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第二十一話「王都陥落」

第二十一話「王都陥落」






 朝日が差し込む。季節は夏の終わりを迎えようとしていた。しかし、残暑は強く残り、日差しは容赦なく大地を焦がしていく。

 ロートヴァッフェの王都ロートファブリーク。ロートヴァッフェの東側に位置し、国境より三日の位置に王都がある。それ故に、昔は遷都すべきだと声高に言う貴族も多く居た。そんな話は過去。今は国境を接しているグレートランド皇国とは同盟関係にある。

 王宮は山肌にあり、そこを中心に王都は広がっていた。

 ロートヴァッフェという国は東に山が多く、山からは希少鉱物がたくさん出るのである。それを利用した魔道具の生産が得意であり、魔道具の数はグレートランドの同盟国の中でも随一と言ってもいい。

 山肌には王宮の他に製鉄所や武器商などの工場が軒を連ねていた。

 それらから黒煙が立ち昇る。山肌にある理由はマナを下に流す目的だ。マナは空気中に漂うが低い方へと流れる性質があり、それを利用してロートヴァッフェなど魔法で武器を作る国は、山肌に工場などを構えることは珍しくない。

 そんな光景を眺めるひとりの少女。赤みの強い紫の頭髪は長く、毛先に行くほど波打ち、彼女が動く度にふわりと動いた。蒼玉の瞳は強い意志を感じさせる程に鋭い。

 名はディートリンデ・ミツルギ・フォン・ロートヴァッフェ。

 ロートヴァッフェの唯一の第一王女である。

 彼女の母は、ディートリンデを産み落とすと間もなく他界。父親も彼女の母親しか愛することが出来ず、後妻を迎えることはなかった。

 彼女はため息をつく。

「どうかなさいましたか?」

 褐色の肌に白い頭髪。長い髪は三つ編みで結い上げられている。ディートリンデの侍女だ。

「せめて他国に嫁に出すとかするなり、してくれれば事態は好転するでしょうに」

 ああと侍女は納得する。

 カンウルスとの戦争は未だに続いていた。とはいえ、ブランシュエクレールからの物資の援助もあり、徐々にカンウルスを撃退していた。

 そうだとしても、ディートリンデは自身が他国の王族へと嫁げば、もう少し早くそして確実に出来たのではないかと、考えられずにはいられないのだ。

「陛下は殿下を愛していらっしゃいますから」

 ディートリンデの父王は彼女を溺愛するあまり、許嫁はおろか、嫁にも出そうとしない。引く手数多の申し込みも一貫して、拒絶している。

 とはいえ、国が苦しい状況でそれはどうなのだとディートリンデは言う。

「ですが、どこに出しても角が立つでしょう」

 国内のどの貴族に与えても、権力争いの引き金となりかねない。また、他国に出しても同じような事が起きるだろう。

「どうせこの髪でしょうに」

「珍しいですからね」

 赤髪または赤みのある頭髪を持つ者は珍しい。特に彼女の頭髪は輪をかけて珍しいと言えた。赤味の強い紫。その髪に魅了されて、多くの男達は言い争っているという。

 当の本人はその光景を目の当たりにすることはあまりなく、本当にこの髪が珍しいのかさえわからないでいた。

 よく男を捕まえては、自分の髪についてどう思うか問うことでしか、その物差しを測れないのだ。ちなみに皆口をそろえて「美しい」と答えた。

「望んで手に入れたならば、誉れでしょうけどね」

 指で髪を弾く。

 生まれ持ってしまったモノを誇示すること。それをディートリンデは出来なかった。

「手入れをしてらっしゃるじゃないですか」

 毎日のように黒煙が立ち昇る王都である。手入れを怠ればあっという間に汚れていくのだ。常に艶やかさを維持するのも大変なのである。

「父に恥を欠かせないためですわ。正直、わたくしにはなんの価値もありません」

 侍女はまた始まったとため息をついた。もっと誇って欲しい。それが彼女の本音である。

「私は慣れていますが、あまり口外しないでくださいよ?」

「わかっていますわ――ありがとうハイデマリー。貴方が誇ってくれるから、私も多少は労ることが出来ますわ」

 ディートリンデは窓から離れる。その動きに合わせてハイデマリーは扉を音もなく開く。そして先に出て、周囲を確認。

「行きますわよ」






 ディートリンデは、自分だけの騎士団を所持していた。戦死者は未だにない。それもそのはず、一度も前線に立ったことがないのである。

 陛下の溺愛はここでも発揮されていた。

 それにかこつけて、貴族や武器商の娘たちを筆頭に、騎士相当の資格を持つ女性が多数入団。今や騎士団の男女比率は六対四である。

 ロートヴァッフェでは女性に騎士の称号は許していなかったのだが、ディートリンデの騎士団限定ではあるが騎士の称号を得られるのである。国中の女性は騎士になれると、ディートリンデの騎士団は憧れとなっていた。

 この日も訓練であった。

 王宮の中庭には、総勢二千名。

 訓練だけは重ねているため。どの騎士団、貴族の軍に比べても練度は高く、また魔道具も王都直属の常備軍よりも熟練している。おまけに王命で最新式は常にディートリンデの騎士団から優先的に配備されていく。

 最初こそ不満の声はあったが、各地の式典に出ることが多く。最新式の武器を見目麗しい乙女たちが持つことで、国内外の需要は高まることがわかると、すぐに黙りこんでしまった。

 つまり彼女の騎士団は広告塔としての役割が強いし、求められていた。

 ディートリンデはそこに不満はあれど、広告としての役割を全うすることに異論はない。実際に戦意高揚を行うことも出来る上に、式典のみの行軍ではあるが、それで民を沸かせることもできている。

 そういう役割なのだろうと理解していた。この日までは。

 訓練の内容は、三日間の野営訓練であった。王都より西の平原で行い、最新式の魔道具の運用など様々である。

 その二日目の夜であった。

 ディートリンデの幕舎にひとりの男が飛び込む。名はモウトク・リョ。

 先日ディートリンデと共にブランシュエクレールに向かった男である。

「どうした?」

「王都が燃えています」

 その言葉を、ディートリンデは上手く飲み込めなかった。

「なんですって……?」

 力無く問い返すことで精一杯である。

 ハイデマリーの支えを借りて、外へ出ると東の空が赤く染まっていた。九魔月の灯りも手伝って夜の闇に黒煙がくっきりと浮かび上がる。




 この日。王都はパスト公爵の軍に攻められ、抵抗むなしく陥落。ディートリンデの父王の生死は不明。




 そして時を同じくして、ロートヴァッフェに入国した少年がひとりいた。

 国境付近ですれ違った商人は、その目付きが悪さに驚いたという。少年はロートヴァッフェの南の国境より、一路王都へと向かったのである。





~続く~


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