第四章②
ミケは一度眠りについてから、なかなか目が覚めなくて、ボストンに着いてマロリィ・マンブルズが耳元で大きな声を出すまでぐっすりだった。ミケは目を擦りながら、声を出すのも億劫という感じで、説明する。「……昨日、マロリィが私の昼寝を邪魔したせいだよ、その分取り戻さなきゃならなかったんだよ、ああ、眠い、眠いよぉ、きっと何か支障があるね、絶対ある、頭痛も痛いし、全く、困ったもんだ」
「寝過ぎじゃないの?」マロリィの声のボリュームは大きい。「あるいはベッドで眠らなかったから」
ミケは床に薄い毛布を敷いて眠っていた。
「……私、柔らかいベッドじゃ寝れないの、」ミケは鼻に掛かる魅力的な声で言って欠伸をした。「ふあぁ、やっぱりピアノの下じゃなきゃ、駄目ね」
「ねぇ、ねぇ、」甲原ルッカはミケに聞く。「日本には三毛猫っていう、猫がいるんだけど、ミケって名前はもしかして?」
「はぁ?」ミケはルッカを微睡む瞳で睨んでいた。「……何が言いたいのさ?」
「ううん、ううん、なんでもない、」ミケの機嫌を損ねたと思って、ルッカは慌てて首を横に振る。「でも、やっぱり、猫みたい、可愛い」
「はぁ?」ミケは三毛猫のような色彩の髪の毛を指で梳く。「誰が猫みたいだって? 誰が可愛いって?」
「にゃあ」なぜかマロリィが猫の鳴き声を真似て、ルッカの腕に優しく猫パンチしてきた。
「え、なぁに、急に?」ルッカは照れてしまう。猫を真似るマロリィがとっても可愛いからだ。
「え、可愛くない?」マロリィはルッカに顔を近づけて聞く。
「可愛いよ、」ルッカは即答した。「首に輪っかとか、つけたらもっといい、素敵」
「あ、それ、」マロリィは何か企む目をして指を立てた。「いいかも」
「鈴とかつけてね、」ルッカは首輪をしたマロリィを想像して、悶えた。「ああ、とってもいい考え」
「鈴よりも、」マロリィは顎に手を当て何やら悩み始めた。「うーん、……ベル、かな」
「ベル?」
「にゃあ、」ネイチャも言って、ルッカにじゃれてくる。ネイチャはなんとなく魔女の猫みたいに上品で厭らしい鳴き声。可愛いからとりあえず、頭を撫でた。「にゃあーん」
「なんの話しているの?」寝台のある方の部屋にいたガブリエラ・スタージス・ビゲロが個室の扉を開いて顔を覗かせる。「起きたのなら、早く外に出ましょ」
「私たちの中ではきっと、」マロリィは目を瞑って想像しているみたいだ。「ガブリエラが一番似合うね」
「急に何?」ガブリエラはポカンとする。
「首輪」
「首輪?」
「にゃあって言って、」ルッカは立ち上がりガブリエラの正面に立ち威圧的に言った。ガブリエラが猫みたいになるところを見てみたいと凄く思ったのだ。「にゃあって言って」
「い、嫌だよ」ガブリエラは僅かに身を引いて返答した。
「にゃあって言いなさい、」マロリィガルッカに加勢する。「手を猫みたいにして、にゃあって、これは命令よ」
「い、いくらマロリィの命令だったとしても、嫌よ、嫌、」ガブリエラは腕を組んで視線を逸らす。「そんなこと出来るわけないし、意味分かんないし」
「言いなさい」
「い、嫌だ」
「ルッカとネイチャは言えるわよ」
ルッカとネイチャはガブリエラに『にゃあ』と言って困らせた。顔を僅かにピンク色に染めて困惑するガブリエラはいいものだった。でも、ガブリエラは絶対に「にゃあ」ってくてくれなかった。こうしてどうやったらガブリエラに「にゃあ」してもらえるのか、というのはルッカとマロリィの共通する懸案事項となった。
「全く、」ミケはカバンを背負って立ち上がる。「なぁに、バカなことしてんだよ」
ミケとはボストン・ステーションの北口で別れた。新しい技術で整備されたロータリーには馬車が多く停まっている。外灯の数が多く、夜なのに昼間のようにミケの後ろ姿を観察することが出来た。ミケは馬車に近づき、馭者に行き先を告げ、その扉を開けてからルッカたちの方に手を持ち上げて微笑んだ。ミケが乗り込むと、馬車はゆっくりと向こうに向かって走りだした。
「それじゃあ、私達も、」マロリィは一歩踏み出し、振り返り、横に並んだ三人を見る。「会いに行こう」
「え、マロリィはシデンがどこにいるのか、分かっているの?」ルッカが聞く。
「マーブル財団の支局がこっちにもあるわ、まずそこに行くわ、そこにいなくても、手がかりは得られるはず」
「なるほど」ルッカは頷いた。
「そうね、」ガブリエラは頷き、空を見て、息を吐いた。「ああ、でも、やっぱり、分かっていたことだけど、憂鬱だわ」
「なぜ?」
「なぜって、」ガブリエラは寂しげに笑う。「私が住んでいた屋敷には、今は違う人が暮らしているんだよ、それってなんだか、憂鬱じゃない?」




