第一章⑤
ソフィアがミケのピアノに合わせ歌を歌ったのは一週間ぶりのことだった。歌が終わると、テーブル席に座っていたピンクの髪の色の魔法使いと黒い髪の女の東洋人のカップルは小さく手を叩いて、金貨をソフィアに渡し、店を出て行った。すでにミケは新たなBGMを奏でていた。ソフィアは金貨を確かめる。あの二人が食べたのはバケットとチーズとハム。グラスにボトルは一度しか傾けていない。それなのに、こんなに形のいい金貨をくれた。ソフィアに歌を歌って欲しかったのはあの二人だったのだろうか?
そう思っていると、カウンタ席に座る、ミリタリィジャケットを身に纏った、髭面でまるでモンスタのような傭兵風の男が急に立ち上がり、ソフィアに向かって歩いてきた。立ち上がるとその大きさが際立つ。
ソフィアは少し警戒しながらもニッコリと笑顔を作って、手を前に組んだ。「どうなさいましたか?」
「……ああ、えっと、」男は微妙に距離を置いて立ち止まり、ソフィアの視線から目を逸らした。彼の視線はピアノの奥にある裸婦の絵に向いて、また別の場所へ移動した。彼は後頭部を触りながら言う。「ああ、あの、私なんです、君に歌を頼んだのは」
「ああ、そうなんですか、」ソフィアは少し驚いていた。目の前の男が自分の歌を注文したということよりも、彼の外見からを想像出来ない、紳士的な物言いに驚いたのだ。「……えっと、なんて言いましょうか、驚きました」
「え?」
「いえ、」ソフィアは慌てて首を横に振る。驚いたなんて言って気を悪くさせてしまったかもしれない。「あの、私の歌を注文するお客さんなんていないと思っていましたから、その、今までも、何度か、ふざけて歌っただけなので」
「ああ、その時に歌を聞いていて、心に残っていたんです、多分、」そこで視線はなぜかカウンタの方へ移動。マスタはまだ調理場。アレクサンダも同じく調理場。カウンタ席に座るのは黒い頭巾を被った少女と、露出の多いドレスを身に纏う女装男子。視線はソフィアの方に返ってくる。「だから、その衝撃を、もう一度確かめたかったんです、多分」
「多分?」
「いえ、」彼は首を小さく横に振る。「絶対、確かめたかった」
「あはっ、」その物言いが可笑しくて、ソフィアは思わず吹き出してしまった。「……すいません、それで、その、確かめてみて、いかがでした?」
彼は一度咳払いして、歯切れよく言う。「素晴らしかった」
「ありがとうございます、」歌を褒められて、気分が悪いわけがない。ソフィアはスカートの裾を摘まんで、彼に向かってポーズを取った。「こんな歌声でよければ、いつでもお聞かせいたしますわ」
「……明日、パーティがあるんですが」
「はい?」ソフィアは彼を見つめる。彼の視線は中空を彷徨っている。「パーティ?」
「もしよかったら、」彼はジャケットのポケットから、便箋を取り出し、ソフィアの手に握らせる。「来てほしいんです、あなたに」
「えっと、」ソフィアは軽く戸惑っていた。「……突然ですね」
「細かいことは招待状を見てください」
そう言って、髭面の男は金貨をソフィアに渡し、店を出て行った。カウンタの方を見ると、すでに残りの二人のお客もいなかった。ミケはピクニックを物凄く早いテンポで弾き始めた。その間、ソフィアは立ち尽くして招待状を睨んでいる。すぐにピクニックは終わった。
ミケはピアノの前からソフィアに近づいて言う。「なぁに、パーティ?」
「うん、パーティ、」ソフィアは男が出て行った扉の方を睨んだ。「でも、意味分からん」
「いいなぁ」
「いいか?」
「行くの?」
「うーん」ソフィアは腕を組んで、悩んだ。