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永久を統べる少年  作者: 水下たる
■本編
13/18

12 - ユリウスと千秋、人殺しのニオイ

 穴に掛かった子どもは、意外に大きく育った少年だった。手違いで育ちきった者が掛かってしまったのかと思ったくらいだ。長く伸びた土まみれの黒髪が顔を隠していたので、手で掻きわけてみると、確かに頼りない幼さがそこにはあった。

 少年の顔色は悪かった。穴に落ちた時に強く打ち付けたのだろう、右肩が潰れて皮膚から骨が飛び出し、大量に血を流して瀕死の状態だった。左肩から右脇腹にかけてざっくりと服が破け、貧弱な筋肉が露わになっている。肌の張りはいかにも健康な十代のものだったが、血の気が薄れ、ところどころ打ち身で変色している。放っておけば死んでしまうだろう。


「あうー。このままだとせっかくの子どもが死んじゃうですぅ。陛下、どうするんですぅ?」

「あァ? ま、舐めておくか。<ヒーラー>連れてこなかったからな」


 ユリウスは首と背の骨が折れていないことを確認して、片手で抱え、布を破って患部を露出させる。折れた肩はぶらりと力なく、まるで腕と胴が別の人間のもののように垂れている。

 ユリウスの治療の素質はほとんど無いに等しかったが、かといってギルや<ウィザード>たちに出来ることではない。子どもを死なせないためには、自分がやるしかない。

 精神を集中させて、骨付き肉みたいな子どもの肩に齧り付く。体液を媒介にして、骨と皮膚と筋繊維、血液、身体の構成物の代わりをつくってやる。ユリウスが作れるのは、あくまでも少年の身体が再構成されるまでの代替物で、<ヒーラー>がするように、対象者の体内それ自体へ直接働きかけることはできない。

 精神力がごっそりと抜け落ちたのを感じながら、ユリウスは最後の皮膚モドキを作るために、首筋近くに歯を立てた。


「陛下ぁ、終わったです?」

「まァ。こんなところだろ」


 自分の口の周りについた少年の血を拭い、ユリウスは顔をあげた。まるで人肉を食らった後の魔物のように、ハシバミ色の目を爛々と輝かせている。


「……コイツ、『素質持ち』のニオイがすんぜ」


 ペロリ、と拭いきれなかった血を舌で舐め、ユリウスは口の端をあげて笑った。ギルは少年の首に顔を近付けるとひくひくと鼻を動かした。しばらくくんくんと臭いを嗅いで。大きな眼鏡を両手で押し上げると、首を傾げる。


「ニオイ、あるです? ボク、全然気づかなかったですぅ。陛下のニオイしかしないですー」

「鼻悪ィなァ。オレ様のニオイ以外の、胸糞悪ィニオイがすんだろ……?」

「むぅ。わかんないですぅ! この子どもが『素質持ち』なんです?」

「それは、まだ分かんねェなァ。でもいい味はすんぜ」

「あうあう。陛下のオイシイはアテにならないですぅ」

「っせェ、黙ってろォ」


 ユリウスはギルの顔を手で押しのけ、少年を抱えると<ウィザード>たちのいる地上へと戻った。眼鏡を素手でベタベタ触られたギルはぶつぶつ文句を言いながら眼鏡レンズをふきふき、ユリウスの後に続く。

 ニオイのする子どもなんて、思わぬ拾得物だった。精神力との引き換えだが、つまらない盗賊団を狩り続けるよりはよほどいい。


「陛下。それは……」

「あァ、子どもだ。いい土産が出来たぜェ。ひゃはははは。殺戮ショーの前に、ついでにバレスヴィアを噴火させとくかァ?」

「ひゃうん。楽しいですぅ。でもでも、<ウィザード>たちが疲れちゃうです」

「あーはァ、仕方ねェなァ! 移動だ、ミレイユに乗れ。ギル、用意しろ」

「分かりましたですー!」


 ユリウスは部下たちに命令を出すと、少年を抱え直し、その指先が傷ついているのを見ると、持ちあげてそっと口づけた。


「……ん」

「お?」


 ぺろり、と舐めると、少年が小さく身動ぎした。ユリウスが顔を覗きこむと、頬や睫毛がぴくっぴくっと動いている。


「起きんのかァ? 起きるなら起きろォ」

「ん? ……うん……?」


 指を強く噛み、声を掛けると、うっすらと瞼が開いた。状況が分かっていないようでぼんやりしていたが、段々と眉が寄せられ怪訝そうな表情になっていく。


「ぶえっ!? 誰!? 何してんだ!?」


 少年はユリウスの口が自分の指をくわえているのを発見するやいなや、びゅっと手をひっこめた。ぬちょっと唾液が飛んで、少年の裸の胸に落ちる。


「な、な、何してんだよ!? お前誰だよ!? 服どこだよ!? なんでオレ上半身裸だよ!? 肩痛あッ!?」

「ひゃはははははは、動くなよォ、痛ェだろ」


 少年は自分の状況を確認して動揺し、ユリウスを押しのけるように右手を突き出そうとして呻いた。ユリウスは苦痛に呻く少年を見て、嬉しくてたまらず笑う。


「右肩ぐちゃぐちゃだったんだぜェ。まだ治ってねェはずだァ」

「ぐちゃぐちゃ……? マジで?」


 少年は無事に動く左手で手のひらで右肩をそっとさするようにして、不思議そうな顔をした。


「肩潰してェ、ぶっ倒れててェ、そこを丁度・たまたま・偶然にも! 通りがかったオレ様が助けて、治療してやったってワケよォ」

「お前が?」


 周囲の様子を伺い、少年は自分が確かにバレスヴィアにいることを理解する。けれど、落ちた地点とは少々様子が異なるようだ。草は生えておらず、火山灰と粒の小さな砂に混じって、麓にはなかったごつごつした大きな石が落ちている。


「お前が、じゃねェ、オレ様の名前はユリウスだ。恩人の名前は聞いておくもんだぜェ」

「あ、ああ。ユリウス。オレは、千秋って言うんだ。この度はお世話になりました。助けてくれてありがとう、ございました」


 ユリウスが腕の中から下ろしてくれたので、千秋は礼儀正しくお辞儀をする。


「ひゃははは。だろォ。だろォ。オレ様に惚れただろォ?」


 ユリウスは蒼と白の入り混じった複雑な色の髪を振り乱して笑うと、ニタリと口を歪めていやらしく笑った。


「は? いや、何言ってんの?」

「もっとニオイつけて欲しいだろォ? オレ様のモノになりたいだろォ? オレ様に支配されたいだろォ? オレ様に命を捧げたいだろォ?」

「は、はあ!? なんでそうなるんだよ?」

「なあ、【チアキ、オレ様の言うことを聞きな】。【オレ様がお前のご主人様だ】。嬉しいだろォ」


 突然意味の分からない言葉を喋りだした命の恩人に、千秋は思わず後ずさる。が、なぜか、右手が前に突き出てユリウスを追いかけた。まるで、自分の腕じゃないみたいに、勝手に動き出す。


「な!?」

「あァ、こっちの腕はさすがに素直だなァ。ひゃはははは。【来な】、可愛がってやる」


 右腕がまるで磁石になったみたいだった。抗えないおそろしい力で、ユリウスに引っ張られる。千秋は必死に左腕で右手を押さえ、両足で踏ん張ってその力に耐える。


「まだ、抵抗できんのかァ? ……【巡れ】、【来い】、【もっとだ】」


 右腕から次第に、毒が巡ってくるかのように、自分の右半身がじわりじわりとおかしくなってくる。

 右目がユリウスのハシバミ色の目に囚われて離れない。右腕がユリウスの手を掴もうともがき続けている。右足がふらふらと地面の上を踏みつける。右耳にユリウスの傍に行けば嬉しいものがある、と何かが囁きかけて来る。

 千秋が自身の右半身と戦っているときだった。ぴょこんっと大きな岩の陰から、ぶかぶかのローブ姿の眼鏡の少年が現れた。


「へい……、ユリウス様あ。この子、起きたですぅ?」

「あァ? 来んじゃねェ、バカメガネ」

「んんん? なんです? ここでヤっちゃうんですぅ? あおかんですー! あおかんですよぅー」

「意味分かって言ってんのかァ」


 千秋の身体が左右でバラバラなのに気付き、ギルはばたばたと手を振り振り、楽しそうに笑った。ユリウスがうんざりした顔になり、チッと舌うちした。

 ユリウスの注意が逸れた瞬間、ふっと千秋の右半身の動きが弱まった。千秋はその場に崩れた。がくがくと全身が強張り、逃げなくてはと思うのに、身体が動かない。

 ユリウスは千秋の傍に寄ると、膝をついて身を屈めた。千秋の顎を掴み、ぐっと自分に引き寄せる。

 無理矢理上を向かされた形になった千秋は、息苦しさに顔を顰めた。全身でふりほどこうとするが、右腕だけは、未だユリウスを求めるように、彼の服を掴んだ。


「チアキ。お前、なァんか、おかしいな?」

「……な、にがだよ。お前の方が、おかしいだろ」

「オレ様の言葉に何で耐えれる? 胸糞悪ィニオイもしてたしよォ、なんなんだァ……?」


 ユリウスは千秋の首元に鼻先を近付けた。ここだ、ここから気持ちの悪いニオイがしている。なぜそのニオイが不快に感じるのか。

 ああ、とユリウスは合点がいった。ギルが『ユリウスのニオイしかしない』と言ったのを思い出す。ユリウスのニオイに、ずいぶん似ているのだ。人を殺すのが好きそうなニオイ。


「ひゃははは。何でこのニオイがすんだよォ? オレ様以外に居たってかァ?」

「ニオイ?」

「ひゃああああ!! へいっ……、ユリウス様ぁぁ!! 奇襲ですぅぅ!」


 ギルの悲鳴に、ユリウスは即座に注意を切り替えた。何かが向かって来ている。攻撃対象は自分だ。

 ユリウスは瞬時に判断すると、片足で跳んだ。瞬間、元いた場所に亀裂が走る。追撃も同じように跳んでかわす。


「邪魔だ、ギル!」

「ひゃうんっ!」


 途中、間抜け顔のギルを蹴ったことで、ワンテンポズレてしまった。チッと舌うちすると、ユリウスは大きく身体をひねるように、宙で一回転すると、大剣を抜いて剣撃を受け流した。

 剣が交差する鋭い音が響き、すぐに気配が離れていく。千秋のほうへ向かって。


「千秋」

「――ッ、ジャック!?」


 地面にカマイタチのような亀裂が走ってから、ジャックが現れるまで一秒にもならなかった。千秋の目には、いつの間にかギルが地面に突っ伏し、ユリウスが剣を構えて、ジャックが現れた、ように見えた。

 あまりに都合のいい、正義の味方みたいな登場タイミングに、千秋はさすがに目を疑った。

 ジャックは剣を鞘に納めると、立ちあがれないでいる千秋を両腕で抱え起こした。

 いつも通りのジャックの力強い腕に、千秋はほっとした。都合のいい幻じゃなくて、本物のジャックだ、と思った。

 というか、男の腕に安心するとか、正直言って意味がわからないが、しちゃうんだからしょうがない。懐かしささえ感じる。初めて出会ったときに荷物のように抱えられたり、魔法風呂で溺れたときの救助されたり、モレーで落ちないように支えられていたりと、触れ合う機会が多すぎたのだ。いつの間にかジャックだけの腕が識別できるくらいに。


「ジャック……、なんで……」


 何でここにいるんだとか、今のはなんだとか、聞きたいことは山ほどある。そう言えば、一方的にケンカを売って別れたままだった。酷いことを言ったのを謝らなきゃいけないし、自分で自分の身を守るとか言って穴に落ちたのを謝らなければいけない。何から話せばいいのか分からなくなって、言葉が詰まって出てこない。


「無事でよかった」


 ジャックは顔を赤らめたり、青ざめたり、表情をコロコロ変える千秋に、ふっと口元を緩めて微笑んだ。土まみれの千秋の髪をぽんぽんと叩いて汚れを払う。


「あーはァ、テメェが胸糞悪ィニオイの正体だなァ。ひゃははは。面白くなって来たじゃねェのォ。オラ、剣抜けよ」


 千秋とジャックのやり取りを見ていたユリウスは、ひとり納得して、ジャックに大剣を向けた。勿論、戦いの続きをするためだ。


「いっつ……」

「千秋? ……怪我をしたのか?」

「オイ。オレ様を無視してんじゃねーぞォ! 糞がァ!」

「へい……ユリウス様ぁ、ザコだと思われてるんじゃないですぅ?」


 が、ジャックは千秋の身体を点検するのに夢中である。があがあと吠えるユリウスに、ギルは空気を読まずに慰めようと声を掛けた。苛立ったユリウスに八つ当たりされたのは言うまでもない。


「あ、いや、したんだけど、ユリウスが治してくれたらしいよ?」

「ユリウス?」

「誰がザコだァ! 糞メガネ! 死ね、オレ様のために死ね」

「ひゃうん! あうあう。嫌ですぅー」

「あァん?」

「あうっ、今のは違うんですぅ。じゃなくてぇ! へい……ユリウス様のために死ぬのはいいですけど、ここで死ぬのは嫌なんですぅ。死ぬならふくじょーしがいいです」

「意味分かっていってんのか、糞がァ!」


 千秋はなんだか盛り上がっている二人に目をやって、それから自分の右肩を押さえた。


「あっちで喚いてるヤツ……。なんか、右肩がぐちゃぐちゃだったんで、治したって」

「治す……。魔道でか」

「え!? 魔道? あいつ、魔道士なの!? そっか。だから……」

「どうした?」

「なんか、さっきから、右腕がおかしいんだ。オレのものじゃないみたいに、動くんだ。魔道のせいなのかな。ていうか、魔道士って魔道国にいるんじゃないんだ? え? なんでここに居んの? 登山? なわけないよな」

「……」


 ジャックは眉根を寄せると、千秋が喋り終わらないうちに、その右肩に触れた。千秋のものとは違う何か異質なものが埋め込まれているような気がした。ジャックは一、二回優しく撫でると、おもむろにそこに口づけた。


「おあ!? 何してんだよ!?」

「……ダメだな」

「何が!? オレはジャックの行動もダメだと思うけど!?」

「確かに治療だが。ただの<ヒーラー>ではないのか」


 ぼそりと、独り言のように呟くと、ジャックはユリウスを振り返った。千秋を背に隠すような位置取りで剣に手を掛けて構える。


「お? やっとやる気になったかァ?」


 ユリウスは、ジャックの様子に苛立ち解消にギルをどつき回していた手を止めた。


「お前は<殺戮兵器>か?」

「んォ? お前、何でその言葉を知ってんだァ?」

「答える義理はない」

「訳アリってか? 面白いぜェ。ひゃはははは。全力で戦えねェのが残念だぜぇぇぇええ」


 ユリウスは口が裂けそうなくらい口の端を引きあげて笑い、ギルの首根をがくがく揺さぶって、突き放した。


「ギル。ミレイユと<ウィザード>たちを呼べェ。オレ様はさっきの治療で疲れてンだ。足りなくなるかもしれねェ」

「は、はわわわわ。わ、わかりましたですですです!! 行ってくるです!!」


 だたばたどたばた。ギルがどんくさい動きで走っていく。


「ジャ、ジャック。やる気なのか? 魔道士と戦って、平気なのかよ。危なくねーのかよ」

「大丈夫だ。私はただの魔道士には負けない」

「なんでそんなこと言えるんだよ」

「お前がいる限り、私は奴の攻撃を打ち破れるだろう」

「……は? なにそれ?」


 千秋はぽかんと呆けた。ヒロインに「信じてくれさえすれば勝てる」と臭い台詞を吐く主人公か、ということは自分はヒロインか、とよくわからない方向に想像が走る。


「あいつらは、『子どもを殺さない』。だから、万一にもお前を殺さないよう、単体攻撃しかしてこないはずだ」

「そうなのか」

「何よりも子どもを大事にするからな」

「ん? それって」


 ジャックもじゃないのか。千秋は思わず口から滑り落ちてしまいそうになった言葉を飲み込んだ。

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