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第十九話「二人の旅路」

 リバーフォレストから街道へ出てまもなく、アレーネが倉木少年に話しかけた。


「ところでクラキきゅん、旅の経験は?」

「きゅん、って――」

「経験は?」

「ありません……」


 アレーネは少年の言葉を黙殺し、少年は正直に答えた。


「よろしい」


 アレーネは頷くと、ご高説を語り始めた。


「いい? 街道は王都から離れれば離れるほど危険になっていくわ」

「警備が薄くなるからですか?」

「そうね。あとはモンスターが出る頻度も高くなってくるから。利用頻度の高い街道には警備所が設けられてることもあるから一概に全部がそうって訳じゃないわ」


 山道などは王都との距離と関係なくモンスターが出やすくなるし、人の通りの多い場所はモンスターが排除されている代わりに物取りや盗賊の類が増えてくる。

 アレーネはとどのつまり、そういう話をした。


「つまり現れる山賊やモンスターもそこにいる理由があって、突然現れるわけじゃないってことですね」

「そーゆーこと。で、このあたりの街道は狼ぐらいしか出ないから安全な方よ。だから、しばらくはこのまま街道を移動すればいいわね」


 アレーネはさらに己の知識を披露し続ける。

 単独で逃亡生活を続けていたのは伊達ではないらしく、山賊の根城や待ち伏せ地点なども把握していた。


「ん、ちょっと待って」


 前方を歩いていたアレーネが手で合図しながら立ち止まった。


「はい?」

「まだ遠いけど、熊がいるわ」


 目もいいらしい。

 アレーネは的確に熊を迂回できるルートに少年を案内した。


「……なんだか、アレーネさんってイメージと随分違いますね」

「そう?」

「なんだか、魔法使いっぽくないというか……」

「子供の頃からこんな感じだったわよ?」


 彼女は魔女としては三流以下だったが、野外活動の知識が豊富だった。

 事前に危険を察知しては回避していく。


 そんな調子で初日の旅は順調に進む。


「ん、この辺で野営しましょうか」

「えっ。まだ明るいですけど……」

「暗くなってからじゃ遅いの。このあたりなら、そうね……あの丘なら周囲を見張りもやりやすいし、火を用意しても稜線りょうせんに隠せるわ」

「は、はあ」


 火の明かりは動物ならともかく、モンスターや山賊に己の存在を知らせてしまう。

 だから目立たないに越したことはないとのことだった。

 少年はアレーネに言われるまま野営準備を整えていく。  


「いいわね、それ便利そう」


 少年が何もないところから道具を取り出した。

 アレーネがそれを見て不思議そうに覗き込む。


「アレーネさんの袋も魔法のバッグですよね」


 彼女は森の小屋にあったものを、ほぼすべて魔法のバックパックに詰め込んでいる。

 もちろん、今も持って来ていた。


「ふふっ、私が作ったのよ」


 アレーネが自慢げに胸を張った。

 揺れる。

 少年が赤くなって目を逸らしながら短杖ワンドを振った。


「ねえ、ひょっとしてそれ警報の短杖ワンドじゃないの? 渋いわね」


 アレーネがめざとく食いついた。


「見ただけでわかるんですか?」

「そりゃ一応は本職だもの」


 警報の短杖ワンドはその名のとおり、警報をならす魔法が込められたアイテムだ。

 指定した範囲に侵入した者がいると、それを術者に知らせる。

 音を出すタイプと、少年の頭にだけ虫の知らせを送るタイプがある。

 今回は前者だ。


「チャージ数に余裕あるなら、あっちとあっちにもお願い」

「わかりました」


 アレーネの指示が加わることで、街道沿いの丘がちょっとした城塞じみてきた。

 さらに彼女は簡易的な罠を置いたり作ったりして、侵入者対策を施す。


「一度、お互いの持ってるものを見ておきましょうか」


 野営の準備と警戒態勢が整った後、アレーネの提案でお互い持っているアイテムを取り出して陳列することになった。

 アレーネはロープやランタン、火打ち石やナイフなどの実用品を取り出して並べた。

 さらにポーションなどの薬品類が豊富に揃っている。


「いっぱいありますね」

「あとは魔術書が数冊に、魔法に使う材料が数十点ってところかしらね」


 少年も地面に布を敷いてから、空間収納インベントリの中身を出し始める。

 アレーネと同じようなセットを入れてあるが、それに各種短杖(ワンド)や武器が加わる。


「……ねえ、なんでこんなに武器があるのよ?」

「えっと、便利ですし」


 少年が取り出した武器は山賊やゴブリンから奪ったものに加えて、特製スタッフスリングや投げ槍、射程強化クロスボウ。

 さらにセイケンも並んでいたが、アレーネはスルーした。


「……これ、人間の使える武器じゃないじゃない」


 アレーネが注目したのは、オーガ用のグレートクラブやグレートソードだ。かしらの使っていたグレートアックスですら、これらの前では霞んで見える。


「神様からもらった力を使うと、簡単に持てるんです。ほら」


 少年は身体強化フィジカルブーストを起動して、グレートクラブを片手で持ち上げて見せると、アレーネがあんぐりと口を開けた。


「それ、どうやって握ってるの? 明らかに持ち手の部分が君の手より大きいんだけど」

「よくわからないですけど、手に吸いつくみたいですね」

「信じられない……ひょっとして、それって……オーガが使ってた武器?」

「はい。森で戦ったモンスターが使っていたんです」


 さらにオーガマジシャンのグレートソードを左手で掴んで、軽く振ってみせる。


「あ、ひょっとして信じてくれました?」


 少年の顔に喜色が浮かぶ。

 それだけ見ればかわいらしい美少年だが、両手に持っている巨大武器があまりにも不似合いでシュールさを醸し出している。


「貴方が見た目以上に怪力だってのはわかったけど、それだけで勝てるはずないわ……」


 バーネラの幻惑と魅了の魔法のことを言っているのだろう。

 魔法に抵抗できる力を示すことができなければ、彼女は信じることができないようだ。

 だからこそ用意した死霊術師戦なのだが。


 実際、彼女も理性ではとっくにわかっているのだろう。

 少年が嘘をつくような子ではないことも気づいている。

 それでも彼女の中の想像上のバーネラ像を凌駕しない限り、最後の心の壁を取り払えない。

 おそらく、アレーネ自身でも。


「そういえば、ミネルヴァはなんでさっきから喋ってないの?」

「その必要がないからだ。話し相手なら少年がいるだろう」


 仮想人格ミネルヴァが俺の代わりにアレーネの問いに答えた。


 俺自身は心理分析のためにミネルヴァからではなくセイケンから彼女たちを観測している。

 ちなみに俺が心を読めることをアレーネには言っていない。

 少年にも口止めしているが苦い顔をされた。


「何それ。三人で話しましょうよ。契約とか抜きで!」

「僕も賛成です」

「まあ、いいだろう」


 仮想人格ミネルヴァがしぶしぶ了承したので、焚き火を囲んで談話が始まった。

 話題は案の定バーネラの話になると思いきや。


「ねえねえ、スゥちゃんとはどういう関係なの?」

「えっ!?」


 アレーネが興味津々といった様子で身を乗り出してくる。


「えっ! あっ、その……姉弟みたいなものですよ」


 ローブの隙間から胸元がはっきり見えてしまったせいで、少年があたふたとし始める。


「ほんとにー? もうしたんじゃないの?」

「え、したって何をですか?」

「そんなのアレでナニに決まってるでしょ」


 少年がぽかんとしている。

 この手の話題を続けられたら、余計な知識を吹き込まれかねない。


「その辺にしておけ、アレーネ」

「えーっ」

 

 仕方なくミネルヴァで介入すると、アレーネが不満そうに口を尖らせた。


「こういうのって、ちゃんと教えておく方がいいと思うわよ?」

「もっともらしく取り繕っているが、面白がっているだけだろう」

「……あら、バレた?」

「君の嗜好は既に把握している」


 そうやって、アレーネとミネルヴァがいつもどおりのやりとりをしていると。


「ぷ、くくくっ」


 少年が突然吹き出した。


「何があった?」

「何があった。、って……! くく、あははは!」


 ミネルヴァの懐疑の言葉にさらに笑い出す少年。

 何事かとミネルヴァが睨む。


「いや、すいません! なんか、はたから見てると面白すぎて」


 少年が実に不可解なことを言う。

 少年もミネルヴァとしての記憶は持っているから、こういう会話をしていたことは知っているはずだ。

 まあ、そのほとんどがバーネラへの呪言だったのだが……何を今更。


「やっぱり仲いいですね、おふたりとも」


 少年が奇妙なことを言い出した。

 何をどうすれば、そのように見えるのだろうか。


「わかる!? でしょでしょ、ミネルヴァと私は一心同体なのよ~」


 何故かアレーネが少年の言葉に同意し始めた。

 きちんと使い魔として使役できていない癖に、よくもそのような口が叩けるものだ。

 

「……俺は見張りに行く」

「あれ、ミネルヴァ。ひょっとして怒った?」

「別に」


 ミネルヴァはその場から離れ、丘より高い位置の木の枝にとまった。

 空が暗くなってきているので、ミネルヴァの視界も見張りの役に立つだろう。


「ごめんなさいね。あいつ、自分が主導権握れないと拗ねちゃうのよー」

「あはは……」


 少年が乾いた笑いを浮かべる。

 俺が聞いていることに気づいているようだ。


「素直じゃないのよ。本当は私のことすごく心配してくれたりしてねー」


 誰が。

 いつ。

 お前のことを心配したか。


「それ、すごくわかります。一見冷たいんですけど、陰ながら助けてくれるんですよね」


 ……観測中止。

 後で記憶だけ同期することとしよう。




 一方そのころ、リバーフォレストでは。


「うーーーーーーー」


 スゥがベッドに寝転がりながら、両手でペンダントを握りしめていた。


「まだ来ないのかい」

「うーーーーーーー」


 ダネの問いかけにも少女の唸り声は止まらない。


 彼女は今日一日、こうして少年からの念話を待っている。

 ペンダントは念話の護符であると同時に俺の端末でもあるのでスゥの様子を観測することができ、もちろん記録も遡って同期できる。

 万が一のことがあれば、俺が彼女を間接的に守ることもできるというわけだ。


 さて、少年はしばらくアレーネと話しているだろうから、スゥに面通しをさせてもらうとしよう。


――聞こえるか、スゥ。

「クーちゃん!?」


 少女はベッドからすごい勢いで跳ね起きた……が。


「……じゃなーいー」


 聞こえてきた声が違うことに気づくと、あからさまにがっかりしてベッドに突っ伏した。


――倉木君はまだ取り込み中だ。

「え、えと。神さまですかっ?」


 また飛び起きた。

 相変わらず何かと目まぐるしい少女だ。


――概ねそのような者だ。あと、口に出さなくても頭で念じれば聞こえる。

「えっ」


 スゥはしばらく混乱していたが、やがてコツをつかんだ。


(えーと、こう、かな?)

――それでいい。

(あっ、すいません! ちゃんとした話し方とかわからなくて。あのときお祈りしたら応えてくれた声と同じだなって、その、あの)

――そんなに緊張しなくていい。俺は神といっても、この世界で信仰されている八正神とは別口だからな。

(そ、そうなんですか!? じゃあ、アルトス様でもカナリス様でも?)

――ない。俺はあくまで異邦者いほうしゃだ。


 護符を通してスゥの緊張が少し解けたのがわかった。

 実際のところ俺の階位は八正神などより上なのだが、スゥとの会話がスムーズになるなら教えない方がいいだろう。


――何かと倉木君が世話になっている。改めて礼を言わせてもらいたい。

(い、いいえぇっ!? そ、そんな。神さまにお礼を言われるようなこと、何もしてませんよぅ!?)

――いいや。君がいなければ倉木君は遠くない将来、精神のバランスを欠いていただろう。


 特に倉木少年の抱える闇を早期に緩和できたのは大きい。

 おそらく、元の世界に帰ってももう死にたいなどとは言い出すまい。


 スゥの安全を保証してやれば、少年とのコミュニケーションもうまくいく。

 反抗的で使えない屑ばかりのチートホルダーと違い、少年とは友好的な関係を築いておいたほうがいいと。

 それが俺の考えだった。


 まずないだろうが、少年が反旗を翻そうとするなら人質としても使える。

 スゥには莫大な利用価値が生まれているのだ。


――君は強い女の子だ。これからも少年のことを支えてもらいたい。

(は、はいっ。がんばりますっ)

――では、そろそろ少年に繋ごう。少し待て。

(ありがとうございます! 待ちます!)


 スゥのテンションが一気に跳ね上がった。

 少年に一報を入れて、念話を交代する。


(助かりました、神様!)

――何?


 ミネルヴァに意識を移すと、少年が物陰へと走り去っていく姿が見えた。


「むー、いいところだったのに」


 アレーネが残念そうに呟いていた。

 何故かローブから足をはだけている。


 は彼女の傍らに舞い降りた。


「何をしようとしていたんだ」

「ちょっとからかっただけよ」


 どうやら少年を誘惑していたようだ。

 本気でもなかったようだが。


「彼にはスゥがいる。どちらもまだ子供だ。横槍は関心せんな」

「あら? 貴方がそんなふうに言うなんて珍しいわね。ヤキモチ?」

「前途ある若者を守るのも、俺の仕事だ」


 使い魔が片方の羽根だけを広げた。からかってくるアレーネをあしらうときの動作だ。

 ミネルヴァの自我と仮想人格の波長が合ってきている。この分ならいずれ完全に融合できそうだ。


「あー、どっかにいい男いないかなー」


 アレーネは無防備に身を投げ出した。

 こんな自然の直中ただなかで、よくもこんなにリラックスできるものだ。


「黙れ処女」

「な、なんで貴方にそんなことがわかるのよ!」

「さあな」


 ミネルヴァが空を見上げた。

 日は沈みかけ、大きな月が見え始めている。

 少年の旅立ちはまだ始まったばかりだ。

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