青空ぱんつ
若干シモネタが入るというか、いっぱいパンツという言葉が出てきます。苦手な人はご注意ください。
空を飛び回れたら、と思う。
屋上の中でも一番高い場所――給水タンクの上に立っているクラスメイトを見ていると、何故かそんな考えが浮かんだ。
「なぁ、いい加減に降りてこい」
「ヤだ」
クラスメイト――佳山美代は空を見上げながら、にべもなく答えた。
まいった。たまには屋上で昼飯を食うのも悪くはないなんて考えたのが、そもそもの間違いだった。透き通るような秋の空を眺めながらの、穏やかな昼食のはずが、美人クラスメイトの、妖しい電波を受信しているかのような行動を眺めながらの、気まずい昼メシになってしまったのだ。
「授業始まってるぞ」
「だから?」
「教室に戻って、授業を受けろ」
「なんで?」
なんでと言われても困る。そんなものだろう、普通。
「……健全な高校生は、授業を受けるものだ」
「健全な高校生なら、たまにはサボるもんよ」
「……そんなものか?」
「そんなもんよ」
佳山は空を見上げたまま、ちっとも動く気配を見せない。どうやら本当にサボるつもりらしい。
「じゃあ、俺は戻るから」
「ヤだ」
踵を返した途端、佳山が淡々とした声で呟いた。
振り返ると、佳山は俺を見ていた。セミロングの髪が秋風にたなびいており、垂れ目がちの目が、俺を捉えていた。心なしか睨んでいるようにも思える。引き留めているらしい。はあ、と溜息をついて、再び佳山に向き直る。すると佳山はそれを確認して、また空を見上げた。その行為に俺が必要なのか、と小一時間ほど問いつめたい気分だ。
まあ、どうせ教室に戻っても数学という名の催眠術を喰らうばかりである。確かに、たまにサボってみるのも、悪くはない。佳山と二人きりというのも、悪くない。電波な行動でなければ、本当に悪くないのだが。
ふと、秋風がけっこう強く吹いた。佳山の短いスカートが捲り上がり、中が見えた。
「白」
「―――何度も聞いた」
「恥じらえ」
「ヤだ」
……つまらない。
これで佳山のスカートが捲れ上がったのは都合五度目になる。秋風の悪戯も、恥じらう乙女というファクターがなければ、こんなにもつまらないものになってしまう。佳山のような美人の下着である。貴重品なのだ。
何故、慌ててスカートを抑えてくれないのだ。何故、恥ずかしそうに頬を染めないのだ。何故、照れ隠しで睨みながら「見た?」と聞かないのだ。勿体ない。せめて、捲れ上がるたびに下着の色を変えるという芸でも仕込んでいてくれれば、面白いものを。
「大野」
ふと、佳山が俺を呼んだ。相変わらず空を見上げたままではあったが。
「健全な高校生なら、下着を見て喜ぶもんよ」
「健全な高校生は、下着を見られたら恥じらうものだ」
「そんなもん?」
「ああ。そうしたら、俺だって小躍りしながら喜ぶ」
我ながら、馬鹿な会話だと思う。しかし佳山は口に手を添えて、何事か真剣に考えているようだった。きっと、パンツのことだ。
「ようし、折角だから説明してやろう。いいか、パンツ自体に、そんなに魅力はない。デパートの下着売り場に並んでいるパンツ見て、興奮する馬鹿なんていないだろ。つまりだな、大事なことは、パンツを女の子が隠しているってことだ。考えても見ろ、パンツなんてただの布きれだぞ。だがな、それを女の子が隠すことによって、魔法の布きれになるんだ。わかるか。女の子が見られて恥ずかしいものを見るという、その行為自体が喜びなんだ。隠して、見られて、恥ずかしがる仕草があって、初めてパンツってのは男の浪漫になるわけだ」
「……成る程」
納得しやがった。すげえ女だ。
しばらく、俺もぼんやりと空を見上げてみた。秋の空は綺麗で、移ろいやすいことから女心に喩えられるが、ちっとも変わり映えがしない。雲もないので、本当に動きがない。正直、いくら綺麗でもすぐに飽きる。佳山が綺麗な顔してて、浮いた話がないのと同じだ。表情の変化が乏しい美人は人形のようで、美しい反面、どこか不気味だった。
俺だって、こんな状況でなければ話しかけようとも思わなかった。変化が無いことほど、退屈なものなんて無いのだから。
「なあ、面白いか?」
「何が?」
「空」
「うん」
「どの辺が?」
「色々変化がある」
「……そうか?」
雲もないし、まだ夕暮れ時でもないから、色の変化もない。鳥がたまに通り過ぎるが、大概が雀で、よくて鳩である。それなら近所の公園でパンの耳でも蒔いていた方が面白いだろう。
「すまんが、説明して貰えるか」
「わからない?」
「ちっともわからん」
「ようし、折角だから説明してやろう」
その台詞は、俺がパンツについて語ったときのものだ。
「つまり、大野がパンツに浪漫を感じるように、私も空に浪漫を感じるということだ」
「すまんが、さっぱりわからん」
「要するに、空自体にそこまでの魅力を感じない。ただ、この空は世界中に繋がっている。この空の下で、何が起こっているのだろうと考えると、時間はあっという間に過ぎていく。例えば、アメリカでギャングが闘争してるかもしれない。南極でペンギンが泳いでいるかもしれない。大野らしく言えば、この空の下で、誰かがパンツを見られて恥ずかしがっているかもしれない。どうだ、浪漫を感じずにはいられないだろう?」
なかなかのロマンチストでいらっしゃる。空自体に変化はなくとも、佳山の心には変化がある、か。
「……成る程。しかし、少し誤解を解いておきたいんだが、俺は別にパンツだけに浪漫を感じている訳じゃないぞ。確かにパンツには溢れんばかりの浪漫を感じるが、そういう見方をすれば、空にも浪漫を感じる」
「あら、そうなの?」
佳山よ。お前は俺をパンツにしか浪漫を感じることの出来ない男とでも思っていたのか。
「まあ、私も大野みたいな見方をすれば、パンツに浪漫を感じるだろうし」
ひゃっほう。佳山がパンツに目覚めた。
折良く、強い風が吹く。さあ、見せてくれ。佳山の恥ずかしがる姿を。そしてそのときに、見えるか見えないかのレヴェルでパンツを見せてくれ。
「……」
「……」
パンツは見えたが、佳山は特に変化がなかった。
「そりゃないぜ、美代」
「見られる側に浪漫は無いもんよ、隆史」
しまった。それは盲点だった。確かに見られたほうは恥ずかしいだけで、浪漫を感じるはずがない。
「いやちょっと待て。おまえ、恥ずかしくないのか?」
それだ。何故今まで気付かなかったんだ。普通はパンツを見られたら恥ずかしがるものだ。そして頬を赤らめて、照れ隠しに「見たわね、えっち」とでも言うものだ。
「なあ、恥ずかしくないのか?」
「別に」
「何で?」
「布きれだから、じゃないのか?」
佳山は心底、パンツに恥じらいを覚えない人種らしい。なんてこった。折角、俺がパンツの浪漫に目覚めさせてやったというのに。
「……勿体ねえ。可愛いのに」
「なっ……!?」
「ほんと、勿体ないって。可愛いし、スタイルもいい感じなのになぁ」
パンツを見られて恥じらってくれれば、もう言うこと無しじゃないか。空に浪漫を感じる乙女回路も標準装備であるし、たまにサボるくらいかまわないだろうという考え方も良い味出してるのに。
「か、可愛いとか、そんなこと言うな!」
へ? と佳山を見上げる。何故か顔が真っ赤になっていた。完璧に恥ずかしがっている。恥じらいの表情である。
「ど、どうした佳山?」
「お、大野が妙なことを言うからだ!」
再び俺の頭上にクエスチョンマークが浮かぶ。俺が妙なことを言ったらしい。
「ああ、パンツのことか。流石にデリカシーが足りなかったか?」
「ち、違う。パンツは別にどうでもいい。そ、その、か、可愛いって……」
……OK、ブラザー。もといシスター。落ち着いて話し合おう。
つまり、佳山はパンツを見られても全然恥ずかしくないのに、可愛いとか言われると凄く恥ずかしがる、特異な性格の持ち主ということかね、チミ?
「うわ、可愛い!」
「や、やめろって!」
正解であります、教授。
「しかし、あれだな。佳山なら可愛いなんて聞き飽きてるんじゃないか?」
「い、いや……初耳だ」
……まあ、考えてみればあり得る。佳山は美人だが、いつも何考えてるか、ちっともわからなかった。クラスでも誰かと喋っているところを見た記憶がほとんどない。さっき思い返したように、浮いた話の一つもなかったのだ。
「よーし、これから毎日可愛いって言うか」
「ひ、ひぃっ。やめてくれ」
良い反応だ。面白すぎる。なぜ今まで、誰も佳山に可愛いと言わなかったんだ。恥じらいで顔を真っ赤にさせていて、目線を泳がせている様など、普段の三倍は可愛い。これでパンツにも恥じらいを覚えてくれれば、どんなにいいことか。
「……あ」
ふと、一計を思いついた。俺の夢を叶える、素敵な案だ。どうやら秋の空も俺に味方をしているらしい。とても都合の良い風が、びゅうと吹いてきた。今まで一番強い風が。
「佳山、すっげぇ可愛いぞ」
「へ、あ、きゃあっ!」
佳山のスカートが捲れ上がる瞬間。佳山は俺の声を聞いて顔を再び真っ赤にさせて、突然舞い上がったスカートをビックリして押さえつけた。
その刹那である。見えるか見えないかの微妙なレヴェルで白い下着が見え―――
「佳山。俺はお前に惚れたかもしれん」
「パ、パンツが理由で惚れられたくないッ」
至極尤もである。
「でも……本当に、か、か、かかか、可愛いと思ってくれてるのなら……考えてみる」
……佳山は、わかっているのだろうか。
「今の発言が、一番可愛かったぞ」
「う、うわぁああ。も、もうやめてくれっ!!」
余談だが、この三日後。俺達は付き合うことになった。
どうやって付き合ったんだと問われることも多いが、俺はいつもこう答えることにしている。
「パンツについて語っただけだ」
拙作を読んで頂きありがとうございました。
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