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第九話「アサシン襲撃」

龍を宿す者たちの英雄譚

第九話「アサシン襲撃」






 ブランシュエクレール国の西側には海が広がっており、その先には大国がある。その国の東の都市は炎上していた。

 東の都市は港街ということもあり、物流、漁業などで大きく栄えており、国もまた重要な要衝として都市の意地に軍を常設していた。その数はブランシュエクレールの全軍を優に超える。

 その軍隊は灰と化していた。誰もが黒く炭化し、物言わぬ躯となっている。

 赤く染まった夜空に羽ばたく巨大な存在。

 上空を旋回して、眼下に向かって爆炎を放つ。紅蓮の炎は建物を一瞬で炭化させた。

「――――――――――――――――――――――ッ!!!」

 咆哮が都市に響き渡る。

 空を睨む生き残った兵士は苦々しく言葉を漏らした。

「ドラゴン……」

 直後に彼は爆炎に飲まれ絶命する。

 赤き飛竜は咆哮を上げ、日が昇るまで街を焼きつくした。日が昇ると何かを思い出したかのようにドラゴンは東へと飛翔する。

 ドラゴンの腹部には大きな傷痕があった。

 この日ひとつの都市が灰とマナの渦に消える。それからしばらく、復興した後もマナ害がその都市を蝕んだ。






 パッセ邸宅は見てくれだけは豪華である。金の装飾。光り輝く物品。飾りモノでめまいがしそうなくらいにだ。

しかしあくまでも見てくれだけである。虚栄も塗り固めたモノに過ぎない。そう男は考えた。

 両端に金の刺繍が入った赤い絨毯を、二人の男が行く。

 実際、パッセ侯爵の振る舞いは豪華絢爛というモノとは程遠い。従者たちに罵声を浴びせながら、壊していいモノに暴力を振るった。

「取り逃がしたということでよろしいのですよね?」

「そうだ」

 男の質問にパッセ侯爵に頷きながら応えた。

「では、我々から出しましょう」

「それでダメなら私が直々に出る」

「どうぞお好きに」

 失敗を前提に話されては面白く無い。男は顔に出さなかったものの、少々目つきを鋭くさせた。

 パッセ侯爵はそれには気づかず先へと進む。

「バカ息子と――元な。ジョセフと、シャルロットを殺せ。いいな?」

「了解です」

「それと公爵殿には謝罪の言葉を」

「わかりました」

 男は踵を返し、来た道を引き返す。途中目に入った調度品を見下すように、鼻で息を吐いた。

 男は屋敷出ると、門で待ち構えていた仲間たちと合流。

「で? どうでした?」

「殺せだと」

「わざわざ中に入れた理由は?」

「豪華な屋敷を見せたかったのだろう」

 男は「やれやれ」とつぶやくと、仲間から山高帽を受け取る。それを被って位置を正す。

 本当の目的は男が仕える皇国の公爵に、忠誠を示すためである。が、男にとってはどうでもいいことであった。結果を示す。それだけが、男にとって唯一絶対であった。

「公爵に呼ばれています。どうします?」

「とりあえずあいつらを使おう」

 山高帽の位置を直しながら、男は空を仰ぐ。目を細めると「やれやれ」とつぶやく。

「マナが薄いなここは」






 朝露が陽光を浴びて光を放つ。

 その露に反転して映るはソラとシャルロット。二人は長い木の棒を剣を持つかのように持ち、何度も上段から振り下ろす。

 二人が素振りをしていた。

 すでに長い時間を費やしている。彼らは日が昇らぬうちから素振りを開始。今では村の畑仕事に出る人々の注目の的となっている。

 子どもたちや一仕事終えた人たちが二人の素振りに見入っていた。

 彼らもさすがに気になり素振りをやめる。子どもたちからは「もっとやって」とせがまれ、シャルロットに素振りを教えてくれと集り始めた。

 間違ってもソラのところに行かないのは、目つきが悪いからである。

 そこに一人の少年が近寄った。彼は素振りまじまじと見ると口を開く。

「凄いな」

「おはようございますカエデさん」

「おはよう」

 ソラは少し考え込んだ後、木の棒の持ち方を変える。木の棒を、槍を持つように構えた。

「棒術? いや、槍か。槍術にも心得があるのか?」

「はい」

 ソラは返事をしながら、槍の動きをひと通り確認する。動きそのものは基本的な槍の型であった。突き、払いなどのどの国でも教えるような動作。

「ブレない」

 カエデはその動きに見入る。カエデだけではなく、シャルロットと子どもたちもだ。

「貴方、槍も使えたのね?」

「ええ」

 シャルロットが思案顔になるのを見計らって、カエデは口を開く。

「俺にもさっきの、槍と剣の素振りを教えてくれないか?」

 ソラは二つ返事で快諾した。

 カエデは「待っててくれ」と言うと、踵を返す。どこかへ走って行く。ソラはその背中を見送り、シャルロットに視線を向けた。

「霊剣を使って素振りをしなくて良かったですね?」

「ええ、そうね」

 シャルロットは、まとわりつく子どもたちを世話しながら頷く。

 村の空き家に置いてきたのだ。

 キラキラと虹色の光沢を放つ霊剣。それは子どもたちを強く魅了した。触らせてほしいと殺到したことがあったのだが、ソラはそれを強く反対した。

 シャルロットは彼との付き合いは長くない。それでも重要なことであると察し、指示に従っている。

「霊剣。そういえば詳しい話を聞いてなかったわね」

「聞かれなかったので、少し不安でした」

「私は霊力を持っている。だから使える?」

 シャルロットは確かめるように聞く。ソラは頷いて応える。

「霊力ってなんなの?」

「魔力と似て非なるもの。そう捉えてください」

 シャルロットは「ふーん」と頷く。

「私の無能と関係あるのかしら?」

 ソラは首肯する。

「霊力を持つ人間は魔力を持ちえません。つまり無能、そう呼ばれる人たちの中に、まれですが霊力を持つ人がいます」

「例外はないの?」

 ソラは確かに「はい」と言う。

「おれもまりょくもってない。おれもれいりょくもっているのか?」

 男の子がシャルロットに飛びつく。彼は自己主張する。

「そうなの?」

 ソラは首を振った。男の子は露骨にがっくりと項垂れる。

「彼は魔力を持っています。大抵の場合は魔力が小さすぎて感じられないだけでしょう」

 男の子は自分が特別な存在ではないと知ると、肩を落とした。

 シャルロットは内心同情をするが、慰めの言葉を送らない。それは男の子のためにならない。だから――。

「じゃあ、私にはない魔力があるってことね」

 頭を撫でる。

 男の子は笑顔になった。

「おれはまどうしになってくにのためにがんばるよ」

「そっか」

 ソラは腰を落とし、少年と目線を合わせる。

「魔力も後天的努力でなんとでもなります」

 少年は首を傾げる。ソラは「使う練習すれば強くなるよ」と言い直す。男の子は顔を輝かせてどこかへ走り去っていく。

「話がずれましたね」

「霊力ってなんか出来るの?」

 シャルロットは魔法を思い浮かべる。ソラもそれを肯定した。

「なら私にも?」

 ソラはシャルロットを睨むように、下から上まで観察する。

「まだ早いですね」

 今度はシャルロットがせがむ。しかし、ソラは首を縦にふらない。

「あの霊剣がまだ完全に落ち着いた状態ではないんです。その状況で色々なことをすると倒れてしまいます」

 シャルロットは最初に使ったことを思い出す。敵を退けた時に襲われた疲労感。起きていられないほどだった。

「倒れる?」

「確実に」

 シャルロットは考えこむ。

「あの霊剣ってどんな力があるの?」

「わかりません」

「霊剣の名前は?」

「わかりません」

 落胆のため息を漏らす。

 しかし直後にシャルロットは「それもそうか」とも思う。彼も彼女と一緒に遺跡で発見したのだから、知らなくて当然である。

「だから、名前をつけるのはどうでしょう?」

「いいわね。何か案はない?」

 ソラは「俺ですか?」と頬をかいた。髪をかきながら頭の中に霊剣を浮かべる。

 シャルロットは思い浮かんだ名前を口にした。

「白い剣」

「まんまですね」

「光る剣」

「まあ、そうですね」

「わかってくれた?」

 彼女の名前をつける感性は致命的だったのだ。

 ソラは「はい」と頭を抱える。

「待たせたな」

 考え込んでいるソラを見て、カエデは首を傾げた。

「取り込み中か?」

 ソラはなんでもないと手を振ると、カエデの手に持つ長剣を見た。

 修練とはいえ、彼は真剣を持ってきたのである。真面目な人なんだなとソラは思う。よく観察して、少し不安を抱く。

 長剣は、鞘の上から見ても傷だらけで年季が入っていた。とてもじゃないが実戦に耐えれそうにない。

「それでいいのですか?」

「これがいいんだ」

 カエデの性格を知っている彼は、鞘が飛ばないように注意する旨を告げると、木の棒を構えた。そしてひと通り動きを教えこむ。

 その流れを見ていたシャルロットは、カエデの長剣に視線が行く。

 彼女の脳裏に何かが引っかかる。すぐにその違和感の正体を突き止めた。彼女は電撃が走ったかのように動き出す。

 素振りを始めようとしていた二人は驚愕する。

「あ、危ないですよ陛下」

「それどころじゃないわよ。それどころじゃないの!」

 シャルロットは年季の入った長剣を手に取った。カエデは最初こそ不満を表情に表したのだが、すぐに誇らしげな表情になる。

「これはアラシの長剣だわ」

「父をご存知でしたか」

「ということは、私と会っていたわね」

 カエデは「はい」と頷く。周りの子どもたちは、不思議そうにそれを眺める。その中にソラも加わっていた。彼もなんだろうと、事の推移を見守る。

「申し訳ないわ」

 突然頭を下げるシャルロットに、カエデは恐縮した。

「恐れ多いです。頭を上げてください。あれは陛下の不手際ではございません」

 ソラは内心だからかと、納得する。

「お二人は顔見知りでしたんですね。だから、カエデさんはシャルロットさんを陛下とすぐにわかったのですね」

 カエデは頷く。

 ソラは腑に落ちない事があった。それはこの村の助力を得る時の話だ。

 王位継承方法を知らない民草が、どうやってカエデがシャルロットを王と見抜いたのか。

 あるいは視察などで顔を認識している者もいるかもしれない。それならば複数人が気づくはずである。

 彼らはソラを強く警戒していた。そこにシャルロットが現れると、いの一番に気づいたのは、他でもないカエデである。カエデだけであった。

 ソラは最初、カエデがパッセ侯爵の内通者なのではと疑っていたのだ。しかし、その疑いはすぐに捨てた。

 それはソラが、彼の人となりを理解したからであった。だからこそ腑に落ちなかったのだ。

 それも今日までの話である。

「カエデの父君は、騎士だったのだ」

 ソラは全てを察した。シャルロットの過去形の言葉。そして、傷だらけの長剣。

 そう、すでにアラシという騎士はこの世にいない。

 シャルロットは子どもたちの視線を気にする。

「いいですよ。村では有名な話です」

 彼女は「そう」と小さく言うと、ソラをまっすぐと見据えた。

 シャルロットは悔しそうに言う。酒の席で同僚に因縁をつけられて殺されたと。

「その人物は、以前から妬んでいたそうなの。実際アラシは母の時代から重用したわ。与えた責務以上の働きをしてくれたの。ドラゴン退治から帰ったら、私が王位を継承することになっていてね。その時に爵位を与えるつもりだったの」

 それでと彼女はその先を言うことが出来ない。目を伏せる。

 ソラはカエデを見た。彼の異様なまでの厳しさ、真面目さに合点がいったのだ。

「いい父でした。俺の誇りです」

 カエデは長剣を大切そうに握りしめる。

 ソラは瞑目する。暗闇に映るは人物に彼は思いを馳せた。

「さて、修練の続きですね」






 ジョセフ・パッセは空き家に忍び込む。否、シャルロットとソラが村から厚意で使わせてもらっている家だ。

 彼は家探しする。

 戸などを開けたりして、家具の中を確認していく。

 彼の視線を下に落とす。

「床下とかか?」

「何がだ?」

 ジョセフは大声を上げて、飛び上がってその場にへたり込む。背後を振り返ると顔に傷がある金髪碧眼の男がいた。ゲルマンである。

「お、脅かすなよ馬鹿!」

「貴方は今、自分が何をなさっているのか理解しているのですか?」

「わかってるよ。なんかあの綺麗な剣を持ってみたくて。ダメ? あれなんかカッコいいじゃん。触って見たいのよ」

 ゲルマンはジョセフの言葉にため息を吐いた。

「疑われるとか考えないのですか?」

 ジョセフは一瞬間の抜けた顔をする。

「なんで? なんか疑われる行動した」

「しているじゃないですか……」

 ジョセフはパッセ侯爵の息子だ。暗殺者に殺されそうになっていたので、彼らは保護をしているが、彼自身に疑いの目は向けられたままである。実際村からは疎まれていた。

 念には念を入れて、シャルロットはゲルマンに見張りを命じていたのだ。

 そして今回の野盗のような行動。疑ってくれと言わんばかりの行動である。しかし当の行動した本人は、そんなつもりはないと言う。

 どうしたものかとゲルマンが思案していると、仮の家主たちが帰宅する。

 ゲルマンは肩をすくめた。それだけで察したのか、シャルロットは重い溜息を吐く。

「何しに来たのかしら?」

「あの綺麗な剣持たせて!」

「馬鹿じゃないの馬鹿!」

「馬鹿ってなんか酷くない。ジョセフだよ陛下ぁ~」

「うるさい馬鹿! そんなことしてないでなんかしてみせなさい!」

「魔力はマリアンヌ並にありますよ。ふっふーん。なんか俺って凄くないですか?」

「魔法は使えるの?」

「……練習中です」

 ゲルマンはソラの側に行くと、苦笑いをしてみせる。

「マリアンヌさんとは、あのマリアンヌですか?」

「だろう。ソラも聞いたことがあるのか?」

「ええ、以前お話を聞いたことはあります」

 二人は、シャルロットとジョセフのやり取りを眺めた。

「長くなりそうだな」

「そうですね――そうだ。ゲルマンさんは、タロウ君たちを見回っていただけますか」

 ゲルマンは「了解」と告げると、家を後にする。

 タロウとは、ゲルマンがシャルロットが仲間にしたときに、一緒に仲間にした少年の名前である。

 ゲルマンたちは傭兵団だった。彼らの敵として立ちふさがったが、シャルロットと村人に敗北したのだ。後は奴隷商人に売りだされようとしたのを、シャルロットが待ったをかけて、配下にしたのだ。

 その時に少年八人とゲルマンを含む大人四人。計十二人を仲間にしたのである。

 ゲルマンのような、忠誠心がないため少し彼らの動向も不安なのであった。こうして度々ゲルマンを差し向けては、なんとか繋ぎ止めているのが現状だ。

「やっぱり斬り捨てる」

「そ、そんなぁ! 待ってください。なんか誤解してます」

「誤解される方が悪い!」

「なんかあの剣、かっこいいじゃないですか。だから持ってみたくて」

 シャルロットは虫でも見るような目で、ジョセフを見下ろす。

 彼は疑われるという事を考慮していなかった。ただかっこいい。だから持ってみたい。それだけで、今回は動いたのである。

 だが、それでもシャルロットの中での彼の評価は下がりに下がった。

 それを本能的に察したのか、姿勢を正して彼は頭を下げる。

「一度でいいから持たせてください!」

「そっちなの?!」

「頼みますよぉ~」

 ジョセフは文字通り泣きつく。シャルロットにすがりつくが、これが剣を持ちたいからという理由なのだ。

「そんなに必死?! 貴方もっと必死になることあるでしょう!」

「ほんのちょっと。先っちょだけでも持たせていただければ!」

「ええい寄るな!」

 シャルロットは思いっきり蹴飛ばす。悲鳴と共にジョセフは転がった。後頭部をおもいっきり角にぶつけて流血する。

「あ、ごめん」

「あ、大丈夫です。すぐに治りますんで」

 ジョセフは悪巧みを思いついた顔になった。

「ただ~、なんか剣を、あの白い剣を持ちたいなって」

「ダメです」

 その声はシャルロットではない。それを言ったのはソラだ。

 ジョセフはソラを上目遣いで見た。

「なんで~俺がパッセ侯爵だからぁ~? なんか酷くない?」

「違います。あの剣は――」

「――――――――――――――――ッ!!!」

 悲鳴が響き渡る。ただの悲鳴ではない。

 シャルロットは自身の足元の床を蹴破った。踏みつけた勢いで跳ねる白き霊剣を掴む。

 ソラは先に野外に出ると、周囲を見渡す。脅威がないと確認。その後で手招きした。シャルロット、次いでジョセフが飛び出る。

「なんで貴方まで!」

「いや、なんかなんとなく」

「馬鹿じゃないの!」

「馬鹿でいいから、置いて行かないで。それと剣を――」

「うるせぇー!」

 シャルロットの拳がジョセフの頬を振りぬいた。






 白昼堂々と頭巾を被った集団が現れたのだ。彼らは手に武器を持っていた。

 襲われ慣れていた村人は我先にと逃げ出す。

 彼らは容赦なく魔法を発動。乾いた破裂音の後、火が顕現。村を、畑を焼き始める。

 最初に到着したのは、ジンだった。彼は頭巾の集団に飛び込もうとして、炎に遮られる。

「そんなことしたら! 収穫できなくなっちゃうでしょうがや!」

 集団はあざ笑う。

 炎の中で見知った顔を見つけた。それはジョセフを助けた時に取り逃した人物だ。

「パッセんとこの暗殺者か!」

 さらに炎はジンを焼き殺そうと、彼を襲う。

 空気を切る音。何かが突き刺さり、一人が地面を転がった。

 頭部には矢。

 ジンは飛んできた方向を見やる。二百ミール(約二百メートル)先に弓を構えた男がいた。カエデだ。

 彼は第二の矢を番える。

 カエデの足元には矢が三本。彼がすぐに用意出来たのはこれだけであった。

 残りの矢、四本。

 カエデが矢を放つ。しかし矢は火にあぶられ、あらぬ方向へと向かい灰と化した。

 残り矢、三本。

 カエデは三本同時に掴んで番えた。狙いを定め弦を引き絞る。空気を切る音が三つ。暗殺者集団を襲う。

 地響きが起こる。土が隆起して壁となり、矢を防ぐ。

「甘いんだよ! 我らが魔導の前に普通の矢など甘い!」

 暗殺者の一人が吠える。

 地面が波打つように土が隆起して、ジンを襲う。彼は空高く突き上げられる。

 数ミール(約数メートル)の高さから落着。背中を強打し、肺から空気が全て抜けていく。

「ガッ! はっ!」

 次は緑の光弾がジンを襲う。乾いた破裂音とともにマナの光線が駆け抜ける。

 一発がジンの頬をかすめる。血が流れ出て、頬を濡らす。

「ちっくしょう。母ちゃんのごはん、最後に食いたかったな」

 ついに一発がジンを捉え――。

「させるかってんだ!!!」

 馬を壁にして、それを防ぐ。シルヴェストルが間一髪でジンを救う。しかし、馬は絶命し、肉壁となった。シルヴェストルとジンは馬の亡骸の影に入るように、身を隠す。

 なおも光弾の雨が彼らを襲う。

 敵はゆっくりと歩み、その距離を縮めていく。

「アランは?」

「みんなを避難させてますよ!」

 ジンは「そうか」と安堵する。

「俺が飛び出る――」

「何を言っているんですか。一瞬で終わりですよ」

「だからその隙に――」

「いえ、ですからそれでも一瞬で終わります」

「そっかぁ」

 シルヴェストルが背後に目を向ける。カエデが長剣を携えて、大きく回りこんでいた。

 暗殺者集団の何人かが気づき、そちらにも緑の光弾が飛ぶ。

 それはわずかに、ジンとシルヴェストルへの攻撃を緩めた。

 シルヴェストルは自分たちと彼らの距離を測る。

 詰まった距離はおよそ五十ミール(約五十メートル)になっていた。

 シルヴェストルは小石を掴んで投げるが、あまり飛ばない。彼はマナの光弾を避けるために身を伏せているのだ。腕力だけで投げられる距離はたかが知れている。

「万事休すか」




 ソラとシャルロット、それにジョセフは、すぐに戦闘している場所を発見した。そこへ向かおうとした時である。

 ソラが突然シャルロットを抱えて、飛び込んだ。

 直後にシャルロットの頭があったところを、刃物が駆け抜けていく。

 ジョセフは驚いて尻餅をついていた。

「短刀か?」

「またなのね」

 ソラは戦いに、シャルロットは胸に意識が向いていた。

 シャルロットの声音に違和感を覚えたソラは、突如自分の右手が柔らかい何か掴んでいることに気づく。

 ここ最近慣れ親しんだ感触に、ソラは冷や汗を流す。

「あの……」

「襲ってきた奴は何人?」

「一人です」

 ソラの視線の先。茂みの中から一人が歩み出てくる。頭巾で顔を覆った女性の刺客だ。

 女性とわかったのは、女性らしい体つきからの判断である。

 彼は念には念を入れ、周囲の気配を探った。

「いないよ。安心しな」

 シャルロットは起き上がる。

「随分な自信ね」

「無能が二人に、なんにも出来ないお坊ちゃんが一人だ」

 緑の光で短剣を象った。

 暗殺者集団の中で、一番魔力が高いのだろう。故に三人まとめて一人で十分だと相手は踏んでいた。何より分断に成功している。

「干渉爆発もない。かなりの手練ですね」

「そうみたいね」

 ジョセフも体を震わせながら立ち上がった。

「あたし一人で十分さ!」

 女の刺客の周囲に音もなく緑の短剣が、複数顕現する。

 彼らの背後でも緑の光弾が走り始めた。

「ソラ行きなさい」

「ですが」

「見捨てることは出来ないわ」

「――わかりました」

 彼は「気をつけてください」と言い残すと、カエデたちの元へと走り出す。

 その背後に緑の短剣が駆け抜けるが、ソラは最小限の動きでそれを躱す。

「なんだってんだ!」

「貴方の相手は私よ!」

 シャルロットは踏み込んで斬りかかる。相手は体を捻って縦一閃の攻撃を避けた。

「はん!」

「何を!」

「がら空きなんだよ!」

 シャルロットの顔面に緑の短剣が走る。土が女の刺客に投げつけられた。動揺が動きを鈍らせ、シャルロットが攻撃をやり過ごす一時を与える。

「へん! なんか俺もいるんだぜ!」

 胸を張るジョセフ。彼は誇らしげに瞑目する。目を見開き、口を開こうと――。

 投擲された緑の短剣が、彼の顔面に迫った。

「なんとぉ!?」

 ジョセフは上半身を反って避ける。地面に背中から落ちたところにさらに緑の刃が降り注ぐ。

「なんとぉ?!」

 彼は呼吸が止まりそうになるのを、押して体を転がす。一本がかすり、赤い鮮血が太ももから流れ出る。

「馬鹿! 余計な手出しするな!」

「馬鹿じゃないよ! なんか向こうが卑怯なんだよ」

 相手は笑う。

「馬鹿か。アサシンの前に隙を見せるからだってんだ!」

 今度こそ外さないと、緑の短剣がジョセフを襲う。シャルロットが間に入り、白い長剣で短剣を弾こうとした。

 しかし、魔力で出来た短剣は白い霊剣に触れると霧散する。

「なっ? 何が起きたって言うんだい! 何をしたっていうんだ!」

 驚愕の声を上げたのは女アサシン。シャルロットも驚くが、自身の剣の能力だと推察した。

「もっと色々と聞いておくべきだったわ!」

 シャルロットは

「何がさ!」

 女アサシンは剣に特殊な能力があるのだと判断。すぐに魔力で作った短剣を投棄。消滅。その身に魔力を込めた。

 驚くべき早さで突進。シャルロットまともに構えることも出来ずに、それを受けてしまう。地面を転がり、唯一の武器である霊剣から手を話してしまう。

 白い長剣が女アサシンの前に突き刺さる。

「させるかぁ!」

 ジョセフは女アサシンに体当たりを試みた。しかし、流れるような動作で躱される。すり抜けざまに緑の光が閃く。

 緑の閃光が弧を描く。血飛沫が空を舞う。

 直後に地面を二回、鈍い音が打つ。

「あがぁああああああああああああッ!」

 ジョセフは右腕を上腕付近から切り落とされていた。その部分を抑えてのたうち回る。

「そこでじっとしていな」

 女は笑うと、シャルロットに向き直った。自身の前に突き刺さる白い長剣を見やると、口元を歪める。

「あんたの剣。とっても綺麗だね。高値で売れそうだわ。いえ、装飾品にしてもいいくらいね」

「触るな糞虫。汚れる!」

 女は鼻で笑う。彼女は圧倒的優位に立っていた。周囲を見渡しても誰もいない。ソラはカエデたちを救出に向かったままだ。故にアサシンは勝利を確信して、ほくそ笑む。

「強がってな」

 シャルロットは土を掴んで投げる。が、躱されてしまう。

「そして、潔く死ね! 死んでくれ!」

 女は白い長剣を抜き取る。その刀身をうっとりと眺めて、視線だけシャルロットに向ける。

「血がほしいってさ」

 女は切っ先をシャルロットに向けた。

「この剣、血がほしいんだとさ」

 白い剣が彼女の首筋につきつけられる。歯を食いしばるシャルロット。

「よく見ると美しいわね。そんな奴を殺せるだなんてさいっ! こうっ!」

 目を見開き、笑う。女は剣を握る手に力を込める。

「死ね」

 赤い雫が舞う。

シャルロットの目の前で赤い鮮血が宙を走る。

「あぎぃいいいいいいいいええええええッ?!! なんだこれは? これはなんだぁ!」

 女アサシンの右腕に亀裂のようなモノが走っていた。そこから血飛沫が噴き出る。

 白い長剣を持っている手から亀裂が神経のように伸びて、傷を増やしていく。持っていられず地面に落とす。

 激痛に顔を歪めた女は叫ぶ。

「何をしたんだ? 何をしてくれたんだ!?」

 シャルロットの顔は唖然としていた。その顔に相手も知らないのだと悟る。

「だったらこっちで殺すまでさ!」

 両手を広げる。

 シャルロットは我に返った。剣を拾うより相手の方が早い。内心わかっていても長剣に飛びつく。今度こそ終わりかと背中に神経を尖らせる。

「なんでさ? なんでなのさ!」

 アサシンは困惑する。彼女は両手に視線を落とした。

「なんで魔力が感じられないんだ?! あたしの体はどうしちまったんだぁ! どうしちまったってんだ?」

 シャルロットはそこで初めて理解する。ソラが他の人間に剣を持たせないように言ったのかを。

「そうか。この剣は霊剣。だからか!」

 困惑しているアサシンの動きは鈍い。否、魔力だよりの身体能力だったのだ。魔力が使えない今の相手はシャルロットにとっての敵ではない。

「さようなら」

 女は袈裟斬りにされ、絶命する。

 シャルロットは亡骸を見下すと、次にジョセフに視線を向けた。彼もようやく落ち着いてきたのか、唖然とした表情で事の経緯を眺めていたのだ。

「俺、なんか触らなくてよかったっぽい?」

「っぽいね――立てる?」

「それより水。なんか傷口洗いたい」

 ジョセフは冷静だった。腕を落とされているにも関わらず、彼は特に喪失した悲しみを見せない。

 シャルロットが耳を澄ますと、遠くで断末魔の叫び。

 声音は聞き慣れない男たち。

「勝ったわね」

 シャルロットの背後から足音が複数近づいてくる。彼女は余裕を持って振り返った。

「遅れました」

「遅い! けど、いいわ。それよりジョセフを助けてあげて」

 ゲルマンとその配下。つまり元傭兵団の面々だ。ゲルマン以外は不服そうな顔をしていた。

 それを確認してシャルロットは鼻を鳴らす。

「そうそう。この剣。みんな触らないようにね」

 シャルロットは顎で女の亡骸を指し示す。そして事の経緯を説明した。

「――だから、触らないでね」

「わかりました」

 ジョセフ以外は顔を青ざめさせる。

 ジョセフはゲルマンに肩を貸されて、ようやく上半身を起き上がらせた。

「水くれ、なんかできれば綺麗な水」

「なんて無茶を」

 ゲルマンは水を差し出しながら言う。

「まあ、なんかこれくらいなら慣れたもんよ」

 ゲルマンとシャルロットは目を見開く。

「あ、そこのお前。すまんなんか右腕取って」

 少年は自身の顔を指さす。ジョセフは頷いて、顎で切り落とされた右腕を指し示す。

 少年は逡巡したものの、言われたとおり右腕を拾ってジョセフに渡す。

「おう、なんかありがとうよ」

 切り落とされた貴族の息子以上に、周囲の人間がその腕に嫌悪感を示す。

「ゲルマン悪い。右腕のほう洗って」

「え? これを?」

「そう。あ、後陛下。少し下がってください」

 シャルロットは首を傾げたが、言われたとおりに下がる。そこでようやくソラが戻ってきた。

「終わりました」

「ご苦労様」

 ソラはジョセフの容態を見て、驚くがすぐに平静に戻る。

 ゲルマンは切られた右腕の断面を綺麗に洗う。切られたジョセフも断面を丁寧に洗う。

「なんかいってーな」

「当たり前でしょう。それより早く止血しましょう」

「あーいいからいいから。それよりなんか右腕の方土とかついてない?」

 ゲルマンは断面を見せる。それを見たジョセフは満足そうに頷く。

「いいね。なんか俺より綺麗に洗えるじゃん」

「そういう問題ですか?」

 ジョセフは切り落とされた右腕を拾うと、切られた上腕をその断面に向けた。

「貴方、頭大丈夫?」

「陛下、知ってますか? どうして俺がマリアンヌ並の魔力を持っているのに、魔導で有名になれないのを」

 シャルロットは首を振った。

「でしょうね。俺は魔力こそ持っているものの、無能と変わらないんです。膨大な魔力は自分の治癒能力にしか、使えない」

 ジョセフの切られた断面が灯る。緑の光の糸が右腕と、上腕から伸びる。それも一本ではない。無数に伸び、まるで示し合わせたかのように伸びた糸たちは迷わず結合。磁石で引き寄せられるように、両の断面が引き寄せられ合わさる。傷口が緑の光を閃かすと、傷口が消えていく。

 ジョセフはしばらくして、右腕を動かす。手を開いたり閉じたりして具合を確認する。

「昔から、親父にたまにこういうことやられてな。慣れているんだよ」

 本人はどうでも良さそうに笑って言う。

「いやー参った参った」

「だからといって、こんな無茶。死んだらどうするんですか」

 ゲルマンは諭そうとする。しかしジョセフはそれこそ可笑しいと笑う。

「何言ってるんだよ。俺、もうなんにも持ってないんだぜ? 生きて大成するか、死ぬかだ。だったら少しでも生きて成功する可能性に賭けるね」

 ゲルマンだけではない。その言葉に元傭兵団の面々は驚かされる。もちろん、シャルロットも驚きを見せた。

「俺、侯爵っていう爵位も、財産もなくなったんだ。しかもこの通り」

 自身の切られていた右腕を見せつける。

「魔力はあっても、自分の治癒能力にしか使えない。おまけに陛下のように農耕知識も無ければ、腕が立つわけでもない。ナイナイ尽くしなんだよ」

 ジョセフは空を見上げた。太陽は中天に差し掛かっている。

「この内乱で俺が出来る事ってのは、戦って生き残ること。だったら無茶するしかないでしょうよ」

 ジョセフはいつもの調子でシャルロットに向き合うと、膝をついた。

「改めて貴方に仕えさせていただきたい」

 シャルロットはソラに視線を向ける。彼は肩をすくめると、頷いた。

「逃げてもいいのよ?」

「逃げても野垂れ死ぬだけっすよ。生きてても飼い殺しされるだけでしょうし。それに楽して生きたい」

 最後の言葉にシャルロットは呆れ交じりのため息を吐く。

「いいわよ。ただし楽はさせないから」

「そ、そんなぁ~。そこをなんとか」

「ダメね」

 ジョセフの悲鳴が青空に響いた。






~続く~

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