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第二十九話「ケネスの勘」

「……やれやれ」


 俺は創源で頭を抱えていた。


 少年を観測するようになってから半年。

 彼の性格も、ある程度わかってきていた。


 好奇心旺盛で。

 人が困っていると放っておけず。

 自分に関係のないことにも首をつっこみ。

 世界の在り方そのものに、どこか夢見がちな少年。


 元の世界では、さぞ生きにくかったことだろう。


 俺の与えたセイケンのおかげで力を得る以前から、彼はまったくと言っていいほど変わっていない。

 力のあるなしで行動を変えるような少年ではないのだ。

 せいぜい殺しを何とも思わなくなったくらいだろう。


 ある意味、彼は誰よりも自分の欲望に忠実なチートホルダーといえる。


 俺の苦言にも、いつもどおりこう答えるだろう。


「好きにしていい、って。神様そう言いましたよね?」――と。


「やれやれ、だな。本当に」


 俺はどこまでも広がる無窮の空を見上げながら、もう何度目になるかわからないため息をつくのだった。




 部屋の中には四人の人物がいた。

 ひとりはジャック。

 残りの三人は彼の冒険者仲間だ。

 各々が壁に寄りかかったり、ベッドや椅子に腰掛けてくつろいでいる中、ジャックだけが立っていた。


「え? おまえ、なんでここに……」


 純粋に他の仲間が唖然としている中で、ジャックは少年がここにいること自体に驚いていた。


「すいません。ジャックさんの後を尾けました」

「……なんだって?」


 子供が、俺の全速力に追いついてきたっていうのか?

 そもそも、部外者は宿の主人が止めるはずだ。

 誰にも気付かれず、部屋の前まで来たってことになるぞ。

 何者だよ……。


 以上、ジャックの表層思考の中継である。


「それより、子供がさらわれてるって本当ですか!?」

「お、おう」


 まだ衝撃から抜け切れていないらしく、生返事のジャック。


「なんじゃ、おぬしの知り合いか」

「知り合いっつーか、えーと」


 仲間のひとり、矮躯で髭面の……ドワーフの戦士と思しき男の問いにジャックはしろどもどろなる。


「またか」

「またね」


 すると今度は軽装の女が呆れたように呟き、ローブ姿の男、魔術師も大きく肩を竦めた。


「子供だからって誰彼かまわず声をかけるの、やめたほうがいいぞ?」 

「よせよっ! その言い方は誤解を受けるだろ!」

「まさか、今回の事件の犯人は……」

「違うっつーに!」


 魔術師がわざとらしく考え込むと、ジャックが挙動不審になった。

 余計に怪しく見えるわけだが。 


「あ、あのー」


 目の前で繰り広げられる展開に置いていかれた少年が、所在なげに挙手した。

 全員の注目が少年に集まる。


「自己紹介いいですか? 僕は倉木といいます」

「俺はジャック……って、お前知ってるだろ」


 他の仲間もジャックに続く。

 互いの自己紹介の後、ようやく本題に戻った。

 話は単純、少年がジャックたちの子供捜索依頼を手伝いたいというものだったわけだが。


「ダメだ」


 ジャックの返事はすげないものだった。


「どうしてですか!」

「お前が子供だからだ」


 少年の叫びにも、ジャックは断固として腕組みを解かない。


「お前が冒険者だって話が本当だとしても、だ。けつの青いガキのお守りをしながらじゃ、俺らだってやりずらい」

「でも、僕は……」

「それにな」


 尚食い下がろうとする少年に対し、ジャックは真剣な眼差しで応える。


「ただの家出だろうと、人攫いの仕業だろうと、この仕事にゃガキの命がかかってる。ハンパはできねぇ。わりぃな」


 ジャックの目を見た少年は、何も言い返せなかった。

 仲間達も、それ以上何も言わなかった。




「へー。じゃあ、断られちゃったんだ」

「はい……」


 結局、少年は冒険者ギルドにとんぼ返りする羽目になった。

 一度決めたことをそう簡単に譲らない少年ではあるが、あの手の論理に弱いのも、また倉木少年なのである。


 ちなみに少年とスゥは今、冒険者ギルドに併設された酒場で羊のミルクを飲んでいる。

 子供の冒険者は何かと珍しいが、店にはノンアルコールの飲み物が用意されている。下戸の冒険者への気遣いなのだろう。


 少年はスゥを話す間、既に何度か女冒険者に声をかけられ、いろいろとからかわれている。

 まだまだ大人の女性に対して免疫のない少年はスゥがどんどん不機嫌になるせいもあって、精神的にくたびれていた。


「でもさ、まだあの人も依頼を受けたわけじゃないんでしょ? 先に受けちゃえばいいんじゃないかな」

「そんなことずるいことできませんよ。横取りじゃないですか」


 少年ルール的に横取りはアウトらしい。

 これは少年達も知らないことだが、仲間に相談しにいく間、ジャックは依頼をしばらく保留するよう受付に頼んでいた。どちらにせよ、紹介してもらうことはできないだろう。


「でもでも、絶対クーちゃんが受けた方がうまくいくって!」


 テーブルに身を乗り出すスゥは、ぷんすかと怒っていた。

 少年を弟として愛し、同時に漢として信奉しているスゥからすれば、ジャックのような失礼千万なる者と少年では比較することすらはばかられる。

 なぜ少年のほうが引き下がるのか、理解できないのだ。


「そんなことないですよ。僕なんて、戦うぐらいしかできませんし」


 そう呟きながら、少年は自分の右手の平に視線を落とした。開いたり閉じたりしながら、この半年、自分のしてきたことを振り返る。

 少年の脳裏をよぎるのは修行と誅殺の日々。

 うまくなったのは身の潜め方、気付かれずに接近する隠密のやり方、山賊やモンスターの殺し方ばかり。

 彼は冒険者というより虐殺者として成長していた。


「調査とかは、アレーネさんの方が得意だと思います」

「そっか……」


 少年をフォローするかと思いきや、スゥは顔を伏せてしまった。


「ごめんね。わたしも、何かの役に立てればよかったのに」

「そんなことないです、姉さん。今のままでいてくれれば、僕はそれで」


 スゥが少年の言葉に顔を上げる。一瞬差した影は消え、春の陽気のような笑顔が戻っていた。

 彼女にとって、自分がただの村娘にすぎないことは残念だが、そんな自分を必要としてくれている少年のことが好きだった。

 無論、弟として。


 少年にとっても、スゥやアレーネたちとの日常はかけがえのないもの、らしい。

 俺には理解できないが、そういうものだとっている。


「だいじょうぶですよ。ジャックさんなら、自分たちだけで子供達を助けられます、きっと」


 少年もスゥに笑顔で応えた。

 それは少年にしては珍しい妥協の結論だったが、それで俺の手間が減るなら何よりだ。


 何しろ、王都で介入しているのは冒険者ギルド長ぐらいだし、少年が来たばかりだからセイケンの管理端末ナノマシンも散布していない。

 ひとまず今回のところは少年に王都を散策してもらって、王都におけるサポート体勢が整ってからじっくりと……。


「おい、ガキども。ここはお前らみたいなのがいていい場所じゃねえぞ」


 と。

 命知らずのチンピラ冒険者が少年に因縁をつけ始めた。

 どうやら早死にしたいらしい。


「ちょっと、やめなさいよ! かわいそうじゃない!」

「そうよそうよ!」

「うるせーんだよ、女どもが!」


 先ほど少年をからかっていた女冒険者たちが食ってかかるが、他のチンピラが数人がかりで囲むと女たちも何も言えなくなってしまった。


 スゥはというとチンピラの脅しにおびえるでもなく、少年がどう出るのかと、少しわくわくしたおももちで見守っている。

 そして少年は……。


「訂正を求めます。子供は僕ひとり。姉さんはもう大人なんです」

「あん? 何言って――」


 チンピラが少年を睨みつけようと目を細めたところで、動きが止まった。

 少年の目を見てしまったのだ。


「姉さんが見てますから、あんまり人を殺したくないんです。やめてもらえません?」

「えっ……あ、ああ……」


 少年の警告とともに正気を取り戻したように返事をするチンピラ。

 そのまま他の仲間たちの方へと合流する。

 他の冒険者達も騒動の気配に身構えていたが、あっさり退散したチンピラの行動を怪訝そうに見ていた。


「おいおい、どうしたんだよケネス」


 仲間にケネスと呼ばれたチンピラは首を横に振った。


「あいつらはやめとこう」

「はぁ? ガキの啖呵にビビったのか?」

「啖呵? そんなんじゃねーよ」


 ケネスは額に一筋の汗を流しながら、戦慄の表情で語り出す。


「……目だ。あのガキの目、虫みたいに感情がなかった。あれは、人を殺すことを何とも思ってない奴の目だよ。俺の第六感が、あいつらには関わるなと言ってる……」

「ハハッ、結局ビビったんじゃねーか」

「何とでも言え。俺はガキが冒険者ギルドなんかにいるのが気にくわなかっただけだ。ありゃ見た目通りのガキじゃねー。俺は長生きしたいんだよ」


 ケネスは仲間の挑発も軽く受け流す。 

 どうやら早死にしたいわけではなかったらしい。

 危機察知能力からして直感の高い盗賊シーフタイプのようだ。


「だったら、俺らが代わってやんよ」

「チッ、勝手にしろ。知らねえぞ」


 女冒険者たちを取り囲んでいたチンピラたちが、ケネスと入れ替わりで少年達の方に向かった。


「おい、ガキ。調子に乗ってんじゃ」

「僕の名前はクラキです」


 少年が席を立ち、チンピラたちの機先を制するように言葉を被せた。


「姉さん」

「はーいっ」


 スゥが少年の合図で結界石を起動する。

 長年連れ添った夫婦のような阿吽あうんの呼吸だった。


「な、なんだ? 魔法か?」


 テーブルを包み込むようなドーム状の輝きにチンピラのみならず客達もざわめく。


「寄ってたかって自分より弱い人を虐めてウサを晴らす……知ってますよ。そういうの、あなた達にとっては気持ちがいいことなんですよね?」


 少年は女のように華奢な腕をポキポキと鳴らしながら、力場の外へとゆっくり歩み出していく。


「このガキ、やろうってのか!」


 チンピラのひとりが少年の色めき立って少年に飛びかかっていく。両手を伸ばして、少年を床に引きずり倒そうという算段だ。


「僕はもう知ってるんです」


 少年は落ち着いてチンピラの両手をかいくぐる。

 次の瞬間、チンピラの身体が勢い良く浮いた。


「ひゃっ」


 背中から力場に叩きつけられたチンピラにびっくりしたスゥが思わず口元を抑える。


「そういう人間は、別に殺してもいい人間だって――」


 完全にノビてしまったチンピラのひとりを冷徹に見下ろす少年。

 声が小さかったから、残りのチンピラも客達も少年の物騒なつぶやきは聞こえていない。


「な、なんだ。何が起きた」


 彼らには、少年が一瞬消えたと思ったら仲間が吹っ飛んでいるようにしか見えないようだ。

 実際は一瞬の交錯の間に少年が腕を掴んで相手の力を利用し投げ飛ばした。

 つまり柔道の投げ技である。


「かかってこないんですか?」


 肩越しにチンピラたちを挑発する少年。

 彼には相手を怒らせようという意図はなく、純粋な問いかけのつもりだったようだが。


「このガキ! ぶっ殺してやる!」


 チンピラたちが目の色を変えて一斉に各々の武器を抜いた。

 少年が目を見開く。


「僕の前で武器を抜くっていうことは……」

「へへっ、今更命乞いをしたって――」


 だんだん危機感を感じてきたチンピラのひとりが冷や汗を垂らしながら己の優位を信じようと口を開いた……が。


「それ、全部くれるってことですよね」


 少年が微笑む。

 その意味を解したのは、この時点だとスゥのみだった。

 さきほどまで止めようとしていた女冒険者たちもギルド職員たちも何が起きているのか理解できず、固唾を呑んで事態を見守っている。


「いつでもどうぞ」

「クソガキがッ!」


 バスタードソードを抜いた男が少年に斬りかかった。柄を両手で握り右上段からの振り下ろし、すなわち袈裟斬りである。少年は男の脇下に大きく一歩を踏み込んで左手で相手の右手首を掴みながら当て身を入れる。男は衝撃にうめく間もなく、そのまま投げ飛ばされた。


「ぐえっ」

「ぎゃっ!」


 先ほどの男と同様、結界の力場に全身を打ち付けられ、そのまま床に転がるチンピラの上に折り重なった。いずれも蛙のようなうめき声をあげる。

 二回目だからか、スゥは驚きながらも悲鳴をあげない。それどころか、自慢の弟の大活躍に目を輝かせ始めた。


 最後に残ったチンピラも手をこまねいて見ていたわけではない。少年を取り囲んだ三人が同時に飛びかかる。

 無論、速度の違う世界に住んでいる少年にとっては何人来ようと同じこと。


「ぎぃっ!?」

「ぐうっ!?」

「ひゃえっ!?」 


 チンピラたちは三者三様の悲鳴を上げ、お互いの有様に悪態をつく。


「な、なにしやがる……」

「お前こそ……!」

「どうなってんだぁ……!!」


 周囲からも奇異な光景に驚きの声があがり始めた。

 チンピラ達は互いの武器で互いを傷つけ合っていたのだ。

 少年から見て右の男のダガーは真ん中の男の大腿を貫き、真ん中の男のモーニングスターは左の男の背中を叩き、左の男のアイアンクローは右の男の顔面を切り裂いている。

 ものの見事なトライアングルを描いていた。


 少年はいつのまにか三人から離れた場所に立ち、油断なく構えている。


「何が起きたのよ……?」

「……あのガキ、あいつらの攻撃の軌道を変えやがったんだ……一瞬で、しかも同時に攻撃が当たるようよう調整して」


 傍観していた女冒険者の呟きに応えたのは、チンピラ冒険者仲間のケネスだ。

 女冒険者が驚きに目を細める。


「見えたの?」

「んなわけねーだろ。ただの予想だ」


 情けないケネスのコメントに、女冒険者は呆れたように頭を振った。




 この後、事態はあっさりと沈静化した。

 チンピラたちは気絶したり戦意を失ったりしつつ、今更職務を思い出したギルド職員に引っ立てられていく。

 少年も事情聴取ということで、スゥとともにギルドの奥へ案内されていった。


「だから言ったんだよ、関わるなって。おーこわ」


 ケネスはぶるりとその身を震わせた。

 最初に因縁をつけたことも棚に上げて己の勘が当たっていたことを八正神に感謝しつつ、何食わぬ顔でギルドから去っていく。

 忠告を無視して騒ぎを起こした仲間を弁護するつもりは毛頭ない様子だった。


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