第二章⑧
マリエはシエルミラに包まれた緑地にある白くて小さな建物のことをラボと呼んだ。ソフィアたちは一度ラボに戻り、準備をした。準備が済むとすぐにラボを出た。紫の髪の色の雷の魔女、シデンは口数少な目だったが、比較的明るい表情でソフィアの隣を歩いている。
これから、マリエとソフィアとシデンと、それからドナルドの四人は鉄道に乗るらしい。コロマから、ボストンまで続く、大陸横断鉄道に、どうやら乗る。大陸横断鉄道は、マーブル財団の出資により、この春、当初の計画よりも十年以上も早く開通した。計画ではオハマまでレールが敷かれる予定であったが、マーブル財団の強い要請で、レールはボストンまで伸びた。つまりこれから向かうのは、ボストン。ボストンに新しい金脈を探しに行くのだと、マリエはソフィアに言った。シデンは金脈の正確な位置を特定できるダウジング魔法を編める特別な紫の魔女だったのだ。それが彼女がここにいる理由。
ソフィアが聞かされて一番驚いたのが、マリエがマーブル財団に雇われた魔女だということだった。マリエはラボで様々なことを研究しているのだと言う。とても驚いた。きっと、マリエが子供にしか見えないから、驚いたのだ。でも、信じられないとは思わない。マリエの髪はとても煌めいているし、彼女の言動は、思い出して見ると、天才的だ。いや、違う気もするが。
とにかく。
これからソフィアたちはボストンへ向かうのだ。
ボストンに行くことに関しては、ソフィアは特に驚きもせずに、頷いた。マリエに所属することに首を縦に振ったのだから、頷かなければ仕方がないし、どちらかと言うと、楽しみだった。今夜もクァンドのウェイトレスをやるよりはずっと愉快。マスタとアレクサンダとミケには悪いけれど、ソフィアはマリエと旅をすることを勝手に決めてしまった。
ヒステリックとは程遠い感覚。
魔女に開花した瞬間に見えた、パノラマ。
それを思い出していた。
忘れていた感覚に戻り。
そして、今までのちぐはぐした。
噛み合わない歯車のような、自分の地球の歩き方を思い出していく。
もしかして。
多分。
今まで地球を歩いていたのは。
近い未来に羽ばたくための助走?
なぜだろう。
そんな気がして。
止まらない。
ちょっと嬉しくなっていた。
やっと見えてきた?
予感がして。
運命?
そんなに格好いいものじゃない?
全然、未来のことなんて分からないんだけど。
「最初から、私と旅をしたかったわけ?」
ソフィアは前を歩く、黒頭巾のマリエに尋ねる。「私と一緒がよかったんだ、そうでしょ?」
「え、旅? ソフィアと一緒?」マリエは振り返って首を傾けた。「ソフィアが何を言っているのか、なんていうか、意味不明です」
「いい加減、私をラボに呼んだ理由を説明しなさいよ」
「え、もう分かっていると思っていたのですが、違いますか?」マリエはソフィアの瞳を覗き込んでから、俯いた。「……何度も説明するのは、嫌いです」
「分かったよ、分かったよ、」ソフィアはマリエの頭を強い力を入れて撫でた。「この、恥ずかしがり屋さんめ」
「恥ずかしがり屋じゃないもん」マリエは頬を膨らませた。
シデンは二人のやり取りを見て、クスッと笑った。
ドナルドが回転扉の下の方を爪先で蹴って、四人は敷地の外へ出た。来た時と同じように門の両脇に兵士が立っている。左右に川に沿って道が伸び、左手の方に鉄橋がある。それを渡った先に宮殿のような建物が見える。確かマーブル財団の本部で、マンブルズ家の屋敷だったと思う。その先がコロマの中心街で、大陸横断鉄道の駅があったはずだ。
左の方から馬の蹄の音が聞こえてくる。
しばらくして馬車がやってきた。
「お待たせしました」
ここに来るときにもソフィアを乗せてくれた馬車だった。少女の馭者はソフィアになぜかウインクして、軽快な手綱捌きでソフィアの目の前に扉が来るように停止した。四人が乗り込むと、馬車は走り始めた。
「ねぇ、シデン、」ソフィアが言う。「どうして向かいに座らないの?」
「男の人の隣なんて嫌です、」シデンはなぜか甘えるように言った。「窮屈ですけど、男の人の隣に座るくらいでしたら、ううん、可愛い魔女の隣の方が絶対にいいです」
ソフィアの対面に座るのは腕を組んで、居心地悪そうな表情のドナルドだけだった。彼は後頭部を擦りながら言う。「……すいません、俺のせいです、多分」
「ああ、もう、窮屈、」こちら側にはソフィア、マリエ、シデンで座っていたから、どうしたって窮屈だった。ソフィアはドナルドの隣に移動する。ドナルドはソフィアに嫌そうな顔をして、ソフィアから過剰な距離を取る。「ちょっと、ねぇ、ドナルドさん、麗しき風の魔女のソフィアが隣に座っているんだよ、どうしてそんなに嫌そうな顔をするんです?」
「え、嫌そう?」ドナルドは無理に微笑む。「そんな、多分、そんな気持ちにはなっていませんよ、はい、その、素敵過ぎて、緊張しているだけで、はは、困ったなぁ」
「どうして困るんですか?」ソフィアはドナルドの肩に手を乗せて、笑顔で迫る。「これから一緒に旅をするんですから、仲良く行きましょう、ピクニック気分で、ああ、そうだ、歌いましょうか?」
「いえ、その、」ドナルドは両手を広げ、慌てる。「結構です」
「何よ、結構ですって、ロリコンの癖に」
「マリエ?」ドナルドは顔を真っ赤にしてマリエを見た。「まさか、教えたのですか?」
「え、何をですか?」マリエは真顔で惚ける。「もしかして、ドナルドが三十四歳の癖に私のことを愛している変態でロリコンだということですか?」
「おお、もう、」ドナルドは頭を抱えた。「恥ずかしい」
「シデン、何を?」マリエが言う。
シデンはマリエのことを抱き締めていた。「変態が近くにいるから、守らなきゃ」
「大丈夫ですよ、ドナルドは臆病者なので、私に指一本触れません、名前を呼ぶのにも、四年掛かったんですから」
「ねぇ、マリエ、歌うよ」
「あ、そうです、先ほどの続きをここで少し、やりましょう」
「続き?」シデンは小首を傾げる。
「私はソフィアのことを考えます、」マリエは五指を組み、目を伏せた。「だからソフィアは私のことを考えて、歌って下さい」
「ああ、無響室での続き? でも、両想いがなんなの?」
「あ、やっぱり二人はそういう関係なんですね、」シデンは何やら頷いている。「なるほどぉ」
「早く歌って下さい、もう駅に着いてしまいますよ」マリエは片目を開けて、ソフィアを見る。
ソフィアは咳払いをして、喉の調子を整える。いつもより、念入りに。
「それじゃあ、」ソフィアはマリエにウインクした。「いくよ」




