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永久を統べる少年  作者: 水下たる
■本編
4/18

03 - ジャックの過去、王都への道中

「んー。ありえない距離をひとっ飛びに移動してしまった原因ねえ。考えられるのは、『魔法』かあるいは『魔道』の一種かねえー。そもそも――」

「ああ。私も同じ意見だ。十中八九、『魔道』だろう。『魔法』で再現しようとしたら、いったいどれほどの<マテリアル>が必要になることか。あり得るとしたら贄を投じる大規模な儀式が行われた場合だが、あのなにも能力を持たない、罪人らしくもない千秋を移動させるためだけに、と考えれば不自然だな」


 ジャックが一度同意して私見を述べると、対話の主はむっつりと不満げに黙り込んだ。


「アルバート?」

「あらそーかい。なら別に俺に相談しなくったって解決できたんじゃねーのん、ジャック。ホント可愛くないね」

「……」

「ジャックちゃんお口チャック! で、俺の話を最後まで聞いてねー」


 古い友人は、話の邪魔をされるのが嫌いなのだ。そのくせ、話を最初から最後まで話さなければ気が済まない。ジャックは長い話になりそうだと予感して、アルバートに気づかれないようこっそりとため息をついた。

 対面していたのなら気づかれたかもしれないが、幸いアルバートとジャックには徒歩十日あるいはそれ以上の距離の隔たりがあった。

 二人の会話をつなぐものはジャックの目の前にある、風の力が封じられた聖なる物質<マテリアル>だった。小さな矢の形をしていて、矢じりと羽根の部分が透き通った緑色で、ジャックの手元にあるランタンの光を乱反射して輝いている。これに対応する<マテリアル>がアルバートの手元にあり、二人の会話を繋いでいるのだ。


「ジャック。『魔法』だろうが『魔道』だろうがどっちでもいいでしょー。本題はどーやってその子どもをお家に帰してやるかって話だろ? 原因から当たったほうが早いよん。どうせガルファンの連中の仕業だよ。『魔道』なんてうっさんくさい能力を使って何かしようなんて考えるのはあいつらくらいだ」


 ガルファン魔道国。魔道士たちがその能力の伝承のために建造した『修行の塔』を中心に据えた秘密の里が起源だ。秘密里だったころの名残からか非常に鎖国的であり、内部事情を知る者は多くない。城門は最上質の<マテリアル>で建造されていて侵攻しようものなら魔道国の連中が笑うだけで炎や風の矢が飛んでくる、だとか、魔道国の国王は三人いて誰かが手に落ちようとも残りの二人が古の秘術でもう一人を生き返らせる、だとか根も葉もない噂が数多くある不気味な国である。

 商人とのやりとりは主都の城門の前で一括買い上げで済ませ、他国の使者は水の都と呼ばれる都市の城へ案内されるという。主都だけは誰も見たことがないらしい。

 魔道国の徹底した秘密主義には、アルバートのように反発する者も少なくない。


「一応聞いておくけど、その子、秘密里の子とかじゃないんだよね?」

「ああ。千秋は『魔法』も『魔道』も知らない、無垢な子どもだ」


 ジャックはちらり、と背後に目をやった。

 ランタンの光がぼんやりと部屋の中を照らしている。簡素な二つのベッド、小さなテーブル、入り口付近の壁に突き出た外衣や帽子を掛ける爪。外開きの窓から夜の街の匂いが風にのってジャックの頬を撫でる。

 千秋はこちらに足を向け、ベッドの上ですっかり寝入っていた。深い眠りを思わせる静かな寝息は、死んでいるのかと錯覚するくらいだ。

 筋肉らしい筋肉はまるでないが、健康的な色をした体躯。たまにわけの分からない訛りのある言葉を紡ぐ、うすい唇。幼さの残る、ふっくらして柔らかそうな頬。目覚めているときは不思議そうにあちこちに視線をやり、まっすぐに見つめて来る瞳。

 彼は初めて出会った夜に、首を絞められてもすぐに起きなかった。安全な夜に眠りにつける、彼はそういう環境で生きてきたのだ。世界の常識を、まったく知らない子ども。


「ひとひねりで殺せそうで怖いくらいだ」

「へー。それはそれは。まあ、擬態してるだけかも知らんよ? 弱っちい子どもだって認識されたほうが何かと楽だもん」

「殺しかけたから分かる」

「ちょ!? 殺しかけたあ!? そうなってくると話違うじゃねえか! 何してんだよお前。子どもに手を掛けるとか、軽蔑するわ」

「そうだな、私も自分を軽蔑している」


 千秋を殺そうとした夜のことは、ジャック自身でも何と説明したらよいか分からない。首を絞めたのはジャック自身の判断だった。光のない場所で身近に居る人間は敵である――、ジャックの価値観において、それは長い間常識だった。いつ形成したか分からないくらいの根源的な判断基準だ。

 あの時のジャックは、なんの疑問もなく千秋を殺そうとしていた。ひどい興奮状態にあったような気がする。殺すだけなら剣を使えば一瞬のことなのに、ゆっくりと生命を絞り取るのが目的のような、単純な命の奪い方だった。


「なあ。大丈夫か? 何かあったのか?」

「いや。何も」

「んでも、ジャックちゃんは、子どもに手を出すようなヤツじゃなかったよね。<殺戮兵器>だった頃も含め。まあ、『そういう』教育を受けて来たんだから当然だけど」

「……」


 ジャックは何も答えなかった。風の力の能力を通じて対話する相手が、声色を変えた。


「友としても、身元保証人としても、現段階じゃお前の顔見て話して、大丈夫だって確信するまで旅の続行には賛成できない。リチャード様にも連絡しておこう。すぐにこちらに来い。いいな」


 窓枠をガタガタと風が揺らした。自然のものとは違う、何か刺すような冷たい風がジャックを取り巻いた。ジャックは動揺することも、抵抗することもなく、ただアルバートの言葉だけを聞いた。


「了解した」

「よしよし。なんなら、こっちでその子どもを預かってもいいんだよん。ジャックの目的達成のためには邪魔でしょ?」

「……そんなことはない。私が千秋を守らなくてはならないから。置いてはいけない」

「なあにそれえ。殺しそうになったくせに、よく言うよ。お前支離滅裂じゃない?」

「誓ったからな」


 自分の信念を賭け、<審判の葉>に誓った。破ればきっと自分の願いは<審判の葉>で叶うことがないだろう。また目的達成への手掛かりの収集から始めなければならなくなる。

 いや、<審判の葉>がなくとも、きっとジャックは同じことをしていただろう。

 千秋に出会い、彼が何も知らないことを知ってしまったから、ジャックはその信念にそぐわない行動はとれなくなってしまった。


「意味は分からないが。千秋が言うところによると、私と彼は既にイチレンタクショウ、らしい」

「ははあ。結構気に入ってんのね。オッケオッケ、まあ、ならいいや」


 そろそろ風を媒介にした会話も終わりだ。<マテリアル>の透明度が段々と落ちてきていた。輝きは鈍くなり、透明度の高い緑色だったものが黒ずんで濁り斑に蝕まれていた。


「楽しみだ。お前が殺し掛けたチアキちゃんて子とお話するのー」

「殺し掛けたは余計だ」

「だって本当のことじゃーん」


 やけに楽しそうなアルバートの様子に、ジャックは不思議とこめかみのあたりがぴくぴくと疼くのを感じた。なぜかは分からない。返事をするのもなぜか嫌になってきた。


「うふふふふ。潜入の打ち合わせもしなきゃならないしぃ、うわー俺超絶いっそがしー」

「潜入? 潜入とは、なんだ」

「ん? いやだって、魔道国の国外秘になってる『ナニカスゲー魔道』を調べたいんでしょ? 一子相伝だか奥義だか秘術だか禁術だか知らないけどね」

「……つまり」

「つまり魔道国にどーにか入って、どーにか『魔道』の詳しい専門機関かなんかを探し当てて、どーにか潜入して情報チョロまかしてくればいいってことですよん。潜入潜入、レッツ潜入! ジャックちゃんならできるって! じゃね、準備しとく!」


 最後にジャックの言葉を待たずして、相手の反応がぷっつりと途絶えた。

 反応のなくなった風の矢をじっと見つめ、ジャックは深く深くため息をついた。


「相談する人間を間違ったろうか」


 だが、ジャックが相談できる相手など、変わりもので立場的に関わらざるをえないアルバートか、アルバートを通じて面識のあるリチャードくらいのものだった。リチャードはジャックがおいそれと連絡を取り合える身分にはない。

 おのずと一人に絞られる。


「……考える必要はなかったな」


 ジャックは<マテリアル>を黒い巾着袋に入れて荷物に仕舞い直すと、寝息の聞こえるベッドへと足を向けた。

 ギシリ、ギシリと古びた床がジャックの体重を受けて軋んだ。

 ベッドの上に、ジャックの影が落ちた。緩んだ子どもの寝顔は、暗がりの中でもよく見える。さっき見た姿勢から何も変わってはいない。手を鼻と口の傍に寄せると、確かに寝息が当たる。

 彼はジャックの対話中に起きなかった。もちろん、アルバートとジャックの会話は魔法の行使者ではない彼には聞こえようもないことだ。彼はアルバートと連絡を取っていたことすら知る方法がない。

 だから、ジャックの過去を、千秋は知らない。

 ――<殺戮兵器>を、千秋は知らない。

 ジャックは手の甲で、千秋の産毛の生えた頬を擦った。千秋はくすぐったそうに肩をすくめたが、起きる様子はなかった。一度殺されかけた相手に対して行うには無防備すぎるほど、なんの警戒心も見当たらない。理解できなかった。


「千秋。お前が私の『主』か?」


 ジャックは、そうであればどれほどいいだろう、と夢想して、そしてその可能性は限りなく低いだろうなと思った。

 ジャックの願いが叶うには、まだ早い。嘘か本当か分からないがノーヴェルヴィア<審判の葉>の頂上にすら立っていないのだ。願いを叶えてもらう権利もない。

 ジャックは、<審判の葉>に入った時には、ただひたすらに頂上を目指すことだけを考えていた。願いが叶わなくとも構わないと思っていた。ノーヴェルヴィアは、願いが叶う山である前に、修行の山だ。より強くなることができれば、またそれもジャックの目標達成に近付くことになる。

 いや。もしかしたら強大な魔物の手で、人知れず死にたかったのかもしれない。積極的な目標に隠された、消極的な自殺行為だったのかもしれない。

 だがジャックは死なずに返ってきた。己の信念に従い、千秋の命を守ることを優先したからだ。言い伝えに背かないのは、どれだけ疑わしくとも、可能性が低くとも、願いが叶って欲しいと思っているからだ。






■ ■ ■






 ジャックと旅をして、二週間ほどが経った。

 そのうち野宿が七回、ロッジのような小屋で夜を明かしたのが二回、宿屋らしい宿に泊まれたのが二回だ。徹夜で歩きとおした時もあった。

 ジャックに首を締められ殺されかけたのは最初の一回だけで、あとは朝までぐっすりコースだった。二度目の夜はさすがに緊張したが、今は全く命の危険は感じない。むしろ、心強いくらいだ。

 道中、ノーヴェルヴィアの麓の村まで行くときに遭遇した魔物は全てジャックが一、二回剣を振るうだけで退治できた。ジャックがこの世界でどの程度の強さなのか、比較対象がいないから分からないが、少なくとも、千秋とはノミとライオンくらいの力の差があるのは間違いない。

 千秋は歩くのに専念すればよかった。運動神経はいい方だと思っていたが、ジャックの体力とは比べるまでもなく貧弱そのものだった。夜は大概歩き疲れて横になったらすぐ夢の中行きだ。

 夜更かしをしなくなったせいか、生活リズムが段々身体に染み込んで来て、ジャックとほとんど同じ時刻に目覚めることもできるようになった。


「ジャックってもしかしてさ、眠りが浅いほうなの?」

「それは、どういう意図の質問だ?」

「意図もなにもないけど、ただ不思議でさ。結界のお陰で危険度は少ないわけじゃん。夜を活動時間とする知力の高い魔物はいないってジャックが自分で言ってたし。そしたら普通寝れるだろ? でも、なんつーか寝てないよね。オレが寝たら寝て、オレが起きる前かほぼ同時に起きるって、いつ寝てんのって感じなんだよね」

「きちんと、活動に必要な睡眠は確保しているが」

「うーん……」


 活動に必要な睡眠。あまり健康的じゃない言い回しだ。


「それって、寝てる間も気を張ってるってことだよね?」

「……そうだな。お前のように無邪気に寝ていることはない」

「無邪気って、まあ、ぐーすか寝てるけどさ。なんか考えなしのアホって言われてる気がする」


 ジャックは否定しなかった。意味が通じなかったのか、裏で同じように思っていたから暗に肯定したのかは分からないが、後者だったら立ち直れない。深く考えないことにする。


「辛くないの? 気張ってるの」

「いや。これが――私の国では当たり前だからな」

「そっか。まあ、オレの価値観とは違うよなあ。でも絶対安全なのに」

「気を張らなくてはならない理由はもちろんある。運よく私たちは遭遇しなかったが、結界の効かない盗賊集団から襲われる可能性がある」

「あ、そうか」


 出会いが出会いだっただけに、いつのまにか脅威が魔物だけだと思いこんでいた。収入を得るチャンスのない人間がやることといったら、いつだって強奪行為なのだ。


「むしろ、街道は魔物よりも落ちぶれた荒くれ者に注意しなくてはならない。千秋。お前も気をつけろ」

「わかった」


 この世界はけっこう魔物と人の棲み分けがされているらしい、ということが、千秋にも段々分かってきた。ノーヴェルヴィアは修行の山と言われるだけあって魔物の遭遇率は高かったが、村からは整備された街道を歩いて、魔物に出くわしたことは一度もなかった。

 対人間で戦わねばならないこともあるんだ。考えてみてもなんだか想像つかない。


「そういや、オレたち、どこまで行くんだ? どこ行きの道なの?」

「ああ。ティザーン王国の王都、メイヴェルに向かっている。あと二、三時間で見えてくるだろう」

「ふーん。ティザーン王国、か」

「知っているか?」

「ううん。全然、聞いたことない。やっぱここは、オレのいたとことはすげー遠いんだろうな」


 ジャックのこと、魔物や人間のこと、魔法や国の名前など、知れば知るほど住む世界が違うと感じる。

 そもそも移動手段が徒歩しかないというのがありえない。道は煉瓦道で少しデコボコしていて歩きづらく、また馬車や自動車のようなものがあっても走るときにガタつきそうだ。あんまり整備されていないってことは、ないってことなんだろうか。


「ティザーン王国への移動手段ってさ、歩くしかなかったの?」

「どういうことだ?」

「乗りものがないのかなってさ。つまり、人を乗せて代わりに歩いてくれる動物だとか。手押し車ってわかる? 板に車輪つけて動くようにするだろ。で、板のところに人が乗って、動物に引かせて運ばせるの。同じように、魔法もできるかな。テレポートみたいなぱぱっと移動する魔法あったら楽! 空に浮く便利な魔法の絨毯とか。自立して歩きだす竹馬とか。車輪が自動的に回る魔法の自動車とか。もうこの際自転車でもいいよ。自分で漕ぐくらいはするから」

「……それは全て想像か。驚いたな」


 千秋が不平不満に任せて例を並べたてると、ジャックの端整な顔が僅かに崩れた。


「そういったものが、ないわけではない」

「なんだ、あるのか!」

「飼い馴らした魔物に騎乗する者もいれば、荷台を引かせる者もいよう。これには魔物を調達するのに金が掛かるし、魔物使役の技術がいる。私は騎乗だけなら経験があるが、お前は無理だろう。つまり荷台を発注する必要があるわけだが、これは突発的な事象に対応しきれないし、大きくて目立つから盗賊団に狙われる可能性が飛躍的に上昇する。集団で来られれば、私にも相手がしきれない。千秋だけは守るが、残りは断言できない。御者と動物を見殺しにする覚悟が必要だ」

「うっ。それはヤダ……。じゃ、魔法のほうは?」

「<マテリアル>を集めることさえ出来れば魔法の絨毯や自動走行車を再現することはできよう。だが、この魔法の使い方は一般的ではないな。ひとつの<マテリアル>に対し行使できるのは簡単な命令だけなんだ。例を魔法の絨毯とやらにして説明しよう。このとき必要な魔法は『風に乗り浮かぶ』だけではない。すなわち、浮く。浮くのを保つ。上に乗った人間が落下することのないように水平に保つ。飛来するものから行使者の身を守る防護壁をつくる。残りは移動だな。直進するのはひとつの<マテリアル>で可能だが、行きたい方角が直進だけとも限らない。目的地を記憶させればあるいは簡単に運べるだろうか。おそらく絨毯なら数多の繊維が織り込まれて生成されているだろうから、これらすべてを<マテリアル>にすれば再現できないこともないな。現実的ではないが」

「え、再現できるんじゃないの? 現実的じゃないって何?」

「理由はふたつある。ひとつは、飛ぶ魔物もいるため、固定的でない足場の上ではこちらが不利になること。もうひとつは<マテリアル>は希少で高価なものだということ。力を蓄えるのにも時間が掛かる。絨毯を大きくすれば金が掛かるし、小さくすれば浮いて行き先へ飛ぶまでの距離が短くなるし、往路で力尽きるだろう。往復ができず、寄り道もできず、より危険にさらされる乗りものなど、一般的ではなかろう」

「あー、バッテリー切れで乗り捨てになっちゃうのか。充電にも時間が掛かると。自動走行車も、<マテリアル>で作った車輪が八輪くらい必要になっちゃいそうな感じがするし、苦労して作っても結局乗り捨てだもんな」


 自動車みたいにエンジン機関があればいいのにな、と千秋は思った。ガソリンみたいに<マテリアル>のエネルギーだけを注入して車輪を回すだけの仕組みだ。ギアスイッチを入れるように、弁みたいなもので瞬間的に行使する魔法を変えることが出来れば突発な物事にも対応できるはずだ。

 だが、<マテリアル>そのものを使って仕組みを作るのがこの世界流なのだろう。魔法行使の仕組みが分からないから何とも言えないが、上手いこと出来ていれば歩かずに済んだのに、とこの世界の先人たちに文句を言ってやりたい気分になった。


「くそ……歩き疲れたぜえええ! 歩くの飽きたぜええ!」

「抱きかかえてやろうか」

「それは遠慮しとく。抱っこだのおんぶだのされるくらいなら、オレ、無理しても歩くほうを選ぶ」


 千秋がどれだけ歩きたくないと思っていても、歩き続けるしか移動手段はないのだった。

 不毛な会話をしつつ、仕方なしに歩きつづけていると、微かに都市らしきものが見えるようになってきた。丘の上にあり、都市をぐるりと囲むように城壁があり、壁から放射線状に小さな建物がずらりと並んでいる。まだ千秋の眼にはゴマ粒大にしか見えず、つくりはわからないが、城壁内部にないのだから、庶民か労働者の住宅だろうと想像する。

 道は綺麗に道が整備された大通りに交わっていた。五叉路くらいに分かたれていて、太い中央の道が丘の上へ延びている。よくよく見ると、車輪の跡や爪で引っかいたような跡があるのがわかる。さっきジャックが言っていた馬車――いや魔物車とでもいったほうがいいのか、魔物の牽引する荷台車の跡だろうか。交易や人の出入りが頻繁に行われているらしい。


「ジャック! あれが王都?」

「そうだ。ティザーン王国で最も栄えた都のひとつ。王都メイヴェル」

「久しぶりにベッドで寝れるんだな! あったかいメシも食えるか!?」

「ああ。これまで泊まってきた宿よりすべてが勝ると保障する」

「へっへーい。やったぜ。急ごう、ジャック」


 聞くやいなや、千秋は我先にと王都への道を走りだした。


「……疲れていたんじゃなかったのか?」


 ジャックは首をひねり、ぽつりとつぶやいた。疲れただの、飽きただのとゴネた少年の姿はどこにもなく、軽やかに丘を駆けあがっている。ため息をひとつつくと、ジャックは千秋の後を追いかけた。






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