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drifters

帰路が終わらない

作者: カンコ

 『私は幸せだ』などという感想は、至極ありふれた感情であり、日常に蔓延りあらゆる場所に溶け込んでいるものであろう。例えるなら、束の間の談笑、心地の良い空間、愛情を持った人間関係。それら何もかもが、人と人、或いは人と世界との隙間に入り込み、人間のその、放っておくと消えてしまいそうな存在を照らし出すのだ、などと。思えば虚しいものであるが。


 幼い頃より、如何にも『孤独』というものを感じた記憶が無い。無論、それが悪いことである訳では無いが、故に出会ってしまったときの対応というものに苦闘することとなるのではないか。

 じりと光に背中を刺されながら歩くこの道を、もう何度も繰り返している。首元を覆う程の、ショートカットよりは少し長く、セミロングよりは少し短い髪を一所に束ねようとするも、微妙な長さ故に、如何にも上手く行かず、まとめてもまとめても落ちてくる髪を伝う汗が、ブラウスの中へ流れた。

 時計を見ると、おおよそ太陽は昇り切って間無しのようで、光に視界が白く染め上げられるように、景色が朦朧としている。

 だが、もう既に、知っている。

この道が、電車の待つ駅に繋がっていて、そして電車を降りて人を掻き分けるように歩けば、家に辿り着くのだということ。そんなことは、分かっているのだ。

 であるのに。

もう、何度もこの道を繰り返しているのに、時間が、瞬間が重なれば重なる程、記憶が薄れて行く。見えなくなるのだ。さながら、盲目であるかのように。ただ理解しているのは、この道を『独り』で歩いているということのみで。

 ついさっきまで目の前を肩を触れ合わせ並び歩んでいた恋人達は、既に声の届くはずのない、遙か先を行っていた。小さく、それでも尚滲むことなく、一つになれないままの影をぼんやりと眺めると、余りの遠さと強烈な光とで、わずかに眩暈を覚える。

 すぐさま鞄を開け、吸引器を口にする。ふらと青白い煙が立ち、刹那の内に大気中に吸い込まれる。軽く瞼を閉じて息を吐くと、次第に視界はその姿を取り戻した。

 おざなりに吸引器を鞄へ突っ込み、携帯端末のディスプレイに軽く指の腹を触れさせる。だが元より、或いは先ほどバッテリーの切れてしまっている携帯端末の画面は表示せず、ただただ、自分の輪郭のシルエットが薄く反射するのみであった。


 手足が震え出す。だが、言葉は無く。 

 つい先日の性行為が、遠の昔の出来事であったかのように思い出され、そうするとまた、このような。この纏わりつくような熱気に混ざり切ることが出来ず、ひたすら掻き分け、他人の瞳に映る自己を疑うような。 

 決して寂しいのではない。幸せになりたい訳でもない。ただ、自分の存在の記憶をも、鏡を見れど、曖昧になる気がしただけなのだ。

 知っているのだ。

人間は、『孤独』になれるのに、一人では生きられない。如何にもならず、『孤独』を埋めようと、何かに苛まれたように、ただただ行為を繰り返し、いつしか『幸せ』の意味すら見失ってしまうのだと。

 何も変わらないのだ。幾度も、ぶつかり合うように肩を接触させども、倫理に抗えども、決して、人と人とが混ざり合うことはない。

 けれども恐らく、私自身なのだ。疼き、求めるのは。こうして眼前の光景から目を逸らそうとするのも、全て。酷く汚く、脆く儚いものであると知りながら、何度となく背中に手を伸ばし、そして刹那の、或いは永遠にも思える悦楽を食み続け。如何にも、それ無しでは生きられず。

 言うではないか。人間は、誰かと繋がるために、身体を持って生れてきたのだと。生前の、独りぼっちの闇から逃れるために、皆同じ風をした媒介を纏わり付け、この世界に誕生したのだと。

 であるのに、孤独から逃れるために姿を持ったはずなのに、媒介と媒介の隙間は、決して埋められないのだ。だから、繰り返し行われるのだろう。

 けれども、きっとそれでは、歪んでいるのだ。だから、何度繰り返せども、そうするほどに視界が眩み、終われない。さながら同じ道が繰り返されるように。青白い煙を食めども食めども、すぐさま手足が震え出すように。


『孤独』に耐えられなかったのは、自分自身だ。

欲しがったのも、きっと……。

 

 『幸せ』になろうとしたのではない。だが今はもう、自己が何をしようとしていたのかも、理解出来ない。何かを欲しがれども、永遠に埋まらない隙間があるのだ。私には、それを如何こうする術が見つからなかった。


 人間は、独りでしか居られない代わりに、『幸せ』になる術を持ち合わせている。例えるなら、束の間の談笑、心地の良い空間、愛情を持った人間関係。それら何もかもが、人と人、或いは人と世界との隙間に入り込み、人間のその、放っておくと消えてしまいそうな存在を照らし出すのだから。

 如何してそれが出来なかったのか。誰かを幸せにしたいなどと、如何して考えなかったのか。そんな風に自己を嘲笑えども、記憶は曖昧になる一方であり、こうして煙を食み、目を逸らすことしか出来ず。


 帰路に射す光は既に弱く、空に滲んだような薄暗い雲が、ぼうと無数に浮かんでいる。

 こうして時間が経てども、決して何処かに辿り着くでもなく、寧ろ辿り着く術を忘れ行くような感覚を覚えるような。このような道の上で、明日とは何なのか。

 何かが嗤っている。

けれども。何時までも目を閉じて、耳を塞ぎ、息を殺すことしか出来ずに。

 


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