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第二十七話「王都のクラキ」

お待たせしました。

原稿消えたりして予定より遅れてしまいましたが、連載再開です。

「ふわぁ……」


 倉木少年は眼前にそびえ広がる巨大な壁を見上げていた。


「どう、びっくりした?」


 隣のスゥがどこか誇らしげに声を弾ませた。

 少年も瞳を輝かせて頷く。


「すごいですね。これが王都の外壁……」


 少年が背伸びしながら見上げる先は、高さ十五メートルを越える石煉瓦を積み上げた壁。

 レゼド王国の王都ディスティアを囲む守りの要だ。


「わたしも初めて見たときは驚いたけど、あのときはそれどころじゃなかったなぁ」


 母の薬を手に入れるために王都を訪れたときのことを思い出したのか、スゥが苦笑いを浮かべる。

 あのときの思い出は辛いもののはずだが、時間の経過とともに笑えるようになったらしい。


 何故、倉木少年たちが王都ディスティアを訪れているのか。

 それを説明するには、ほんの少し時間を遡らねばならない。




 死霊術師の洞窟は、アレーネの住処となった。

 埃っぽいと愚痴を漏らしながら、まず彼女が行ったのは清掃だった。

 もっとも自分でやるのではなく、儀式で生み出した石の従者ストーンサーヴァントにやらせていたが。

 死霊術師たちは衛生状態の管理にそれほど関心がなかったらしく、アレーネの満足のいく環境が整うまで一週間もかかった。


 そしてようやく、少年や自分が使う魔法のアイテムの作成へと取りかかっていく。


「竜骨との戦いを見る前から、姉さんを倒したのはこの子なんだろうって思ってたけどね。いや、さすがに」


 アレーネは儀式場で人間魅了チャームパースン短杖ワンドを作りながら、どこか遠い目で心境を吐露した。


「そうだったのか」


 ミネルヴァが少し意外そうに首を傾げる。


「納得しちゃったら、なんか負けな気がしてね」


 理性ではとっくの昔にわかっていたが、本能では姉が敗れたことを受け入れられなかったというアレーネ。

 ようやく少年が彼女の中のバーネラも打倒できたというわけか。


「それに……いや、なんでもない」

「何だ?」

「なんでもないったらなんでもない!」


 ミネルヴァの追求に意固地になるアレーネ。


 思考を読みとったところ、彼女は「クラキの強さを受け入れたら、なんとなくミネルヴァと別れることになるんじゃないか」と思っていたらしい。

 だが、その後のミネルヴァとのやりとりで安心したら姉の幻影はあっさり消え去ったようだ。


 この女の思考はよくわからん。


 思考情報をミネルヴァに同期すると、


「これからもお前にはいろいろと手伝ってもらうぞ。死ぬまでな」


 梟の使い魔はそう呟いた。

 事実上、永遠に奴隷にすると宣言され、アレーネは胸のあたりを手で抑えて嗚咽していた。

 己の運命を呪っているかと思いきや、思考を読み取る限り嬉し涙だった。


 やはりわからん。




 この頃のアレーネはスゥと話をして、改めて彼女に謝っていた。


「クーちゃん、信じてもらえてよかったね!」

「はい、よかったです。ほんとに」


 そのときのスゥは貴重な理解者が増えて嬉しそうだった。

 倉木少年もスゥの言葉を信じてもらえて喜んでいた。


 その後の調査でわかったことだが、南の魔女バーネラや蟲の王ホロバスは、リバーフォレストを内包するレゼド王国内でも相応の脅威として捉えられていたらしい。

 少年はあっけなく倒してしまったが、いずれの賞金額もトップクラスだった。

 無論、少年本人はそんな大それたことをしたとは考えてもいない。


 そんなことより、スゥとリバーフォレストで静かに暮らしたい。

 少年の偽らざる本音だった。


 小さな集落だ。娯楽には乏しい。

 にもかかわらず、少年もスゥも毎日楽しそうに同じような日々を過ごしていた。


 少年は改めて家族として迎え入れられ、専用のベッドも用意された。

 これでスゥといっしょのベッドで眠れぬ夜を過ごさなくて済むと安堵していた少年だったが、スゥが少年のベッドに潜り込んでくるようになったので、結局少年はスゥの処女を守るために相当な辛抱を強いられ続けた。


 ちなみにトロール娘のペルは、アレーネとともに洞窟で暮らすことになった。今は新たな縄張りとなった湿地帯で狩りをして過ごしている。

 アレーネの助手のようなことをしているが、あまり役に立った試しはない。それでもアレーネが笑って許すと、ペルはがんばって仕事を覚えようとしていた。

 少年とスゥが転移魔法陣を使って遊びにやってくると、大喜びで湿地帯や荒野へと出かけ、やはり狩りをする。


 また、人前に出ても大丈夫なようにペルには自在会話タンズの魔法を永続化パーマネンシィした。

 ペルだけが言葉を喋れないのだから、スゥとアレーネにそれぞれ翻訳方法を用意するより断然効率がいい。


「せっかくの個性なのに、ちょっともったいないですね」


 少年はそんなことを言っていたが、面倒を被るのは主に俺なので文句は言わせない。


 そんなこんなで死霊術師の洞窟を制圧してから、半年が過ぎた。


 少年はこの半年でリバーフォレストと洞窟を拠点に、さまざまな洞窟や砦跡、森や高原などを冒険した。

 危険な魔物はもちろんのこと、山賊の類を誅戮ちゅうりくして回った。

 この頃には、ホロバスを裏切った術者も少年によって相応しい末路を迎えていた。


 少年は様々なことを試した。

 空間遮蔽フィールド空間収納インベントリを応用した戦術。

 身体強化フィジカルブーストなしでの戦い。

 自分により合った戦闘方法の模索。

 今の自分にできること、できないことを判別していく。


 チートホルダーは力に胡座あぐらをかくタイプ、使い方をきちんと学んで生かしていくタイプに大別できる。

 少年は後者だった。黙々と鍛錬を続けている。


 そんなある日。

 リバーフォレスト、いつもの食事の席でのことだった。


「クーちゃん! わたしね、もうすぐ成人するんだよ」

「えっ? 成人、ですか」


 少年は戸惑いに眉根を寄せ、スープを口に運ぶ手が止める。


「でも姉さんって十四じゃありませんでしたっけ?」

「この国だとね、成人は十五歳なのさ」


 ダネリスが気を遣って補足した。


「そうなんですか。僕の世界だと二十でしたよ」

「へぇ、ずいぶんと差があるもんだねぇ」


 少年もダネリスもお互いに深く頷き合いながら、定番のスープに舌鼓を打つ。


「それでねそれでね。工場長さんが、わたしが成人したら王都の神殿を参らないかって言ってくれたの」

「本当かい? あのケチンボがずいぶん奮発するじゃないか」


 胸元で手をぱちんと鳴り合わせて笑う娘の言葉に、ダネリスが大きく目を開いて鼻を鳴らした。


「どういうことですか?」

「ああ、そうか。クラキは知らないんだったね」


 首を傾げる少年に、スゥの母は丁寧に説明をする。


 ダネリスの話をかいつまんで言うと、こうだ。

 神殿で成人を迎えた者を礼拝させると、リバーフォレストにとっていくつか得がある。

 死者が出たとき、アンデッドにならないよう埋葬してくれたり、土地が不浄になったときは浄化してくれたり、日照りの際には雨乞いをしてくれたり。

 無論、タダというわけではないが、神殿に帰依する平信者の数が増えると長期的な負担は軽減される。

 神殿側も各村落に何人の成人信者がいるのかを把握できるので、こういった成人の礼拝は歓迎してくれるのだとか。

 王都の宿泊費用などスゥの家ではとても用意できないが、リバーフォレストの工場長が代わりに負担するから成人したら神殿に行ってきてほしいという話だった。


「そういうことだから、クーちゃんも王都いっしょに行かない?」

「僕も行っていいんですか?」

「もちろん! というか、クーちゃんといっしょじゃないと行かないって言ったら、工場長さんがいいって」


 いい笑顔のスゥに少年が苦笑する。

 諫めるべき母親はむしろよくやったとばかりに娘を褒めたたえる始末だった。


「わかりました。僕もそろそろ王都に行ってみようと思ってたんです」

「ほんと? やった!」


 スゥは少年の言葉に大はしゃぎだった。


 一方、俺は創源で首をひねっていた。


――王都に何の用がある?

(ほら、前に代理で賞金を受け取ってくれてる人が王都にいるって言ってたじゃないですか)

――ああ、なるほどな。


 確かに言った。

 最初に討伐した山賊どもや魔物などを倒した報酬が冒険者ギルド預かりになるよう、俺の方で細工をしてあるのだ。


 この世界に来た段階で倉木少年を冒険者として登録するよう、冒険者ギルド長の精神に介入した。書類が用意された段階で、少年は正式な冒険者となっている。

 ギルド長はアレーネより先に用意した協力者のひとりだが、強制契約ギアスではなく単純な暗示によって行動させているだけだ。彼本人に俺の走狗になっている自覚はない。

 俺はこういった存在を介入先の世界に何人か用意してから、代理人チートホルダーを派遣することにしている。


 数はそれほど多くない。

 コームダインにバレては元も子もないからだ。


 しかし王都に行くとわかっていれば、もっと前もって情報を収集させておいたものを。

 油断していた。


(それに、アレーネさんに頼まれてた素材とかも調達できそうですし)

――初期装備だけでは満足できなくなってきたようだな。いい傾向だ。


 俺はチートホルダーにその世界を冒険できる最低限の装備しか与えない。

 別に意地悪ではなく、欲望を喚起するためだ。

 何を欲しいと感じるか、何を必要と考えるかは人によって違う。

 最初からすべてを与えたら、何をしたいのか迷ってしまう者が多かったのだ。

 すべて過去のデータに基づいての采配である。


「楽しみだなー。今度はちゃんといろいろ見て回りたいなー」

「いつかは本当に悪かったねぇ。楽しんでおいで」


 スゥとダネリスは王都巡りの話に花を咲かせている。

 そんなふたりを、少年は楽しそうに見つめていた。




 レゼド王国、王都ディスティア。

 人口は約四万人。

 リバーフォレストとは別の河川を水源とする古都である。


 高い石壁に囲われた王都内では、外部のモンスターの脅威から完全に守られている。

 飛行系モンスターが多く生息する山岳からもやや遠く、万が一飛んできたとしても石壁の上に立つ優秀な弓兵によってことごとく撃ち落とされる。

 この石壁は魔法に対する防護能力も高く、よこしまな魔術師や他国の占術から守られており、中に瞬間転移テレポートすることもできない。

 千年以上も前から多くの民に安心を感じさせる、王都ディスティアの象徴だった。


 とはいえ、平時における王都への出入りははっきり言ってザルだ。

 最低限の敵意感知ディテクトエネミーの魔法チェックがあるぐらいで、少年たちもあっけなく入ることができた。


「見て見て、クーちゃん! 建物がみんな大きいでしょ!」

「ほんとですね! 二階建てかな?」


 リバーフォレストに二階建ての建物はない。

 せいぜい食料を貯蔵する地下室があるぐらいである。


「クーちゃんの世界にもあるんだ?」

「ビルとかはもっと大きいですよ!」


 スゥは半年ぶりの王都に。

 少年はファンタジー世界の都会に。

 ふたりとも、大はしゃぎだった。


「王都は初めてか?」


 そんなふたりに気さくに話しかけてくる、人当たりの良さそうな男がいた。

 二十代後半ぐらいの優男で、髪と瞳は茶色。

 よく使い古された革の軽装鎧を纏い、腰には帯剣している。


「えっと、わたしは二回目ですけど、あんまり詳しくはないです」


 スゥは突然話しかけられてびっくりしたようで、自分より背丈の低い少年の背に隠れた。


「よかったら案内してやろうか? 銅貨三枚でいい」

「いいんですか?」


 少年は男の提案に乗り気だった。

 本来なら、まずは宿をとることになっている。

 礼拝は明日だ。


「クーちゃん、大丈夫?」

「大丈夫です!」


 懐疑的なスゥの問いかけに、少年は力強く頷いた。


「もしものときは、僕が姉さんを守りますから」

「クーちゃん……!」


 胸を張る頼もしい弟分の言葉にいたく感激したスゥ。

 警戒心という砦はあっさり陥落した。


「じゃあ、ついてきな。王都に来たら外せない場所をいくつか回るから」


 ふたりのやりとりを微笑ましそうに見守っていた男が、背を向けて先導し始める。


「あの、お金は?」

「ふたりともかわいいから、前金なし、案内が終わってからでいい」


 先を進む男に笑顔でついていく二人。


(もし悪い人だったら、生きてることを後悔させてやろうっと)


 少年は純粋そうな微笑みの裏で、ごく自然に残酷なことを考えている。


(いい人なのかな? 悪い人だったら、それはそれでクーちゃんのかっこいいところが見られるかも)


 スゥもスゥで、すっかり染まっている。


(かわいいもんだ。やっぱり、子供は笑ってた方がいいな)


 当の男は子供たちがそのようなことを考えているとはつゆ知らず、素直に喜んでいる有様だった。

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