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第五話「スゥの絶叫」

おねショタ?

 少年は廃鉱の外に出た。

 既に日も傾いていたが、入り口の見張りに立っていた山賊は全員気絶したままだった。


「寒っ……」


 外はだいぶ冷え込んでいる。

 軽々と娘を運んでいる少年もさすがに身を震わせた。


――空間遮蔽フィールドの遮断項目に温度を加れば、寒さや暑さも遮断できるぞ。

(そうなんですか?)


 俺の念話に少年は心中で聞き返した。


 空間遮蔽フィールドは自分と相手の空間を遮断することで攻撃などから身を守ることができる力だ。

 空間収納インベントリのおまけのような能力だが、山賊の手が少年に触れることができなかったように非常に有用な防具である。

 少年は「世界との距離が遠くなる気がする」と、あまり好きではない様子だった。


(あ、本当に寒くなくなりました。とりあえず僕はこれでいいですけど……) 


 娘はそうはいかない。

 少年は気持ち少女をくるむ布をぐるぐると巻いて、少しでも防寒効果を高めようと試みる。

 さらに見張りの連中が使っていたテントがあったので、倉木少年は娘をそこに連れ込んだ。


 近くには見張りが寒さを凌ぐ為に用意していた焚き火がある。

 だが火は消えかけていた。


「確か、発火の短杖ワンドがあったはず……」


 少年は空間収納インベントリから発火のワンドを取り出して振るう。

 すると、焚き火に再び火種が送られた。


 短杖ワンドは回数制限つきの魔法発動装置だ。

 この世界では魔法の使えない人でも短杖ワンドを振るうことで魔法を使うことができる。

 もちろん値段はそこそこするので一般人はあまり持っていないが。

 少年には魔法に関するチート能力を与えていないので、短杖ワンドをいくつか持たせてある。

 最大発動回数は五十回ほどだが、倉木少年の場合は創源ソウゲンに戻れば補充が効くのでそれほど重要でもない。


 彼は近くにあった予備の薪を追加して、炎の寿命を伸ばそうと試みた。

 炎は見事に復活した。

 少年はほっと息をつく。


(とりあえず、これで大丈夫ですね)

――起こさないのか?

(今のうちに山賊たちに縄をかけておきます)


 少年はそう言うが、実際のところ殺したほうが早い。

 どうせ彼らとは命のやりとりだ。

 殺さない場合は役所に突き出すという手もあるだろうが、山賊はどの道処刑されるはずだ。


 少年は気絶している連中に縄をかけ、廃鉱内に放置する。

 しかるべき機関に知らせれば、手柄の欲しい役人が引っ立てにやってくるだろう。

 さっきの話によるとかしらは賞金首らしいので、そこそこまとまった金も入手できるかもしれない。


 俺の勧めで廃鉱内に山賊が溜め込んでいた宝や食料なども回収させる。

 少年はあまり乗り気ではなかったが、この世界の現金も必要だということで納得させた。

 程なくして作業を終えた少年はテントに戻る。


「う、うぅん……」


 どうやら、気付け薬は使わずに済んだらしい。

 しばらく頬を叩かれていた娘は、割とあっさり目を覚ました。


「ひっ……!」


 娘は少年の顔を見るなり怯え始めた。

 耐性のない人間があのような残虐シーンを目の当たりにしたら、当然の反応だ。


「あ、あの……大丈夫ですか?」


 少年は必死に娘を宥め続けた。

 俺はセイケンを介して娘の精神に干渉し、興奮だけを和らげる。

 その甲斐あって数分もしないうちに娘は己を取り戻した。


「あ、れ? わたし……」

「すいません! さっきは僕もどうかしてました」


 少年は頭を下げた。


「あんなことを人に見せてしまうなんて……僕は地獄に落ちて当然です」

「え、えっと……」


 娘はようやく自分の状態に気づき、布を胸元できゅっと握りしめた。

 少しだけ非難するように少年を見たが、やがて口を開いた。


貴方ボクは、わたしを助けてくれたんだよね……?」

「えっ、貴方ボク……?」


 娘は少年の頭に手を伸ばし……撫でた。

 そして気丈に笑う。


「あの、僕は」

「大丈夫。あの人達だって悪いことをしてきているはずだもの。神も許してくださるわっ」


 娘はよくわからないことを言って少年を励ました。

 許すも許さないも、けしかけたのは俺だが。


(神様~。この人、僕のこと……)

――知らん。俺は干渉しすぎた、しばらく黙る。

(そんな~……)


 娘の態度は自分のよりかなり下の子供に対するものだ。

 おそらく、ふたりの実際の年の頃はそう変わらない。


 娘が勘違いした理由は明白だ。

 有り体に言って、倉木少年はチビなのだ。

 十三という歳の割に、ではあるが小さい。


 少年も身長にはかなりコンプレックスを抱いている。

 現に戦闘中も山賊の頭に手足が届かないので、あの手この手で姿勢を低くさせていた。


 そういえばグレートアックスは長柄だから頭まで届く。

 まさか、そんな理由で持っていくんじゃなかろうな。

 メイスも持っていくみたいだし違うか。


「ありがとう。お礼を言うのが遅れちゃって、ごめんね?」

「えっ。いえ、その。御礼だなんて……」


 誤解を訂正することもできず、少年は頭を掻く。


「わたし、スゥ。貴方ボクは?」

「……倉木。倉木楓弥です」


 娘の自己紹介に少しムスっとしながらも、少年も名前を返した。

 どうやら諦めたらしい。


「クラキ=フウヤ? 変わった名前だね」

「ちょっと……遠いところから来ましたから」

「そうなんだ?」


 スゥは小首を傾げ、好奇心に目を輝かせた。

 年頃の少女らしく謎の少年の出現にわくわくしている。

 どうやら、運命のようなものを感じているらしい。


 俺が精神干渉したとはいえ、さっきまで山賊に襲われていたというのに。

 彼女の切り替えの早さには少年も驚いているようだ。


「も、もうすぐ夜になりますけど、ここから離れておきましょう。まだ近くに山賊の生き残りがいるかもしれません」

「う、うん」


 スゥは自分にかけられていた布を首のあたりで縛り付け、即席のローブにした。

 さすがにあのままでは動きにくかったのだろう。


 倉木少年とスゥは廃鉱から離れ岩肌を歩いて行く。


「この辺りには詳しいですか?」

「街道に戻れば、リバーフォレストに戻る方向もわかると思う」


 少年の問いかけにスゥは心強く頷いた。

 リバーフォレストというのが彼女が帰ろうとしていた村の名前のようだ。


 だが、スゥが突然「あっ」と声をあげて立ち止まる。


「母さんの薬……」

「あっ、掻き集めて拾っておきました! ちょっと土が混ざってしまいましたけど……」

「ほんとう!?」


 少年は山賊を縛り上げるとき、かしらが散らかした粉薬を拾い集めて元の皮袋に入れていた。

 スゥは期待に胸を膨らませて少年の差し出した袋を開いた。

 だが、中身を見て表情が暗くなる。砂利だけではなく金属粉も混ざっていたからだ。


「これじゃ……」

「だ、大丈夫です。きっと何とかなりますよ」


 そうは言いつつも、少年も少し不安そうに空を見上げた。


――お前にはもう力がある。自分で考えて、なんとかしてみろ。


 俺の言葉に少年は心細そうな顔で頷いた。


 


 街道に出た後はスゥがリバーフォレストの方向を指し示した。

 街道は獣道よりはマシ程度の砂利道だったが、それでもふたりの歩くスピードは早い。


 ついに日が山の向こう側へ落ち、周囲が暗闇に閉ざされた。


「もう暗いですよ。今日は街道沿いで休んだほうがいいかもしれません」


 少年が前を進むスゥを諌める。


「大丈夫! もうそんなに遠くないの!」


 よほど母のことが心配らしく、スゥは息を切らしながらも小走りだ。

 焦りの汗を布で拭いながら、懸命に薬を届けようとしている。


 少年は空間収納インベントリから松明たいまつを二本取り出し、発火の短杖ワンドで火をつけた。

 

「この道を暗い中走るのは危ないです。せめて、これを」


 そう言って、少年は灯りのついた松明をスゥに手渡した。


「えっ……ありがとう。でも松明なんて持ってなかったのにどこから?」

「目に見えないようにしてあるんです」

「そ、そうなんだ……?」


 スゥは少年の言葉に首を傾げたが、今は興味を打ち消して夜道を往く。

 ああ言ってはいるが、今のペースでは夜通し歩くことになるだろう。

 

 案の定、スゥの歩みはどんどん遅くなっていった。

 逆にスタミナも大幅な強化ブーストを受けている倉木少年はまったく疲れを見せない。


「きゃっ」


 スゥはついに足をもつれさせて転んでしまった。

 疲れから足がうまく動かなくなっていたのだ。


「大丈夫ですか!?」


 少年がすぐに助け起こす。


「だ、大丈夫……つっ」

「大丈夫って……怪我してるじゃないですか!」


 スゥは膝を擦りむいていた。

 もちろん、この程度なら軽傷ではあるが……。


「このぐらいなら……ぅっ」


 無理に立とうとして、痛みに蹲るスゥ。

 疲労で足が重くなっているところに、この怪我では歩けまい。


「やっぱり無茶ですよ。今日は……ほら、このあたりで休みましょう」

「で、でも……母さんが」

「そんな足じゃ、どっちみち辿り着けませんよ。お母さんだって余計に心配して……」


 倉木少年はそこまで言いかけて一度、言葉を飲み込んだ。


「……そうです。こんな風に無茶してまで薬を買ってきて……絶対に、心配してますよ……」


 自分も同じ事を。

 いや、もっと親不孝なことを仕出かすところだった。

 彼はそのことを思い出していた。


「……わかったよ。そうだよね……実際に、もう帰れないところだったよね……」


 一方で、スゥは折れかけていた。

 奇しくもこのとき、ふたりは同じような心の波動を放っていた。


「ここで休んだ方がいいよね。きっと、お母さんだってまだ……」

「――いいえ」

 

 だが、出した結論は違った。


「病気のお母さんが一刻を争うなら、確かに休んでなんていられないです。僕が馬鹿でした」

「え?」

「スゥさん。僕の背中にしっかりと捕まってください」


(そうだ、最初からそうすべきだった。

 神様だって、好きにしろと言っていた。

 それは傍観者でいてもいいし、当事者でいてもいいという意味じゃないか。

 遠慮なんて、することない)


 少年は俺の言った言葉を自分なりに解釈しなおした。


「背負ってくれるってこと? でも、わたし結構重いと思うよ?」

「大丈夫です。重くなんてありません」


 おずおずと背負われるスゥに倉木少年は首をふる。

 柔らかな感触が背中にあたったが、赤面しなかった。

 二本の松明を空間収納インベントリにしまう。


「スゥさんと、スゥさんのお母さんの命の重みのほうが、よっぽど重い」

「え? それ、どういう」

「行きます」


 スゥの言葉を聞き流し、少年は第一歩を踏み出した。

 瞬時に加速。そのまま一気にトップスピードへ。


「ひゃいいいいッ!?」


 少女の悲鳴はあっという間に掻き消えた。

 スゥには緩やかだった風が、いきなり暴風に変貌したように思えただろう。

 空気が通り抜けていく音が爆音のように耳に響いている。


 少年は半ば物理法則を無視したような速度で街道を駆け抜ける。

 土煙をはるか後方に残しながら、空気抵抗など、その他もろもろの邪魔な要素を空間遮断フィールドによって無効化する。


「なにこれ、どういうこと!?」

「あれ、喋れます? ひょっとして、僕が背負ったからかな……?」


 そのとおりだった。

 空間遮断フィールドは倉木少年がスゥを背負った段階で、彼女も守る。

 そうでなければ、最初の加速でスゥは舌を噛んで死んでいたかもしれない。


「これ、クラキ君がやってるの?」

「はい、そうです。今の僕は時速70kmぐらいで走行してます。最高速度はもっと出せるはずですが、この地形ではこれがギリギリですね」

「すごい……」


 スゥは怪我や疲労も忘れて、ただただ圧倒されるばかりだ。 

 尚、セイケンの翻訳効果により、速度の数字はスゥにも認識できる言葉に訳されて聞こえている。


「方向はこっちで合ってますよね?」

「う、うん。ところで、この先は小山があったような気がするんだけど……」


 スゥの指し示す方向には確かに坂のような道が続いていた。

 いくつもカーブを描いて序々に登っていく山道だ。


「あ、まずいです。あの角は曲がれません」

「ええええええっっ!!?」 

「大丈夫、跳びます!」


 言うが早いか、一歩、二歩と跳んで。

 三歩目で大きくジャンプした。


「いやあああああっ!!」


 スゥは叫んだ。

 山賊に囲まれたときですら、ここまで大きな声は出さなかった。

 あのときは恐怖で声を出せなかったのだが、今の彼女も似たようなものだ。

 振り落とされないよう、必死でしがみつく。


 ふたりは空を飛んでいた。

 少年は山どころか森や河、すべてを一足飛びに飛び越えていったのだ。


「見えた! あそこですね!」


 少年の強化ブーストされた視覚は闇の中でわずかに輝く篝火かがりびを見逃さなかった。

 川沿いの林の中、小さな佇まいを見せる集落。リバーフォレストだ。

 遠目に大きな水車が回転していて、それを動力に木を加工する小さな工場がある。


 少年は着地地点を探る。

 どう頑張ったところで街道に着地するのは無理だ。

 森の上に落ちることになる。


 セイケンが落下を感知して、自動的に降下速度が緩められる。

 空間遮断とは無関係にセイケンの使い手が落下死することはない。


 ふわふわと、少年少女は森の中へと吸い込まれていった。

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