第二十三話「不壊のメイス」
一方その頃。
スゥは他の村人とともに山菜を採りに、近くの森まで来ていた。
いつまでも家でゴロゴロしているスゥを、ダネが他の村人に頼んで外に連れ出してもらったのだ。
――スゥ、聞こえるか。
「あっ」
それまでぼーっと野草を摘んでいたスゥの表情が覚醒した。
周囲に村人がいないことを確かめてから、俺の念話に応える。
(ど、どうしたんですか神さま)
――少年が落ち込んでいる。
(えっ?)
適材適所。
俺では傷ついた少年をケアするのに不向きである。
スゥにやってもらうほうがいいと判断したのだ。
――今のままでは十全な戦闘力を発揮できない。俺ではうまくできそうもないので、慰めてやってほしい。
(えっと……何があったんですか?)
――実は、な。
メイスが壊れ、俺が思わず怒鳴ってしまった顛末を伝えた。
するとスゥは不思議そうに、
「……神さまって、ちゃんと人間みたいに考えるんですね。意外です、ちょっと」
と呟いた。
――俺に心はない。そのように模倣しているだけだ。
(心がないなんて、そんなことないと思います)
スゥは俺の言葉に聞く耳をもたず、己の価値観を俺に押しつけてきた。
手間と時間を天秤にかけた結果、聞き流すことにする。
(とにかくわかりました。クーちゃんとお話しできますか?)
――今、代わる。
俺は少年と念話を交換した。
(クーちゃん、どうしたの? だいじょうぶ?)
――姉さん……。
(お話聞いたよ。そんなに大切なものだったの?)
少年にいつもの元気はなかった。
すぐにスゥが励ましにかかる。
――はい。あれは僕が……僕が初めて人を殺した武器だったんです。
(そ、そうだったんだ)
それが、あのメイスを特別に扱い、時には殺さずに敵を倒せると愛用していた理由だった。
一種の戒めでもあったのだろう。
スゥには歪んで伝わったようだが。
(元気出して。クーちゃん)
――でも……。
落ち込んだ心がダイレクトに伝わってきたからか、スゥは自分が元気にしてあげなきゃと意気込んだ。
(どんな物だって、いつかは壊れちゃうって母さんも言ってたよ!)
――そんなの悲しすぎます。
(でも、こうも言ってたんだ)
スゥは精一杯の慈しみを込めて念話を綴る。
(それまでどれだけ大切にしたかの思い出を覚えてる限り、本当は消えないんだって。だから、ちゃんと覚えてればだいじょうぶ……じゃないかな?)
だんだん言葉の後ろの方になってくるにつれて、自信がなくなってきている。
スゥもその言葉の意味をきちんと理解して言っているわけではないようだ。
――そう、か。そうなんですね!
だが。
少年の心の中で何かが変化した。
(えっ? うん、元気出たかな?)
――はいっ。姉さんのおかげで。
(そう、ならよかった)
スゥは少年の元気な声を聞けて、ほっとしたようだ。
――ありがとうございましたっ。では!
(え? あっ、ちょっとー!)
礼を言うだけ言って、少年は念話を切ってしまった。
「男の子ってせっかちなんだから」
などとませた台詞を吐きつつ、野草採集に戻るスゥ。
先ほどまでのぼーっとした表情ではなく、彼女らしい笑顔だった。
「よもや、そのメイスにそこまで執着しているとは思わなかったぞ」
俺は創源で胡座をかきながら、目の前に立つ少年を見上げていた。
彼の手にはセイケンと、壊れたはずの鉄のメイス。
そう、彼は創源にやってきてまでメイスを元通りに修繕したのだ。
「神様、お願いがあります」
「わかっている。心の声がダダ漏れだ」
俺はセイケンにアクセスする。
創源の力を引き出して手中に金属片を生み出し、少年の眼前に浮かべた。
「これがお望みの、この宇宙で最も優れた金属……ルナ・オリハルコニウム合金だ。触れて見ろ」
少年は両手を空けて、ふわふわと浮かんでいる金属片を手に取った。
「意外と曲がったりするんですね」
「ただ硬いだけの金属では、本当の意味での不壊を実現できん」
少年は満足げに頷いた。
「決めました。これにします」
「いいのか? その程度のメイスを素体にしたのでは、それを使っても大した物は出来上がらないぞ」
「いいんです。僕の全力でも壊れない武器、それだけで充分です」
再びセイケンと鉄のメイスを取り出し、金属片を俺に返した。
少年に必要だったのは破壊されない金属の確たるイメージであり、金属そのものは不要だ。
「セイケンよ!」
かつて霊薬を作ったときと同様に、少年は右手のセイケンに願った。
左手に鉄のメイスを掲げ、その金属部分を先ほどの最高の金属へと置き換えていく。
比重のバランスが狂った部分に関しては形状変化を加えて調整し、最適な大きさと長さを追究する。
柄の木製部分も金属で覆って補強し、握力で潰れてしまわぬよう工夫した。
こうして。
炎魔法が付与されているわけでも、軽くなったわけでも、威力が増したわけでも、非実体の相手にダメージが与えられるわけでも、魔法の武器以外に耐性のある相手に有効なわけでもない。
ただ壊れないだけのメイスが完成した。
「形あるものは必ず壊れる……スゥはそう言っていたはずだがな」
「でも、思い出がある限り消えないとも言ってました」
俺の苦言ともとれる台詞に、少年は強気に応えた。
「僕が生きている限り、このメイスにはとことん付き合ってもらいます」
「それでも壊れるときはあるかもしれないぞ?」
「なら、何度だって直すだけです!」
想いの中だけで生き続けるのではなく。
想いある限り、形あるものは壊れても何度でも蘇えらせることができると。
少年はスゥの言葉を、そのように解釈したか。
確かに真理のひとつには違いない。
「情けないところをお見せしました。もう、大丈夫です」
ベイダに帰還した少年は早速アレーネ達に報告している。
その様子は珍しく誇らしげで、年相応の少年に見えた。
倉木少年は洞窟にリベンジをかける。
入り口前には新たに三人の死霊術師と四体のスケルトンが待ち受けていた。
早速高速で突貫した少年がスケルトンの一体を瞬く間に塵へと変える。
「な、なんだッ!?」
「子供だと!」
死霊術師たちが叫びを上げた。
「あはっ、これすごい!」
少年の顔に笑みがこぼれた。
その右手には、あのメイス。
未知の手応えに胸を震わせつつ、次の目標へと跳ぶ。
少年は高所に陣取っていた弓装備のスケルトンの頭部を弾き飛ばす。後ろに倒れ込もうとするスケルトンに振り抜いたメイスを返す刀で振り戻し、肩胛骨ごと右腕を。再度振り戻して骨盤ごと腰を消し飛ばす。その光景はまるで人骨を使っただるま落としのようだった。
スケルトンは最初の一撃で行動不能に陥っており、ニ撃目以降は無意味な破壊行為。
それは執拗な攻撃というより、子供の遊びのようだった。
「気っ持ちいい!」
まるで新しい玩具を手に入れたときのように、少年は屈託なく笑う。
「な、なんなんだ!?」
「いいから殺せ!」
死霊術師達が身体硬化を唱え終わる頃には、少年は三体目のスケルトンに躍り掛かっていた。
「ん、そうだ!」
たまたま死霊術師のひとりを守るように立っていたので、少年はちょっとした悪戯を思い付いた。
三体目のスケルトンを襲ったのは洞窟で少年がスケルトンを倒したときと同じ、横合いを抜けての全力攻撃。あのときのスケルトンは全身の骨をばらばらに砕かれ、洞窟中に飛散し、メイスが衝撃に耐えられず破損してしまった。
だが、今は?
散弾銃の発射音。
そうとしか言いようのない爆音が轟く。
「あぎあぁッ!!」
少年の振り抜きは例によってスケルトンの全身を打ち砕き、後方の死霊術師を襲った。細かく鋭く尖った骨片や大きめに残った肋骨、その他なんの骨だかわからないような物が全身に突き刺さり、死霊術師は苦悶の叫びをあげてのたうち回る。
「ほんとにすごいっ! 僕の全力でもぜんぜんビクともしない!」
少年は地面を転がり回る死霊術師に一瞥すらくれず、興奮に打ち震えていた。
これまで彼は無意識に鉄のメイスを破損させないよう手加減していたのだが、新たなメイスは少年の全力に見事応えられる出来に仕上がっている。
それ自体はもちろん嬉しいのだろうが、全力を出せるというのは気分がいいものである。
敵は殺していい。
手加減もしなくていい。
真の自由はチートホルダー達を人の定めた誠くだらぬ倫理から解き放ち、心を晴れやかにする。
残った二人の死霊術師はそれぞれ魔法を唱えた。火炎弾と氷結弾、いずれもベイダでは基礎的な攻撃魔法だ。
「なんだこいつ!」
「魔法が吸い込まれて……!?」
当然、そのようなものは空間遮蔽に吸い込まれてしまう。
少年は魔法が飛んできていることに気づいて、遊興に浸りきっていた己を恥じる。
「あっ、すいません! 今日の僕はちょっといろいろあって手加減できませんので……」
次々に襲いかかる攻撃魔法やスケルトンの攻撃に構わず、少年はぺこりと行儀よくお辞儀した後。
「楽に死ねると思わないでくださいね?」
そう言って顔を上げた少年の表情は本当に楽しそうだった。
接近していたスケルトンの頭蓋を軽く叩き割った後、景気付けの回し蹴りで吹き飛ばした。
「ば、化け物……っ」
「応援を呼ぶぞっ!」
入り口近くにいた死霊術師が背中を向けて洞窟に逃げ込もうとする。
「……どこに行くんですかぁ?」
だが、背後にいたはずの少年が入り口前に陣取っていた。
死霊術師が信じ難い光景に口をぱくぱくとさせる。
「えへへ、逃がしませんよぉ。死人に口なし、おくちちゃっく。みんな死んでもらいますー」
最高にハイになっている少年は脳内麻薬の快楽に身を任せながら、入り口脇に吊り下げられていた骸骨のオブジェを左手の怪力で強引に引きちぎる。
それは俺がやめておけと忠告した刺々しい鎖の先端に頭蓋骨が括り付けられた、武器ですらない何かだった。
死霊術師達は少年の意図が読めず困惑したが、すぐさま魔法の詠唱に入る。
「うべっ!」
「がっ!?」
だが、不意に飛来した何かに体を切り裂かれて、詠唱を中断されてしまった。
少年は入り口両脇のオブジェをいつの間にか頭蓋骨を外して連結し、ひとつの鎖にしてしまっていた。しかも、その鎖はメイスの柄頭から伸びている。
――まさか、セイケンを?
(さっきのでコツがわかりました。材料があるなら、別に創源でじゃなくてもできますよね?)
自分のアイデアが成功して、くすりと笑う少年。
そう、少年は二本の鎖とメイスをセイケンを使って合体、ひとつの武器にしてしまったのだ。
少年は右手でメイスを構えながら、左手で棘の突起のついた鎖を頭上でぶんぶんと振り回したかと思うと、そのまま死霊術師のひとりを滅多打ちにし始めた。
「ぎぃッ、がッ!!」
鎖についていた棘がローブと皮膚を引き裂き、あっという間に死霊術師を真っ赤に染め上げていく。
「や、やめてくれ。やめ……」
「死体が好きなんでしょう? どうぞお仲間に」
鎖が哀れな死霊術師の全身に巻き付けられた。棘が体中に突き刺さり、剥がそうにも剥がせない。少年が思い切り鎖を引くと、死霊術師は血を吹き出し、全身の骨を砕かれ息耐えた。
少年はそのまま死霊術師の体ごと鎖を振り回し、無意味な攻撃魔法を放ち続けていた最後の一人にぶつける。
「がはっ!」
最後の生き残りは高速で飛来する仲間の死体を避けることもできず倒れ伏す。分銅代わりに利用された死霊術師の遺骸は五体をバラバラに引き裂かれ、ボトボトと肉と血の雨を降らせた。
「どうぞ。蘇らせて下僕にできるんですよね?」
「くっ……」
「やっぱり、こんなになっちゃうと無理なんですねー」
少年はつまらなそうに呟いた。
今度は蛇のように鎖をしならせて、かろうじて立ち上がった相手の右腕に巻き付ける。
死霊術師はなんとか空いている左手で魔法を放とうとした。
だが、右手に食い込む棘の痛みで精神を集中できない。
「……宍戸梅軒さんって知ってます? 知るわけないですよね」
少年が鎖を折り畳みながら、ゆっくりと近づいていく。
少しずつ、少しずつ。
「や、やめろ。俺たちに何の恨みが……」
目前に迫った濃厚な死の気配に、死霊術師は己の罪業を棚に上げて訴えた。
「……さあ? 敢えて言うなら」
少年はにっこりと笑いつつ。
「か・み・さ・ま・の・い・う・と・お・り☆」
「……へ?」
「ていっ!」
哀れな男の頭に不壊のメイスを振り下ろすのだった。
……とどのつまり。
倉木少年は、自分の所行は俺の責任だと言いたいらしい。
俺のせいか?
俺のせいか。




