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第三話「神の驚嘆」

ショタに目覚めそうです。

 残りの山賊はかしらを入れて七人。

 入り口側に四人、奥側に三人。

 かしらがいるのは奥側である。


 この大部屋の中央には申し訳程度に布が敷かれている。

 お楽しみで土や埃が舞い上がっては興冷めだからだろうか。

 この上では娘が結界の中で身を竦め、四人の山賊がノビている。


「死にやがれぇぇ!」


 一番槍を務めたのは入口側のロングソード男。ロングソードは片手で振り回せる、ごく一般的な片手剣だ。

 更に立て続けにバスタードソード、バトルアックスを構えた山賊達が襲ってくる。


 多人数で確実に仕留めようというかしらの判断は悪くない。

 それが自分と同じ舞台に立っている敵が相手であれば、だが。


 まず倉木少年はロングソードを振りかぶろうとする男の懐に姿勢を低くして飛び込み、剣の間合いの内側へ入った。踏み込みと同時に鳩尾に肘を打ち込む。男は悶絶する間もなかった。剣を持つ腕と手首をしっかり極められ、自分の進行方向へと投げ飛ばされたからだ。奥側からかかってきたメイス男とダガー男は目の前で倒れた仲間に邪魔され足止めをくらう。

 少年はこの際、男の取り落としたロングソードを左で逆手に掴んでいた。


「おらぁ!!」


 男のバトルアックスが、倉木少年の背中に振り下ろされる。少年は振り返ることなく紙一重で斧を交わし、再び男の背中に回りこんでバスタードソードの男に相対そうたいする。

 バスタードソードは柄が長く、片手でも両手でも使える剣だ。男は両手で振り回していた。

 このとき倉木少年の意図としてはバトルアックスの男を盾代わりにして、バスタードソードを振るう手を緩めるのが目的だった。仲間を巻き込むのを躊躇する、そう読んだのである。

 だがバスタードソードは仲間ごと倉木少年を切り伏せる軌道を描く。男は超スピードで動く倉木少年が足を止めたから、とにかく必死に攻撃しようとした。仲間のことまで考える余裕がなかったのだ。


――何、考えてるんですか!


 これに倉木少年は怒りを爆発させ、髪を逆立てた。

 彼にしてみれば仲間ごと自分を攻撃するなんて行動は、まったくもって信じがたい暴挙に思えた。本当の意味で攻撃を防ぐ為に盾にする気は毛頭なかったのだ。

 男からしてみれば理不尽極まりない怒りなのだが、斟酌しんしゃくする倉木少年ではない。


「そういう人には……!」


 少年の速度が、更に上がる。

 バスタードソードが振るわれるスピードより速く、ロングソードが男の両腕を斬り飛ばした。逆手で重力に逆らう無茶な切り上げ。しかも切れ味が最悪であるにもかかわらず、純粋な膂力りょりょくだけで肉と骨を綺麗に断つ。バスタードソードはくるくると回転しながら天井に突き刺さって止まった。男の両腕はくっついたままである。


「ひぎああっ!? お、俺の腕、どこに……」

「知りません!」


 膝をつき、切断面から血しぶきを上げながら譫言うわごとを呟く男に、少年は拗ねた女の子のように口を尖らせた。そして鼻の下……人中じんちゅうと呼ばれる急所に右拳を叩き込んで哀れな男を黙らせる。


「ヤロ、いつの間に後ろに……あぎゃ!」


 仲間に斬られずに済んだ幸運な男は、背後の惨劇を見る前にロングソードの腹で頭をはたかれ気絶する。錆びついていた脆剣ぜいけんは、まるで寿命を迎えたかのように少年の手の中で砕け散った。


「貴方、お仲間に斬られるところだったんですよ。危なかったですね」


 恩着せがましい言葉とともに、少年は柄だけになったロングソードを放り捨てる。


「ひ、ひいい! バケモノだ!!」


 一連のやりとりをすべて目撃していた入り口側のハンドアックス男は、踵を返し、悲鳴を挙げて逃げ出した。


 少年は追わない。

 必要ならいつでも追いつける。


 他の山賊たちも逃げた仲間を責めなかった。

 全員が全員、自分も逃げたいと切に願い始めていたからだ。

 彼らの運命を分けたのは入り口側に近かったかどうかだけ。


 残ったのは四人。

 投げ飛ばされた男を起こし終わったメイス男、飛びかかろうと機を伺っていたダガー男、助け起こされたロングソード……はもうないので、予備の短剣を抜いている男。

 そして、子分を瞬く間に一掃されたかしらである。


――なんなんだ、こいつは。なんなんだ!?


 子分が女を拾ってきた。

 久々に鬱屈した日々をしばらく忘れられると思った。

 将来の展望も未来の計画もなく刹那を生きる自分たちにとって、欲望の解放ほどの娯楽はないからだ。


 それが、なんだ。

 女を助けにやってきた英雄気取りのせいで――少年が廃鉱をスタート地点としたのは本当にたまたまだったのだが、かしらはそう考えていた――全部ぶち壊しだ。


 だが、伊達に山賊の頭をやっているわけではない。

 ずる賢く頭を回転させながら、少年への計略を巡らせる。


「ま、まってくれ! 俺達は心を入れ替える!!」


 グレートアックスを放り捨て、地面に這いつくばる。

 それはかしらにとって起死回生の一手だった。


 相手は容赦こそないが、どこか甘さの残る子供。

 命乞いをする相手を無闇に虐殺するようには見えない……かしらは子供の同情心を引くことに賭けたのだ。


「……本当ですか?」


――ノってきた!


 かしらは必死に頭を下げながらも、会心かいしんの笑みを浮かべた。

 無論、少年からは見えない。


「命ばかりはお助けをぉ!」

「た、頼む。このとおりだぁ!」


 子分たちも心得ていた。

 本気で降伏している者もいたが、付き合いの長い連中はかしらの演技に気づいていた。

 同様に武器を捨てて、倉木少年に土下座する。


 山賊たちからは見えなかったが、倉木少年は眉をへの字にして困っていた。

 どうやら無抵抗な相手に手をあげることには、まだ抵抗感があるらしい。 


「あの……どう思いますか?」

「え?」


 少年はあろうことか、結界の中で呆然としていた娘に問いかけた。

 

「こういうときは、やられた人が決めたほうがいいかなって……」


 あくまで自分は介入者だから。

 それが倉木少年のスタンスのようだ。


「そんな……わたしに言われても……」

「く、薬のことも悪かった! ちゃんと金は蓄えから用意する! だから……」


 生殺与奪権が娘に移ったことを耳ざとく察知したかしらが、咄嗟に合いの手を入れる。


 事態の推移を受けて、ようやく娘も思考能力を取り戻し始めた。 

 自分に屈辱を味あわせようとした山賊のことは、憎いというより恐ろしい。

 暴行は未遂だったとはいえ、二度と顔も見たくない。

 死んでほしいかどうかまでは、わからなかった。


 薬がああなった以上、母は助からないかもしれない。

 そっちの方が重要だった。


「どうしよう……」


 その言葉は母を案じての呟きだったが、倉木少年は少女が迷っていると勘違いした。


 少年はランタンの吊り下げられた天井を見上げる。

 そんなところに何があるというのか。


「神様、聞こえていますか?」


 と思ったら、こっちに振るのか。


――聞こえているし、事態も把握している。頭で念じるだけでいいぞ。


 俺がそのように返すと、少年はこくりと頷いた。

 見る者が見れば、保護欲をそそられるような憧れに満ちたキラキラの笑顔だ。


(どうしましょう? やっぱり、許してあげたほうがいいですよね!)


 どうやら、倉木少年としては山賊たちが改心するという話を信じたいらしい。

 それでも俺の意見を聞いたということは、まるっきり鵜呑みにしているというわけでもないようだ。


――好きにするといい。俺はどちらでも構わん。


 ひとまず、俺は自分の立場をはっきりと表明した。


(そうですよね!)


 にっこり笑った倉木少年は、これで俺の話が終わりだと思ったようだ。

 立場と忠告は別だ。


――言っておくが、連中はお前を騙す気しかないぞ。


 実際に言って聞かせるより、事実を見せたほうが早い。

 そう判断した俺は、セイケンを介して情報を伝える。

 かしらの思考や計画。その腹の下で何を考えていたかを送りつけた。

 今現在セイケンを手に持っていなくても、彼に預けた空間収納インベントリを通して伝わったはずだ。


 少年の笑顔がどんどん薄れ、しまいには俯いてしまった。

 自殺直前のときと同じ思いつめた顔だった。


「な、なあ。頼む。このとおりだから!」


 かしらは計画がバレたことも知らず、バカの一つ覚えで演技を続けている。

 倉木少年は地面に頭を擦り付ける男の方へゆっくりとした歩みで近づいた。


 山賊たちは……ごとり、と何かが動く音を聞いた。


(なんだ、何の音だ?)


 かしらは音の正体が気になったが、少年の機嫌を損ねまいと無駄な努力を続けていたので頭を上げなかった。

 ある男は自分の周りを誰かが歩く気配を感じて小便をチビり。

 またある男は視界の端に鉄の匂いの混じった土煙が舞い上がるのが見えて、がたがたと震えた。投げ飛ばされたときの背中が、まだヒリヒリと痛む。


 そして、またある男はいざというときすぐに拾えるようにと、下げた頭の下にメイスを捨てていたのだが……。

 その男の視界に影がさした。天井のランタン――廃鉱でも空気がなくならない特別製らしいが男はよく知らなかった――に照らされた、誰かの影。

 小さな、とても武器を握るにはふさわしくない綺麗な細腕さいわんが伸びてきて、彼のメイスを拾っていった。


(なるほど、攻撃されることを恐れて武器を奪って回ってやがるのか)


 メイスを奪われた男は納得し。

 この後の騙し討ちは予備のダガーを使わないといけないなと暢気のんきに考えた。


「顔をあげてください」


 ようやく少年の許しが出た。

 この流れなら大丈夫だろうと判断した山賊たちが、寛大かんだい沙汰さたに期待しながら喜色きしょくを浮かべて頭をあげ……。


 全員が理解しがたい光景に息を呑んだ。


「貴方達……同じことする人なんですね。そうやって今だけは誤魔化して、また同じことをする人なんですね……」


 少年は、残念そうに。

 本当に残念そうに肩を落としていた。


 だが、男たちにとってそんなことはどうでもよかった。

 一部始終を見ていた少女が言葉をなくし、胸を隠すのも忘れていた。

 しかし、男たちは大いなる脅威を前にして性欲どころではない。


「残念です。本当に」


 少年は武器を拾っていた。

 左手にはメイスと、右手にもうひとつ。

 その右手の獲物が問題だった。


「な、なんだそりゃ……そいつは、鋼鉄製のシロモノなんだぞ……」


 山賊たちも、少年が体躯に似合わず剣を軽々と扱っているのは既に見ていた。


 それでも、見ようによっては女よりも美しい顔をした少年が。

 両手用の斧……グレートアックスを片手で軽々と持ち上げている光景。

 そんなもの、悪夢以外の何物でもない。

 筋骨を見せびらかす力自慢の山賊のかしらでさえ……両手を使わなければ扱えないというのに。


「や、やっぱり化け物なんだぁあああああっ!!」


 錯乱した山賊の頭がトマトのように潰れた。

 倉木少年が振り下ろしたメイスにより、頭蓋を叩き割られたのである。


 ちなみに唯一、騙し討ちしようなどとは露ほども考えず、本気で降伏していた男である。

 もちろん、改心するつもりもなかったが。


「ちょっと黙ってもらえませんか?」


 声変わり前の少年の声は。かわいらしくも濃厚な死の気配を纏っていた。


 子分の死を見て、かしらは計画失敗を悟り。

 絶望の汗と、涙を流した。




 現在の倉木少年は超人である。

 細かい説明は省くが、彼に渡したセイケンは特別だ。

 持っているだけで様々な加護が得られるよう、調整をほどこしてある。


 彼に某ハリウッドスターのような無双ができるのも。

 中学生らしからぬパワーやスタミナが発揮できるのも。

 すべて、セイケンという名のチートのおかげだ。


 だが、それでも倉木少年の活躍ぶりは驚嘆きょうたんに値する。


 彼は、本当に今さっき力を手にしたばかりの子供なのだろうか?

 いくら強力な力を得ていても、普通は武器を持っている相手には尻込みするものだ。

 ましてや喧嘩もしたことのないような子供となれば、尚更である。


 彼には、恐れがないのだろうか。

 死ぬのが怖くないのだろうか。

 他の自殺者は、意外と第二の人生を大事にする。

 いくら力を手に入れたとしても、最初は特に慎重になりやすい。

 あの大胆さはむしろ、後期チートホルダーのそれである。


 一体、どのような精神構造をしているのだろうか。


 今しばし創源ソウゲンにて、経過を観察するとしよう。

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