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第五章⑤

ビゲロ邸の広間に五人は案内された。天井の高い玄関ホールの奥の両開きの扉を開いた先に広間はある。広間の両脇にはショウ・ケースがあり、様々な国の調度品が並べられていた。世界の色問わず並べられ、混沌としている。天井には色硝子で複雑に組み上げられたシャンデリア。床は中東の方の幾何学模様が描かれた厚みのある絨毯。広間の中央には横に広い、脚が短いテーブル。その奥と手前にソファがある。広間は奥行きがあり、玄関ホール側の扉から対面の向こう側の扉まではかなりの距離がある。対面の扉は左右に二つあり、色はチョコレートの黒。ソフィアが広間に入って心臓が騒ぐほど驚いたのは、その扉に挟まれるように飾られた画を見たからだった。思わず呼吸を忘れるほど、巨大に描かれた龍の画。雲に周囲を囲まれ、隙間から顔、爪、鱗を覗かせている。その丸い龍の目はどこかコミカルで、ユーモアにあふれているがしかし、威圧的にこちらを睨んでいる。

 サブリナとシデンはソファに座ったが、ソフィアはミッキィとドナルドと並んでソファの後ろに立っていた。龍の瞳から目が離せない。

 目を離した隙に襲われそうで。

「どうしたの?」ミッキィが小声で聞く。

「なんでもない、」ソフィアは首を横に振って、龍から目を離した。「いろんなものがあるなと思って」

 メイドが奥の扉から出てきて、テーブルにカップを置き、コーヒーを注ぐ。

 サブリナはコーヒーに口をつけた。シデンは飲まなかった。

 その仕事を終えるとメイドは広間の壁際に立ち、感情の無い表情で前を向いている。

 メイドの髪の色を見ると、僅かに魔女の色がある。

 どうしてメイドなんてしているんだろう?

 魔女に産まれてきたのに。

 どうしてそんな顔をしているんだろう?

 いや、それは。

 私だって。

 魔女に産まれてきたのに。

 まだ確かな未来を見つけられずにいる。

 変わらない。

 彼女と私は何も変わるところがない。

 彼女だってきっと。

 この世界からの脱出を。

 望んでいるのではないか?

 しかしでもそれが不可能なのは。

 目の前の龍のような巨大なものに阻まれているからではないか。

 行くべき未来に雲を作られ。

 そしてその雲から龍は顔を出して、驚かす。

 邪魔をする。威圧的な龍の瞳の呪縛を振り解かねば、未来なんて見えない。

 見つからない。

 しかし。

 どうやって?

 龍を退治する神様の存在を待つか。

 サブリナは私にとって。

 神様か?

 神様に解き明かされて。

 私は未来を見つけ出せることが、出来るのだろうか?

 しばらくして。

 奥の右側の扉が開いた。

 ピンクの髪の色の少女が現れる。目を擦り、眠そうだ。ソフィアも大好きなラビットの大きなぬいぐるみを抱きしめ欠伸をしながら、サブリナの対面のソファに座った。「ふわぁ、おはようございます、サブリナ」

「おはようございます、エラリィ様、と言いましても、もう十一時を過ぎていますが」

 彼女はエラリィ・マンブルズ。マーブル財団を指揮するマンブルズ家の四姉妹の末っ子。まだ顔つきは幼い。とても子供らしい。歳はシデンと同じくらいだろうか。しかし、彼女の長い髪の色は絶対的なピンクで、魔女としてのポテンシャルの高さはすぐに把握できる。そしてその面影は誰かに似ていると思った。

 クァンドの上のアパートに住む破裂する魔女に、似ている。

 まさか?

 ソフィアは考えてしまう。「まさか、ね」

 サブリナは姿勢を正した。「ご就寝中でしたか?」

「はい、でも、いつもは起きている時間なんですよ、」エラリィはコーヒーを口にした。「ただ、昨日は夜更かしをしてしまって、マロリィお姉ちゃんが来てくれたから」

 マロリィお姉ちゃん?

 まさか本当に?

 マンブルズ家の? 

「マロリィが!?」ミッキィは大きな声を出した。

 ミッキィに視線が集まる。ミッキィは軽く咳払いをして、微笑んだ。「いえ、何でもありません、何でも」

「それでお仕事の方は?」エラリィはサブリナに聞く。

「はい、その件で今日は参りました、エラリィ様の認可をもらいに」

「はい、あげますよ、」エラリィは両手の手の平を広げて前に出した。「あげました」

「ありがとうございます、」サブリナは僅かに頭を下げた。「仕事は今日中に片付くかと思います」

「そうですか、それはよかった、手伝えることがあったら言って下さい、どんなものでも破壊する爆弾を編みますから、」エラリィは自分の髪を触りながら、視線をシデンの方に向ける。「あなたがダウジングの魔女さんですか?」

「はい、」シデンは頷き、一度視線を落として、エラリィを見る。「えっと」

「エラリィです、」エラリィは腰をソファから浮かせてシデンに手を差し出す、「お名前は?」

「シデンです」シデンはエラリィの手を握る。

「お仕事が終わるのはあなたのおかげですよ、」エラリィはシデンに微笑みかける。「あ、そうです、皆さん、仕事が終わったら一緒にピクニックに行きませんか? 広場ではチェリー・ブロッサムが満開なんです、マロリィお姉ちゃんたちも一緒に」

「ピクニックですか、」サブリナは手を平を合わせて嬉しそうな声色を作る。「楽しそうですね」

「マロリィたちと言うともしかして、」ミッキィが話に入る、「ガブリエラとネイチャと、それから」

「はーい、呼んだ?」

 とても陽気な声が奥の扉の方から響いた。

 ソフィアは視線をそちらの方に持ち上げる。「ネイチャ?」

 扉から出ていたのは、メイド服を身に纏った、緑の色を持つネイチャだった。満面の笑みの横で手の平を揺らし、舌を出し、ポーズを取っている。

 クァンドの上に暮らす、魔女たちがどうしてここに?

 そしてなぜか。

 ミッキィとドナルドは厳しい表情を作り、いつでも戦闘に移行できるように、それぞれが楽な姿勢で構えている。

「うわぁ、ネイチャさん、」エラリィはソファから立ち上がってネイチャに近づき、小さく跳ねた。「とってもよくお似合いです、可愛いです、私のコレクションにしたいくらいです」

「私をコレクションにしたい、そうだね、沢山のお金をくれたら、」ネイチャはエラリィの頭を撫でながらこっちを見た。ネイチャはソフィアを見て僅かに表情を変える。「あれ、どうしてソフィアがここに?」

「それはこっちの台詞だって、」ソフィアは大きな声で言う。「なんで皆、ここにいるわけ? 意味分かんない、っていうか、マロリィって、その娘のお姉ちゃんなの!?」

「うん」ネイチャは簡単に頷く。

「お二人は友達ですか?」エラリィがキョトンとした表情で聞く。

「そんなことより、エラリィちゃん、」ネイチャはエラリィの頭を撫でながら言う。「眠くない? 眠くないかなぁ?」

「え? ……あ、はい、」エラリィはとろんとした表情で頷いた。「なんだか、あれ?」エラリィは後ろにふらつく。「急に、眠い、です……」

 ネイチャはエラリィの体を支えた。

 エラリィの目が閉じる。

 眠ってしまったようだ。

 ネイチャはエラリィをソファに寝かせ、そしてネイチャはシデンに近づき、耳元に唇を近づけ、素早く囁く。「ルッカに会いたくない?」

 シデンは、すぐに頷いた。

「よし、行こう」ネイチャはシデンの手を掴んで引き寄せた。

「貴様!」ミッキィが低い声で怒鳴った。「サブリナ様に何をした!?」

 サブリナもソファに体重を預け、眠ってしまっていたのだ。

「ただの睡眠薬さ、」ネイチャは答え、シデンを軽々と抱き上げた。「五分もしたら目を覚ますよ、じゃあね、バイバイ」

 ネイチャの緑色が発光。

 ミッキィとドナルドの体に床から成長した蔦が絡む。

 次々と成長し、複雑に絡む。

 ドナルドが手にしていたピストルが床に落ちて音を立てる。

 二人は完全に身動きが取れない状態。

 ネイチャはソフィアにウインクをして。

 そして玄関ホールに続く両開きのドアを押し開け、走った。

「ソフィア!」ドナルドががなる。「彼女を連れ戻せ!」

 ソフィアはドナルドの声にはっとなる。

 そうだ。

 シデンがいなきゃ。

 ミケの右手は。

 治らない。

 ソフィアは床に堕ちたピストルを拾い上げた。

 広間から玄関ホールへ、出る。

 ネイチャはすでに玄関ホールを出て、石畳の上を走っている。

 ソフィアはネイチャの足元を狙ってピストルのトリガを弾いた。

 一発。

 バキュンという音が響く。

 しかしその銃弾は扉に阻まれた。

 扉はネイチャの魔法によって通常では信じられない速度で成長し、巨大になり、乱暴なことをしなきゃ開かなくなった。

 玄関には三つの扉があったが、どれも開かない。

 ソフィアは扉に手の平を当て、髪の色を輝かせた。「ハイエン!」

 渦巻く風を編んだ。

 火薬が炸裂した音が目の前から聞こえる。

 扉に凹みが出来た。

 人差し指の第二関節くらいまでの凹み。

 しかし貫通までには至らない。

 何回も風でどうにかしようとした。

 しかし駄目。

 凹みは瞬間的に修正される。

 エネルギアの乱費だ。

 ソフィアは床に手を付き、呼吸を繰り返しながら、舌打ちした。

 そのとき。

「テアビュ」

 眩い銀色の煌めきに体が包まれた。

 けたたましい炸裂音。

 顔を正面に持ち上げる。

 扉が貫通している。

 見上げると、銀色の髪の魔女の背中が見える。

 彼女はシャベルを持っている。

 彼女はシャベルを床に突き立てる。

 シャベルの先端は、その重さによって床に突き刺さる。

 床の素材の大理石が、音を立てて、ひび割れる。

「ソフィア!?」

 ソフィアは後ろから聞こえた、絶対に知っている明るい声に振り返った。

「ねぇ、どうして、どうして、どうしてソフィアがここにいるわけ!?」彼女はソフィアの正面に来て、顔を覗き込む。「なんで!?」

「うっさい!」ソフィアは両手で耳を塞ぎながら怒鳴った。「もっと静かに喋れないの、いっつもいっつも、私とミケの大事なお昼寝を邪魔してさぁ、ねぇ、なんで? なんでなの、マロリィ!?」


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