第四話「頭の最期」
倉木きゅんは可憐です。
「貴方たちは、どうしてこんなことをするんですか?」
もはや死を待つばかりの山賊たちに、少年は冷たい瞳で問いかける。
倉木少年は騙されたことを把握した後、内心で皆殺しを決めている。
だが山賊のひとりは弁明の機会があるのだと早合点した。
「そんなの……決まってる! こうしねぇと生きていけねえからだ!」
山賊は当然、食うに困ってなる者もいる。
村全体が領主に税を払えずに山賊化することだってある。
戦争中に食いっぱぐれた敗残兵が山賊化することもある。
「だからって、女の人に暴力を振るったりしていいわけないでしょう」
「ははっ、そのぐらいの役得がないとやってられ――」
男が最後までセリフを言い切ることなかった。
少年が男に向かって、グレートアックスを手首のひねりだけで振り下ろしたからだ。
「駄目と言ったら、駄目なんですっ」
倉木少年は、ぶんぶんと首を横にふる。
当の相手には、もう聞こえていない。
一方、死刑を待つばかりの頭ともうひとりの男は、目の前で繰り広げられる理不尽且つ残酷な所業を目の当たりにして、放心状態に陥っていた。
人の死、それも仲間の死なんてものは彼らにとって日常茶飯事である。
頭が陥没しようが、脳漿が飛び散ろうが大して気にしない。
それが自分でなかったことに胸を撫で下ろすのが常だ。
「あ、悪魔だ……」
そんな彼らが怯えているのは、倉木少年のチグハグさがあまりにも不気味だからだ。
仕草や口調は子供のそれなのに、行為がまるで剥離している。
自分たちを虫けらか何かと思っているのではないか。
できるだけ殺さないようにしていたのも、地面の蟻を踏み殺さないよう注意する……その程度の気遣いだったのではないか。
彼らの感想は、概ね正鵠を射ている。
補足訂正する点があるとすれば、この戦いは俺が用意したチュートリアルでしかないということだ。
少年がセイケンを使わず素手を使ったり、相手の武器を奪ったりしているのも、結界石を使った人質確保さえも、すべて俺が事前に指示したのだ。
少年と俺にとって、このような戦いはイベントですらない。
一応、倉木少年の名誉のためにフォローしておくが、彼がああも殺人鬼めいて見えるのは、俺が彼の脳を調整したせいだ。
弱い相手を甚振って愉しみ、それを反省する気もないような輩は死んで当たり前――彼の思考回路は現在そのように働いている。
仮にゲームプレイヤーが、ゲーム内に登場したキャラクターを殺したいと思ったら、特に罪悪感もなく実行するだろう。
俺は、それとまったく同じ錯覚を彼に強制しているだけだ。
「貴方たちも同じ考えなんですよね?」
おっと、倉木少年の死の説教会はまだ終わっていなかったようだ。
観測に徹しよう。
「ち、ひ、違う、あ、あ」
最後に生き残った子分が過呼吸をおこしながらも、懸命に両手を上げた。
もはや演技ではなく、ただただ必死に命乞いをしている。
しかし、一度スイッチの入った倉木少年が心動かされることはない。
再び手首をくいっと動かしただけで、死を運ぶグレートアックスが断首執行を待つギロチンと化す。
「じゃあ、どうして彼女にあんなことを?」
「お、俺だって、ほ。ほんとは嫌だったんだ……! でも、ここで生きていくには、頭のルールに従わないと……」
「クラッグ、てめえ!!」
これに激昂したのは、頭である。
クラッグと呼ばれた男は涙ながらに懇願した。
「頼むぅぅ、もう本当に、本当にこんなことはしないから! 俺だけはたすけて、たすけ」
「謝る相手が違うんじゃないですか?」
心の動きと恐怖を読み取る限り、もしかしたら、この男は本気で改心するかもしれなかった。
だが、そうと知らぬ少年は二度目のチャンスを与えない。
無慈悲な斧が落とされる。
前屈みになっていて祈るように手を合わせていたクラッグは、その姿勢のまま動かぬ躯と化した。
「あそこの女の人と、今まで酷い目に合わせてきた人たちに謝ってきてください」
少年はクラッグの冥福を祈った。
残るは頭のみ。
倉木少年と目が合うと、いよいよか、と頭は自分の番を予感した。
「貴方、イジメのリーダーですよね。貴方は、どうしてなんですか?」
「…………」
頭は完全に己の運命を受け入れ、観念している。
嘆息する彼の顔には笑みすら浮かんでいた。
「気が晴れるのさ。自分より弱いやつを甚振ると、自分が強者だと……その瞬間だけは自分が王様だと思い込める。別に深い意味なんてねぇよ」
己の禿頭を撫でながら、頭は牢名主のように胡座をかいた。
「俺も殺すんだろう? その前に、ちょっと昔話だけいいか?」
「わかりました」
決定は覆さなくても言い分は聞くようだ。
倉木少年は頷く。
「俺の生まれは王都ディスティアのスラム街でな……酷いところだ。物心ついたときにはスリをやってたし、お前ぐらいのときは人も殺してた」
……男の話は長かった。
倉木少年には意味がわからず首を傾げる場面もあったようだが、そんなことは構わず、頭は己の半生を振り返った。
少年も茶化すことなく最後まで聞いた。
「まったく、クソみてえな人生だったぜ。もし次があるなら、もうちっとマシなところに生まれてえ」
「神様にお願いしておきます」
……仕方ない。
俺の息のかかったところに転生できるよう、山賊共の魂の行方だけでも操作しておくか。
別に倉木少年の頼みを聞き入れる義理はないのだが、何故か彼の頼みを断るのは気が引ける。
「神、ねぇ……そんなものが本当にいるなら、文句の一つでも言ってやりたいところだぜ」
ハゲ男、文句はこんな世界を創った別の神に言え。
無駄だと思うが伝えておいてやる。
「じゃあ、すいませんが」
倉木少年が斧を持ち上げた。
「おうよ。ただ、ひとつだけ聞いていいか?」
「どうぞ」
これから殺されるというのに、頭は往年の友人に声をかけるような調子で顔をあげた。
「お前、名前は?」
「倉木。倉木楓弥です」
「クラキ……地獄で待ってるぜ」
断罪の斧が振るわれる。
頭の意識は苦痛もなく、一瞬で途絶えた。
少年は暫くの間、量産した死体をぼうっと眺めていたが。
「……みんな、そうなんですか? イジメは気晴らしなんですか」
誰にでもなく、そう呟いた。
あるいは、俺に聞いたのかもしれなかった。
憂鬱な作業を追えて、倉木少年は娘のところに戻ってきた。
「すいません。ちょっと手こずりました……あれ?」
反応がない。
娘は結界の中で気絶していた。
だが、倉木少年はそれどころではなかった。
「あわわっ……」
娘のあられもない姿に、赤くなって目を覆い隠す。
一丁前に股間が膨らんでいるあたり、ムッツリスケベのようだ。
(神様~。どうして気絶しちゃってるんですか?)
困ったときの神頼みか。
まあいいが……。
――お前がメイスで山賊の頭をかち割ったあたりで卒倒していたぞ。
(見られてることを考慮してなかったです。やりすぎました……)
少年は己の失敗を恥じて肩を落とした。
彼が落ち込む姿は見る者が見れば嗜虐心を刺激されそうな、弱々しいものだった。
(どうすればいいですか?)
――結界石の効果はお前には及ばん。普通に中に入って、何か着せてやれ。
(え。でも、着せられそうなもの何もないですよ?)
――空間収納の中に布が何枚かある。適当にかけてやれ。
(ええと、これも空間収納にしまえますか?)
少年は、まだ血に塗れたグレートアックスとメイスを持っていた。
……確かに山賊たちが持っている物の中ではまともな品質だが。
――ああ、欲しいなら持っていけ。
セイケンを使えば、どんな相手だろうと武器ごと両断できる。
わざわざ弱い武器を持っていく理由がわからない。
コレクター精神だろうか。
少年が念じると、両手に収まっていた武器が光の粒子を伴って消える。
その代わりに、彼の手に大きめの布が出現する。
(これ、何に使うんですか?)
――服の材料だ。この世界にちなんだ服装も調達したくなったら、使えばいい。
(いいんですか? 使ってしまって)
――この世界では好きにしろと言っただろう。与えた物をどう使うかは、お前の判断でやれ。
それに、俺が干渉しすぎてはコームダインに感付かれる可能性もある。
もっとも、この世界にいるとは限らないのだが。
ちなみに、そのことは少年には伝えていない。
どうせ帰ったら死ぬと言い出すつもりだろうし、こちらでやるべきことを見つけたほうがいい。
「これでよし、っと」
少年は結界の中に入って娘に布をかけてあげていた。
同時に結界石も回収すると、力場が消える。
「どうやって起こせばいいのかな?」
――目覚めのキスでもしてやればどうだ?
「そっ、そんなの駄目ですよ!」
場を和ませる冗談として、記憶にあるセリフを言ったのだが。
倉木少年は赤くなって、ぷりぷりと怒り出した。
「寝てる人になんて、卑怯だと思います!」
――そういうものか。
となると地球の童話『眠り姫』に登場する王子は性犯罪者ということになるな。
あれは、事案だったわけか。
――とりあえず場所を変えたほうがいい。そのあと普通に頬を軽く叩いてみろ。戦闘モードはオート解除されたから、頭を潰したりはしない。それで駄目なら気付け薬を使え。
「はい!」
なんで娘を起こすぐらいで、こんなにグダグダになるのか。
先が思いやられる。