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第六話「創源のちから」

更新ペース遅くてすいません。

「着きました!」


 倉木少年はリバーフォレストの入り口前に立つ。

 街道からは外れたが、距離が近かったので迷うことはなかった。 


「死ぬかと思ったぁ……」


 スゥは少年の背中でげっそりしていた。

 道中に吐かなかっただけ立派だ。


 リバーフォレストの入り口は申し訳程度の石壁に囲われており、木製の門が構えられていた。

 門の両脇には篝火かがりびが焚かれている。少年が見た火はこれだ。

 石壁の上の見張り台では夜番を務める自警団の男がうつらうつらと船を漕いでいる。


「おじさーん!」

「かーちゃんカンベン…………お?」


 スゥが番の男に声をかける。


「スゥじゃないか! 無事だったのか!?」

「う、うん……なんとかね!」


 スゥは男から目をそらした。

 彼女が感じている感情は負い目。

 どうやら、ひとりでも大丈夫だとリバーフォレストを飛び出してきたようだ。


「その子は?」


 見張りの男が見張り台から身を乗り出して目を細める。

 少年は気負うことなく胸を張った。


「倉木といいます!」

「危ないところを助けてくれたの!」

「本当か、それ」


 男はスゥの言葉を素直に信じなかった。

 しかし、スゥの足の怪我を見て「ああ、怪我をしてたところを運んでくれたわけか」と勝手に納得する。


「今、門を開けるからな!」


 男がハンドルを回転させていくと、リバーフォレストの門がゆっくりと開いていく。


「おじさん、母さんは大丈夫?!」

「今のところはな。早く行ってやんな!」


 もどかしそうなスゥの叫びに、男はハンドルを力いっぱい回しながら激励を返した。

 門に人ひとりが通れそうな幅ができると、少年は素早く身を躍らせる。


「スゥさん、方向だけ教えてください」

「わかった!」


 そこからは早かった。

 見回りの自警団に遭遇することもなく、スゥの自宅に到着する。


 彼女の家は木を組みあげて作られた一軒家。

 扉にはそれほど質の良くない錠前がかかっているが、もちろんスゥが開けた。

 

「母さん!」


 スゥは母を呼びながら、我が家へと駆け込んでいく。

 足の怪我もなんのそのだ。

 倉木少年はゆっくりと彼女の背中を追いかけようとして、足を止めた。

 突然しゃがみ込む。


 彼が何をしようとしているのか、すぐにわかった。

 すかさず念話で忠告する。


――靴は脱がなくていい。

(え? そうなんですか)


 少年は海外に行ったことがないようだ。

 文化の違いを説明すると長くなるので、知識だけをセイケンを介して送り込む。


(そうなんですか。なんだか変な感じですね)


 少年は違和感を覚えつつも、土足で家に上がり込んだ。


 家には部屋のくくりがなく、ベッドもキッチンもすべて敷居なく小屋の中におさまっていた。この世界ではさして珍しくもない光景だが、少年は少し驚いていた。

 石組みの暖炉はスゥがいない間も火が絶えないよう、誰かが薪をくべているようだ。おかげで外の寒さとは裏腹に、室内は暖かい。テーブルの上には燭台が乗せられていたが、蝋燭が切れてしまっている。


「スゥ……スゥなの?」


 ベッドの上には、やつれた中年の女性。

 ランタンで照らされる顔色は土気色……まるで死人の皮膚のように変色している。

 声も弱々しく、今にも消えそうだ。


「母さん」


 スゥは目に涙をためて、病床の母に縋り付いた。



 

 その後、スゥと母親は再会を喜び合っていた。

 母親は心配した、と。

 スゥは心配させてごめんね、と。

 ごく、当たり前の親子の会話だった。


 倉木少年は親子水入らずを邪魔することなく、遠目に見守っている。

 もっともその心は故郷の母へと向かっていた。


 お母さんは、どうしているのだろう。

 残した手紙を読んで心配させているだろうか、と。


「その子は……?」


 母親が少年に気づき、話を振る。

 少年はこの日、何回目かの自己紹介をした。


 その後、スゥは如何に少年が自分の危機を救ってくれたかを語り聞かせた。

 途中で格好を指摘されて着替えたり、足の応急手当をしたり。

 母親にひとりで王都に向かったことをたしなめられ、反省する場面もあったりしたが。


 すべての話を聞き終えた母親は、何度も何度も感謝の言葉を述べていた。

 最愛の娘を悲惨な形で失っていたら、彼女は心までも病に負けて、きっと死んでいただろうと。


「それで……薬はうまく買えたのかい?」


 母の何気ない一言で、スゥの表情が暗くなった。

 

「ごめんなさい、母さん……薬は、その」

「……いいんだよ。貴方が無事だっただけで、わたしには最高の薬だよ」


 母親はスゥが一向に薬を出さなかったことから、今はもうないのだろうとあたりをつけていた。

 なかなか言い出せない娘に代わって、自分から話を振ったのだ。


 だが、それを聞いた少年は預かっていた皮袋を取り出す。


「その……薬のことなんですが、なんとかできるかもしれません」

「クラキ君……?」

「……どういう意味なんだい?」

「ちょっと待っててください」


 ふたりが止める暇もなく少年は家を出た。

 暗がりに移動して何事かを念じる。



 すると、俺の目の前に倉木少年が出現した。



「……神様」


 倉木少年は、強い眼差しで俺を見上げる。


 彼が立っているのは草花が風に揺られる音と、さわやかな春の香りが漂う世界。

 俺が創造した、俺のための世界……創源ソウゲンだ。


「……そうか、やるんだな」


 彼がここに戻ってきたのは、念話で済むような相談のためではあるまい。


「この創源ソウゲンなら、セイケンを使って万物を創造できるというのは……本当、なんですよね」


 それは、少年が山賊退治を始める前に俺が伝えた話のひとつだった。


「ああ、本当だ」


 少年の表現は正確ではないが、間違いでもない。

 俺は右手を掲げて、創源ソウゲンを誇示してみせた。


「セイケンは本来、創造の神の持ち物だ。魂の部屋(ガフ)から命を汲み取り、新たな生命を生み出すこともできる。事此処ことここにおいて、不可能なことは殆どない」


 俺は少年の覚悟を試すように、彼の瞳を見据えた。


「だが、神の御業を真似すれば……お前の魂は人間からかけ離れていく。それが大掛かりであればあるほど、お前は人間として大切にしている価値に意味を見出だせなくなるだろう」

「…………」


 少年の表情に恐れはない。

 だというのに、彼の心は震えていた。

 人間ではなくなるかもしれないと言われて明らかに揺れている。


「俺は強制しない。お前が、お前の判断で。セイケンを使え」


 少年は俺の言葉に一度だけ目を伏せる。

 すると、彼の中に渦巻いていた恐怖や不安が、もっと大きな何かによってかき消された。


「それで、スゥさんのお母さんを助けられるなら……僕は迷いません」


 恐怖を感じなくなったのではなく。

 不安がなくなったのでもなく。

 ただ単に、超克ちょうこくした。


 俺には到底理解できない強さだった。


 自己を顧みない。

 そのような人間は、稀にいる。

 彼らの多くは物理的、あるいは社会的に長生きできない。

 世にはばかるのは常に憎まれっ子だ。


 だが、精神的超人がチートを手にしたとき。

 彼らは、英雄と呼ばれる存在にる。


「セイケン、使います! 必要だと思うからっ!」


 少年は空間収納インベントリからセイケンを取り出し、右手に構えた。

 不純物の混ざった薬の袋を左手に掲げる。


 セイケンの溝が七色に輝き、創源ソウゲンの風の流れが変わる。

 草葉のこすれ合う音が、まるでひとつの曲を奏でるかのように響き渡る。


 少年はセイケンを使って薬の成分を分析し、砂利と金属粉を見分けていく。

 さらに成分を精査、抽出し、塩基配列を洗練させ、より効果の高い薬効を追求。

 スゥの母が冒されている病を解明し、病の源を根絶する魔法的イメージを付与する。

 不純物を完全に排除された薬は、少年の中でより相応しい姿へと書き換えられた。


「……これ、が」


 少年は初めての創造に目を見開いた。


 彼の左手には水晶の瓶。

 中は透明な液体で満たされている。

 それが少年の選んだ薬の新たな姿。


 霊薬エリクサ、とでも呼ぶべきものだった。


「早く持って行くといい。創源ソウゲンの時間の流れは、現世と変わらないようにしてあるからな」


 俺の無感情な声に少年は力強く頷く。


「神様、ありがとうございました!」


 少年は元気よくリバーフォレストに帰っていった。

 俺は少年が消え去った後、目を瞑る。


「だが、悲しいかな」


 呟く。

 実際は少しも悲しいと感じない。


「君の理想だけでは、世界を救うことができない」


 言葉は現世に帰った少年には聞こえない。


 創源ソウゲンの風だけが、俺を責めるようにそよぐ。

 俺の髪が静かになびいた。




「戻りました」

「えっと……おかえり、クラキ君」


 スゥは家に戻ってきた倉木少年を出迎えた。


「どこに行ってたの? お手洗い?」

「お母さんを助けられる薬を手に入れてきました」

「……え?」


 唖然とするスゥに、倉木少年が水晶の瓶を手渡す。


「これ、なに?」

「さっきの薬をもっと良くしました。お母さんに飲ませてあげてください。きっと病気がよくなるはずです」

「そう……なの?」


 さすがに俄には信じられないのか、瓶をランタンにかざしたりしていた。


「僕を……僕を、信じてください」


 そう呟く少年の脳裏には、あの教室での出来事が去来していた。


 誰にも信じてもらえなかった。

 世界から孤立してしまった。

 だから、自分を消すことでしか未来を切り開くことができない、と。

 そう思い込まなければ、自分の心がどうしようもなく死ぬところだった。


「お願いします」


 少年は懸命に頭を下げる。

 彼にとっては助命嘆願だ。

 自分を殺さないで欲しい、生かして欲しいという願いに他ならない。


「うん、わかった。クラキ君のこと信じるよ」


 だからスゥのあっけらかんとした返事も、少年の胸を満たすには充分すぎる言霊だった。


「……ありがとうございます」


 少年は涙声だった。

 泣き顔を見られてしまうからと、頭を上げられないでいる。


(ああ、なんだ。

 自分が死ななくても、誰かが信じてくれたなら。

 僕は、それだけでよかっ――)


 ……これ以上は、無粋か。

 俺は、少年からの思考伝達を遮断する。


 実際のところ、スゥは深く考えたわけではない。


 クラキ君は自分を助けてくれた。

 必死に走ってくれた。

 この子は絶対いい子だ、と。


 そう確信していただけだ。


「母さん、薬だよ」


 スゥが母親に半身を起こさせてから、水晶瓶の蓋を取った。

 体を支えてあげながらゆっくりと飲ませていく。 


「ああ……なんだい、これは。体が凄く軽くなってくよ」

「母さん……体が光ってる!?」


 僅かにではあったが母親の体が淡い輝きに包まれている。

 やがて光が収まると、顔色が別人のように良くなっていた。


「すごいよ、体が軽い! こんなのはいつぶりだろうね……」

「母さん?」

「ああ、これなら……もう大丈夫だ。心配かけたね、スゥ」


 親子は抱き合い、嗚咽した。

 少年は更なるもらい泣きをしそうになって、逃げるように家から出た。

 空間収納インベントリから出した予備の布をハンカチ代わりにして、ごしごしと顔を洗う。


 涙を拭き終え、気持ちも落ち着いたのか。

 少年はなんとなく天を仰いだ。


「わあ」


 そこには、彼の世界では見たことのないような星の海が広がっていた。


「あんまり暗くないと思ったけど、星明かりで明るかったんだ……」


 文字通り星の光で目をきらきらさせながら、少年は空に向かって手を広げる。

 星の光を掬い取るように、大きく大きく。

 十三の齢を数えているとは思えない、純粋無垢イノセンスな子供の所作しょさだった。

 しばらくそうやって、少年と星々の戯れの時間が続く。


 ふと、何かを思い出したように少年の動きが止まった。


「神様……」

――なんだ?


 俺は事務的且つ義務的に聞き返す。


「僕も、お母さんたちに会いたいです」

――それは死の決意を伝えるためか?

「……いいえ」


 少年はかぶりを振った。


「でも、帰ります」

――そうか。


 思考遮断していたから彼が何を考えているかは、わからない。

 どちらにせよ俺の言うべき台詞は変わらない。


――ならば、コームダインを倒せ。そうすればお前は帰れる。

「はい!」


 少年の声に焦りはない。


 この世界において彼は歳を取らない。

 元の世界に帰るときも元の時間と場所に帰れる。


 俺は、そう伝えていたし。

 彼も、俺を信じていた。

 無論、それ自体に虚偽はない。


 だが、この世界に彼の倒すべき敵がいるとは限らない。

 どこか別の世界に送り込んだチートホルダーが倒すかもしれない。

 そのときまで、彼はこの世界を永遠に彷徨さまよい続ける。

 それまでに、彼の精神が元の純粋な子供のままでいられるとは限らない。


 神とは、斯様かように人の運命をもてあそぶのが常なのだ。

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