!!!」
アサシンたちも冷静に対処する。一人が犠牲になっている間に、マナで強化した身体能力で飛び退き、隊列を組み直す。
「距離がある! 飽和攻撃が出来るこちらが有利なんだ!」
「おまけに野太刀なんてのが武器だ!」
太刀、刀は切れ味が凄いことで有名である。それも暗殺集団の彼らもよく知っていることだ。
しかし一度人を斬れば、人の脂、血潮を浴び、切れ味が大きく損なわれるのだ。ましてや、骨を断てば刃がかけることもあった。
飽和攻撃が始まる。
緑の光弾の雨。しかし、物ともせずソラは突っ込む。左の手甲と太刀を巧みに使い、アサシンたちに迫る。彼らは下がらず受けて立った。
一人の懐に飛び込むソラ。杖を構えて防御の構えを取った。
「血まみれの刀じゃあ! 無理でしょ!」
杖で受け止め――。
「がっ?」
杖ごと叩き斬られ、上半身が飛ぶ。
視界が反転してわけもわからず男は絶命する。その様子にさすがの仲間も呆気にとられた。その隙は致命的となり、ソラは次いで三人を屠る。
「だったらよ! これならどうだ!」
残った面々は至近距離で地の魔法を使う。
地面を隆起させ、吹き飛ばそうとしたのだ。
ソラは青い光を膨れ上がらせ、周囲に放つ。
「マナが反応しない?!」
土は反応しない。
慌ててアサシンの一人が円筒のマナ計測器に視線を走らせる。
「マナの濃度が二割?」
それが彼の最後の言葉である。よそ見したのをソラは見逃さなかったのだ。袈裟斬りにされて絶命。
アサシン部隊の隊長は、大きく飛び退く。部下を見捨てて杖に緑の光を煌々と輝かせた。
ソラは残りを始末すると、最後の暗殺者と視線を交わす。
「こいやぁ!」
男が叫ぶと同時にソラは駆け出す。
アサシンはマナ光弾を撃たず、貯め続けた。
「マナを消せるらしいが――」
二人の距離が五歩までの距離となる。
「――これならどうだ!」
膨れ上がらせたマナの光弾を地面に向けて放った。
破裂した地面が物理的な攻撃となってソラを襲う。
「これなら防げまい!」
土煙が巻き上がり、視界が覆われる。その中から一つの影が飛び出した。
ソラは飛びのいて難を逃れたのだ。
「飛んだところで!」
緑の光弾が膨れ上がり、散弾した。
無数の緑の光弾。その大きさの通り、威力は少ないものの確実に相手に傷を蓄積させることが出来る。ソラは踏ん張りの効かない空中で野太刀を振り回すことは不可能であった。
無数の、しかし小さい緑の光弾がソラに肉薄する。
ソラは足を踏み込んだ。
「なっ?!」
驚きの声をあげたのはカエデだった。
「跳ねただと?!」
ソラは直角に横に飛んで、散弾をやり過ごす。
目にも留まらぬ早さで、それを繰り返す。
「バッタみたいに跳ねるんじゃないよ!」
追いかけて散弾を浴びせようとするものの、攻撃はかすりもしない。反応が一拍遅いのだ。
アサシンは諦めて肉弾戦で応じることにした。
蒼い一閃が走る。袈裟斬りだ。
「何が野太刀だ! 何が切れ味が落ちない武器だ!」
叫びながら飛び退きやり過ごす。杖の先から緑の刃を形勢。横一閃で振りぬく。
目つきの悪い少年は、伏せてやり過ごす。さらに懐に飛び込んで一閃。
「なんの!」
すんでのところで飛んで躱された。マナで足場を作って大きく跳躍。お返しにと緑の刃を伸ばし、剣閃が走る。
縦に振られたその一撃は地面を割、土を巻き上げた。
ソラは神速の早さで敵の懐に飛び込む。
「しゃらくせぇえええええええ!」
男は叫ぶ。
ソラが振り抜こうとした肩を、肩をぶつけて動きを止めた。右肩同士がぶつかり合い、拮抗する。互いに見合い、視線が交わった。
「冥土の土産に聞く。名は?」
「ソラだ!」
弾けるように互いに距離が開く。アサシンは雄叫びを上げて、突きを繰り出す。
緑の刺突。しかし蒼い野太刀の切っ先がそっと添えられ、その軌跡を大きく逸らされる。
逆手で野太刀を構え、一気に相手の懐に飛び込み肉薄。蒼き一閃が振りぬかれ、アサシンは上半身と下半身が分かたれた。
「あれほどの実力がありながら、なんでだ?」
「何がです?」
カエデは驚き、声のするほうへ勢い良く向き直る。
彼が回想していた主、ソラがいたのだ。
カエデはしばらく考える素振りを見せる。意を決するように顔を作り、口を開いた。
「なんでお前はこんなことをしているんだ?」
ソラは驚き目を見開く。
「お前になんの得があって、この内乱に参加しているのだ?」
ソラはカエデの思惑を考えあぐねる。
しばらくの沈黙の後、彼は素直に答えることにした。
「この国にある遺跡の調査を優先的にさせていただける。という利点が俺にはあります」
「それだけなのか?」
「いくらの褒賞はいただくかと思いますが、基本はそうですね」
ソラは頭をかく。
「遺跡で手に入れたモノとか金品にするのか?」
「いえ、調査を終えたら全て国、ブランシェエクレールに納めます」
カエデは信じられないという顔になる。
「な、なぜだ? 人並みの野心、野望はないのか?」
「願いは――冒険をしながら色々見て、聞いて、考えることです」
ソラは瞑目して胸に手を当てた。
彼の瞼の裏にはまだ見ぬ土地、人々が夢想されていく。
「力には責任が伴う。あれだけの力を持ちながら、どこにも属さないというのか」
カエデの言葉に少年は困惑した。
「以前、同じようなことを言われました。それでも俺は知りたいのです」
「そんな力を持っていながら、か」
「カエデさんの願いはなんですか?」
カエデはそこで押し黙る。
彼にとっての願い。それは騎士になることであった。父のように、父を超える騎士になる。それこそが彼の目指していたことであった。
しかし、突如現れたソラ。彼の努力をあざ笑うかのような、技量と力。
それを見せつけられて、彼は焦ったのであった。
ソラはそれを肌で感じ取る。だからこそ、彼はカエデの願いを聞くまで待ち続けた。
「騎士になりたい」
そして彼はその言葉に確信を抱く。
パッセ侯爵の手勢は六千である。うち五千を王都に、残りを自分の領地に置いていたのである。
彼はその一団を率いてシャルロットのいる村を目指した。
そしてそれとほぼ時を同じくして、ブークリエ領にドラゴンが現れる。
腹部に大きな傷痕がある赤き飛竜。
その爆炎はブークリエの領地を容赦なく襲う。
~続く~