14 - 千秋 VS <ウィザード>、ドラゴン
「ジャックが……、死んでる、はず、だって?」
千秋は、呆然と呟いた。
すでに死んでいる? なぜだ? 今、そこにいるじゃないか。幽霊だとでも言うのだろうか。
ユリウスは何を知っているんだろう? 魔道国の英雄だということ。<キラーマシン>の意味。自分よりジャックのことを知っていることは、間違いないようだ。
「なァ――、イレブン先輩よォ。後輩のオレ様に教えてくれよォ。なんでてめェ、『今の時代に』、フツーに生きてんだァァアアア!?」
ユリウスはジャックに向き直ると、吠えるように言った。
「イレブンなんて、なァ? 魔道国の歴史に出てくる名前だぜェ!? 二百年生きてたんかァ? あり得ねェぜ! お前にゃ、<キラーマシン>能力以外の素質は無かったはずだぜェェェ。ネタをバラせよォ!」
ジャックは瞼を閉じ、何もかもを受け入れるかのように姿勢を正した。
「断る」
そして、静かに言い放った。
その表情には、先ほどまでの焦りはもうどこにもなかった。
ジャックは逃げることを諦めた。過去を忘れたいと思っても、忘れることなどできない。過去は自分が生を受けたからには――自分が今ここにいるからには――存在していなければならないものだ。いつか向き合わなければならない日が来ることを、覚悟したのはずいぶんと昔だった。それからは逃げ続けてばかりいた。
『願い』さえ叶えば、救われると信じて。
「はァ! そうかよォ、そんなヨユーぶっこいてていィのかァ!? お前の弱点は分かってンだぜェ!? あのガキだろォ!」
「……」
「なァ? なァ? ウチの『教育』を受けたお前なら、間違いねェだろ!? 子どもが大事だろォ!? なァ? なァ? 欲しいだろ? なァ? だから連れてんだろォ?」
ユリウスが指摘すると、ジャックの顔色が明らかに変化した。焦りではなく、怒りに近い。
怒りをわざと煽るように、ユリウスが言葉を紡ぐ。
「あいつの右腕、オレがもらってやったぜェ……? 全部全部分かってんだろォ!?」
「千秋の、右腕。貴様の……」
「あァ……。そうだ。焦れよ。もっと本気だせよォ! ギリギリを楽しもうぜェェェエ! ひゃっはァ!」
ユリウスは試すようにジャックの背後まで駆け、剣を振るった。ハシバミ色の瞳が、まるで獰猛な獣のように鋭く光る。
ジャックの剣は、力加減を知らないユリウスのそれを浅く受け止め、流れに逆らうことなく、剣筋だけを逸らした。互いに無駄だと分かっていたが、二、三回剣を弾き合わせる。
退くタイミングで、ジャックの身体が宙を舞い、ユリウスの着地点の背後を取った。破れたマントの奥、無防備な背中、左肩から右脇に剣撃を走らせる。
が、攻撃の始点、肩口で剣が弾かれた。ユリウスが大剣を差し入れてきたのだ。ジャックの剣を止めた隙に、ユリウスはぐるりと回転し、ジャックの腹に回し蹴りを入れる。
ジャックは迷わず左手で受け止めた。腹へのダメージは押さえられたが、勢いは殺せない。ジャックが後ろへ押し飛ばされた。受け止めた足の形そのまま、二本の線が地面をえぐる。
「やっぱし、本気の、肉弾戦はなァ? きっちィな! ……ギルッ!」
ジャックが立て直す僅かな隙をつき、ユリウスは叫ぶ。
『英雄』イレブンとユリウスの対決という夢の一戦に、目を回していたギルはびっくりして、声がひっくり返ってしまう。
「はぃぃぃ! なんですかあああ!」
「オレ様に有利なフィールドを作れェ! ミレイユの力、全部寄越せ!」
「うぇぇっ!? ダメ、ダメですぅ! そんなことしたら、ミレイユが疲れちゃいますぅ!」
ジャックと再び剣を交わしながら、ユリウスは命令に意見する頭の足りない少年に「糞がッ」と叫ぶ。
「バカメガネェ! オレ様に逆らうなァァアア!!」
「うひゃあ、ごめんなさいっ! やりますぅ!」
「残りの<ウィザード>はオレ様に精神力を寄越せェ!!!」
ユリウスの命令に、<ウィザード>たちは否定するはずもない。ギルがバカなだけだ。<ウィザード>たちは円を描くように向かい合わせに立つと、両手を前に突き出し、目を閉じた。間もなく<ヴェムノム>のような――似ていて非なる呪文を唱え始める。
「ミレイユ! ボクのところに来てください、ですぅ! へい……ユリウス様に怒られちゃうですぅ!」
ギルはひとり空を見上げると、何かを掴んで引っ張るような仕草をした。まるで紐がついているかのように――あるいは釣り竿で何かを釣るように――、重そうに引っ張った。
と。
ギルが手を一回転させたとき。ごう、と突風が吹きつけた。火山灰や砂塵が舞い上がり、木がミシミシと悲鳴をあげ、ついには薙ぎ倒される。
「……なッ……んだ、あれッ!?」
千秋は空を見上げ、あんぐりと口を開けた。いったいどこからやってきたのだろう――、大きなものが空を覆いつくし、千秋たちに、その場に居る人間すべてに影を作っていた。
山のような図体。大きく鋭い爪のある、四本の足。背には、まるで屋根のような大きさの、蝙蝠じみた骨格の翼が生えている。翼が羽ばたくたび、木々を小枝のように巻きあげる突風が発生する。ワニのような外見。大きく開いた口元には、切り立った崖のような牙が生えている。
「ドラゴン……!?」
いかにも、魔物らしい魔物が出てきてしまって、千秋は恐怖を忘れた。
まるで現実とは思えない、空想上の生きものが羽ばたき、咆哮をあげ、そこに生きている。感動に近い感情だった。その時だけは今の状況を忘れ、ただの少年のように、心を躍らせてしまった。
「よォーし、いーぜェ……!」
ユリウスがニタリと口の端をあげて笑った。まるで三日月みたいに、口が極端な形になる。
ユリウスの身体には、<ウィザード>たちの精神力が流れ込んできていた。ギルがミレイユを説得できれば、ありったけの魔道が使える。全力の自分で戦えないことが心残りではあるが――、どうせ、相手は過去の<キラーマシン>だ。充分だろう。
「いくぜェ! 【ブレイク】苦しめ、弱れ、腐れ、傷つけ」
これが、ユリウスが考えついた、イレブンとの効果的な戦い方だ。イレブンは魔道を使えない。なら、魔道で押せばいい。
ユリウスはこれまで通り、ジャックへの攻撃の手を緩めずに連続で叩く。隙が出来ればわざと弱めの火炎の魔道を打ち、剣を交じり合わせれば、その剣の向こうにある金の瞳を捕まえるように強い拘束の魔道を掛ける。
とくに効果的だったのは、筋肉の働きを阻害する魔道だ。格段に回避能力は落ち、攻撃力が弱まり、剣を打ち合わせただけで、苦しそうに顔を歪めている。<キラーマシン>の能力同士の対決ではなくなってしまったが、もともとユリウスのアイデンティティに、<キラーマシン>の占める割合は少ない。効果的に自分の能力を発揮できるたび、自分がより強く、より世界に求められていると感じる。楽しくて仕方がない。
なによりも、弱い者を死なない程度に苦しめるのは大好きだ。
「――って、ドラゴンに見とれてる場合じゃねえ!」
千秋ははっとして、頭上の生きものから、戦闘再開したジャックへと視線を戻した。
「やっべえ。ジャックが、マジ、みるみる動き鈍くなってく」
ジャックへ攻撃を仕掛けているのは、変わらずユリウスだけだ。その攻撃はさっきまでと何ら変わりがないが、ジャックが押され始めている。
「なんでだ……クソ」
千秋は周囲の状況を確かめた。
<ウィザード>と呼ばれていた同じ格好をした十人のやつらは、キャンプファイヤーか何かのように丸くなり、両手を突き出して怪しい呪文を唱えている。
ギルは、といえば、ドラゴンが巨大な首をもたげ、突き出してきた頭に抱きつき、顎なんかをわさわさ撫でまわしていた。ドラゴンは羽根を休めて、何やら嬉しそうに目を閉じている。あれは放っておいてもよさそうな気がする。
「このままじゃ、ジャックはジリ貧だ。たぶん、あいつらも何かしてんだよな。ジャックは、ユリウスの相手で動けねぇだろ……。ってことは、オレが動くしか、無い」
ぐっと拳を握りしめ、千秋は震える足を殴りつけた。
何か、剣の代わりになりそうな、適当な棒を倒れた木から拝借する。
「あの集団の誰か一人でも呪文やめさせたら、ジャックはそれだけ楽になる。はず。オレが、オレがなんとかしねーと。えー、魔法使いは物理防御は弱いはずだろ! RPG知識だけど! 魔道士が魔法使いと同じかどーかは、知らんけど! できる。きっとできる。レベル一でもなんとかなるなる!」
自分を鼓舞するように、千秋は自分の胸を叩いた。どくどくと心臓がうるさく脈打っている。
キリルに剣を教えてもらったのは、こういう時のためだ。――ジャックがかなわないような、すごく強い敵が出てきたら? ジャックでもてこずるくらい、大量の敵が出てきたら? 自分で自分の身が守れるように。ジャックの手助けができるように。
ジャックは言っていた。あいつらは、子どもは殺せない。だから、多分、自分は大丈夫だ。ジャックとの約束を破ることはない。自分の身は自分で守れる。少しばかり、無茶をしてしまうけれど。
千秋は誰にも気づかれないように、円形に立つ<ウィザード>たちと距離をつめた。彼らは目を閉じて呪文を唱えている。奇襲が成功しそうだ。ただ、一人になぐりかかって、十人が一斉に千秋を相手にされても困る。
何か武器になるものを。辺りを伺うと、手ごろな小石が見つかった。
「えーい、野球やっときゃよかったぜ! スポーツ少年団からサッカー一筋のオレをなめんな!」
つまりはコントロールに自信がないということだが。
千秋は大きく振りかぶると、思いっきり小石を投げ付けた。
「――うりゃっ!」
数打ちゃ当たる戦法で、その場にあった小石を次々に投げた。<ウィザード>たちは、後頭部や額に当たった小石に、何ごとかと顔をあげた。
「な……」
「貴様、いつからそこに!」
「どうした!?」
石が当たらなかった者たちも、集中力を途切れさせてしまい、呪文を言う者が誰もいなくなってしまう。
「おす! ちょっとだけ痛いかも知んないけど、ゴメン!」
千秋は棒に持ちかえ、掴みかかろうとしてくる男たちの首元に振り下ろした。一人を倒している間に一人が襲ってくるが、サッカーのドリブルのごとく、さっとフェイントをかけ、相手が立ち止まった隙をついて抜き去り、去り際にキックを放つ。
次は三体同時だった。実践になるとキリルに教えてもらったことがとっさに出てこない。テンパった千秋は残りの五人の位置を確認すると、左の男から崩すことにした。フェイントをしかけて、中学のとき授業でやって以来の、へろへろの剣道で胴に一発お見舞いする。なぜか倒すことができた。本当に物理防御が弱かったのかもしれない。次の男は掴みかかろうとする手に小手をして気を散らす。棒をうまく捌けずに地面を突いたことろで、違う手で掴み掛かられた。ピンチだ。仕方なく急所に蹴りを入れる。男の急所は、見ているだけでも痛い。申し訳ない。三人同時の最後の男は足払いキックで転がした。
残りの五人とじりじりと向かい合わせに距離を計り合っていたときだった。
「君ら、なにやっちゃってるんですぅぅ! 呪文やめたらボクが怒られるですよぅ……って、あれあれあれ。チアキ?」
異変に気づいたギルが、どたばたと走って来た。千秋を見つけると、メガネの奥の大きな目がより大きく丸く見開かれる。
「どうしちゃったんですぅ? 遊びたくなっちゃったんですかぁ?」
ずるずるのローブを引きずって、ギルはメガネを両手で直しながら近づいてくる。<ウィザード>たちが千秋への警戒を緩め、ギルに敬礼を送った。
ギルのほうが立場が上なのだろう。千秋は人懐っこいギルに油断することなく、棒を向けて構える。
「うふふ。そっかあ! ボクと遊びたいんですねっ!? へい……ユリウス様も楽しんでるし、いーですよぉ! 遊ぼう遊ぼうっ!」
「だあっ! 遊ばねえよ! 遊んでるんじゃなくって、ジャックを助けたいだけだっつの」
自分勝手に盛り上がるギルに、千秋はツッコミつつ叫ぶ。ギルはぴたっと足を止め、ぷくぅっと頬を膨らませた。
「えー。やだぁ! もう。そんなに可愛くないこと言っちゃう子は、死なない程度に、すっごく、すっごーく、痛くしてあげるですぅっ! 今度は骨折だけじゃ済まないですよぅ! ミレイユ、行くよぉぉぉぉ!」
「ミレイユ?」
ギルがぶんぶんと手を振り、身をよじらせてなにかを訴えかけてくる。千秋はまた新たな敵でも来るのか、と周囲に目を走らせる。
次の瞬間。
ぶわっと千秋の顔に突風が吹きつけた。いや、顔だけじゃない。身体の正面へ、大きな空気の塊がぶつかってきたようだった。千秋は後方にまるで側転のような形で吹き飛ばされた。台風の時の誰かの折りたたみ傘になったような気分だった。千秋はバキバキに骨折するのだけ避けたい、と身体を丸めるようにして流れに逆らうことなく転がった。
やがて、グォオオォオォ、と大地全体を揺り動かす咆哮がビリビリと空気を震わせた。やっと風が止み、千秋は顔をあげて、『ミレイユ』を見上げた。
「ぶっ、……っは!!? ミレイユって、ド、ド、ドラゴンかよ!? ……ヤバい!!」
「次、いっくよぉぉぉぉ! そーれい!!」
ギルの掛け声に合わせて、ミレイユが前足を大きく振りあげた。攻撃対象者は、勿論、千秋だ。
「ギル! てめェ!!」
「千秋!!」
これには、ユリウスもジャックも思わず手を止めた。
ユリウスは<ウィザード>の精神力が届かなくなった時には、<ウィザード>の耐久力が無くなったのかと思っていた。周囲に気を配るだけの隙がなかったのだ。
ジャックも同様に、ドラゴンそれ自体への注意を怠っていた。複数の魔道を受けて、ジャックはユリウスの剣をかすめるほどに疲弊していた。致命傷になるだけの傷だけは避けていたが、段々と落ちていく自分の力を、進行状態に合わせて見極めるのが難しく、最小限の動きだけでは足りなくなって、ユリウスへの注意で精一杯になっていた。
「ちく、しょ――ぉぉぉ!」
勢いよく自分に振り下ろされるドラゴンの爪に、足が竦んで動かない。どうにか、細い棒を構えてはみたものの、鋭く固い爪に対し、比べるまでもなく、頼りなさすぎる。
甘かったのだ。殺さない、とは、傷つけない、と同義ではない。しかも、対ドラゴンだ。力加減誤って殺しちゃった、とかギルなら言いそうだ。
死ぬかも――。普通なら瞑ってしまいそうになるくらいの恐いはずなのに、千秋はただぼんやりと、頭上を見上げていた。
今まさに、ドラゴンの爪先が千秋の喉をかすめようとしていたとき――。
「千秋」
千秋は背後に、腰に、あの安堵する固い筋肉を感じた。
背後から押しつぶされ、千秋は地面にしたたかに鼻を打ちつけた。手のひらも少し地面に擦れて痛い。
「ジャ……ジャック――!?」
視界が一度真っ白になり、戻って来た時には鼻奥がじぃんとした。慌てて両手で覆ってみるが、幸運にも鼻は骨折していなかった。擦ると血がついていたので、鼻血は出ているみたいだ。死ぬほどダサイが、本当に死ぬよりはいいに決まっている。
「サンキュ、助かっ……た……」
千秋が身体を起こすと、上に覆いかぶさっている筋肉質の身体がずるりと腕に寄りかかった。体重をすべて預けているのじゃないかというくらい、重たい。
気を失っているのかと、最初は思った。次に、ふざけてるのかと、思った。
千秋は身体を回転させ、自分の胸に寄りかからせるように、ジャックの身体を引きあげた。ねちょり、と嫌な音がして、ぼとり、と赤い液体が落ちた。
千秋の鼻血、じゃ、ない。いや、そもそも、千秋は鼻血なんか流してはいなかったのだ。それは、全部千秋の上から流れてきた血だった。
「は……?」
ジャックが、赤い。
背中がざっくりと裂け、中からピンクの肉片とところどころに赤い液体を滴らせた、白くて固そうな物体が見えている。ジャックのナカが見えている。
「ジャ、ック……、おい。嘘だろ……。マジで?」
千秋は震える指で、ザクロのように弾けたジャックの皮膚を覆う。ぶよぶよと弾力があり、こちらの押したとおりに元の形に戻るが、手を放すとまたすぐにちゃっと嫌な音を立てて裂け、形が変わってしまったのだ、と千秋にまざまざと現実を見せつけた。
「おい。おい! ジャック。目、開けろよ。冗談やめろって……」
信じられなくて、千秋はジャックの顔に額を押しつけた。睫毛や唇が微かにでも動かないかと、どんな動きでも見逃さないように見つめる。
「嘘だろ……」
だが、ジャックはぴくりともしなかった。
ぽっかりと空いた穴に落ちていくような気がした。
ジャックが、――死ん、だ?




