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第一話「草原のクラキ」

「世の中、間違ってるよ……」


 今年で十三歳になる倉木少年に、とりたてて並べ立てるような理屈はない。


「僕は、それを正さなきゃ……」


 彼はただ、若い感受性と直感で世界にひとつの結論を見出した。


 学園の屋上。

 フェンスの外側に、ひとり立つ。




 倉木少年は若く純粋だった。

 素直でひたむきな、正義が善だと信じこんでいる子供だった。


 彼を変えたのはクラスで流行ったイジメだ。

 とはいえ、倉木少年がイジメられていたわけではない。 


 イジメられていたのは女子のクラスメイトだった。

 内容は取り立てて残酷でもない。

 よくある女子グループでのハブりだ。


 だが、クラスメイトの女子は泣いた。

 だから、倉木少年は彼女を庇った。

 倉木少年の何の打算もない、感情に従っての行動だった。


 それの何がいけなかったのか。

 何故か、次の日のクラス会議で倉木少年が槍玉に挙げられた。

 いつの間にか倉木少年がイジメの首謀者にしたて上げられ、クラスの誰もが少年が悪いと証言した。


 そうじゃない、僕は止めたんだと。

 何度も叫んだ。

 何度も何度も。

 担任の教師は聞き入れなかった。


 先日まで友達だったみんなが倉木少年を笑った。

 イジメられていた女子もずっと黙っていた。

 自分をイジメていた女子たちに囲まれて、ただ俯いていた。


 実はイジメのリーダーは学園理事長の娘だったのだが。

 倉木少年が知ることはなかった。


 彼がそれより先に死を選んだからである。


 無論、そうするのだと決めるまでには長い時間がかかった。

 自分がイジメられるようになり。

 悩んで悩んで不登校になり。

 両親にロクに相談することもできず。


 相手を呪うこともできず、誰かを傷つけることもできず。

 抱え込んだ少年が行き着く結論はひとつだけだった。


 自分が命をかけて真実を訴える。

 彼はまっすぐだった。

 命の大切さも教わっているはずなのに、それがくつがえってしまう程度には歪んでもいた。


 倉木少年は両親に対する謝罪と、クラスで起きたことをありのまま手紙に書いて家に残した。

 死への恐怖は不思議と湧いてこなかった。

 自分は命を賭けて正しいことをするのだと確信していたから。


 これで何かが変わるなら、無駄にはならない。

 お父さんお母さん、せっかくもらった命をごめんなさい。

 でも、大切な命だから大切なことに使いたいんだ、と。


 死の直前の彼の思考だった。

 いや。正確には九死に一生の、だが。




 次の瞬間、彼は見知らぬ場所に投げ出された。


「え……?」


 だから目の前に立つを神と誤認し。

 ここが天国なのだと思い込むのも仕方のないことだった。




 彼の目に飛び込んできたのは、地平の彼方にまで広がる……草原そうげん


「え? え?」


 倉木少年は、さらさらと風に揺られて葉と葉が擦れ合わさる心地良い音にまぶたを瞬かせる。

 自分を優しく受け止めてくれた草花に触れながら、しきりにきょろきょろと周囲を見回している。


「驚いたか?」


 混乱している様子の倉木少年に声をかける。

 だが、倉木少年は俺に注意を向けることなく、自分の言葉を反芻はんすうするばかりだった。


「なんで? 僕はまだ……いや。そうか……やっぱりここが天国なんだ」


 倉木少年は少し前に一瞬だけよぎった思考を省みる。


「こんにちは」

「ん? ああ……」


 そして、まさかの挨拶だった。

 さすがに俺も面食らう。


「すいません。声をかけてもらったのに動揺してしまって」


 続けて謝罪。

 年の割には良くできた子だ。


「構わん。当然の反応だからな」


 俺も寛容で応える。


「貴方は、やっぱり神様なんですか?」


 それは事前に予想していた問いだった。


「……まあ、そのようなものだ」


 さしたる感慨もなく頷く。

 やっていることは神とそう変わりない。


「僕は死んだんですか」

「そうだな。正確に言うなら死んではいないが、死んだようなものだ」


 この人は何を言っているんだろう?

 死んでないなら生きてるじゃないか。


 当たり前の感想を胸の内に抱く倉木少年。


「少年……生きていても、死ぬことはあるぞ」

「えっ」


 彼は俺の指摘に驚きの声をあげた。


「口に出してないのに僕の心がわかるんですか?」

「ああ」

「やっぱり神様なんですね……凄いです」


 この程度で驚かれていては話が進まない。

 死の哲学を語ったところで、この少年が理解するとは思えない。

 俺はさっさと本題に入ることにした。


「俺は世界に未練のない者……自殺志願者を集めて、あることをやってもらっている」

「……え?」


 突然の話題の変化についていけないのか、倉木少年はきょとんと目を丸くした。

 構わずに続ける。


「君にはこれから、今まで住んでいた世界とは別の世界に行ってもらう」

「それは……?」

「剣と魔法の異世界だ」

「異世界への転生……ですか?」

「わかるのか?」


 いつものように、さらなる説明を続けるつもりだった俺は首を傾げた。


「はい……そういう小説も読むので」

「そうか。いまどきの子供は話が早くて助かるが、死亡していないから転生ではない。トリップだと思えばいい」

「はあ……」


 釈然としない倉木少年。


「……僕の身に、こんなことが起こるなんて」

「得てして世界はままならないものだ」


 わかったようなことを言う俺に、少年がはっと顔をあげる。


「……まってください。僕は死んでいないんですよね?」

「ああ。君が飛び降りる前に、ここへ喚ばせてもらった」

「ダメなんです! 僕が死なないと……」

「真実が伝えられない、か?」


 こくりと頷く倉木少年に、俺は首を横に振る。


「やめておけ。君が死んだところで、世界は変わらない」

「そんなことない!」

「あんな手紙は大人たちがもみ消して終わりだ。君の両親が訴えたところで世間は聞かない。ワイドショーで中学生の飛び降り自殺が取り沙汰されて忘れられる。それで終わりだ」

「そんな……」


 心の声は俺の言葉を否定しようとしている。

 だが、彼が抱く理想は既に一度打ち砕かれている。

 世界に対する失望感が、少年に反論を呑み込ませていた。


「なんでそんなふうに世界を創ったんですか? 神様なんですよね?」

「悪いが俺は創造の神ではない。もっと別のモノだ。そして、君と同じような想いを抱く存在でもある」

「えっ……?」

「君の命はもっと有意義に使うことができる」


 俺は倉木少年に新たな言霊を滑りこませて、目的の刷り込みを試みる。


「でも……」

「もし異世界へ行って俺の願いを叶えてくれたなら……元の世界に返してやってもいい。死ぬのはそれからにしてくれないか?」

「願い……?」


 意外にも帰還より願いというキーワードに反応した。

 倉木少年が不思議そうに俺を見上げてくる。


「神様の願いって、なんなんですか?」

「異世界で君が何をしようと俺は関知しない。好きなことをするがいい。ただひとつだけ、やってもらいたいことがある」


 できるだけゆっくり、聞き取りやすいように。


()()()()()()という名前の者がいたら、必ず殺せ」


 その名を口にする。


「……そんな、殺すなんて。悪いやつなんですか?」


 予想通り、少年の心に少なからぬ動揺が見られた。


「そう。そいつは悪だ。世界を正すために殺さねばならない。俺は理由があって自ら動くことができない。お前たちにやってもらいたい」

「……わかりました。やります」


 意外にも心の整理をつけるのが早かった。

 そういう子なのか。


「……その代わり、それができたら本当に帰してください」


 ふむ。

 異世界への未練のない者を集めるために自殺者を召喚しているのに……こんなパターンは想定していなかった。

 まあ、やってくれるなら問題はない。


「ならば、これを渡そう。お前の力となるはずだ」


 俺は手の中に一振りの剣を出現させた。


「セイケンだ。本来であれば宇宙にひとつしかないものだが、お前には必要になるだろう」

「とても、剣には見えないですけど……」


 倉木少年の感想は的を射ている。

 剣のような形こそしているが、刃はない。

 刀身部分には細かい線状の溝が走っており、さまざまな色の輝きを放っている。


「念じれば、白く輝く刀身が現れる。神程度までなら殺すことができるだろう。そのまま振るえば、相手を殺さずに無力化することも可能だ。それを握っているだけで、お前は世界のどんな戦士よりも強くなれる」


 不思議そうな顔をしながらも、倉木少年はそれが邪悪なものではないと直感したらしい。

 柄を手に取ると目を輝かせた。

 こういうものに憧れる心はやはり子供らしい。


「なんだか凄そうです」

「使い方はおいおい覚えていけばいい。大体はカンでなんとかなるだろう」

「はい!」


 良い返事だ。

 深く考えることなく物事を受け入れているのだ。


「あと、君からは殺人に対する忌避感を奪わせてもらう」

「……はい?」


 俺は倉木少年の頭に手を置いて、彼の脳の一部に細工を施した。


「これで無駄な罪悪感に心悩ませる必要もない。これから行く世界に倫理など不要だからな」

「そうなんですか……でも、できるだけ殺さないようにはしますよ」


 人殺しなんてできない、とは言い出さない。

 俺の細工が功を奏している証拠だった。


「念じれば、いつでもこの創源ソウゲンに戻ってこられる。そうすれば俺のうつしが、お前をサポートするだろう」

「わかりました!」


 良い返事だ。


「あの……!」

「どうした?」


 頭から手をどけると、少年は上目遣いで俺を見つめてきた。


「僕なんかで、うまくやれるでしょうか……異世界に行けば、僕でも誰かを助けられるんでしょうか」


 少年の不安げな眼差しに、俺は静かに頷き。


「君には力がある。自信を持て」


 誰にでも通用する激励の文句をそれらしく読み上げた。


「は、はい」

「では、良い異世界ライフを送るがいい」


 俺は倉木少年を異世界へと送り出した。




「合格だ、倉木君。君は救世主になれるかもしれない」


 少年がいなくなった後、俺は創源ソウゲンにひとり立つ。


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