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第三十四話「スゥの無双」

 どうせ、ただのお使いだから。

 そう考えてレゼド王国の情報収集は不要と判断したのだが、そうもいかなくなった。

 少年が首を突っ込もうとしている事件を語る上で、どうしても必要になってしまう。


 ……さて。


 この世界で王国を名乗る国家機構はいくつか存在するが、レゼド王国にはふたつの特徴がある。


 ひとつ、歴史が古い。

 ふたつ、戦争と無縁であり平和だ。


 レゼド王国は建国から数百年の歴史がある。

 資料の散逸から正確な年数は不明で、王国暦も正確ではないらしい。


 歴史があり、変える必要もないぐらい平和だと、人は変化を嫌うようになる。


 王室や貴族は血統を尊び、新しい流れを見かけると蔑視したり叩いたりする。

 血生臭い陰謀もなくはないが、表だって王室に刃向かおうとする貴族は一人もいない。

 しかも闇戦争――今は関係ないので詳細は割愛する――が続いている他の大陸と違い、周辺に脅威となるような侵略国家もモンスターもいない。


 こうなると国が変わる可能性は搾取された民による革命ぐらいしかないわけだが、長く続く国にありがちな腐敗が意外と少ない。

 八正神バルナスが定めた法によって動く神官が不正を取り締まるので、不正役人よりモンスター被害のほうがよほど多い。


 そのモンスターですら、王都ディスティアでは壁に阻まれる。

 王都を取り囲む防壁は民にとって安心の象徴であり、ささやかな人生の謳歌を保証してくれる。

 壁の外のスラム街には貧民が住んでいるが、彼らは勝手に生まれて死んでいく存在だ。王国にとって脅威ではない。


 この地に叛乱が起きる土壌はない。

 むしろ模範的とすら思える国である。


 長くなったが、ここまでがレゼド王国で起きた事件を語る上で前提となる知識だ。

 ご苦労。


 次は少年の関わった事件にまつわる背景について語る。

 八邪神、誘拐事件、黒幕。

 この三つに焦点を絞らせてもらう。


 八邪神は、ベイダで知られる邪神たちの通称だ。

 共通の万神殿パンテオンに帰属する八正神と違い、八邪神は起源も成り立ちもバラバラ。

 民間に名を知られる邪神を八正神と対になるよう数合わせしたと唱える学者もいるが、定かではない。


 今回名前が出てきたのは八邪神が一柱、欲望の虚栄の守護者ハーン・ディルグ。


 アレーネがすぐ思い当たったのは、コイツが八邪神の中で最も有名で、守護者といえばハーンを指すからだ。

 守護者ハーンによって引き起こされた惨劇は無数の書物に遺されているし、子供の絵本にすら登場するぐらいメジャーな邪神だ。

 例の邪神教団エビルカルトもレゼド王国に古くから巣喰っているらしく、年に一度は子供を誘拐して邪神に捧げていたらしい。


 では今回の事件が定例だったのかいうと、違う。

 今までは地方貴族の一部の信者が領内で生まれた不幸な……表に出せない出自の赤子を始末するのに利用する程度。

 王都が誘拐の舞台だったことは過去に一度もなかった。


 頻度もまったく違う。

 王都から消える子供は通常の周期と比べてあきらか短く、多い。

 冒険者ギルドが動くのも、子供好きな冒険者ジャックが義憤に駆られるのも、無理はない。


 ハーン・ディルグが与える加護は、生け贄の質と数に比例する。

 だから今回の黒幕は、相当に大きな願望を胸に抱えているはずだ。

 

 最後に、その黒幕が誰か。


 古い歴史を持ち。

 貴族も血筋や伝統を守ることに終始し、国家転覆など考えもせず。

 壁の守りがあり、民も虐げられていない王都ディスティア。


 守護者ハーンが、話を持ちかけたのは?

 王国関係者でもなければ不可能な誘拐の手引きをした者とは?


 こんなもの消去法ですらない。

 自明で、道理で、真実で。

 あからさま過ぎて、いっそ裏があるのではないかと疑いたくなるレベルの答え。

 

 ―――レゼド王国王室。


 規模。背景。舞台。

 すべての情況証拠が彼らを示している。


 無論、まだ疑問はある。

 王都でなくとも、生け贄の条件を満たす子供は星の数ほどいる。

 例えば王室の直轄領なら壁を越える必要はないはずだ。


 邪神が王都の子供を生け贄に指定した可能性。

 生け贄を手配した黒幕の手の届く範囲が王都に限られる可能性。

 あるいはただ単に、もみ消しやすいからという可能性もある。


 いずれにせよ、少年が首を突っ込んだ事件が国家規模の陰謀であることに間違いはない。

 これらのことを念頭に置きつつ、俺は創源で王室関係者のリストアップを行なう――。




 以上の情報を全員の脳に直接共有すると、さきほどまで王都観光を純粋に楽しんでいたスゥが真っ青になった。


「え、な、なにこれ。どうすればいいの!?」


 スゥはテンパっていた。

 成人したとはいえ村娘に過ぎないスゥに、この真実は重い。


「大丈夫です。神様がついてるし……アレーネさんも、ペルもいる」


 対して少年はあっけらかんと笑った。


「でもでも……っ」

「姉さんもついててくれるんですから。ね?」


 尚も言い募ろうとする少女に、倉木少年が殺し文句を使う。


「ももももちろん! クーちゃんが心配することなんて、何もないんだかびゃっ!」


 大量の冷や汗を流しつつ、必死に取り繕うスゥ。

 というか、噛んでいる。


「あっ……そっか。当たらない方がいい予想って、このこと?」


 少年が後で話すと約束していた例の話題。

 話の規模からしてスゥがそう考えるのは当然だった。


 少年は首を振る。


「いや、ぜんぜん違いますよ」

「そうだよね……って違うの!?」


 邪神、誘拐事件、黒幕。

 あくまで前提。

 当たってほしくないと言ったのは、黒幕が王室関係者であるという前提に基づいてミネルヴァが導き出した今後の予想のほうだ。


 少年は大通りから裏通りにスゥを誘いつつ、会話を念話に切り替える。


(ジャックさんに引き渡した信徒……どうなると思います?)

(え? それはもちろん、お城の地下牢に連行されて……)


 スゥはそこまで考えて、ハッと息を飲んだ。


(そうなんです。黒幕が王室関係者なら、彼らに信徒をみすみす引き渡したことになる)


 クラキ少年は頷き、顔をしかめる。

 俺……というよりミネルヴァの作戦のために妥協させたが、罪人をみすみす泳がせることにかなり不満があるようだ。

 そんなに断罪したかったのか。


(えっと……ということは、どうなるの?)

(正直、まだわかりません。でも、誰が信徒に対してどう考えて、どういう対応をするのか。もうすぐわかります)


 リアクションはいくつか考えられる。

 まず口封じのために信徒を殺すというパターンだが、まずないと見ていいだろう。

 教団との関係が破綻するし、王室が黒幕なら物的証拠があったとしても秘密裏に握り潰せるのだから。


 一番ありそうなのが、処刑したと発表して秘密裏に釈放してしまうことだ。

 ミネルヴァもこの路線で今後の見通しを立てている。

 今後のカモフラージュに重きを置くなら、完全に見捨てて法に照らした処罰を下すというのも、有り得なくもない。


 少年にとっては、いずれも当たって欲しくない予想であるが、もうすぐ結果が出る。

 だが、それを確認するのは俺の仕事だ。


(……姉さん、釣れました)

(えっ? あ、そういえばそうだったね)


 少年たちがわざわざ人気のない場所に向かったのは、逢瀬を楽しむためではない。

 彼らの役目は釣り……つまり囮としての役目を果たすためだ。


 信徒を捕まえたのは一応ジャックだが、彼は引き渡しを行ったに過ぎない。

 実際に王室と教団の目論見を打ち砕いたのは、突如現れた謎の子供。

 調べればすぐわかることだし、こちらも隠すつもりはなかった。


「もし今後も誘拐犯が同じような計画を実行するのであれば、邪魔になりそうな倉木少年を暗殺する動きがあるかもしれない」


 情報共有にあたり、己の分析をそのように締めくくったのがミネルヴァ。

 ならば敢えて狙いやすい場所に行って、敵を誘うと言い出したのが少年。

 釣れれば情報を引き出すために生け捕りにしてほしいと賛成したのがアレーネ。

 真相を知らずに囮作戦の概要だけ聞いて、来なければ来ないでそれがいいよねと祈ったのがスゥだった。


 建物同士の間にできた狭い一本道。 

 進行方向と背後から現れたのは、黒ずくめの覆面の刺客たちだ。


「あなた達は……」

「問答無用」


 声をかけようとした少年を刺客のひとりが遮った。


「やれ!」


 前方の刺客がリーダーと思しき男に応えて両手をかざし、呪文を唱え始めた。

 すると手の平から炎の弾が生まれ、二人に向けて次々と発射される。


 背後の刺客も同じく炎弾を放った。

 降り注ぐ炎が少年少女を焼きつくさんと迫る。


「ひゃっ――」


 スゥの悲鳴は轟音と爆炎に飲み込まれた。

 刺客は勢いを緩めるどころか、さらなる炎弾を間断なく撃ち込んでいく。

 炎と煙によって少年少女の姿が見えなくなっても、魔法の爆撃は止まらない。


「撃ち方やめ!」


 リーダーの命令に、ようやく刺客たちが攻撃を止める。


「ちっ、仕事とはいえ後味の悪い……」

「口に出すな。さっさと確認するぞ」


 未だに煙幕立ち込める地点に刺客たちが目を凝らす。

 黒こげの死体が出来上がって終わり……それが彼らが思い描いていた任務完了のイメージだった。


「……何っ!?」


 だが違った。

 煙が晴れた先に現れたのは、無傷の標的。

 少年たちの周囲にはドーム状の光り輝く力場が形成されていた。


「び、びっくりした~」


 スゥの呑気とも取れるリアクションに、刺客たちの警戒ボルテージが一気に上昇する。


「耐火魔法か? ばかな……」


 防御されると露ほども思っていなかった刺客たちは、力場の正体を見極めようと魔法識別を行う。


「なっ……魔法じゃない!?」


 ベイダの原始的な魔法と一緒にされては困る。


 ふたりを炎から守ったのはスゥの結界石だ。

 基本的には持ち主の念に応じて発動するが、攻撃を感知したら自動的に防衛する程度の機能は備えている。


「貴様ら、いったい――」

「問答……無用です!」


 少年は叫ぶ。

 反撃が始まった。


 少年は冒険者ギルドのときと同じように力場を透過し、一番前に立つ刺客と間合いを詰める。

 咄嗟にダガーを構えた刺客だったが、音を置いていくスピードで迫る少年の反応に追いつけるはずもなかった。巧みに体格差を利用して刺客の懐に抜けた少年が右の掌底しょうていを繰り出す。


「か……っ!?」


 顎先の急所を勢いよく打ち上げられた刺客が天高く浮き上がる。意識を失い、あとは落ちるのみ。


 少年は倒した敵に目もくれず、それどころか障害物がなくなって好都合といわんばかりに飛翔する一人目の真下をくぐり抜け、背後に控えていた第二の刺客を標的に移す。地を這うように進撃する少年に二人目の刺客は声をあげる暇もなく足払いをくらわされ、直後に胸を強烈に踏み抜かれる。


「くふっ……!」


 刺客は肺の空気をまるごと吐き出し、血中酸素の不足から朦朧状態に陥った。

 ここで最初の刺客が大地に叩きつけられるに至り、ようやく残りの刺客が己の使命を思い出して動き出した。


「くっ、立て直すぞ!」


 彼らの作戦は至ってシンプル、閉所での挟み撃ちだ。

 セオリーを踏んだだけだが、図らずも彼らは少年の封じ込めに成功している。

 少年の必殺技といえば運動エネルギーを余すところ無く利用した一撃破砕だが、閉所では十八番の高速機動戦闘はできない。

 最初の一人目は助走からの一撃、二人目は姿勢を崩してからの急所攻撃でしとめたが、三人目は距離が近すぎた。ペル戦の時と同じく待ちに入るしかない。


 狭い通路。

 大人数で包囲せずとも初撃の魔法で殺せるはずだったからこその戦場選択。

 標的が生き残ったとしても、縦に深く人員を配置すれば突破は困難だ。

 しかも挟み撃ちなら、万に一つも負けはない。


 たかが子供に必殺の初手を破られた驚愕から崩れはしたものの、事前の作戦どおりにやれば持ち直せるはずだった。


「こ、こないでっ!!」


 だが、スゥの存在が。

 より具体的に言えば結界石の力場が、刺客たちの思惑を大きく覆す。


「くっ、なんなのだこれは!?」


 狭い通路ぎりぎりまで展開した力場が背後に迫っていた刺客たちの行く手を阻む。

 体当たりしても弾かれ、短剣を突き立ててば逆に刃が砕け、炎弾を打ち込んでもびくともせず、魔法ではないから解呪魔法ディスペルも効かない。


 無駄なあがきだ。

 俺が持ち込んだ結界石は、ベイダの文明レベルで突破できるほど生易しいものではない。


「チッ、小娘は後回しにしろ!」


 刺客たちはスゥから反撃は来ないと見て、力場を飛び越えていくことにしたようだ。

 力場は絶対無敵のバリアであるが、効果範囲は広くない。

 彼らぐらいの身体能力があれば、ジャンプで飛び越えていくのは余裕のはずだった。



 正解だよ。



 ――ほんの少し前までならな。



「やっつけちゃって!」


 スゥが何かに向かって叫んだ。


「なにぃっ!?」


 ――それは巨大な拳……というより、グーパンだった。


 突然伸びてきたソレに刺客は跳躍の最中で回避もままならず、グーパンを抱えるように身体を九の字型にして大地へと打ち下ろされた。

 ずーん、という重々しいがどこかシュールな音とともに大地が揺れる。


「こいつ……動くぞ!」


 刺客のひとりがたたらを踏んで叫ぶ。


 グーパンの正体は結界石だ。

 力場の一部が大きな拳をかたどり、空中の刺客を容赦なく撃墜したのだ。

 もちろん、それで終わりではない。


「えい、えい、えいえいえいえいえい!!」


 スゥのかけ声とともに唖然と立ち尽くす刺客たちに向け、今度はさっきより小さい……しかし無数の拳によるラッシュが刺客たちへ降り注ぐ――。


「う、うわあああああ!!」


 哀れな刺客たちの断末魔が裏路地に響き渡った。





「ふー」


 スゥが汗を拭いつつ、状況を確認する。


「やったか、な?」


 やっていた。


 刺客たちは全員が全員、哀れな格好で転がっている。

 最初の拳を受けた刺客などペシャンコ一歩手前だった。

 他の者も黒ずくめの下は全身青痣だらけに違いない。


「よしっ!」


 彼女は死者なき戦果に大満足し、ガッツポーズを取るのだった。





 実を言うと、結構前からスゥに頼まれていたことがあった。


 自分も少年の足手まといにならない力がほしい、と。

 できるだけ心配をかけず、それでいて相手を殺さず無力化できるぐらいの力をください、と。


 少年に心労を与えず、相手の命も奪いたくない。

 スゥの優しさと純粋さから発露した願いであり、同時に傲慢な考え方でもあった。


 別に無視しても良かったが、彼女も俺に貢献してくれている。

 仕方なく考えた。

 彼女の注文通り、自分だけは安全な場所にいて傷つかず、思い通りに動かせて、敵が手も足も出ないところから一方的に攻撃できる方法を。


 俺は結界石を改良することにした。

 スゥの思考に応じ、力場の形を飴細工のみたいに変えられるようにしてみたのだ。

 瞬発性を持たせるのは少々骨が折れたが、結果的にうまくいったと自負している。


 弱点は唯一、結界石を起動した場所からスゥは動けないこと。

 それでも今回のように守りの戦いなら反則的な真価を発揮する。


「もう足手まといとは言えんな」


 おめでとう、スゥ。

 俺から送る成人祝いだ。

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