第六章③
リンプに誘われ、マロリィ、ガブリエラ、ソフィア、ルッカはマイコの前に降り立った。
ミゼットという妙な機械の座席に座ったまま、マイコは強く、ルッカを見つめていた。マイコの隣に座る男性が、睨むように腕を組み、ルッカを見下ろしていた。彼もおそらく日本人。マイコの家来だろう。
「アリス、」マロリィはミゼットの前方の座席に座るアリスに詰め寄り聞く。「何やってるの?」
アリスは帽子のつばで目元を隠した。「……仕事です」
「それじゃあ、どうしてそんな罰の悪そうな顔をするの?」マロリィはアリスの表情を下から覗き込んだ。
「すみません、マロリィ様、」アリスは顔を背ける。「どうか、見逃して、下さい」
「え、どういう意味?」
「……すみません、」アリスは声にならない声を出して、そして、なぜか両手で顔を覆って泣き出してしまった。「……すびません、うわーん」
「え、なんで?」マロリィは慌てている。「どうして泣くのよ、アリス!?」
「マロリィが泣かせた」ソフィアが冷たい目をして言う。
「何も、泣かせなくっても」ガブリエラもアリスに同情するように言う。
「え、私のせい!?」マロリィは両手を広げオーバにリアクションをしてから、アリスの頭を撫でた。「あの、ねぇ、アリス、なんで泣いているの? なんで、泣くのよ」
「あなたがルッカで間違いないのね?」近い喧騒のことなど構わず、じっとルッカを見つめ続けていたマイコが口を開いた。「東学問所の塾監、鋼の魔女、甲原ルッカ、齢十四」
「はい、」ルッカは頷いた。「私が甲原ルッカです」
「聞いていた通り、素敵な髪の色だわ」
「恐れ多いお言葉」ルッカは姿勢を低くして、頭を下げる。
「やっと、」マイコは表情を優しくして、ミゼットから降り、ルッカの前、近い場所に立った。「やっと、会えたわ」
「えっと……、」ルッカはマイコを上目で見た。ルッカとマイコの身長は同じくらい。マイコは近くで見ると、幼い顔立ちをしている。ずっと年上のはずだが、可愛らしいという感想をルッカは抱く。妙なデザインの蒼い着物も、その感想に関係があるのかもしれない。「本当に、……伊達、マイコ様なのですか?」
「ええ、そうよ、ええ、少しミスってしまって、ええ、罠に嵌ってしまって、今は髪の色は悪いんだけれど、」マイコは色の悪い髪を払い、苦笑する。「私は伊予宇和島の姫、火の魔女、伊達マイコよ、私のことは知っていてくれたようね」
「はい、ええ、お名前と、それから数々の伝説は、学問所の魔女の間でもずっと、話題でした、学問所にはマイコ様の絵を持ち歩いていた魔女もおりました」
「伝説?」マイコはクスリと笑った。「嫌だわ、違うのよ、様々な偶然が重なって、あり得ないことが現実になっただけで、ああ、こんなこと話しているときじゃないわね、」マイコは首を横に振ってルッカに顔を近づける。「ルッカ、一緒に日本に帰りましょう、これはアヤコの命令よ、アヤ姫の命令、逆らったらどうなるか、賢いルッカなら、分かるわね?」
「え、姫様が?」ルッカはマイコから僅かに身を引く。「え、どうして?」
「あなたに会いたいからに決まっているでしょう?」
「それは、なんと言いましょうか、その、意外と言いましょうか」
「語学の修練が進まないと嘆いておられたわ」
「ああ、そういうことですか」
「意外と寂しがり屋だから」
「私の代わりならば、いくらでもいるのでは?」
「あなたが代わりにならない魔女だということでしょう?」
「もったいないお言葉です、でも、姫様が私のことを考えてくれていたなんて、こちらに来てから、一度も、なんて言いましょうか、考えなかったことの一つです」
「それはアヤコには言わないほうがいいわね」マイコは微笑む。
「はい、」ルッカは前髪を触り、微笑み返した。「少し、いえ、かなり危険ですものね」
マイコは大きく口を開けて笑って、ルッカに手を差し出した。「それじゃあ、ルッカ、帰りましょう、日本に」
「すみません、」ルッカはマイコの手を握らなかった。「マイコ様、少し、帰ること、待っては頂けませんか?」
「なぜ?」
「まだ私はシンデラに来た目的を果たせていません」
「徳富ワカバのことね、聞いているわ」
ルッカは勇気を出して聞いてみる。「……ワカバは元気ですか?」
「ええ、」マイコは頷いた。「元気よ」
ルッカは息を吐く。「……よかった」
まだ、ワカバは生きている。
その事実を知ることが出来て、ルッカは安堵した。
しかし、ワカバのためには、持ち帰らなければいけない。
早く。
急いで。
ファンダメンタル・ピュア・ゴールドを。
日本に。
「だからね、ルッカ、」マイコはルッカの手を握った。
「とにかく今は、」ルッカはマイコの声を遮って言う。「日本から一緒にシンデラに来た、シデンを探さないといけないんです」
「シデン?」
「はい、紫の魔女です、とても高度なダウジングを編むことの出来る、魔女です、まだ十二歳ですけれど、小さいですけれど、シデンは凄いんです」
「ダウジング?」マイコは目を大きく見開いた。驚いている。「日本にダウジングを編める魔女がいたの?」
「はい、彼女と出会ったから、私はここに来たんです、一緒に探しにシンデラに来たのです」
「なるほどね、」マイコは視線を斜めにして空を見る。「あてもなく、蒸気船に乗り込んだわけじゃないんだ」
「はい、だから、シデンがいれば、もうすぐにでも見つかりそうなんです、ファンダメンタル・ピュア・ゴールド」
マイコの目の色が変化するのを、ルッカは見た。魔女の目になった。「見つかるの? いえ、きっと私が探しているものと、あなたが探しているものは一緒だと思っていた、純潔錦、ファンダメンタル・ピュア・ゴールド、それがもうすぐに、見つかる?」
「はい、そうですよね、」ルッカはソフィアに顔を向ける。「ソフィアさん、ボストンにあるんですよね、ファンダメンタル・ピュア・ゴールドは、ボストンのどこかにあるんですよね?」
ソフィアは頷いた。「サブリナがそう言っていた」
「ケンタロウ、リンプ、」マイコは後ろの二人の方に振り返って言った。「予定を変えるわ、紅華に関することに集中しましょう、ルッカ、私達も混ぜてくれないかしら」
「混ぜる?」ルッカは首を傾げた。
「ピクニックによ」マイコはルッカにウインクをしてみせた。
そして。
その時だった。
空気が過度に揺れた。
雷鳴の轟。
耳を両手で塞いだソフィアが真っ先に確認していた。「……シデン?」
ルッカはソフィアの視線の方向を見る。
空、高い場所。
紫色に煌めき、箒に跨るシデンの姿が見えた。
近いところに、ネイチャが飛んでいる。
そして。
もう一人。
天使か。
その長い髪を広げ。
蒼い色を煌めかせる魔女。
「……アンジュ?」
マイコが呟くのを聞く。




