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第一章⑥

ルッカははっと目を覚ました。

 寒い。体がとても寒い。日本での出来事を夢で見た。懐かしい記憶が、素早い速度で思い出されていたようだ。その余韻に微睡みながら、頭にじんわりと広がる鈍痛を感じた。額を押さえる。目を再び瞑る。暗闇が広がる。広がって、それからまた目を開ける。「……ココは?」

 声にならない声が漏れる。不発弾のような声。発したのか、発していないのか、それは不明のまま。ルッカは咳き込む。喉が渇いていて、水が飲みたいと思った。全身に力を入れて無理やり体を起こした。ルッカはどうやらごろんと横になって眠っていたらしい。遅れて気付く事実。ルッカを包み込んでいる空間は薄暗い。真っ暗ではない。近いものは、その不明瞭な色と形を見て判別可能。

 床にはとても硬い石が敷き詰められている。その上に直接眠っていたからか、ルッカの背中と腕とお尻は痛かった。左手には壁。その壁も硬い石。窓はない。背の高い位置に通気口のようなものが見える。そこから白い明かりが僅かに漏れていた。天井には明かりのついていない電燈が吊られている。そして右手の方には鉄格子があって、伸ばすと触れることが出来た。触るととても冷たい。冷たくて驚いたほど。鉄格子はきちんと施錠されていて、力を入れただけ無駄だった。鉄格子の向こう側に見えるのは壁。その手前の狭い通路がどうやら左右に伸びているようだ。

 とにかく、信じられないくらいの静寂。

 静寂に金属の音が響く。ルッカの足首は、鎖で床と繋がれていた。

 発狂しそうだった。

 でも、堪えた。

 ルッカは額を押さえながら、この状況へのプロセスを思い出そうとした。

 そう、確か。

 ルッカはシデンのダウジングで反応した場所をシャベルで掘った。掘った先に見つけたのは、狭い空間の中にあった、黄金の王冠。それは白い台座の上、ガラスの中にあって、ルッカがそのガラスを触ると黄金の王冠は消えてしまった。そして、激しいベルの音が聞こえたのだ。厳戒態勢を告げるベルの音。

 そこから先の記憶はない。

 その後、魔女がやってきて、その魔女の魔法に絡まれて、今、この状況なのだろうか?

 おそらくあの王冠の持ち主が、ルッカを牢屋に閉じ込めたのだろう。迂闊だった。今までなんども捕まりそうになりながらも、シャベルを振り回して逃げることが可能だった。隙が出来ていたのかもしれない。でも、本当に何も思い出せないから、不快だ。

 シデンはどこ?

 ルッカと同じように牢屋に入れられているのだろうか?

 もしかしたらこのフロアにいるのかもしれない。ルッカは牢が両隣に続いていると推測していた。シデンの名前を叫んでみようか? いや、冷静になれ。声を出せば、凄い魔女がやってきて、ルッカに酷いことをするかもしれない。だから、そう、今は、ココから脱出するのが先。壁の高い位置から漏れる光から察するに、左手の壁の向こう側は地下でもなければ、部屋でもない。建物の外だ。壁を壊して、一度外へ出て、状況を分析してからシデンの捜索を開始しよう。

 そう決めて、ルッカは立ち上がり、壁の方に向かった。

 壁を触る。硬さが分かる。しかし、その硬さにだって限界があるだろう。

 ルッカのシャベルの限界は、おそらくそれを優に上回る。

 ルッカは手の甲を上にして、前に出す。

 一度目を閉じ、先端が鋭利なシャベルをイメージ。

 同じ時間を何度も一緒に過ごしてきた、素敵なシャベルをイメージする。

 目を開ける。

「エンピ」と発声する。魔法を編んだのだ。

 しかし。

 おかしい。

 普通じゃない。

 始まらないのだ。

 確かな重さを持った銀色が集合して、シャベルを構成しないのだ。

 脳ミソに違和感がある。

 回転していない。

 いつもある部分が回転している。そういう気配がある。しかし、今は止まっている。動かないのだ。何度も働きかける。強い意志を送り込む。決意を伝える。シャベルの設計図を見せる。

 しかしいくら強く思っても、魔法の編み込みが開始されない。

 なぜ?

 髪の毛も光らない。

 ルッカは手を握り締め、汗を感じ、髪の毛を触る。

 長い髪の毛を手繰り寄せて、その色を見た。

 ルッカは瞬間的にパニックになる。「……何よ、コレ、何なのよ、コレ、どうして、どうして色がないのよっ!?」

 ルッカのシルバの素敵な髪の毛の色は失われていた。艶もない。触った感触はゴワゴワとしていて、まるで自分のものじゃない。色は黒。その黒は薄暗い牢でも、ハッキリと自分の色を主張していた。

 恐かった。

 ここから逃げ出せる方法はない。

 どんなことでも何とかしてくれるシャベルがない。

 魔法が編めない。

 自分は魔女じゃなくなったのだ。髪が黒い。輝かない。煌めかない。価値がない。

 この現実が恐くて、ルッカはその場に崩れ落ちる。

足首に繋がれた鎖が煩く音を立てる。

「……う、煩いなっ!」ルッカは叫んでいた。

「アンタの方が煩いわよ」

 突然聞こえた、低い声。ルッカは咄嗟に鉄格子の方に振り返る。「ひっ」とルッカの口から悲鳴が漏れる。

鉄格子を両手で掴み、顔をぬっと前に出してこっちを見ている女がいた。いや、声は男性のように低い。しかし身に纏っているものはドレス。ノースリーブ。その腕は細いが、筋肉質。胸の膨らみはない。しかし化粧を施された顔は女。眉は細く濃い。目の周りは黒く縁どられ、不気味だ。髪は黒く長い。背が高い。女装男子だろうか?

 とにかく、ルッカは怖かった。鉄格子の反対側の壁まで這って逃げる。彼から少しでも遠いところにいたかった。シャベルがあれば、こんな風にはならないのに。

「君、可愛いね」

「……え?」ルッカは急にそんなことを言われ、訳が分からない。

 彼は不気味に微笑んで、シガレロを口に咥え、火を点けた。「とっても可愛いな、彼女にしたいな、ああ、まさか、こんなに可愛い子だとは思わなかったから、興奮しちゃう、うふ」

 ルッカは彼の微笑みに、震える。何も考えられない。ただ恐怖だけがここにある。

 彼は煙を吐き、素早く舌を出し入れして、唇を濡らしている。潤っていく唇がとてもおぞましい。「ああ、こんな予定じゃなかったのにな、うん、さっさと君の処遇を決定してナンバ・セブンに戻る予定だったんだけど、楽しみたくなっちゃうじゃないの、ああ、君、喉乾いているでしょ、コレ、お飲みなさい」

 彼は優しい表情をして、鉄格子の隙間からコップを差し入れた。ルッカは迷う。喉は渇いている。しかし、彼の存在が近づくのは嫌だ。絶対に嫌だ。だから動かないでいた。

「早く飲みなさいよっ!」彼は怒鳴った。「私が差し出したものが飲めないっていうの!?」

 ルッカは怖くて涙が出た。声も出る。目が熱い。涙が止まらない。

「あらやだ、もしかして泣き虫?」彼はルッカの反応に戸惑っているようだ。「ああ、ごめん、ごめんってば」

そして彼は牢の施錠を解き、中へ入ってくる。コップを手にして、ルッカの前に跪いて囁く。「ほら、コレを飲んで、落ち着きなさいな」

 彼は優しい力でルッカの頭を撫でた。それがとても怖かった。何か、酷いことをされるのではと思うと涙が止まらない。差し出されたコップの中の液体を飲まないと殺されてしまうと思った。だからルッカはコップを手にして、唇に当てて、一気に流し込んだ。

「……!?」

 口の中に広がったのは強烈な苦み。抹茶よりも苦い。苦くてこの世の飲み物とは思えなかった。毒? そう思った。ルッカは反射的に液体を吐き出した。吐き出したものが彼の顔に掛かった。

 まずいと思った。ルッカは咄嗟に施錠の解かれた扉に向かおうとした。

けれど、足に繋がれた鎖がピンと伸びて音を立てる。逃げられない。彼の方を見る。

「……、」彼はドレスの裾で顔を拭い、立ち上がった。そして立ち上がり、ルッカを見下して言う。「……何してくれんてんの? 逃げようと企んだの? せっかく優しくしてあげたのに、まさか、逃げようとしたの信じられない、君、知ってる? この世にはルールってもんがあるのよ、どこにでもあるの、ルールはどこにでも存在するのよ、この無法地帯シンデラにだって存在するのよ、マーブル財団によるルールがある、財団のものを盗んだ、あるいは盗もうとした者は、マーブル財団によって自由ではない、つまり、クラウンを盗もうと企んだアンタは自由じゃないの、マーブル財団のものになったの、命はマーブル財団次第だってこのなのよ、だから今は、逃げちゃいけないのよ!」

 殺されると思った。ルッカは目を瞑って両手で頭を隠す。

 その時だった。

 牢の壁が爆発。

 音がして、空気が揺れた。

 ルッカは顔を上げる。

「ちっ!」彼は大きく舌打ちした。「またマロリィかい!?」

 大きく開いた穴から光が見えた。

 ピンクの髪の魔女が、巨大なハンマを肩に担いだ魔女が、そこに立っていた。

 彼女の綺麗な瞳と目が合う。

「逃げる気なら、」彼女は微笑んで言う。「手を貸すよ」



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