プロローグ
新大陸シンデラ。
カリフォルニア州、西海岸に面するサンフランシスコの東。
サクラメント。
この場所が全ての始まり。
ゴールド・ラッシュが、ここで始まった。
新しい金脈の発見。
巨大な富の出現に。
世界は初めてを経験する。
テラ、ガイア、エルデ、アース、地球……。
人々が様々な発声で呼ぶ、我らが天体の世界で。
人々は動いた。
新大陸シンデラへ向かって。
ブーツの底を蹴って。
歩いた。
その金脈の形。
地図で見ると私が育った極東世界の輪郭と似ている。
私が育った極東世界も。
黄金郷と呼ばれた史実が存在する。
水戸がまとめた大日本史にその記述はないが。
その史実の根拠として。
私の国には伝わるものがある。
その伝わるものを信じて。
全世界の反応から遅れること三年。
ゴールド・ラッシュの始発を告げる警笛から三年後。
西暦一八五二年三月。
幕府の姫は、私を蒸気船に乗せる。
そして私は今。
カリフォルニア州最大の金鉱山、ノーザン・サクラメント・バレイの、ナンバ・セブンというエリアの高い場所にひっそりと建つ、狭くて暗くて埃っぽい小屋の窓から。
採掘場を望遠していた。
出発前夜に、姫は私に望遠鏡をプレゼントした。
漆地の上には光沢を放つ色の彫刻。
巧妙な螺鈿細工は、ため息が出るほどに美しい。
しかし褒めるべきところはは、その望遠の性能。
良く見える。
あらゆるものが鮮明に見える。
遠くにいる女の子の笑顔までバッチリ見えて。
まるで目の前で微笑んでいるように見える性能。
しかし今、レンズから私の目に飛び込んでくる様々な国籍の人の中に女の子は皆無。
男たちばかりだ。
屈強な男たちは、シャベル、ハンマ、ドリルなど、戦のときに武器になりそうな巨大な採掘道具を担いで歩いているシーンが見える。
そんなシーンを望遠しながら。
私は王都ファーファルタウに古くから伝わる民謡を口ずさんでいる。
丘を越え行こうよ、
口笛ふきつつ、
空は澄み青空、
牧場をさして、
歌おう朗らかに、
ともに手を取り、
ランララランラン、ララ、ランラ、ランラ、
ランラララ、アヒルさん
ランラララ、ヤギさんも
めぇえ、
ララ、歌声あわせよ
足並みそろえよ
今日は、愉快だぁ
ピクニックを口ずさんでいて。
そして。
唐突に聞こえる。
高い場所のここまで聞こえた。
一発の銃声。
バキュン。
まるで。
恋に撃たれたような。
そんな。
幻想的な銃声が響く。
私は一度レンズから目を離し、採掘場を見下ろし、そこが騒然となっているのを確認する。再びレンズを覗く。
丁度、採掘場の中心。
一人の黒い髪の長い男が、両手を持ち上げている。
その周囲を男たちが囲んでいる。
彼らの何人かが黒い髪の長い男に銃を突き付けている。
黒い髪の長い男は両手を頭の後ろにやって赤い土の地面に両膝を付く。
彼の心臓に銃が突き付けられる。
私の心臓は少しだけ乱れた。
しかし。
彼の心臓は少しも乱れなかったと思う。
私より十歳も年下の癖に。
少しも乱れないのだ。
そういう男なのだ。
彼は。
彼はハンマを持った男に黒く長い髪を触られる。
その髪は後ろへ捨てられた。
彼の髪は黒じゃなかった。
黒じゃなくて。
桃色。
ピンク。
色が付いているのだ。
彼は魔法使い。
破裂する、魔法使い。
彼の髪の色を見て。
周囲の男たちが一歩後退する。
彼は髪の色を光らせ、魔法を編む。
彼の心臓に突き付けられていた銃が破裂する。
銃は妙な形になって燃える。
彼をハンマが襲う。
彼はハンマを躱し、拳を硬め、男の鼻を折る。
男はその場に崩れ落ちる。
彼はすかさず魔法を編み。
周囲百メートルの範囲にある銃を奇妙な形にする。
爆竹が騒いだみたいになる。
軽く、血が空気に混じり始める。
男たちは彼から距離を取る。
魔法使いの彼の登場に逃げ出したものもいる。
彼は私を見る。
一瞬だけ。
レンズ越しに私と彼は目が合う。
彼は前を向き。
シャベルを振りかざした男の足を払い、跳躍。
体重を乗せた肘で胸部の骨を砕いた。
私はレンズから目を離す。
そして。
私は。
私の色を光らせる。
小屋の扉を一瞬で酸化させた。
純粋な紅の髪と。
青い炎が私の色。
高い場所から低い場所へとあっという間に連れて行ってくれるトロッコが小屋の中にあって、レールは小屋の中から外へと敷かれていた。
そのトロッコのブレーキを外す。
少し押して。
傾斜に差し掛かったところで。
私はトロッコに飛び乗った。
私はピクニックを口ずさむ。
トロッコのレールはすり鉢状の地形に沿って敷かれている。
傾斜は三十度。
すぐに最高速度に達する。
乾いた風に、私の紅い髪が乱れる。
箒に跨って飛ぶよりも爽快。
私はピクニックを口ずさむ。
それに合わせて。
爆発が起こる。
あらゆる箇所で派手な爆発が起こる。
彼があらゆる箇所に仕掛けた爆薬に、彼はスイッチを入れているのだ。
その不規則なリズムを刻む爆発音は、興奮する体に心地いい。
私はすでに低い場所にいた。
レールは資材倉庫の横の鉄塔の前まで続いていた。
そこで終わり。
私はブレーキを掛けずに箒に跨り、トロッコからふんわりと飛ぶ。
トロッコは速度を落とさずに鉄塔に打つかって、バラバラになった。
私はピンクの髪を光らせている彼の隣に降り立つ。
「ああ、楽しかった」
彼は怖い目で私を見た。怖い目といっても、まだ彼の顔は幼さが残っている。「どうしてトロッコに乗って?」
「乗りたかったんだもの、」私は彼を睨む。「何? なんで怒ってるの?」
「危険です、」彼は私のドレスの袖を掴む。「それになんですか、この服は?」
「えへ、似合う?」私はスカートの裾を摘まんで、ポーズを取る。
「ええ、とても似合います、とても美しい、マイコ様には紅色が似合います、でも、」彼は目付きを変えず、私の太ももを凝視する。「寸法があっていません、この街の仕立屋は何を間違って、こんな服を? ふしだらですよ、マイコ様の美しい太ももが完全に露出しているじゃありませんか、箒に乗ったら、もう、アレですよ、いけませんよ、こんな服で箒に跨ったりしたら、危険を誘発します、その、なんて言いましょうか、ええ、まるでマイコ様は餌を撒いておられる」
「うーん、ちょっと意味が分からないな、」私は首を傾ける。「まぁ、今は服のことは置いておいて、とにかく」
「ええ、そうですね、」彼は頷く。「探しましょう、でも、その服は駄目ですよ」
そのとき。
後ろの方で馬が鳴いた。
振り返ると馬車が二階建ての宿舎の前に停まっていた。
宿舎の出入り口からスーツを身に纏った、先ほどのシャベルを担いでいた男達とは明らかに毛色の違う紳士が出てきた。彼の手には銀色のケース。彼はこちらを一瞥。慌てて馬車に乗り込んだ。馬車はトンネルの方へ向かって動き出した。
「あ、待ちなさい!」私は叫んで飛ぶ。
「バースト」彼はピンクの髪を光らせ短く言った。
瞬間。
小さな炸裂音を立てて。
馬車の車輪が爆発。
細い煙が立ち上る。
車輪は本体から外れ、斜めに転がって、宿舎の壁に激突。
馬は異常を感知して振り返って、本来の働きを失った籠を見て困っている。
「やるじゃん」私は笑顔でピンクの髪を触って褒める。
「きちんと予測はしておいたんです」
私と彼は早足で歩いて馬車の扉を開けた。
シルクハットの位置がずれた紳士が額を押さえて呻いている。「……何者だ、貴様ら」
「そのケースを渡して」私は歯切れよく言った。
「ふん、」紳士は挑発的な目をして笑う。私を睨む。「人の道をはずれた魔女め」
「数を数えるわ、」私は指先に炎を灯らせた。「ワン、トゥー、スリー、フォー」
「ふん、」紳士はケースから手を離した。「こんなもの、くれてやる」
「ありがと」
私は笑顔を作って言ってスーツに手を伸ばした。
「きゃ!」私は手を引っ込め、指先を口の中に入れた。
「マイコ様、どうしました!?」
「……いや、」私は指を口に入れたまま言う。「ビリリッと、ビリリリッとしたの、電気、かな?」
「ビリリ?」
紳士は可笑しそうに笑っている。
紳士が仕掛けたトラップだろうか。
私は少し、戸惑った。
戸惑っていると。
彼はピンク色の髪を光らせ、紳士の胸倉を掴んで、馬車の外に連れ出し。
拳を硬め。
顎を狙って殴る。
紳士は簡単に気を失う。
多分、死んではいないと思う。
「大丈夫、」彼はケースを持ち上げて私を見た。「もうビリリッとしませんよ」
「……本当?」
「ええ、トラップは一度限りのようです」
私は恐る恐る手を伸ばしケースに触る。
「……本当だ」
私は笑顔になってケースを開いた。