第三章①
マケイラ・マンブルズは意識を失ったまま、ピンク色のベッドに寝かされていた。白髪のドクタが呼ばれ、彼女の頬と腕に出来た複雑な傷を超絶技巧で縫い合わせた。それを済ませ、色の付いた薬の瓶を何本か机の上に置き、妹のミカエラ・マンブルズに使用法を説明すると軽い足取りで部屋から出ていった。
「僕の傷の手当をしてくれるかい?」ミカエラは部屋の隅に立つメイドに向かって言う。彼女の顔にも小さな傷があった。ミカエラはソファに移動し、息を吐いてこっちを向いて言う。「……それで、あの、あなたたちは? 姉様のお友達か、何か?」
「ええ、いや、お友達、というには、まだ会っている時間は短いのですが、私、伊達マイコと申します、マケイラ様とはミストラル・リンプの仕立屋でお会いしまして、ええ、でもお友達、という表現が一番適切なのは、確かだと思いますよ、」伊達マイコは姿勢を正し、ニッコリと笑顔を作る。「マケイラ様が、この衣装に興味を持たれて、私たちは日本という小さな極東世界から来たのですけれど、これは着物といって日本女性の正装なんです、」マイコは立ち上がり両手を広げて蒼色の鮮やかな着物をミカエラに披露する。「回りましょうか?」
メイドに手当てされながら、ミカエラはニコッと微笑む。「お願いしようかな」
マイコはゆっくりとその場で一回転した。蒼い色の振袖が中空を流れた。「いかがです?」
「とっても可愛らしいな、」ミカエラは優しい表情をマイコに向ける。「僕、リンプの服のことはさっぱり分からないけど、その着物は可愛いと思う、着ている人が可愛いからかな」
「もう三十ですけど」
「え、嘘」
「今、二十九歳です」
「……どうやら本当みたいだね、年下だと思ったんだけど、」ミカエラは口元に手を当て呆然とした。「とても信じられないけれど」
マイコは微笑み、ソファに腰かける。そして聞く。「……あの、先ほどは一体何が? あの四人組は?」
「本当にお騒がせして申し訳ないと思っているよ、あれは、本当に恥ずかしいんだが、」ミカエラは僅かに顎を引いて言う。「ただの姉妹喧嘩なんだ、姉妹喧嘩、シスタのマロリィは僕のことが大嫌いみたいで、僕はずっと仲直りしたいと思っているんだけど、全然それに応じようとしてくれないんだよ、マロリィには本当に困っているんだ」
「へぇ、姉妹喧嘩、」マイコは箒に四人乗りして屋敷から飛び去った女の子たちの顔を思い浮かべる。確かに、その中にマケイラ、ミカエラに似た目の形をした少女がいた。彼女がきっとマロリィだろう。「随分と、派手な姉妹喧嘩ですこと」
「笑っちゃうだろう?」ミカエラは足を組み、手の平を天井に向けた。「魔女を仲間にしてさ、今日も一人増えていたし、このままじゃ戦争になっちゃうよ」
「彼女はどこに住んでいるのですか?」
「さあ、」ミカエラは首を横に振る。「分かっていたら、採掘場で働く屈強な男子たちに連れて来させるけど、とにかく、姉妹喧嘩だからね、僕はお金が無くなれば帰ってくると思っているんだ、だから、そんなに心配はしていなくて、あんまりマロリィのことを考えてはいなかった、でも、うーん、最近、ちょっと、エスカレートしてるね、ちょっと、姉妹喧嘩にしては僕を向きにさせる邪魔をする、今夜は眠りながらマロリィのことを考えなきゃいけないかもしれない、今夜はちょっと特別かもしれないなぁ」
ミカエラは不敵に笑う。マイコは得体の知れない恐怖を感じながら、表情を崩さない努力をして笑い返す。前髪を直し、口を開く。「あ、そろそろ私たち、おいとまさせて頂きます、またミカエラ様のお見舞いにお伺いしますわ、それでは」
マイコは立ち上がり、軽く頭を下げ、部屋の扉へ向かう。
「あ、待って」
「はい?」
ミカエラが呼び止めるので、マイコは振り返ってそっちを見る。ミカエラは指で傾いた頭を支えている。「僕は誰かのおもちゃになる気はないんだよ」
「おもちゃ?」
「あるいは人形」ミカエラは笑う。
「えっと、」マイコは笑顔を絶やさないようにする。「どういうことです?」
「君が何を考え、何を企んでいるのかは分からないけれど、僕は君の思い通りになりたくないんだよ、」ミカエラは早口で言う。「日本から遥々クラウンを探しに来たのだろう? 日本の魔女よ、しかしクラウンは僕たちのものだ、マーブル財団の管理下にあるんだよ、君には絶対に触らせない、なぜってファンダメンタル・ピュア・クラウンはとっても貴重なもので特別だからね、百万トンの純金だって釣り合わないくらい貴重なものさ、君にはふさわしくないってことさ」
「……あの、急に何を?」マイコは惚けた。
「サブリナのインクは落ちないよ」
マイコは自分の黒い髪を触る。「サブリナ?」
「年下だったら私の人形にしてやろうって思っていたけど、三十だもんなぁ、急いで日本に帰った方がいい」
「ええ、三十ですよ、」マイコは微笑んで部屋から出た。「えっと、それでは、失礼します」
部屋の外に神尾ケンタロウが腕を組み、目を瞑って立っていた。マイコが前を通ると目を開けて並んで歩き出す。「……どうしました?」
「何が?」マイコはブーツの底で蹴って歩いている。
「……とても機嫌が悪そうですが」
マンブルズ家の屋敷の敷地から出るまでマイコは黙っていた。川沿いを歩く。そろそろ日が暮れる時刻。マイコは振り返り、後を付ける人の気配を探るが、異常は感じられない。ミカエラは色を失ったマイコを脅威とは思っていないようだ。あるいは、もう三十だからだろうか。マイコは立ち止まり、自分の細く長く伸びる影を見ながら傍に立つケンタロウに向かって叫んだ。「三十だからってバカにすんなよ!」
「……どうしました?」ケンタロウはポカンとしている。
「……ごめん、なんでもない、」マイコは自分でも分からない理由で目が潤んでいた。それを袖で拭き、前を向いた。「なんでもない、」マイコは手を挙げ、馬車を捕まえる。「行くわよ」
「どこに?」
「甲原ルッカのところによ」




