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第三十三話「殲滅の狼煙」

鬱病が治った! 連載再開です!

 ベイダの八正神は共通の万神殿パンテオンに属する……つまり起源を同じくする神々である。

 彼らは夫婦の主神を筆頭として、それぞれの権能に応じて司るものを棲み分けしている。

 たとえば鍛冶師や職人は『鍛冶と金槌の叔父ダールマール』を主に信仰するが、日々の実りに感謝するときは『豊穣と実りの約束者ホロフォス』に祈りを捧げるといった具合だ。

 八正神同士に対立はなく、ベイダに暮らす人々に幅広く受け入れられている。


「これが神殿ですか!?」

「ふわぁ……すごい。おっきい!」


 だからというわけではないが、王都ディスティアには八大神すべてをまつる大神殿がある。

 数百年以上前にレゼド王国の威信をかけて建立された大神殿は荘厳の一言ではとても片づけられない。

 その規模は王城に匹敵し、今も無数の人が出入りしている。


「あわわわ……どうしよう、クーちゃん! わたし、すっごく緊張して……!」


 スゥは視界いっぱいに広がる光景に圧倒されていた。

 自分なんかが足を踏み入れていいのか、今になって信じられなくなったようだ。


「あれ?」


 スゥはきょろきょろとあたりを見回す。

 さっきまで隣にいた頼りの弟分の姿が見えない。


「何してるんですか、姉さん! 中もすごいですよ!」


 声のした方向を見上げると神殿入り口の大階段を登った先、目をきらきらさせた少年が手を振っていた。 


「あーうー、待ってー……」


 置き去りにされた少女はいつものように怒るでもなく、よろよろと階段を上がっていく。

 心細さを和らげてくれる少年がああも遠くに行ったのでは涙目になるばかりだ。


 一方で、倉木少年はまったく物怖じしていない。

 元いた世界で巨大な建造物に慣れ親しんでいる彼にとって、由緒正しき大神殿すらランドマークのひとつに過ぎない。

 純真な心のおもむくまま、ただただ素晴らしさを噛みしめている。


「ほら、見てくださいよっ。あの石像、すごくかっこいいですよ!」

「わかったっ! わかったから、置いてかないで」


 少年はようやく追いついたスゥを容赦なくせき立てた。


(わたしひとりじゃ、入れなかったかも……)


 少年の勢いに乗せられて神殿に入ってしまったが、むしろ良かったのかもと思いつつ、スゥは少年についていく。


 少年が指差していたのは右手に弓を持ち、天秤を掲げる一際大きな女騎士の像。

 横に広い入り口には均等に大きな石像が並べられており、たまたま彼らが入ったあたりに女騎士の像がそびえ立っている。


「この人は、なんて名前なんですか?」


 宝石のように輝く知的好奇心に突き動かされた少年がスゥに問いかけた。


「えっと。わかんない……たぶん、神様だよ」

「神様?」


 クラキ少年が天井を見上げた。

 いや、これは。


――言っておくが、俺ではないぞ。

(あ、はい。それはもちろんわかってますけど)


 神様と言われて真っ先に俺を連想したくせに、よくも言う。

 神々の解説か。確かに神官を捕まるより俺が話したほうが手っ取り早い。

 億劫な話題だが、スゥも念話に加えて説明する。


――その像は凛々しき法の見張り手バルナス。法と秩序の権能を司る八正神の一柱だ。

(ふえー、そうなんですか)


 少年の反応は理解と程遠かった。

 まあ、神の名前などより巨像そのものに興味があったのだろう。

 子供とはそういうものだ。


(じゃあ、あっちは誰ですか?)


 その後も居並ぶ八正神の像の解説を強要された。

 やれやれだ。


 全部懇切丁寧に教えてようやく。ようやくだ。

 スゥが意を決して神官に声をかけ、事前に届けられた割り符を渡した。

 緊張しているスゥを神官が微笑ましそうに見ていた。


「じ、じゃあ行ってくる」

「はい、待ってますね」


 こうしてスゥは成人の儀式のため、神殿の奥へと案内されていった。

 付き添いとして来ていた少年は別室で待たされる。

 少年はスゥの儀式を見たいと思っていたが、規則を破ってまで覗き見るつもりもないようだ。


(神様。やっぱりここって異世界なんですね)

――なんだ、やぶからぼうに。


 しばらくぼうっとしていた少年が唐突に念話を持ちかけてきた。


(どこか同じだと思ってたものが違くて、違うと思ってたものがいっしょで。異世界なんだなぁって)

――何が言いたいのかさっぱりわからん。

(ははっ、心の読める神様でもわからないことがあるんですか。なんかヘンですね!)


 少年がおかしそうに笑う。

 何がヘンなものか。


――当たり前のことだ。本人がよくわかっていない心をそのまま読んだところで、わかるものか。

 感情混じりの心の声は、いわばノイズだ。

 波長を調整し、余分なモノを濾過すればはっきりと聞こえるが、それはもう人の心ではない。

 情報として処理できるタダの――。

(……神様?)

――ああ、すまんな。今のタスクのまま考え事をしていた。で、なんだ?

(え。あ、いえ……)


 少年の歯切れが悪い。

 しばらく間をおいてから、


「感情って、そんなに邪魔なのかな……」


 何故か、そんな考えるまでもない、当然のことを呟くのだった。




「クーちゃん、おまたせー!」


 俺との雑談念話で時間を潰していた少年のもとに儀式を終えたスゥが戻ってきた。

 別れてから一時間と経っていない。

 儀式といっても、神殿長から祝福の洗礼を賜るだけの簡易的な儀式だったようだ。

 

「うわぁ……姉さん、綺麗です」


 それでも神前に立つ手前、スゥは専用の衣装を着ておめかししていた。

 白を基調とした貫頭衣のようなドレス姿だ。垢抜けない少女の雰囲気によくマッチしている。


「そ、そお? えへへ」 


 スゥは少年の心からの賛辞に、まんざらでもなく笑う。

 くるりと一回転すると、ふわりとスカート部分が浮き上がる。

 少年が赤面したが、スゥは全然気づかない。


「やっぱりこの衣装もらいたかったなー」


 残念ながら衣装は神殿からのレンタル。

 経費の関係上、贈呈品の類もないと神官が説明していた。


「大丈夫。大人になった姉さんは、じゅうぶんきれいですよ!」


 少年の飾らぬ本音に、スゥがうれしそうに……本当にうれしそうに笑う。

 衣装よりも、神の祝福よりも、少女が一番欲しかったご褒美だ。


「じゃあ、そろそろ釣りにでも行きましょうか」

「あ、うん。そーだね!」


 こうしてスゥは大人の仲間入りをし、本来の用事がつつがなく終了したのだった。




 一方そのころ。

 アレーネはミネルヴァとペルとともに、子供たちが本来生け贄として捧げられるはずだった儀式場に到着していた。


「案の定もぬけの殻ねー」

「ああ……」


 ミネルヴァがアレーネの言葉に同意する。

 教団の儀式場は岩山の合間、夜天の星々の光が降り注ぐ……儀式には絶好の場所に位置していた。

 とはいえ物理的なものはもちろん、魔力的な痕跡すら完全に消されている。


 儀式場は、大規模な魔法行使のために必要不可欠な施設である。

 そして古代文明の残した儀式場は貴重な遺跡であり、再建は不可能だ。

 少年が森の儀式場を破壊してしまったことにアレーネが怒ったのも無理なからぬことである。


 要するに。

 魔法を使う者にとって儀式場は重要な陣地であり、手放すとはいえ破壊を躊躇うのが普通だ。

 事実、この儀式場も教団の痕跡こそないが破壊されていない。

 無論、他の魔法使いに奪われないよう、見るだけではわからない罠は仕掛けられているだろうが。


「好都合だ」


 ミネルヴァが目を細める。


 おそらく連中は似たような儀式場をいくつか構えているのだろう。

 だからこそ捕らえられた信徒が来るはずだったこの地をためらい無く引き払った。


 ――それが、命取りになるとも知らずに。


「予定通り、丸ごといただくとしよう」


 ミネルヴァがアレーネの肩からはばたいて、儀式場の祭壇にとまった。

 すると一瞬、バチッと火花が出たかと思うとまばゆい光とともに現れた無数の魔法陣が砕けて散った。


「相変わらずデタラメね。さすがに慣れちゃったけど」


 アレーネが呆れたようにコメントする。

 それもそのはず、ミネルヴァは儀式場に仕掛けられた凶悪且つ巧妙に仕掛けられた幾重もの魔術的罠を瞬時に無力化、祭壇を完全に自分のモノにしてしまったのだ。


「敵ながら、なかなか面白い構築だったな」


 ミネルヴァが結果とは裏腹に感嘆のさえずりを漏らす。

 どうやら迂闊に触れた者を呪殺した上に犠牲者の魂を邪神のものにする、かなり高位の術式が施されていたようだ。

 本来であれば数十人の高位魔術師が神官の加護も借りながら年単位の時間をかけて打ち破らねばならぬ強大な守り。

 それさえも、ミネルヴァにかかればバケツのふたに等しい。


「よし。ここからはアレーネ、お前も手伝え」

「はいはい」


 アレーネが肩をすくめながら、ミネルヴァの魔力を用いて呪文を唱え始めた。


 大型探査魔法グレーターサーチ

 儀式場を中心とした広範囲を精密探査する秘術魔法アーケインである。


 この儀式場で大型探査魔法グレーターサーチを使えば、連中の使っている周辺の儀式場はもちろん、ハーン・ディルグ本殿の場所も見つけ出せる可能性が高い。

 あれだけの罠だ。儀式場を乗っ取られることを想定していないだろうし、並の探査妨害で大型探査魔法グレーターサーチを誤魔化すことは不可能だ。


 もちろん薬を作ったりするだけなら、儀式場を乗っ取る必要はない。

 だがここなら、大型探査魔法グレーターサーチの射程範囲に敵の本殿をおさめられる……これこそ、ミネルヴァの企みだった。


「ペル、なにか、するー?」

「ちょっと待っててね。すぐ出番だから」

「おー!」


 褐色童女のすがたが幻のようにかき消えて、緑色のトロールが現れる。

 彼女は意気揚々と周辺警戒を始めたが、アレーネの探査が敵を発見するほうが早かった。


「うーん、後詰めかな? ここを見下ろせる崖の上、信徒が三人いるわね。会話内容からしてさっきの罠破壊も見られたかしら……?」

「連絡している様子は?」

「通話のピアスがあるみたいだけど、同時展開した妨害が効いてるみたい。慌ててるわよ」

「よし、消せ」


 アレーネの報告にミネルヴァが冷徹な判断を下す。


「あい。ペル、やる!」


 同時に、敵座標をリアルタイム同期されたペルが駆け出した。


「食べちゃだめよー」

「わかる! ボス、こわい。食べる、ない!」


 これから一方的な殲滅戦が始まる。

 本殿攻略までいけそうだが、少年の力を借りるまでもなさそうだ……。

今回はリハビリがてら短めに。


きっと皆さん、話の内容を忘れていることでしょう。

HAHAHA、私も忘れてます。

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