第六章⑤
「アンジュ?」
マイコはそう囁いたのを、ソフィアは聞いて空を飛んだ。
飛び立ったのはルッカの方が早かった。
ソフィアと同じタイミングでマロリィとガブリエラは飛んだ。
ルッカはシデンと少し距離が空いた位置で止まった。
シデンは手にL字の針金を持ち、紫色に輝き、ダウジングを編んでいる。
その前に群青色鮮やかな水の魔女のアンジュが位置を取り、ルッカの接近を拒んでいる。
ソフィア、マロリィ、ガブリエラはルッカの横に並んだ。
緑の髪の色のネイチャが得意のネイチャ・スマイルをソフィアたちに見せながらアンジュの横に並び、僅かに前に出た。そして手を前に出し、手の平を上に向け、緑色を煌めかせた。「ハレイルヤっ!」
ソフィアは風の魔法を編んだ。「ベリラ」
上昇気流は、ネイチャの編んだ怪しげば粉を吹き飛ばした。「ネイチャ、何するの?」
「そうよ、何するのよ!?」マロリィがヒステリックに叫ぶ。「いきなり、私達を眠らせよとしたでしょ!?」
「うーん、えっとぉ、」ネイチャは笑顔のまま両手を広げ、次の台詞を考えている。そして思いついたようで明るい顔をする。「私を信じて」
『はあ?』マロリィとネイチャは同時に声を出した。『何言ってんの!?』
「ネイチャ、あなた、」ガブリエラが言う。「最初に会った時から何考えているかよく分からなかったけど、でも、何かを企んでいるって思ってた、ただお金のことばかり考えているのかなとも思っていたけど、でも、違うみたいね、違うことを企んでいたみたいね、それが何なのか、全く検討がつかないけど、でも、あなたの隣にいる魔女に関係があることなのね?」
ネイチャはガブリエラの言うことに肯定も否定もしない。
ネイチャの隣にゆったりと浮かぶアンジュは澄ましている。
しかし、群青色の髪の先端を指で弄りながら、彼女の目はしっかりと、ソフィアたちを観察していた。
下手なことは出来ない。
ソフィアの喉は渇いていた。
「……出来ればマロリィたちとは戦争をしたくないな、長く一緒にいたから、」ネイチャはルッカに視線をやって首を僅かに傾けた。「ルッカもそう思わない?」
「ネイチャの考えていることがよく分からないよ、」ルッカが答える。「シデンに何をやらせているの?」
「そうよ、ネイチャ、シデンに何をやらせているのよ、」マロリィがうるさく叫ぶ。「それからその魔女は誰!? 恋人!? 恋人だったら許さないんだから!?」
ネイチャは困った顔をして、息を吐き、隣のアンジュに視線をやった。
アンジュは視線を持ち上げ。
右からソフィア、マロリィ、ルッカ、ガブリエラの順で見てから、口を開いた。「ネイチャは恋人じゃないけれど、」アンジュは小さく笑う。「私が愛していた人の娘よ、私が愛していた人はもう、死んでしまったけれど、でもよく似ている」
「あなた、誰?」マロリィが問う。
「私は、今はファンシィ・キディ・ラビットの専門店をやっているわ、この中でラビットを好きな娘はいる?」
アンジュはソフィアを見た。
「はい、」ソフィアはアンジュに見られたから頷いた。まるで心を見透かされているようだった。「私、ラビット、大好きです」
「そう、じゃあ、何もかもが終わったら、そうね、一番巨大なラビットのぬいぐるみをプレゼントしましょう、」アンジュは愉快そうにソフィアを見た。「あ、そうだ、今日、一番大きいぬいぐるみは売れてしまったんだわ、二番目でもいい?」
「えっと、」ソフィアはアンジュのことが信じられない。専門店をやっているというのも、巨大なラビットをくれるというのも、冗談にしか聞こえない。「本当ですか?」
「何もかもが終わったら?」ガブリエラが声を出す。「どういう意味ですか?」
「ファーファルタウに支配されてしまった大連を取り戻したら、いいえ、」アンジュは首を横に振った。「チャイナ本土の奪還、全てをやり直す、十二年前に変わってしまったチャイナの世界を取り戻す、私はそのために待っていた、ファンダメンタル・ピュア・ゴールドが見つかる日をずっと待っていた」
「あなた、誰?」マロリィが問う。
「アンジュよ、」目元を伏せ、彼女は答える。「ファンシィ・キディ・ラビットの専門店をやっているわ」
「そういうことを聞いているんじゃないんだってばっ」
「私の父は皇族で、大連の学長だった、大連は終戦後、ファーファルタウの魔女のものになった、父は処刑された、水の魔女の母は戦争の最前で死んだ、血を流して海に堕ちた母は二度と浮かんでこなかった、私に優しかった人が何人も殺された、ネイチャの母親もその一人、失ったものは数えきれない、悲しみも数えきれない、それが私よ、説明はこれくらいでいいかしら?」
「よく分かったわ、でも、あなたの悲劇は関係ない、」マロリィは丸い目でアンジュを睨みつけていた。「シデンとは関係ないでしょ、シデンを返しなさいよ、シデンはルッカのもので、ルッカは私のものだから、シデンは私のものなの、それからっ」
「見つかったら返してあげる、今は駄目」
「ネイチャも!」マロリィはヒステリックにがなる。
「それはずっと駄目」
「ごめんね、マロリィ、」ネイチャは舌を出して、笑顔を作る。「今まで、楽しかった、私の使命は、運命は、この方と、一緒なの」
「信じられないっ! 今まで楽しかったなんて、もう最後みたいな、そういうことを言うなんて、酷いよ! 金貨だって、沢山あげたのに!」
「お金じゃないんだよ、マロリィ」
「そんなこと言われなくたって分かってるよ、バカぁ!」
そのとき。
今まで目を瞑っていたシデンは、目を開けた。
彼女の持つL字のダウジングがある方向に動く。
「シデン!」ルッカは叫んだ。
しかしシデンはルッカに反応することなく、アンジュに向かって言う。「さあ、ルッカ様、こちらです」
シデンの目元はとろんとなっていた。
「ごめんね、」ネイチャはルッカに言う。「少しシデンは、幻を見ているの」
「魔法を解いてよ、ネイチャ!」ルッカはネイチャに迫って言った。
「じゃあ、私たちの邪魔をしないって約束してくれる? シデンにファンダメンタル・ピュア・ゴールドを見つけるように、言ってくれる?」
ルッカは振り返り、ソフィアとマロリィとガブリエラの表情を確認した。「……うん、邪魔しないから、言うから」
「私も邪魔はしない、」ソフィアは言う。「私もそのゴールドが必要なんだ」
ネイチャはアンジュを一瞥。
「別に構わないわよ、」アンジュは余裕のある表情を見せる。「その娘たちがふざけたことをしたら、私は魔法を編むから」
ネイチャは指を鳴らした。
シデンの目の色が変わる。「……あれ?」シデンは左右に首を振り、世界の変化に戸惑っているようだった。「……あれ?」
「シデン!」ルッカはシデンを抱きしめた。
「……ルッカ様?」シデンは先程まで幻のルッカを見ていたから、そういう反応なのだろう。「ルッカ様、あの、涙なんて流して、どうしたんですか?」
「やっと会えた」
「え? やっと?」
「ううん、」ルッカは涙を拭いながら答える。「なんでもない」
「あの、ルッカ様、あの人達は?」シデンはマロリィたちを見ながら聞く。
「えっと」
「はぁい、シデン、」マロリィはルッカとシデンに近づき、笑顔で大きな声を出した。「私もずっと会いたかったんだよ!」
「……なぜ?」シデンはマロリィを見つめてゆっくりと首を傾けた。
ネイチャが咳払いをして言う。「ルッカ、約束」
「ああ、そうだったね、そうだ、あのね、シデン、お願い、ダウジングで」
「ああ、そうですよ、ルッカ様、ダウジングで反応したんですよ!」シデンは両腕を広げて興奮している。「ファンダメンタル・ピュア・ゴールド! 近くにありますよ、ずっと、私達が探していたものが見つかったんです!」
そのとき。
「アンジュ!」マイコの声がした。下を見ると、彼女がミゼットの上に立って叫んでいる。
アンジュはそれに反応した。
一度驚くような目をして。
しかし、すぐに何事もなかったかのように、表情を元に戻した。
アンジュとマイコに、一体どんな人間関係があるのだろう?
「私達もご一緒していいかしら?」アンジュはシデンに言う。
「え、あ、えっと、」シデンはルッカの方を見る。「誰ですか?」
「どなたでしたっけ?」
ルッカはアンジュにぶっきらぼうに聞いた。ルッカなりの、アンジュに対する小さな反抗だったのかもしれない。
「君たち、日本人よね?」アンジュは質問で返した。
「はい、」ルッカは頷く。「それが?」
「私はね、実は、」アンジュは口元に手を当てて、無邪気に微笑み答えた。「アヤコのママなのよ」




