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第三十話「波乱の伏線」

 少年がギルドで悶着もんちゃくを起こしている頃。


「なんでそれを早く言わないのよ!」


 儀式場で大鍋をかき混ぜていたアレーネは、ふたりが王都に行ったことを聞いて発憤はっぷんしていた。


「事後報告で充分だと判断した。それより、手を止めるな。撹拌かくはんで手を抜くと調合がうまくいかないぞ」

「ううっ……」


 ミネルヴァの指摘を受け、アレーネはしぶしぶ大串を回す作業を再開する。


「なんでよーっ。私だって王都に行けるなら行きたかったのにーっ」

「倉木君はお前がほしがっていた素材も調達するつもりでいる。行く必要などないだろう」


 目をつむって呆れたように首を振るコノハズクに、アレーネが反論を試みる。


「あの世間知らず二人だけで王都へ行くなんて、それこそ危ないにもほどがあるわよ」

「少年はどのような危険にも対処できる。少年の側にいればスゥも安全だ」

「違うわよ。あの子たちに関わった人たちが危ないって言ってるの」


 一見、アレーネの意見は正鵠を得ているように思える。

 だがそれは、この世界の人間の立場に根ざした狭い視野に基づく言葉としか言いようがない。

 俺は神を凌駕する存在であり、少年はその代理人だ。


 我々はこの世界に住んでいる人間のことなど、いちいち気にかける必要はないのだ。


 少年が王都で誰かを殺したとしても、文句を言う者を物理、社会、精神……手段問わず排除することなど造作もない。

 チートホルダーが世界の社会秩序などに気を遣う必要は一切ないし、それによって国家が滅んでも知ったことではない。


「ふむ……」


 だが俺と人格を共有しているはずのミネルヴァが一考の余地ありとばかりに首を傾げた。


「それは確かにそうだな」

「でしょ?」


 ミネルヴァはベースの人格こそ俺だが、俺とは違う立場から物を見るようになっている。

 ミネルヴァが俺と異なる見地を持つのも当然のこと。

 そして、その方が俺にとっても何かと都合がいい。

 

「ペルだって、クラキに会いたいでしょ?」

「行く! ボス、会う、したい!」


 アレーネの言葉に暇そうに残飯の骨をかじっていたトロールが嬉しそうに諸手を上げた。


「……だが、魔女ハグのお前が王都に行っても大丈夫なのか? あと手を止めるな」

「へーきへーき。魔術師か魔女かなんて感知魔法でもわからないし、もう姉さんはいないから誰かを巻き込む心配もないし、そもそもこんなところに引きこもってないで外にも行きたいし!」


 前から行ってみたかったというのは本当らしい。

 それなら、ミネルヴァに頼めばいつでも行けたはずだが。


「大方みんなで楽しくおでかけしたいとか、そんなところだろう?」

「う、うるさいっ!」


 ミネルヴァの指摘に赤面するアレーネ。

 本音はそちらか。


「とにかく。ミネルヴァが王都の近くまで瞬間転移テレポートしてくれればすぐ合流できるわよね」

「何を言っている。俺が王都に行ったことがないのだから、宵闇の森から行くに決まっているだろう」

「えー。だったら森から飛んで、先に見てきてよ。そうすれば迎えに来られるでしょ?」

「……まあいいだろう。仕方ないやつめ」


 渋々と言った様子でアレーネのわがままを聞き入れる使い魔。


「それより、手」

「え? あ……」


 アレーネが止まっていた手を動かそうとするが、遅かった。

 調合していた液体が撹拌を中断していたことで、黒く焦げ固まってしまっている。


「……調合失敗だな。やりなおし」

「えっ。これが終わったら出発でしょ!?」

「やりなおし」

「うわーん! ミネルヴァのばかー!」


 アレーネの呪詛とともに、ペルが骨をぱきっとかみ砕く音が洞窟内に響いた。




「災難だったな、クラキ君」

「いえ、そんなことは」


 白髭を生やしたナイスミドルが少年を応接間でもてなしていた。

 俺が事前に仕立てた協力者のひとり……王都ディスティア冒険者ギルドの支部長。


 名は確かフェルナンドといったか。


 騒ぎを起こした倉木少年は職員の聴取という名目で奥へ通され、フェルナンドがその身柄を預かってくれたのだ。


「すまなかったな。冒険者といっても、ピンからキリまでいる。あのようなチンピラがディスティアの冒険者すべてだとは思わないでほしい」

「はあ、それはもちろんです。最初に会った人は親切にしてくれましたし」


 数分ほど雑談が続いたが、話はすぐ今回の沙汰へと移った。


「クラキ君はお咎めなし。騒ぎを起こした者達は冒険者資格を一ヶ月停止……で、構わんかな」

「あ、はい。それで大丈夫です」


 チンピラたちが先に因縁をつけてきたこと、先に手を出してきたことは周囲のギャラリーが証言してくれている。

 王都内で冒険者同士が争い、殺害してしまった場合は最悪ギルド資格停止もあり得る。そういう意味では、あのチンピラたちは相手を殺さず資格停止で済んで運がよかったと言える。

 とはいえ、彼らはこれとは別に王国の法に照らし合わされ、しかるべき罰を受けることになる。件のチンピラたちも王城地下の牢獄に幽閉されるだろう。


「それで……報酬の受け取りだったね」

「はい! 今までの分をいただけると伺いました」

「私が預かっている。確認してくれ」


 フェルナンドは金庫から袋をいくつか取り出し、天秤にかけていく。重さだけではなく、魔法によって貨幣かへい真贋しんがんを見極めることのできる魔法の天秤のようだ。

 少年はギルド長が何をしているのか分からない様子だったが、俺が念話で問題ないことを伝えると満足気に頷いた。


「はい、間違いありません」

「これからもよろしく頼むよ。もし時間があるなら魔女や虫の王を倒したときの話を聞かせてもらいたいが……」


 にこやかに笑うギルド長に少年は申し訳なさそうな顔で頭を垂れる。


「すいません。姉さんを待たせてますから」

「そうだったな。では、またの機会を楽しみにしている」


 フェルナンドは気を悪くするでもなく、退室しようとする少年を見送った。


「あ、もうひとつだけいいですか」


 だが、少年が何かを思い出したように振り返った。

 フェルナンドが眉をひそめる。


「なんだね?」

「行方不明になった子供の事件の依頼って、どういう内容かわかりませんか?」

「すまんが、私もすべての依頼を把握しているわけではなくてね……」


 フェルナンドが申し訳なさそうに目を伏せると、少年も肩を落とした。


「そうですよね……」

「だが、興味があるということなら資料を持ってこさせよう」


 ギルド長の提案に、少年がはっと顔を上げる。

 その目に好々爺こうこうやめいて笑うフェルナンドが映った。


「ありがとうございます!!」




――ジャック達に任せるのではなかったのか?

(そうなんですけど、やっぱりちょっと気になって)

――何が気になる?


 部屋を辞した少年が受け取った資料から目を離して天を仰ぐ。

 次の瞬間、少年はノータイムで創源にやってきた。


「最初から違和感があったんです。この王都で子供がいなくなることに」

「どういう意味だ?」


 直接相談したいことがあると真剣な目で訴えてきている少年に、俺は先を促した。


「壁です」


 少年は空間収納インベントリからテーブルを取り出して、資料を広げた。

 その中には、依頼のものとは別にもらったディスティアの地図がある。少年が指差したのは王都の外壁だった。


「見てください。王都に入るには南門、西門、東門のいずれかを通らないといけません。北は川が流れてますが、王都に直接入ってくる船も門と同様チェックが入るそうです」


 チェックというのは敵意感知ディテクトエネミーの魔法のことだろう。


「それがどうした? 子供の誘拐と何か関係があるのか」

「おおありですよ」


 俺の疑義に少年は大きくかぶりを振った。


「この感知魔法ディテクトエネミー、王国はもちろんですけど国民のみなさんに対する害意にも反応するんだそうです。だから、外部からやってくる者が犯罪を計画している場合は事前に察知できるんだそうです」

「なるほど。では、外部から子供の誘拐を考える者がやってくれば、その時点で捕まえられるわけだな。だが、誘拐事件が王国内に住んでいる者によって引き起こされるなら、何もおかしいことはあるまい?」


 少年は俺の切り返しに素直に頷いた。


「そうですね。でも、それなら何のために子供をさらうんですか? この世界では身代金目的の誘拐よりも、奴隷として売り払うことが多いみたいじゃないですか」


 少し前に、人攫いが村の子供を拉致して売り払おうとしている場面に遭遇したことがあった。 

 今回の誘拐の話を耳に入れたとき、人攫いから聞いた話を連想したようだ。

 少年が尋問の後、人攫いにしかるべき報いを与えたことは言うまでもない。


 俺は少し考え、可能性を語る。


「王都内で子供の需要が完結するか、王国が気付いていない流通裏ルートを利用しているかだな」


 需要の完結という言葉に少年が眉をひそめた。

 意味がわからなかったのではなく、わかったからこそ不快な気持ちに駆られたようだ。


「この資料によると……他の誘拐された子供たちは王都の外で発見されています」

「……ほう? では裏ルートのほうか」

「この場合、王都ディスティアを守る鉄壁の壁に穴があいてるってことになりませんか?」


 いつになく真剣な面もちで俺を見上げる倉木少年。

 その瞳は怒りと不安に燃えていた。


「資料を読む前から、王都の間隙の可能性に気付いていたのか?」

「いいえ。もっと単純に、どうして壁で守られた王都で誘拐事件が起こるんだろうと思いました。こんな安全そうな街で、子供が消えるなんておかしいって」


 始めに感じた小さな違和感。

 それは一種、少年の思いこみだったかもしれない。

 しかし、紐解いてみれば奇妙な符号が確かに揃っている。


「王都の外で子供が発見されたとなれば、王国側も調査するはずだろう。事は国防に関わることだ」

「それが、報告を受けたレゼド王国側は動かなかったそうです。それどころか、外で子供が発見された冒険者ギルドに圧力をかけたとか……」


 なるほど。

 むしろ、守りに隙があることを他国に知られる方がリスクが高いと踏んだわけか。

 いや、あるいは……。


「確かに報告の通りならば大きな事件だ。ジャックたちの手には余るかもしれないな」


 顎に手を当てて思案していると、


「やっぱり僕、ジャックさんを手伝いたいです」


 一度断られて諦めていたのに、事件の詳細を知っていつもの病気が再発したようだ。


「何もジャックの依頼を手伝う必要はない。君は君の視点から、全体を追え。必要なら情報を交換すればいい」


 少年は俺の提案に少しだけ逡巡の様子を見せたが、すぐにうなずいて見せた。下手に彼らの邪魔をするよりいいと納得したようだ。


「でも、情報収集って言っても何をすればいいんでしょう?」

「王国内に管理端末をバラまくのは宵闇の森と違ってコームダインに露見するリスクが高いからな。ミネルヴァを使おう。どうせアレーネ達が来るからな」

「えっ、そうなんですか?」


 少年への説明を省くためにミネルヴァの記憶を送ると、うれしそうに笑った。


「なんだか賑やかになりそうですね」

「まあ、そもそも今回の行方不明事件も誘拐かどうかわからんのだ。あんまり気負わず気楽にやれ」

「そう、ですね。そうします」


 俺はこう見えても、少年のメンタル管理に気を遣っている。

 王都のような人口密集地にデリケートな少年を投入するのはできるだけ避けていた。何か少年の逆鱗に触れるような出来事があれば、気に入らない者を皆殺しにしかねないからだ。

 王都が全滅しても俺は痛くもかゆくもないが、少年のその後に支障をきたす可能性はある。


「まあ、なるようになるか」

「神様?」


 小首を傾げて見上げてくる少年に、俺は黙って首を横に振った。

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