第四章⑧
玄関ホールの正面入口から入って右手、階段の手前から右に伸びている通路を歩いた先の部屋に、マロリィの妹、エラリィは四人を案内した。部屋の中はピンク色だった。模様のある踏むと柔らかい絨毯もピンク色だし、カーテンもピンク色。壁の天井に近い高さにある日本の水墨画がある。それだけ異彩を放っていた。広さあまりない。中央にクロスの掛けられた縦に長いテーブルがあり、メイドたちが料理を準備していた。彼女たちはカブリエラの姿を見て、僅かに表情を曇らせた。
ガブリエラは無理に笑顔を作って言った。「ただいま」
彼女たちはガブリエラの声に救われたような表情を見せた。
「さあ、どうぞ、皆さん、掛けて下さい、」エラリィはご機嫌のまま、入った扉から一番遠い席に座る。エラリィから向かって右にマロリィとルッカ、左にガブリエラとネイチャが座った。「ミカエラお姉ちゃんから、皆さんがここに来てくれると聞いてから、とても楽しみに待っていたんですよ」
「へぇ、そうなの、」マロリィはずっとエラリィに手を握られている。「姉さんは、なんて言っていた?」
「皆でピクニックに行くからもてなしてあげてって、」エラリィは無邪気に言う。まだ十二歳くらいだろうか。膝の上に座らせたい愛らしさがある。「手紙が来ていましたよ」
「ピクニック?」
「違うのですか?」エラリィは首を傾げる。「近くのコプリー広場ではチェリーブロッサムが満開です、だから、そこにピクニックに行くと、私も一緒に連れて行ってもらおうと楽しみに待っていたんです、だけど、」エラリィは泣きそうな顔になる。「違うんですか?」
「ああ、そうね、」マロリィは一度ルッカの方を見てから、エラリィに微笑み掛ける。「そうだったわ、行きましょうね、ピクニック」
「やったぁ」エラリィは両手を上げて喜んだ。
マロリィはほっと息を吐き、ルッカとガブリエラとネイチャに目配せした。意味はなんとなく分かった。エラリィが悲しむようなことは言うな。そんなところだろうか。
髪に祈りを捧げ、ディナーの時間が始まった。彩り豊かな豪華な食事。少しずつ口に運びながら、ルッカは気が気でなかった。マロリィとガブリエラはエラリィと楽しそうに話しをしていて、ネイチャはパクパクと料理を平らげている。ルッカはこの屋敷のどこかにシデンがいると思うと、グラスのワインは飲めない。
「あなたとは初めましてですよね」
急にエラリィの視線がルッカに向いた。
反応が遅れてしまった。
慌てて笑顔を作って、エラリィの方に視線を向ける。「うん、初めまして、ルッカよ、よろしくね」
「とても素敵な銀色ですね、」エラリィはうっとりとルッカを見つめた。「ルッカさんも、その、お姉ちゃんのコレクションなんですか?」
「えっと、まあ、そんなところだわ」
「凄いなぁ、お姉ちゃんは、」エラリィは輝く瞳をマロリィに向ける。「私もお姉ちゃんみたいなコレクターになりたいです」
「エラリィ、私はもうコレクターは辞めたのよ、四人揃ったからね、四人揃ったから、私は会社を作ろうと思っているの、名付けてピンク・ベル・キャブズ」
「会社? ピンク・ベル・キャブズ? お姉ちゃんがキャブズ?」
「キャブズの会社を作るの、キャブズって皆、一人でしょ、一人で知らないところまで人を乗せてお金をもらっている、それだけ、それだけじゃ寂しい、だから仲間と一緒にやる、コレクションじゃなくて仲間とね、この四人でやる、このお揃いの衣装で、ネクタイを、ベルにしてね、ピンクのベルを首元に付けて、女の子を乗せて空を飛ぶ、そして同じ場所に帰ってくる、どう、エラリィ、素敵な計画でしょ?」
「素敵ですか?」エラリィの表情は曇る。「お姉ちゃんがキャブズをやるなんて、私は嫌です、だって、キャブズは空を飛ぶことしか出来ない魔女がなるものです、頭が悪くて、髪の毛の色が悪い魔女がなるものです、お姉ちゃんが選ぶ未来じゃ、ないと思います」
「そう?」マロリィは笑顔をエラリィに向けている。「真剣なんだけどな」
「……お姉ちゃん、」エラリィは上目でマロリィを見る。「怒っていますか?」
「冗談よ、エラリィ、」マロリィは吹き出すように言った。「私がキャブズなんて、そんな低俗なことするはずないでしょう?」
「そ、そうですよね、」エラリィは微笑む。「お姉ちゃんはもっと、凄いことをする魔女になるんですからね」
「でもね、エラリィ、」マロリィは真剣な表情でエラリィを見つめた。「コレクターを辞めたのは本当よ、昔はコレクションに夢中な私だったけど、もう私は子供じゃないし、大統領も言っていたでしょう、時代は前に進んでいる、だからこの四人の仲間で、時代に追い越されないようなことをするつもりよ」
エラリィは首を傾げた。「……よく分かりません」
「そうね、よく分からないわよね、」マロリィはエラリィのピンクの色の髪を触り、指を入れた。「私だって分からない、でも、誰も未来のことなんて分からないんだから、難しい顔をする必要なんてないと思うな」
「ピクニックみたいに?」
「そう、ピクニックみたいにね、ずっと笑顔でいたらいいと思うんだ、」マロリィはエラリィの髪から手を抜き、そして聞いた。「そういえば、サブリナたちもこっちに来るって聞いていたんだけど」
「ああ、そうです、サブリナたちも来る予定です、」エラリィは窓の方を見た。「でも、来ませんね、鉄道に乗り損ねたのかもしれませんね、あ、そうだ、お姉ちゃん、サブリナたちもピクニックに誘いましょうよ、きっと楽しいピクニックになると思いますよ、サブリナたちはお仕事でこっちに来るんですけれど、それが済んだらピクニックに行きましょうね」
エラリィははしゃいでいる。
そのお仕事というのは、おそらくファンダメンタル・ピュア・ゴールドの採掘のことだろう。
シデンのダウジングを利用して、やろうとしているのだ。
それを考えると、凄く暴力的な感情がルッカの中で芽生えてくる。
「ルッカさん、」エラリィはルッカを心配そうに見ていた。「顔色が優れませんよ」
「ううん、」ルッカは首を横に振って、また無理に笑った。「少し、長い旅に疲れただけだわ、きっと」
ルッカは息を吐く。
とにかく。
シデンはこちらに向かっているようだ。
もうすぐ、会えるはず。
シデン。
無事よね?
「あ、お姉ちゃん、今晩は泊まっていかれるのでしょう?」
「泊めてくれるの?」
「もちろんですよ、一緒のベッドで寝ましょうね、」エラリィは笑顔で言う。「よろしければ、お姉さま方もご一緒にどうですか?」エラリィは誘って少し魔女の顔つきになる。「私のことをいくらでも可愛がってもいいですよ、特にルッカさんに可愛がってもらいたいです」
エラリィは自分の長いピンクの髪の毛を指先でいじっている。
その仕草はとっても可愛い。
そして見つめられていると。
ドキドキして。
ワインを口にしていないのにルッカの気持ちはトロンとしてきて。
うっとりしてしまった。
マロリィはそんなルッカの太ももをぎゅっと抓った。
「痛い!」ルッカは悲鳴を上げて立ち上がる。
ネイチャがお腹を抱えて笑っている。
ガブリエラは蔑む目でこっちを見ている。
マロリィは向こうを向いて小さく呟いた。「……信じられない」




