第二十八話「おせっかいの空騒ぎ」
男はジャックと名乗った。
普段は戦士ギルドで仕事をしていて、今は非番だから王都を散歩していたという。
(悪い人じゃなさそうですか?)
――今のところ嘘はない。戦士ギルドの所属だという話も本当だ。
俺が太鼓判を押すと、少年は目に見えてご機嫌になった。
純粋な善意で声をかけてもらえたことがわかって嬉しいらしい。
「戦士ギルドって、冒険者ギルドとは違うんですか?」
「ん? ああ、違う。戦士ギルドは戦士の相互扶助や、傭兵たちの斡旋をしたりするギルドだ」
「へえ、そうなんですか!」
少年の素直な返事に気をよくしてか、ジャックはノリノリで知識を披露し始めた。
「冒険者ギルドは戦士だけじゃなくて魔術師や僧侶もいて、どっちかというと何でも屋みたいな側面が強いな。多少、縄張り争い的なところはあるけど、両方兼任してる奴もいるし、そのあたりは結構ナアナアだ……って、こんなこと子供に言ってもわからないか」
「もう子供じゃありません! わたし、明日成人するんです」
ジャックの不適切な発言に発憤するスゥ。
「ほー、そいつはめでたいな! あーそうか、王都に来たのは礼拝のためか」
「むー……そうです」
「親は来てないのか。さては迷子か?」
ジャックはケラケラと笑いながら、案内を続ける。
「あの人、なんかやだ」
距離が離れた瞬間を見計らって、スゥが倉木少年に耳打ちした。
子供扱いされてご機嫌ななめだ。
「でも、悪い人じゃなさそうですよ」
「むーっ」
倉木少年が同意してくれると思っていたのか、スゥはさらにむくれてしまった。
「おーい、置いてくぞー」
「あ、はーい!」
少年はスゥの変化に気づくことなく、ジャックについていってしまう。
「もーっ!」
彼女にとっては面白くない展開のようだが、スゥも王都でひとりになるリスクは承知している。
不機嫌になりながらも必死で追いかけるのだった。
「この建物が冒険者ギルドだ」
ジャックの案内コースには少年の目的地も含まれていた。
「大きいですね」
少年の前には一際大きい、四階建ての建物が屹立している。
「出入りする人間も多いからなっ、と」
勝手知ったる勢いで開き戸をくぐるジャック。
すると、冒険者のひとりが声をかけてきた。
「なんだ、ジャックじゃねーか。どうした、戦士から子守に鞍替えか?」
「ははっ、馬鹿言え。いつものバイトだよ」
どうやら、道案内はジャックのライフワークらしい。
話しかけてきた冒険者は少し会話すると、誰かに呼ばれてどこかへ行ってしまった。これから仕事らしく、仲間に呼ばれたようだ。
「……ジャックさん?」
少年がジャックを不思議そうに見上げる。
「ん? ああ、オレは冒険者も兼任してるんだ。別に珍しくもないよ」
戦士ギルドで仕事がないときは冒険者の依頼を受けたり、趣味で道案内をするのだという。
「ところで、ここに用があるっつってたけど。なんだ? 依頼か?」
「いえ。僕は冒険者ですので」
「は?」
ジャックは少年の返答に口を開けた。
「いや……さすがにそれはないだろ。どう見てもまだ子供だし、だいたい鎧も剣もなしに冒険者って。それともそのなりで魔術師なのか?」
「いえ。魔法は使えません」
「はぁ……ま、いいか」
少年のあっけらかんとした返事に、ジャックは追求をやめた。
子供が言い張る分には自由だと思ったようだ。
「一応老婆心から言っておくが、冒険者を名乗るんだったら武器と鎧ぐらいは装備しとけ。仮に冒険者だといしても、身を守る装備もなしに冒険者を名乗られたんじゃ迷惑だ」
「す、すいません」
ジャックの指摘に頭を下げる少年。
後ろで聞いていたスゥの顔色がいよいよ赤信号だ。
「じゃ、オレもちょっと依頼あるか聞いてくるから。あんまりうろちょろすんなよ」
少女が爆発することを察知したわけでもないだろうが、ジャックは良いタイミングで退散した。
「ほんと失礼な人。クーちゃんは誰よりも強いんだからっ」
「でも、あの人の言ってることは合ってると思いますよ」
ぷんすかしているスゥに、少年は理路整然と答える。
事実、ジャックは真剣にアドバイスしたし、間違ったことも言っていない。
だから少年も素直に謝ったのだ。
「……どうしてあの人の肩を持つの?」
「えっ?」
「んもうっ、クーちゃんのばかっ!」
「えっと、あの」
すっかりおかんむりになったスゥは、それ以上少年が何を言っても口をきかなくなってしまった。
年頃の少女とは難しいものだ。
そのやりとりが他の冒険者たちから囃し立てられたりもしたが、ジャックが戻ってくると周囲の空気が変わった。
「ジャックさん?」
少年が怪訝そうにジャックを見上げる。
先ほどまでのどこか軽薄な様子が、打って変わって真剣なものになっていた。
「……悪い。ちょっとあって、道案内できなくなった。金はいい」
「えっ、どうしたんですか?」
突然のことに少年が聞き返す。
「ギルドは旅人にも安全な宿を貸してくれる。冒険者じゃないと割引はないけど、それでも下手なところに行くよりはいいから、まだ親が宿を取ってないなら紹介してもらえ。ジャックに言われたと言っておけば、話はすぐ通るから」
「は、はあ……」
ジャックは理由を話そうとはしなかった。
一気にまくしてると別れの挨拶もそこそこに、ジャックはギルドを出て行く。
「なんだったのかな? ちょっと様子が変だったけど」
ジャックのただならぬ様子に、スゥも首を傾げている。
根がいい子であるスゥは気に食わないはずのジャックを心配していた。
「なんだか嫌な予感がします。僕、ジャックさんを追った方が気がする……」
「ほんと? クーちゃんがそう言うなら、それがいいかも」
「姉さん……でも、いいの?」
スゥの反応に驚く少年。
ジャックを嫌っている様子から、反対されると思っていたようだ。
「だいじょうぶ! 神さまも守ってくれるもん。それに、わたしがもう子供じゃないってことを証明しないとねっ」
俺を頼りにしているあたり、まだまだ子供だとは思うが。
俺はジャックとは違い、それを口に出すほど迂闊ではない。
「じ、じゃあここにいてください。お願いしますっ。神様もっ」
――仕方ない。任された。
「いってらっしゃい!」
少年はジャックを追って駆けだしていった。
(さあっ、神さま。わたしたちもがんばりましょうっ)
――待て、何をする気だ?
この娘、やけにあっさりと引き下がったと思えば、いつもの暴走癖か。
(あの人、ギルドの受付で話してました。きっと受付さんが何か知ってます!)
――ほう。
スゥは相手が気に入らないなりに、ジャックの挙動を観察していたようだ。
女というのは、こういう部分で油断ならない生き物である。
(あぶないことはしません。でも、クーちゃんの力にはなりたいんですっ)
倉木少年を追いかけるよりは、よほど理性的な判断と言えるだろう。
ギルドから出なければ、変なチンピラにからまれない限りは安全であろうし。
しばらくは誰もスゥに関心を持たないよう、周囲に暗示をかけておくか。
――よかろう。もし情報が手に入ったら、倉木君に伝えるといい。君のお手柄だということも含めてな。
(えへへ)
少女ははにかみながら受付に並んだ。
俺は意識を少年へと向ける。
すぐに追いかけたのが幸いした。
少年は人混みに消える前にジャックの姿を確認する。
「ジャックさん!」
少年の声は届かなかった。
ジャックは急ぎの様子で雑踏へと消える。
――先ほどの様子では、話しても事情は教えてくれまい。尾行して現場を押さえろ。
「っ。わかりました!」
一度決めたら行動は早い。
少年はジャックに悟られないよう追跡を開始した。
もちろん尾行の心得などないが、戦闘技術と同様、その道の達人のデータをセイケンから同期することで利用することができる。
倉木少年はまるで景色の一部のように街中に溶け込んで、淀みなくジャックを追走した。
ジャックは尾行を気にする様子はない。本当にただ急いでいるだけだ。
(クーちゃん、聞こえる?)
尾行開始から十分ほど経過した頃、スゥから念話がきた。ふたりの希望を受けて俺を経由しなくても、結界石とセイケンで通信ができるよう改良したのだ。
(姉さん、どうしました?)
少年は追跡を続けながらこめかみのあたりに手を当てて応える。
(受付の人に聞いたの。あの人、依頼の一覧を見てたらいきなり目の色を変えたんだって)
(……依頼?)
ジャックはあのとき受付で依頼を見てくると言っていた。
掲示板に張り出される依頼もあるが、それがすべてというわけでもない。特定の依頼を探していたのだろうか。
(何を見たんでしょう?)
(ごめんね、依頼までは教えてもらえなかったんだ。冒険者の人じゃないと、見られないんだって……)
(ありがとうございます、姉さん。充分です!)
(ほんと? じゃあ、ギルドで待ってるから気をつけてね!)
スゥとの念話が終わったあたりで、ジャックも目的地についたようだ。
そこは冒険者などがよく利用するタイプの宿で、看板にはベイダの共通語で『猛き白獅子亭』と書かれている。
少年は迷わず透 明 化と静 音 化のポーションをあおると、宿の扉に滑り込んだ。
入り口受付の宿の女主人にも他の客にも悟られることなく、ジャックを追尾する。
(魔術師なら透 明 看 破を永続化していることもある。気をつけろよ)
(極力視線には入らないようにしますよ)
特に発見されることもなく、少年はジャックが利用していると思しき部屋の前まで到達した。
中の様子を探るべく、扉に耳をすます。
「どうしたんだよ、ジャック。そんなに慌てて」
どうやら中にいるのは冒険者のパーティメンバーようだ。
男の声に混じって、女の声も聞こえる。
「どうしたもこうしたもねぇ! また、子供がさらわれる事件だ!」
「また? でも、この間みたいに実は家出ってパターンじゃない?」
「そんなのわからないだろ!」
「ったく、子供が絡むといつもこうじゃ」
しばらく会話を聞いていたが、発憤するジャックを他の仲間がなだめる展開が続いた。
仲間たちもジャックの持ってきた依頼を受けること自体に反対するつもりはないようで、特にトラブルもない。
――どうやら、嫌な予感というのは君の思い過ごしだったようだな。
なんということはない。
子供好きの冒険者が子供の捜索願を見て、仲間に相談しに来ただけだ。
(子供がさらわれる事件……)
――どうした?
少年の様子が変だ。
こういう何かを思案するような顔をしているときは、なにがしかのトラブルに首を突っ込もうとしているときである。
俺は予感などという不確かなものを信用しない。
だが、これまでの少年の行動パターンから面倒なことになる可能性が高いと分析せざるを得ない。
何かを決意して、透明化と静音化を解除する少年。
(おい、少年――)
「話は聞かせていただきました!」
俺の静止は手遅れだった。
少年は勢いよく部屋の扉を開くとともに、自分には全く無関係な事件へと首を突っ込む。
要するに、いつもどおりだった。




