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第二十二話「悲嘆のクラキ」

 二人目の死霊術師が倒れても、それ以上増援がやってくる気配はない。

 どうやら、外の見張りはあの二人だけだったようだ。


「生命探知にも反応はないですね」

――ならばアレーネたちにも、こちらに来るよう伝えておく。


 少年は洞窟の入り口の方へ向かった。

 入り口の横幅は五メートルほど。奥は闇で見通せないが、洞窟の中で松明らしき灯りがちらちらと揺れているのが見える。

 入り口の両脇には、死霊術師が意匠を凝らした禍々しい髑髏のオブジェが刺々しい鎖に吊り下げられていた。

 

「この鎖、何かに使えそうですよね」

――やめておけ。それより、死体を探るんだ。


 少年の悪癖を止めつつ、死霊術師の死体を調べさせる。

 といっても、片方は灰になってしまっているが。


 その灰の中から短杖ワンドが見つかった。


(これは?)

――即時屍鬼作成インスタント・アンデッド短杖ワンドだ。どうやら先に死んだのは見習いだったようだな。


 まだ魔法を習得できていないから、師から短杖ワンドを渡されていたのだろう。


(これももらっておきましょうか)


 少年は迷わず短杖ワンド空間収納インベントリに入れた。


――使う気か?

(え、いけませんか?)


 一瞬、少年が死霊術師のやり方に嫌悪感を抱かないことに違和感を覚えた。

 よく考えてみれば、これも俺の処理が原因か。


――構わないが、ベイダでは一般的に死霊術は禁忌とされている。アレーネやペルの前ではともかく、他の者の前では使うな。

(そうなんですか? わかりました)


 普段力を使おうとしない少年なら、これで大丈夫だろう。


(持続時間はどのぐらいなんですかね)

――最低限の魔力を込めてあるなら、短杖ワンドなら五分ほどだな。あと、作成者より強力な存在は使役できないから、その点も注意しろ。


 もう片方の死霊術師からは体力回復と魔力回復のポーションが一本ずつ見つかった。これも少年が回収する。


「おまたせ。本当に入り口は制圧しちゃったのね……」


 一通りの探索を終えた頃、後発組が合流した。

 アレーネは言うほど驚いてはいない。

 ペルとの一戦を挟んだからだろう。少年が強力な使い手であること自体に疑いの余地はない。


 一方、死霊術師の死体を見たペルはよだれを垂らしている。

 どうやら腹が減っているようだ。


「ガラギー、クラグ、ナギ?(ボス~っ、食べていい?)」

「ペル、ナイ、クラグ(食べちゃだめです)」

「ナイ、ペル、ナイ……(だめ? ペル、食べないです……)」


 ペルが情けない声をあげたので、少年は前にもらったジャイアントスパイダーの残骸を与えた。

 ついこの間自分がプレゼントしたものだということも忘れているのか、ペルは夢中で食らいつく。


「トロールってかわいいんですね。アレーネさんもそう思いませんか?」

「えっ!? そ、そうね……」


 またもアレーネが少年の発言に引いている。


「ミネルヴァ……この子、本当に頭大丈夫なの?」

「わからん」


 俺も少年がどういう人間なのか、まだまだ読み切れていない。

 少なくとも普通の感性でないのは確かだ。


「あっ。見張りの二人は中の手がかりになりそうなものは持ってませんでした」


 少年が思い出したように報告する。

 それを聞いたアレーネがこほん、と咳払いをした。

 何とか仕切り直すつもりのようだ。


「怪我もないみたいだし。それじゃあ、いよいよダンジョンね」


 解説を始めるつもりか。

 敵の本拠地を前にして、何とも悠長な女だ。


「いい? ダンジョンでは、油断した人の隣から死んでいくわ。絶対に気を抜かないでね」

「はいっ」

「アギッ!」


 アレーネがペルの返事に苦笑いする。


「……ねえ、ミネルヴァ。自在会話タンズの魔法とか使えたら、かけてもらえない?」


 自在会話タンズはその名のとおり、言語を話せる生物と会話ができるようになる魔法だ。

 意外と習得が難しく、使い手は少ない。


「まあ、いいだろう。コミュニケーションは円滑にしておいた方が、何かと便利だろうからな」


 仮想人格ミネルヴァがアレーネに自在会話タンズをかけた。

 これで、ペルと意志疎通できるようになったはずだ。


「えーと、ペル? 私の言ってることわかるかしら?」

「わかる、お前、アレーネ、聞いた」

「おおーっ!」


 魔女の癖に、たかが自在会話タンズぐらいで感動する女、アレーネ。


「ちゃんと私たちの言うことを聞くのよ? 勝手に暴れたり飛び出したりしない。わかった?」

「わかった、ペル、従う」


 ペルはアレーネの言葉に素直に頷いた。

 もっと一悶着あるかと思っていたが。


「トロールって意外と話せるのね。もっと自分勝手だと思ってたわ」

「群れの中では序列が絶対、ということか」

「ね、いい子でしょう?」


 俺たちの感想に何故か自慢げな倉木少年。


「さて。これだけ騒いでも誰も来ないということは、入り口の近くには本当にもう誰もいないようだな」

「あっ……そ、そうね!」


 油断した者の隣から死んでいく。

 言った当人がこれでは、次に死ぬのはミネルヴァではなかろうか。

 魔法生物、しかも自由に操れる端末は貴重なのだから、大事にしてもらいたい。




 洞窟内は薄暗かったが、壁に松明がかけられているおかげでそれほど不自由はしない。

 換気用の穴もあるようで、火を炊いても窒息する心配はなさそうだった。

 壁の材質は岩や土だったが、ところどころ木材で補強されている。地面の土も踏み固められており、足場は良好だった。


 陣形は少年が二十メートル先行し、中衛にアレーネとミネルヴァ、しんがりはペルとなった。

 少年が取得した情報は俺を介してミネルヴァが伝達することになった。

 出入りが多いせいかこれといった罠もなく、少年はどんどん先に進む。


 しばらくすると、少し広めの空間に出たところで少年の視界に白い影が映った。


(骸骨が歩いてる……スケルトンですか?)

――そのとおりだ。


 スケルトンは三体いた。武装は二体がロングソードとミドルシールド、一体がロングボウ。

 足下には武装した野卑な男の死体がいくつか転がっている。

 少年はごまかしのポーションを飲んでいるため、スケルトンたちには気づかれていない。アンデッドは魔法的に視覚を与えられているが、欺瞞効果に耐性があるわけではないからだ。


(死霊術師は、少し奥にいるみたいです)


 生命探知でオーラが見えたらしい。

 少年はスケルトンの先に広がる暗闇を指差した。


――あの死体は山賊か何かだな。洞窟に目をつけて返り討ちにされたのだろう。


 死霊術師にとって、死体は下僕を作る材料でしかない。

 ああして死体を放置するのも、侵入者が来たときに即時屍鬼作成インスタント・アンデッドで手駒にできるからだ。

 だが、それは少年も同じこと。


(好都合ですね。攪乱かくらんしてもらいましょうか)


 少年は早速、即時屍鬼作成インスタント・アンデッド短杖ワンドと静音クロスボウを取り出し、クロスボウだけを地面に置いて膝立ちになった。


――死者の冒涜ぼうとくはほどほどにな。

(ちょっと手伝ってもらうだけです。それに、あの人たちも仕返ししたいと思いますし)


 少年は俺の返事を待たずに短杖ワンドを何度か振った。

 山賊達の死体が起き上がり、スケルトンたちに襲いかかっていく。


「あー、ほんとにやってるわねー……」


 アレーネ達が追いついた。

 彼女はミネルヴァから少年が何をしたのかを聞いている。


「ほどほどにしなさいね。スゥちゃんが知ったら泣いちゃうわよ」

「うっ、そうですね。気をつけます」


 俺に続いてアレーネにまで指摘されて肩を落としつつも、少年は静音クロスボウを構える。

 狙いはスケルトンと山賊が戦っている、その奥の闇。少年にはこちらに向かってくる命のオーラが見えていた。


「何事だ!」


 剣戟を聞きつけてやってきたのは、入り口にいたのと同じローブを着た死霊術師。

 状況を見た死霊術師はすぐさま何かの魔法を唱えようとするが――


「……!?」


 次の瞬間、喉にボルトが突き刺さった。呼吸もままならないまま倒れ伏す。


 狙い通りおびき出した死霊術師を仕留めた少年は愛用のメイスを取り出して、戦場に躍り出る。

 スケルトンは既にニ体に減っていた。ロングソードを持っているスケルトンは山賊全員に囲まれており、時間の問題だ。

 少年は彼らに矢を射かけているスケルトンに向かう。


 助走とともにスケルトンの横を通り過ぎながら、メイスを叩きつける。少年の一撃は肋骨を砕くに留まらず、スケルトンの骨格を四散させた。バラバラになった骨が洞窟の各所に突き刺さる。


「あー、なるほど。あれが本来の戦い方ってわけね……」


 アレーネがしきりに頷きながら関心していると。


「あーっ!」


 少年の悲鳴が洞窟内に木霊した。

 アレーネどころか、ペルまでもが肩をびくりと震わせた。


「何ッ? どうしたの!?」

「これ気に入ってたのに!!」


 そう叫ぶ少年の手の中には、棒きれがあった。

 それは先ほどまで彼が振るっていた鉄のメイスであり、山賊から奪って以来、ずっと使い続けていた武器だった。

 少年の壮絶極まる使い方に、ついに耐え切れなくなったようだ。むしろ良く保った方だろう。


 少年がへこんでいる間に、山賊達が最後のスケルトンを仕留めた。

 術者、つまり少年の周囲を守るべく集結する。

 アレーネたちも遅ればせながらそれに続いた。


 今の少年の叫びはきっと、洞窟内に響きわたっただろう。

 死霊術師たちが侵入者を警戒するに違いない。

 やれやれ。


「メイスぐらいでビービー喚くな。また新しいのを用意すればいいだろう」


 ミネルヴァの口を借りて少年に声をかける。

 いつ敵が来てもおかしくないのだから、少年にさっさと立ち直ってもらわねばならない。


「ううっ、あれには愛着があったんですよぉ」




「…………愛着、だと?」




 ――愛着。


 それは久しぶりに聞いた不愉快な響き。

 感情を殺している俺がそう感じてしまう、最も忌み嫌う単語。


 だいたい愛着など幻想だ。

 無知蒙昧なる者どもが抱く、身勝手な妄想に過ぎない。


「女々しいぞ、倉木君」

「うう、ですが」


 ミネルヴァの叱咤に少年が泣き顔になった。

 様子を心配したアレーネが少年の顔をのぞき込む。


「一度ベースキャンプに退いておく?」

「いや、時間を与える方がまずい。このまま一気に畳みかけるべきだ」


 俺の意識に引っ張られてか、ミネルヴァが暴れるように羽ばたいた。


「ちょっ! 何ムキになってるのよ、ミネルヴァ! 貴方らしくないわよ!?」

「俺はムキになってなど……!」

「なってるなってる! ちょっと落ち着いて!」


 アレーネがこうまで言うからには、俺は何からしくないことをしているかもしれない。

 己をかえりみると、心理抑制システムにエラーを見つけた。

 すぐに修正処理を行なう。


「……すまない。もう大丈夫だ」


 ミネルヴァも大人しくなった。


 過去の記憶に引っ張られて感情を取り戻しそうになっていた。

 この程度のことでエラーを起こすとは、心理抑制システムに改善が必要だな。


「クラキも落ち着いて。ここは敵地なのよ」

「そ、そうですね……すいませんでした」

「一度撤退しましょう。どうせもう不意はつけないわ」


 アレーネの意見に反対する声はなく、我々は死霊術師の洞窟を出る。

 時間切れで灰になった山賊達の冥福祈る者はいなかった。

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