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第二章⑨

マーブル財団の本部、そしてマンブルズ家の屋敷の造りはワシントンのホワイトハウスに似ていた。色は僅かにピンクを加えた白。手前に広がる、鉄柵に囲まれた緑の多い庭園の中央には噴水があり、煌めく虹を作っている。

マケイラに案内され、マイコとケンタロウは屋敷の中に入る。天井の高い玄関ホール。床は大理石。大理石が頭上のシャンデリアの光を反射している。マケイラに三人のメイドが『お帰りなさいませ』と告げ、用もないのに傍を歩き始める。マケイラは幅が広く、絨毯が敷かれた中央の階段を登る。登った先には初代団長の巨大な肖像画があった。左右に通路が伸びていて、マケイラは「こっちです」とマイコに微笑み、右に方向を変えた。一つ扉を潜り、別のフロアへ。廊下が奥へ続く。南側に窓、北側に扉が等間隔で並んでいる。さらに進むと通路が南側へ緩やかにカーブしている。また扉があり、メイドの一人が手前に開ける。

「ここが私の部屋です、」マケイラは振り返って言う。「あ、奴隷のあなたはここにいなさい、絶対に私の部屋に入って来ては駄目よ、」一度ケンタロウを睨んでから、笑顔を作ってマイコの手を取る。「さぁ、伊達さん、どうぞ、こちらへ」

 マケイラの部屋は全体的にピンクだった。あらゆるものがピンク。天井、壁、ベッドも、ソファも、キャンドルも、ガラス窓さえもピンク。ピンクが濃い。まるでピンクのレンズを覗き込んでいるようだった。可愛らしいが、やっぱり破裂してしまうのではないかという警戒が、脳ミソに発生。

「どうですか?」マケイラはマイコの手を握ったまま、上目で聞く。

「とっても、何と言いますか、」マイコは部屋を見回しながら答える「ファンシィなお部屋ですね」

 マケイラはニッコリと微笑んで、マイコの肩を弱い力で押してソファに座らせる。メイドの一人が前の木製のテーブルにカップを置き、紅茶を注いだ。もう一人はマケイラのドレスを脱がせている。残るメイドの一人は扉の横に静かに立っている。彼女たちの髪の色は薄いが、確かに色があった。魔女だろう。しかし、力の弱い魔女だ。マケイラと比較したら、可哀そうだが、その色はないと言える。

 マケイラは対面のソファに腰かけた。マケイラはドレスを脱いで、生地の薄いピンク色のキャミソールを身に付けていた。彼女の体の輪郭がよく理解出来た。露出度が高く、彼女の白く透き通る肌が良く見えて、マイコを酩酊させる。ああ、なるほど、ケンタロウはこういう気持ちになっているんだな、とマイコは思った。

「どうぞ、お飲みになって、ミルクは?」

「このままで、」マイコはカップを持ち、その香りを嗅ぎ、危険なものが含まれていないか確認。カップを唇に当て、傾ける。唇を濡らし、それを舌先で舐め、異常がないのを確認して、紅茶を口に含み、呑み込んだ。「さて、何をお話し致しましょうか? ああ、着物の話、でしたね」

「何でも構いませんよ、きっと伊達さんが話してくれること、全てが知らないことだと思います」

「それは助かります、私、あまり着物のことは詳しくありませんから、そうですね、それじゃあ、私が生まれ育った国の話をしましょうか」

 マイコは自分の国、宇和島の話を始めた。宇和島の四季。色の絶えない四季の話。何度繰り返しても飽きない四季の話をした。それから話は日本へとシフトする。今、日本は大事な局面に立たされている。これから世界というものの扱い方を変えていかなければいけない。裸眼で見える風景から、望遠鏡で見る風景へ。それを理解し、扱っていくためには、それらに染まり、没入し、そして腑分けしなければいけない。その前提として、日本は、幕府は、外の世界と対等に付き合うためには力がなければいけない。幕府は力を求めている。圧倒的な力の前に、日本には力と呼べる力がないから。せめて力があれば、それは個性とも言い換えられる、圧倒的な個性があれば、未来の風景が垣間見えるかもしれない。キャラクタを日本は確立しなければいけないのだ。幕府の姫は、そう考えて自分を送り出したのだ。

古来より伝わるものがあった。

それは消えないで。

幕府の姫が発見して。

マイコの耳に伝わった。

 宇和島の先だった動きは、姫にはどうやらハッキリと見えていたらしい。

『紅華計画』の精緻な図面を、姫を理解した。

 姫を裏切るのは止めにした。

 百八十度旋回。

 討幕を願った絵馬はマイコの火で燃やした。

 そしてこの新大陸シンデラに来たのだ。

「……伊達さん、あなたは一体、」マケイラは頬を左手で触って、ポカンとした表情でマイコを見ている。「その、何者なのですか?」

「私は宇和島の姫、伊達マイコ、」マイコは手を広げ、苦笑する。「……姫といっても、もう三十ですけれど」

「嘘ですわ、」マケイラは前のめりになって、マイコの顔を見つめる。「私と同い年くらいかと思いました」

「本当?」マイコは愉快になる。

「はい、」マケイラは紅茶を飲む。「……いや、姫って、そんな、お姫様が、どうしてあんな汚い宿に?」

「汚いですけれど、悪くはありませんよ」

「そういうことではなくて、」マケイラはカップをテーブルの上に戻す。「……その、あなたの目的はなんなのですか?」

 マイコは大きく息を吸った。賭けに出ようと思った。髪の色が悪いのが唯一の不安だが、扉の外にはケンタロウが目を閉じ、厳戒態勢で立っているだろう。だからマイコを人差し指を天井に向けて立てる。「ファンダメンタル・ピュア・クラウン」

 マケイラは瞳を僅かに大きくして押し黙る。

 動揺を必死で隠している様子だった。

「原理的で、純粋なゴールドで出来た王冠です、正確にはゴールドではない、全く違う物質で出来た王冠です、私たちの『紅華計画』にはそれが必要なんです、シンデラのどこかにある、そういうとてつもなくシンプルな情報が、私がここにいる理由です、」マイコは彼女の反応を窺いながら問う。「もしかしたら、マケイラ様ならご存知ではありませんか?」

「……いいえ、そういう話は聞いたことがありません、」マケイラは首を横に振る。「純度の高い、ただのゴールドであれば、この屋敷にいくらでもありますけれど、ファンダメンタル・ピュア・ゴールド、そういうものは聞いたことがありませんね、情報が海に乗って間違って伝わったのではありませんか? あるいは、童話?」

「こちらではファンダメンタル・ピュア・ゴールドと、その物質を呼んでいるのですね?」

「……何がおっしゃいたいんですか?」マケイラは視線を逸らした。

「古い記述では、純潔錦とありました、だから私たちはそう呼んでいます、そして童話などではない証拠に、姫は発見なされました、それがどこにあったか、姫は教えてはくれませんでしたが、確かに発見なされたのです、鎧を、鎧に残っていた純潔錦は僅かでしたが、細かく調べ、それが黄金とは全くことなる物質と判明しました、発見した鎧の様式は記述と一致しました、鎧の緒は黄金に煌めき魔女の髪をさらに輝かせた、私たちは驚きました、私たちが考えていたことが古い時代にあったのです」

「……もしかして、伊達さん、あなたは、……魔女なのですか?」

「急に何を?」マイコは小さく微笑んだ。「こんな髪の色ですよ、こんな髪の色の魔女はいませんよ」

「……サブリナのインク?」マケイラは気付いたようだった。険しい顔をして立ち上がり怒鳴る。「サブリナのインクですね!? そうですね、そうよ、ああ、そうだ、確か、昨日、ナンバ・セブンに東洋人の魔法使い二人が現れたって報告が、ああ、そうだ、それじゃあ、あの、奴隷も!?」

「マケイラ様落ち着いてくださいよ、一体何をおっしゃっているんですか?」

マイコは失敗を噛み締めながら発声した。

少し大胆に攻めすぎたかしら? いや、考えてみると、かなり大胆だったかもしれない。もっと遠回りでもよかっただろうか? いや、でも、もう、強引にでも、純潔錦に触りたかったのも事実。なんてたって、もう時間がないのだ。舵を左に切るか、右に切るか。それを決めるまで、時間がないのだ。だから、急がないと。

 さらに強気に彼女に迫ろう。

 決めた。

 そう決めたとき。

 巨大な炸裂音が、マイコの体を震わせた。

「……何?」

「あの奴隷が、」マケイラはヒステリックに叫ぶ。「やったのでしょう!?」

「ちょっと待って下さい、違います、違いますよ」

マイコはマケイラを鷹揚に諌めた。ケンタロウが何かを炸裂させる理由が分からない。それとも何か、ケンタロウが魔法を編むようなことが起こったのだろうか?

扉の横に立っていたメイドが扉を開ける。

ケンタロウがそれを待っていたように顔を覗かせる。「……一体、なんでしょう? 屋敷の反対側の方から聞こえましたけど」

「あなたがやったんでしょう!?」

マケイラはケンタロウに近づき、手を伸ばし、頭を触ろうとする。

ケンタロウはマケイラの手を叩いた。「何をするんですか、僕はマイコ様の奴隷です、あなたに頭を触られる理由が分からない」

「叩いたわね、奴隷のくせに!」マケイラはヒステリックに言って、メイドに指示をしてケンタロウを動けなくして、頭に手を伸ばして、鬘を掴んだ。

「あ、ちょっと、マケイラ様!?」マイコはもう駄目かと思って片目を閉じた。しかし、予期せぬことで驚いた。「……え!?」

「……え?」鬘を掴んだマケイラも驚いていた。

 ケンタロウの髪が白く染まっていたからだ。氷の魔法使いの艶のある白さじゃない。ケンタロウの白は、老人の白髪だった。ケンタロウはマケイラを睨んで言う。「……それ、返してください」

「ああ、ええ、」マケイラはぎこちなく頷きながらケンタロウに鬘を返す。「……あんたたちも、離してあげなさい」

 ケンタロウからメイドが離れた。ケンタロウは鬘を被り直し、服装を整え、マケイラに向かって言う。「何があったか、見に行かなくていいのですか?」

「あ、ええ、そうね、そうだわ、」マケイラはマイコの方を振り返った。「……すみません、伊達さん、その、取り乱してしまって」

「いえ、それより」

「ええ、」マケイラは前髪を直しながら頷く。「行きましょう」

 マケイラを先頭に、三人のメイドとマイコとケンタロウは玄関ホールを通り、建物の反対側へ移動した。構造は左右対称。同じように廊下があって、その先に扉がある。

 扉の先は、なにやら騒がしい。

 様々な種類の声が聞こえている。

 マケイラがノブに手を近づけた。

 その瞬間。

「きゃあ」マケイラの悲鳴。

 扉が破壊されたのだ。

 マケイラは後ろに倒れた。

「マケイラ様!?」マイコは彼女の横に跪いた。彼女は意識を失っていた。

三人のメイドはマイコの後ろに移動し、震えている。

 煙が周囲を包む。

 その中に。

 人影が見える。

 何かを肩に担いでいる。

 それが煌めく。

 銀色に。

 ああ、形状は。

 シャベルだ。

 煙から人影が出てくる。銀色の髪の魔女だ。鋼の魔女だ。

 マイコはその人を見て。

 驚く。

 まさか。

 こんなところで出会えるなんて。

 マイコがシンデラにいるもう一つの理由。

 甲原ルッカ。

 彼女が今。

 目の前にいる。



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