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第十一話「観測者の憂鬱」

 少年は、リバーフォレストでの暮らしを続けている。

 スゥの家の男仕事は、少年がこなすようになってしまった。


 このまま骨を埋めるつもりなのかと探りを入れたところ、


「いつか必ず帰ります」


 という答えが帰ってきた。

 ここを居心地のいい場所だと感じ始めているのは確かなようだが、それでも永住する気まではないようだ。


「ふー……」


 少年は薪割り用の手斧を脇に置き、切り株に腰掛けた。

 労働の合間にこうして汗を拭くのが、最近の楽しみらしい。

 まるで土方どかたの親父のようだ。


「よう、精が出るなボウズ!」

「あ、お疲れ様です!」


 加工工場で働いている労働者の男が声をかけてきた。

 細長い耳が特徴の、ウッドエルフと呼ばれる亜人だ。

 両手にはいっぱいの、薪、薪、薪。


「家用なら、それで充分だろ。まだやんのか?」

「余った分の薪は、工場で買い取ってもらえると聞きましたので」

「あー、なるほどな」


 ウッドエルフは納得したように頷いた。

 彼も本業は狩人だ。

 時間が余ったとき、こうして薪割りで小銭を稼いでいるという。


「いつかリバーフォレストを出たときのために、お金をためているんです」

「若いのに、大したもんだぜ。まったくよぉ。これなら、ダネも安心だろうなぁ」


 ウッドエルフは軽口を叩いて、薪を運んでいった。

 少年も人心地ついたところで、薪を工場へ運んでいく。


 工場と行っても、小さなものだ。

 水車の動力でもって巨大なノコギリを動かし、それで木を加工する仕組みになっている。

 こちらは薪ではなく、主に建材として出荷されているらしい。


「親方さん!」

「ん? おお、クラキか。今日も随分切ったなあ」


 髭面の大男が感心して笑う。

 工場を切り盛りする親方……リバーフォレストの有力者だ。


「薪割るの楽しいです。なんというか……何も考えなくていいのがいいですね!」

「お、おう? そうか……?」


 ずれたことを言って親方を引かせる倉木少年。


「いつもどおり使えるやつ数えるから、こっち来てくれ」

「はい!」


 工場の持ち主に薪を持って行くと、賃金がもらえる。

 完全な歩合制だが、だからこそ薪を割れば割るほど稼げる。


 俺はてっきり手に入れた力を使って荒稼ぎするのかと思ったが、違った。

 少年は普通に薪割りし、その日の余剰分を納めている。

 俺が身体強化フィジカルブーストとグレートアックスを使えば楽だと指摘しても、少年はがんとして譲らなかった。


「じゃあ、また薪を割ったら持ってきてくれ」

「ありがとうございましたっ」

「ああ、そうそう。今度ダネの快復祝いに、ちょっとした酒会をやることになったんだ。ふたりにも伝えといてくれ」

「はいっ!」


 和やかなやりとりとともに、労働の対価を受け取る少年。

 親方と別れ、そのままスゥの家へと帰る。


 その道すがら、倉木少年は腕を回したりしながら不思議そうな顔をした。


(そういえば神様?)

――なんだ?


 少年のほうから話しかけてくるのは久しぶりだ。


(僕、全然筋肉痛とかにならないですけど、なんでです?)

――お前の体内には、回復力を向上させるモノを仕込んである。

(そうだったんですか。なんでかな~ってずっと思ってたんですよ)


 倉木少年は、案外あっさり受け入れた。

 生体管理端末ナノマシンについては自分の体に何をしたと言い出す輩がいるから、説明を求められたら詳細に説明するようにしている。

 もっとも、倉木少年の場合は別の危惧があった。


(でもそれって、必要なんですか?)


 ……案の定、また始まったか。


――身体強化フィジカルブーストでは、体にかかる負担そのものは軽減できないからな。


 少年は普通の暮らしをする範囲において、セイケンを使うことを避けている。

 森で迷ったときはやむなく使っていたが、それでもかなり控えめだった。


 セイケンを使おうとしない理由は既に確認した。

 どうにも要領を得ない少年の言葉を繋ぎ合わせたところ。どうも、ズルをしている気分になるかららしい。


 俺が力を与えた他世界のチートホルダーは、得てしてどのような問題でもチートを使って簡単に解決する。

 俺もそれを推奨していたし、当たり前だと思っている。

 力に酔って自滅する愚者もいたが、殆どは慎重に自分の能力を秘める。


(それは、消せないんですか)

――不可能だ。強化ブーストのオンオフに関係なく、君の体に作用する。


 逆に、倉木少年は力を隠そうという意図がほとんどない。

 俺の存在まで含めてスゥ一家に伝えてしまったのが、その証拠だ。

 力を持っていること自体を恐れられると考えているフシすらない。


 実際に日常生活では普通の少年として振舞っているから、後ろ指差される事態には陥っていない。

 そう考えると、力を隠して使う他の者とそう変わらないかもしれない。

 あくまで結果的に、だが。


(う~ん……)


 少年は腕組みして考えていたが、やがてひとつ頷いた。


(それなら、しょうがないですね)


 何がしょうがないのか。

 これもズルだと言いたいのか。


――力を使うたびに筋肉痛でわめき散らしたいのか?

(えっ)

――それとも、異世界独自の疫病にかかりたいのか。三日三晩、体をむしりたいと?

(い、いえ。だからしょうがないかな、と)


 少年は足を止め、あわあわと空に向かって首を振った。

 農作業に向かう途中だった人が、少年に奇異な視線を向けてくる。

 目障りだったので、少年のことを一時的に気にならなくなる暗示をかけ、立ち去らせた。


(か、神様……ひょっとして心配してくれてるんですか?)


 何を言い出すかと思えば。


――そうではない。お前がミスをすれば、尻を拭くのは俺だ。その手間を極力省きたいと言っている。


 俺の言葉に、少年は黙りこむ。

 だが、すぐにぱっと笑った。


(……ありがとうございます。ちょっとは心配かけないように、頑張りますね)

――俺の話を聞いていたか?


 少年は俺の念話に答えず、家に入ってスゥ達と談笑を始めた。


 ……俺が少年を心配している?


 愚かな勘違いだ。

 倉木楓弥は、替えの効く駒に過ぎない。


 何も無意味とわかっていて、死なせることもない。

 それだけ。

 それだけのはずだ。


 胸に奇妙な痛みを感じながら、俺はアレーネの観測に移ることにした。




 アレーネの観測を初めてから二週間。

 少年が異世界に来てからだと、十八日目。

 俺は、彼らを同時観測している。


 俺は四六時中、少年やアレーネを見張っているわけではない。

 必要に応じて端末記録を脳に同期し、自分の記憶として参照している。

 現し身を使ってもいいが、基本的にひとつの世界に一体のみと自制している。

 そのほうが力を節約できるからだ。


 ミネルヴァには使い魔になった時点で、ある程度の自我がある。

 基礎となる人格は主人の魔力によって形成されるのだが、アレーネにはそれができない。

 だから、俺の基礎人格をミネルヴァにコピーした。

 普段、彼女の会話に付き合うのは仮想人格ミネルヴァというわけだ。


「それで聞いてよ、本当酷いのよ」

「ほうほう」


 とはいえ、アレーネの場合は基本的に姉に関する愚痴がほとんどだ。

 よって、適当な受け答えをしておけばいい。


「あいつったら、攫ってきた赤ん坊の魂を母親の目の前で捧げたのよ? 信じられないわ!」

「確かに酷い話だ」


 これまで聞かされた所業の中でもマシな一例に、瞑目しているミネルヴァ。

 本当は、ランタンの明かりがコノハズクに眩しすぎるせいなのだが。

 五感共有さえおぼつかない阿呆の主人は気づかない。


「私は絶対、バーネラみたいな魔女にはならないわ! 生贄やミサがなくたって、知識と必要な材料さえあれば魔法薬は作れる。それを証明してやるのよ」

「そのセリフは十九回目だ」

「すぐ二十回目を聞くことになるわ。それでね――」 

 

 アレーネは止まらない。

 これまで誰にも話したことがなかった姉に対する恨みつらみ、悪口をすべて俺に聞かせるつもりだった。


 会話相手になるという契約をかわした以上、話を聞くのは仕方がない。

 幸い俺は長時間に及ぶ苦行に向いているので、苦痛を感じてはいない。

 アレーネも、自分にとってそう不利な契約でもないと思い直していることだろう。


「ふー……ちょっと休憩」


 姉の悪事を五十八種、姉に試したい拷問器具を十二種、姉にかけたい処刑道具を九種。

 それらを語り終えたところで、アレーネはようやく息をついた。

 ハーブを調合して作ったという茶を煎れ始める。


 こうして見ると茶を飲むときと本を読む姿だけは、如何にも魔女らしく様になっているのだが。

 彼女と話していると、理想と現実のギャップが如何に残酷なものかレポートを書きたくなる。


「ところでさ……」

「む?」


 休憩ではなかったのか。

 彼女にとっては、茶を一杯飲む時間すら会話に費やしたいらしい。

 一応、羽繕いを始めていたミネルヴァの作業を止めさせる。


「貴方に協力するって話だったはずだけど……結局、何すればいいのかしら?」


 アレーネは気だるげに頬肘をつきながら、ティーカップをくゆらせる。

 確かにこの二週間、俺は特に何の協力要請もしていない。

 契約内容だけに気になってのだろうが……。


「今のところは、特に何も」

「へ?」


 俺の返答に拍子抜けしたらしい。

 アレーネは頬肘がずれて、ずっこけそうになっていた。


「いや、待て」


 儀礼的なものだが、この女にも念のため確認しておこう。


「……コームダインという名に聞き覚えは?」

「なにそれ」

「知らんか。なら、やはり用はない」

「ちょっちょっちょ、待って。ちゃんと説明しなさいよ」


 あーだこーだとうるさく騒ぎ始めたが、黙殺する。

 会話の契約に秘密の公開は含まれていない。


「コームダインって何? 強力なアーティファクトとか、その辺?」

「お前に知る権限はない」

「……ううっ、使い魔の分際で~……」


 青筋を立てながら、拳を握り締めるアレーネ。

 恒例のパターンになる予感がしたので、あらかじめ釘をさす。


「何度も言わせるな。また痛い目に遭いたいのか?」

「ひっ。も、もうやめて……悪かったから」


 アレーネは右手の契約印を抑えて怯え始めた。

 三度目でようやく学習したか。


「ううー……私、不幸だわー……」


 アレーネはテーブルに泣き伏せってしまった。

 使い魔に逃げられるならともかく、主従逆転された現実から、未だに目を背けたいらしい。


 ああ、泣き声がうるさい。

 本当、仕方のない女だ。


「あとはそうだな……この辺に住んでいるゴブリンについて聞かせてもらおうか」


 やや強引に話題を作って気を逸らす。

 これで騒音が止まるなら安い買い物だ。


「……ゴブリン? この辺にはいないはずよ……」

「そんなはずはない。この目で見た。俺には千里眼があると言っただろう」

「もしいるなら、はぐれものじゃないかしら? ゴブリンの一匹や二匹、別に気にすることないでしょ」

「なら、この近くに集まり始めているゴブリンどもは何だ?」


 それは、狼の視覚と嗅覚で得た最新情報だった。

 武装したゴブリンたちが二十匹ほど森の一角に集まっている。

 中には体格の大きいホブゴブリンまでいて、これからどこかを襲撃するといわんばかりの連中だった。


 ……まさか、リバーフォレストを襲撃するつもりか。

 少年にも念のため知らせておくか。


「ゴブリンが集まってる? そんなわけないでしょ。このあたりは結界で……」


 と、視線を大鍋に向けるアレーネ。


「あら?」

「迷いの結界なら、ずいぶん前から切れてるぞ」


 数日前は紫色の液体がぐつぐつと煮立っていたが、今の大鍋は空だった。


「あっ、そういえば……材料足りなかったのよ。貴方を使い魔にする触媒に結界のを流用しちゃったから」

「ほうほう。では、結界は作れないと?」

「そういうことになるわね。まあ、材料はまた森で集めればいいんだし……」


 暢気に笑う駄目魔女。


「それなら今日来てるゴブリンがここに来たら、まんまと見つかるわけか」

「そうなるわねー……」


 へらへらと笑っていたアレーネが、唐突にせわしなく動き出した。

 大きな袋――魔法のアイテムであり、見た目よりもずっと収納力がある――の中に、ありったけのものを詰め込んで背負う。

 そのかん、わずか四十秒。


「さあ、何してるの。とっとと逃げるわよ!」

「そのバイタリティだけは、高く評価する」


 言うが早いか、アレーネはあっという間に小屋を引き払った。

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