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第六章⑧

「ああ、なんとなく、コツが分かってきましたよ、」ピンク色を煌めかせながら、ケンタロウは言う。「なんていうか、リズムが大事なんですね」

 ケンタロウが蒸気機関に魔法を編み、リズムよく、その内部で破裂を起こすことによって信じられないほどのスピードが出ていた。乗り心地は最低だし、蒸気機関からは黒い煙が上がっているし、車輪もこのスピードに耐え切れなくて、今にも外れてしまいそうだったが。

「きゃははははっ、」アリスはこのスピードに、とっても喜んでいた。笑いながら、でも、その運転技術は素晴らしかった。「きゃははははっ、マイコ様、凄く、早いです!」

「前を向きなさいってば!」マイコはアリスに叫ぶ、ふと、リンプを見ると、涙目で口元を押さえていた。顔色がとても悪い。「り、リンプ、大丈夫?」

「だ、大丈夫、」リンプは目を瞑り、ぎこちなく頷いた。「……大丈夫、です」

「左に曲がります!」

 ほぼ直角に近い角度でミゼットはカーブした。コプリ広場の敷地内に入る。舗装された石畳の上を走る。「マイコ様、どちらまで?」

 空を見上げる。

 空は分厚い灰色の雲に覆われていた。

 空には四人を乗せたドラゴン、それからマロリィ、ルッカ、ガブリエラの三人が箒に跨り飛んでいる。

 広場の中央にネイチャとアンジュ。

 そして今、巨大な龍がアンジュに襲いかかろうとしてた。

 アンジュは水の魔法を編む。

 龍は炎を吐き、アンジュの膨大な量の水を、雲に変えた。

 視界が白く霞む。

 地上からは龍の巨大な体躯さえ、確認できない。「アリス、このまま行って!」

 そのときだった。

「きゃあ!」アンジュの悲鳴。

 同時に、鈍い音。

「アンジュ?」マイコは叫んだ。「アンジュ!?」

「アンジュ様!」ネイチャの痛烈な声が遠くに聞こえる。

 龍の咆哮が轟いた。

 濃い霞が徐々に和らぐ。

 近い距離に、ネイチャの緑色が確認できた。

「アリス、あそこ!」

 ネイチャの手前、とても近い位置でアリスはブレーキを踏み、ミゼットは後輪を一度浮かせて、停止。

 マイコは座席から飛び降りた。

 ケンタロウと、足元がおぼつかないリンプも続く。

 ネイチャの目の前で、アンジュが仰向けになっていた。

 アンジュの横に跪き、マイコは顔を覗き込んだ。「アンジュ!」

 息がある。無事だ。しかしでも、頭から出血している。龍にやられたのだろう。

「リンプ、手当を!」

「アンジュ様に、近づくな!」ネイチャはマイコを睨み叫んだ。「アンジュ様、」ネイチャは大粒の涙を作りながら、緑色に輝き、両手に薬を精製し、手当を始めた。かなり気が動転しているようだ。マイコたちのことは、既に視界に入ってさえもいない。「アンジュ様、しっかり、しっかり、なさって下さい」

「マイコ様、」リンプの叫ぶ声。「龍が!」

 龍の咆哮。

 頭上だ。

 見上げる。

 雲の切れ間から

 垂直に、こちらに落ちてくる。

「バースト!」ケンタロウが龍に向かって破裂する魔法を編んだ。

 醜い龍の頭部が炸裂し、龍の鱗が剥がれ落ちる。

 しかし、龍の落ちてくる速度は緩まない。

「マイコ様、どうやら、これは、」ケンタロウは冷静に言う。「やるしかないみたいですね」

「リンプ!」マイコは立ち上がる。「スイッチを押して!」

「はい!」

 リンプはマイコの背中にある蒼葉のスイッチを押した。

 蒼葉が、起動する。

 マイコにエネルギアを注ぎ始めた。

 マイコの脳ミソのセクションを水で満たす。

 マイコの髪が一度、蒼くなる。

 そのエネルギアを、その流れを。

 マイコはコントロールして、紅華に注ぐ。

 これほどの緻密さを要求されたことは、かつてない。

 しかし、マイコはその要求に答えた。

 マイコは両腕を広げた。

 紅華。

 その形は西洋のドレスのように緩やかに膨らみ、折り目の多い紅い裾は足元までを隠す。

 腰から上の生地は、薄く、白く、下に纏う、蒼葉の色が僅かに透けている。

 その色は紅色に縁取られ、マイコが注ぎ込んだエネルギアに反応して、強く、鮮やかに煌めき始めた。

 両肩から腰まで斜めに走る太く黒い線は胸元で交差する。

 本来ここが、金色に輝く場所だ。ゴールドの居場所だ。

 そして両腕を包む、白く長い振袖には、紅色で編まれた模様。

 マイコの髪の色は紅に変わる。

 マイコはゆっくりと両手を、空に持ち上げる。

 紅華。

 それは纏うものが編んだ炎を。

「純化、」

 純化し。

「錦影、」

 錦な影を作るほどのものに変える。

「悦楽、」

 その色、形、熱に、悦楽を覚えるほどの炎。

「紅華」炎の華だ。

 マイコは空に向かって目を見開く。

 炎の華が、落ちてくる龍の頭部を確かに捉えた。

 確かに焼いている。

 この未だかつて無い、炎の熱に焼かれている。

 愉快だ。

 焼かれないはずがない。

 マイコの体から、立ち上る水蒸気。

 体が信じられないくらい、熱い。

 なるほど、蒼葉なしではきっと、一瞬で溶けているだろう。

 骨まで溶かすだろう。

 この熱は。

 この熱だ。

 この熱が、日本に必要なのだ。

 この熱で。

 溶かせ。

 龍を溶かせ。

 アンジュに酷いことをした龍を溶かせ。

 この炎に溶けろ。

 もっと、溶けろ。

 もう少しだ。

 もう少し。

 もう少しだった。

 炎の華が、消失。

 蒼葉の備蓄エネルギアは、ゼロだ。

「もお!」マイコは叫んだ。

 龍の咆哮。

 龍の熱せられた頭部は溶岩のように溶けていたが、龍はまだ躍動している。

 龍は天高い雲に消えた。

 マイコは地面に膝を付く。

 手をつく。

 地面を見る。

 体が熱っぽい。

 そして脳ミソに雪崩れ込む、虚脱感。

 四つん這いの姿勢すら、保てない。

 先ほどの作業は、どうやら脳ミソにかなりの負担を掛けていたようだ。

 頭が割れるくらい、痛い。

「マイコ様!?」リンプがマイコの横に跪き、顔を覗きこんでくる。「しっかりして下さい!」

「だ、大丈夫、大丈夫よ、」マイコは額を押さえながら言う。無理に笑おうとしたが、笑えないほどの頭痛だった。痛みに涙が出るほどだった。「……だ、大丈夫、だから」

 そのとき。

 水に濡れた手が、マイコの額に触れた。

 頭痛がたちまち消えた。

 はっとして、見上げると、アンジュが傍にいる。

 アンジュの額には血の色が見えるが、頭の出血は止まっているようだ。

「アンジュ、大丈夫?」マイコは聞く。

 アンジュはじっとマイコを見据え聞いた。「……その髪の色は?」

「ああ、ああ、これはね、」マイコはアンジュに色が悪い髪を指摘され、とても恥ずかしくて、きっとリンプやケンタロウには絶対見せない、可愛らしい笑顔を作る。「……その、罠に嵌ったっていうか」

「罠?」アンジュは首を傾げ、犬みたいに唸って睨むリンプのことなど無視して、マイコの髪に手を伸ばした。

 色の悪い髪の毛に、アンジュが触れる。

 指を入れ、髪を梳く。

 アンジュはその作業を、続けた。

 マイコの心臓は煩かった。

 呼吸が乱れる。

 目を瞑り、少女のように、顔を紅くして、胸を押さえた。

 こんなの、まるで私じゃなかった。

 でも、アンジュといるときの私は。

 こんな風に、私だったのかもしれない。

「マイコ様、」リンプが静かに言う。「……髪の、色が」

 マイコはリンプの声に目を開ける。

 マイコの髪の毛は濡れていた。

 自分の髪の色を見ると。

「……わ、私の色だ、」マイコは大きな声を出した。「私の色だよ、ううん、前よりもずっと、綺麗だわ!」

 まるで煌めきを溜め続けていたみたいに、髪の色は輝いていた。

「……マイコ様、」アンジュの顔は近かった。アンジュの顔しか見えない距離だ。「もしかして、私に会いに、ここまで来られたのですか?」

「え?」

「その髪を覆っていた墨を消すことの出来る水を作り出せる魔女は、世界でおそらく私だけです、私の特別な水にだけ反応して、解けるのです」

「違うわ、違うの、」マイコは笑顔で言う。「偶然なの、私がここにいて、アンジュがここにいるのは、凄い偶然なの、不思議だわ、新大陸で、出会えるなんて」

「そう、ですか、」アンジュは寂しげに頷いた。「やっぱり、偶然、なのですね」

「ええ、偶然、でも、きっと、」マイコはアンジュの体を抱き締めた。「私とあなたがここで出会うことは、運命だったのよ!」

「矛盾しています、」アンジュは一度目を丸くて、微笑んだ。そしてマイコの体を抱き締め、顔を胸元に埋めてくる。「矛盾だらけです」

「やっと、笑ってくれたわね」

「紅華、」アンジュは紅華の袖に触る。「完成していたのですね」

「まだよ、まだ未完成だわ、でもね」

 再び、龍が雲から姿を現した。

 マイコとアンジュのもとに、堕ちてくる。

「今のこの髪の色だったら、」マイコはアンジュから離れ、空に手を翳した。「紅華を上手く使えそうな気がするわ」

 マイコは蒼葉に持てる全てのエネルギアを注ぎ込んだ。

 おそらく、インクが髪の色を包んでいたせいだ。

 エネルギアはいつもの十倍はある。

 そのエネルギアを蒼葉に注ぐ。

 一度、髪の色は悪くなる。全てのエネルギアを注ぎ込んだからだ。

 リンプがスイッチを押す。

 瞬間、蒼い色に。

 そして蒼葉から、紅華へ、エネルギアを送り込む。

 この作業は先程より、ずっと滑らかだった。

 きっと、魔女だからだ。

 マイコが、魔女だからだ。

 紅華を縁取る紅色が光る。

 髪の色が変わる。

 龍が迫る。

「純化錦影、」マイコは両手を広げ、高らかに、祈るように、発声。「悦楽紅華」

 炎の華が咲く。

 さっきよりも何倍にも膨らんだ炎の華が堕ちてくる龍を受け止めた。

 華が燃やしている。

 燃やし尽くしている。

 燃やし尽くして。

 炎が消えた。

 龍の姿は、空にない。

 灰色の雲さえ、炎は吹き飛ばしたようだ。

 紅華の煌めいていた色も、静かになって。

 マイコは後ろに蹌踉めいた。

 足が痺れるような感覚。

 脳ミソに来る負担は、やはり、大きいらしい。

 どうやら実用化には、やはり、純潔錦が不可欠のようだ。

 しかし、やはり、素晴らしかった。

 素晴らしい実験結果に、マイコは少し酔っている。

『マイコ様!』

 アンジュとケンタロウとリンプが同時にマイコの名前を呼んだ。

 しかしなぜか、蹌踉めく私の体を支えていたのはアリスだった。

 アリスの瞳は輝いていた。「マイコ様、凄いですねっ」

「ありがと、」マイコは微笑む。「でも、ファンダメンタル・ピュア・ゴールドに濡れればもっと、凄くなる」

 マイコの周りをケンタロウ、アンジュ、ネイチャ、マロリィ、ガブリエラ、ルッカ、シデンが取り囲んだ。両脇をアリスとリンプに支えられ、やっと立っていられた。

「さすが紅の華、伊達マイコ様、」ルッカが興奮した様子で言う。「また一つ、伝説が生まれましたね、龍退治の伝説です!」

 マイコは苦笑する。「そんなことより、ルッカ、ここがそうなのね?」

「はい、そうです、」ルッカは後ろに隠れるようにしていたシデンを隣に立たせた。「この娘が、シデンが、見つけてくれました」

「そう、あなたが、」マイコはシデンの頭に手を置き、撫でた。「あなたのダウジングは、きっと日本を救うわ」

 シデンは恥ずかしそうに微笑み言った。「ココ掘れ、わんわん」

 そのとき。

「素晴らしいものを見せて頂きました」

 上空にいたドラゴンが広場に降り立ち、その背中からサブリナ、ソフィア、リンプがゴールド・シンフォニィで傷の手当をした傭兵風の髭面の男が降りてきた。女装男子はドラゴンの背中に座り、こちらを見ている。

「蒸気機関車を直せるだけではなくて、そんな素敵なドレスまで、」サブリナは手を叩きながら言う。「素晴らしい才能です」

「ありがと」マイコはサブリナにウインクを送る。

「しかし、でも、その目的がゴールドならば、私たちの仕事の邪魔をなさるのならば、」サブリナは黒頭巾を解いた。「今すぐに、日本に帰って頂かなければなりません、あるいはココで、死を選びますか?」

 サブリナの殺気に、マイコは震えた。

「さあ、選んで下さい」

「アンジュ、」マイコは早口で聞く。「時間を稼げる?」

 その間に、ファンダメンタル・ピュア・ゴールドを、紅華に与えられれば。

「マイコ様、どうやら私、」アンジュは自分の髪を触っている。「マイコ様の髪の毛の色を綺麗にしたら、ゼロになってしまったみたいです」

 アンジュの髪の色は悪い。

『ここは任せて下さい』

 マイコとアンジュの前に、ケンタロウリンプが進み出た。

 それぞれシガレロを咥え、ピンクに煌めいている。

 振り返ると、髪の色が悪いネイチャが、頬をピンクに、呼吸を荒くして芝の上に座り込んでいた。「もう、ラッシュは編めないからねっ!」

「ルッカ!」マイコは叫ぶ。「ゴールドを、私に!」


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