種を売り切りたい伯爵令嬢と最後の一袋を残したい母
母は豆の袋を抱いたまま寝室へ立てこもった。売りたいと言ったのは豆であって母ではないのに、扉には内側から椅子まで置かれている。私は運送屋へ渡す予定の目録を持って廊下に立ち、昼食だけでも食べないかと声を掛けた。
「私が開けたらその袋も目録に書くのでしょう。先に言っておきますが、これは私のものです。お父様から相続した品ではありません」
「存じています。だからお母様の署名がないと売れないという話をしているんです。少なくともパンはお母様のものではないので、食堂へ返していただけますか」
扉の下から皿が出てきた。きれいに空になっていたので私は受け取って机へ置いた。今日は根比べになるらしいと思っていると母が少しだけ扉を開け、皿の隣にあったバターも忘れたと付け加えた。
父が亡くなって一年になる。兄がラト伯爵家を継ぎ、母と私はこの秋に領地の別邸を出るはずだった。兄の家族が使う本邸へ戻る母と、王都の種苗店へ勤める私では行き先が違うが、荷を減らす必要は同じだと思っていた。
別邸とその裏の菜園は母の結婚前からの持ち物だった。建物の裏に細長い畑と種の乾燥小屋があり、母はそこで三十年近く野菜を育ててきた。父が仕入れた土地でもなければ伯爵家の事業でもないので、兄は売れとも残せとも言っていない。
私は王都へ持っていく箱を二つに決めた。勤め先の部屋には小さな棚しかなく、服を四枚入れれば残りは帳面と靴で埋まる。母の倉庫には箱が二十個以上あり、どれにも去年と一昨年とその前の種が別々に入っていた。
「使う分だけ残してほしいんです。お母様が本邸で世話をできるのは花壇くらいでしょう。土地を貸すなら倉庫も空けないと相手が困ります」
「相手の心配は早いのね。私がここを貸すかどうかはまだ決めていません。あなたは箱に値段を書いてから相談しに来るから話が逆になるのよ」
私は目録を裏返した。先に値段を書いたのは売るならいくらになるか知っておくためだが、母にはもう決まったことを承知しろと言っているように見えたらしい。値段のない裏にも箱の数は透けており、隠す動作まで子供じみていた。
母は四十九歳で白いものの混じった黒髪を持っている。父の葬儀から黒い服を着ていたが、畑へ出るときは昔の茶色い上着をその上へ羽織った。今日もその上着の膝に豆の袋をのせ、私の説明が終わるのを待っていた。
「では一緒に数えるだけにしませんか。数えたから売るのではありません。何があって何がないか私も知りたいのです」
母は袋を机に置いたが私の手の届かない側へ寄せた。豆は灰色の小さな粒で、王都で見たふっくらした白い豆に比べると見栄えが悪い。袋には母の丸い字で「川下・三年目」とあり、私はそれが品種名なのか場所なのかも知らなかった。
午後は乾燥小屋へ行った。私は羽虫を追いながら窓を開け、母は机の上へ布を広げる。二人で作業するならもっと広い場所がよいと思ったが、勝手に台所へ運んだら豆の粉を料理人に嫌がられるということだけは分かった。
箱を一つ開けると空の袋が三つ出てきた。次の箱には水にぬれて硬くなった紙があり、母も何を書いたか読めないと言う。私は捨てていいか尋ねる前に別のかごへ入れ、母の返事を待ってから目録に印を付けた。
「こういう物からなら減らせるでしょう。種が一粒も入っていないのに箱は場所を取ります」
「それはあなたの言うとおりね。ただし紙は残してちょうだい。読み直せるかもしれないから、乾かしてから考えたい」
私は理由を聞こうとしてやめた。理由を説明できなければ捨ててよい物になるわけでもない。空の袋だけでも小さな山になり、夕方には箱が二つ減ったので、今日はそれで終わりにすることにした。
帰りに母は豆の袋をまた自分で持った。私はそれが気になったが取り上げなかった。娘に盗まれまいと警戒するほどの値打ちがあるなら、なぜ今まで食卓で見たことがないのだろうと考えた。
翌朝に共同畑の世話をしているトマが来た。母より私へ先にあいさつしたのは、私が倉庫の鍵を持って入口に立っていたからだ。彼は用件を聞かれると豆の袋を分けてもらいに来たと言い、私が持つ目録をのぞき込んだ。
「今年の川下の分は残っていますか。婆さんの畑が水をかぶったので種を取れなかったんです。袋全部でなくていい。春にまく分があれば」
「川下というのは種類の名前ですか。母は毎年場所の名前を書いているだけかと思っていました」
トマは困った顔をして母の方を見た。母は私を笑わず、もとは上流の畑で育てていた豆を低い畑へ移し、毎年種を選んでいるのだと説明した。二十年も同じことをしていれば私でも覚えると思ったのだろうか。
私は十六歳で王都の学校へ行き、帰省するのは冬が多かった。春の種まきと夏の採種を一緒にした記憶は子供のころまでしかない。小さな豆より王都で学んだ値段や取引の方が役立つと思い、母もそれを止めなかった。
「それなら共同畑で保管できませんか。お母様一人が抱えるより、多くの人が使える方がよいでしょう」
「保管する建物はあるけど乾燥棚は足りません。去年も麦とぶつかったし、人手も要ります。受け取るだけなら簡単なんですが」
トマは三十四歳で村の畑の取りまとめをしている。新しいことを拒む人ではないが、私が思いついたことをすぐ引き受ける人でもなかった。持ってきたかごの底には代わりの種と返礼の干し果物があり、母は欲しい袋を指して彼と交換の話を始めた。
私は袋を渡す前にどれだけ残るか量ってもらった。母は嫌な顔をしたが、トマが借りる量も書いておきたいと言ったのではかりを出した。袋の半分以上は残り、私は必要な分だけ売ればよいという考えを捨てきれずにいた。
母はその顔を見ていたらしく、トマの帰った後で残りを私の前へ置いた。私は初めて袋を預けられたことに驚き、手を洗ってから豆を布へ広げた。虫の穴がある粒と表面のしわの深い粒が交じっている。
「全部が芽を出すわけではありません。袋を半分残せば来年も半分取れるとは限らないの。私も今年の分はまだ確かめていないから、数だけで約束したくないのよ」
私は勤め先で覚えた発芽の確かめ方を話した。母はうなずいたが、いま確かめた結果が来春の畑でそのまま出るとは限らないとも言う。私はそこまで疑うなら何も売れないと返しかけ、売ることばかり考えている自分に気づいた。
とにかく一部を試すことで合意した。私が記録を付け、母が袋の出所を説明する。湿らせた布に並べる豆は袋全体から偏らないよう取り、使った数も書くことにした。人間の気持ちと違って数は数えればよいので少し気が楽だった。
数え終わるころに兄から手紙が来た。本邸の部屋の支度はできているが、母がいつ来るか教えてほしいという。私は母の前で読み上げ、返事はお母様から書いてくださいと紙を差し出した。
母は紙を受け取っても書き始めなかった。兄の家族を嫌っているのかと思って尋ねると違うと言った。好きな人たちと住むのなら何も問題はないと決めつけていた私は、何が嫌なのかと続けてしまった。
「本邸では私の出番が多すぎるの。孫に会うのは好きよ。でも毎朝そこで起きて、皆の予定に合わせて食べて、客が来れば顔を出す暮らしへ戻りたいとはまだ思わないの」
「それならこの家へ残りたいとお兄様に言えばよかったでしょう。私には本邸で服が足りるかとばかり聞いていたのに」
母は膝の布をたたんだ。服の話なら楽だったのよと答えた声は怒っていなかった。私は娘には分かるように話してほしいと思ったが、私も王都へ行く不安を隠して荷物の量の話ばかりしていた。
その日は返事を書かずに夕食を取った。豆の一皿が出てきたので私は例の種を料理したのかと聞き、母に違うと笑われた。食用の分は地下室にあるというから、私は自分が家の中のどこに何があるかさえ知らないことを認めるしかなかった。
鍋の豆は煮ても皮が少し残った。私は王都の豆の方が柔らかいと正直に言い、母はこれは翌朝に焼く方が好きだと答えた。土地に合うからといって味まで一番になるわけではなく、母もそう言い張る気はないらしい。
食後に私は勤め先への返事を書いた。着任日は三週間後で、それより遅れるなら部屋を別の人に貸すとある。母を手伝うために残るという立派な理由を考える前に、私はその部屋で暮らしたいと思っていることを認めた。
翌日に王都の買付人が来る予定だった。私は何も決まっていないと知らせるべきだったが、手紙では間に合わない。彼が半日かけて来たら母も話だけは聞いてくれるのではないかという考えを否定できず、私は夕方まで何も言わずにいた。
買付人は約束どおりに来た。母は応接室へ入って相手を見ると私を呼び、どうして今日だと教えなかったのかと尋ねた。私は前に話したつもりだと答えたが、目録を作ったことと訪問の日付を知らせたことは違う。
その場で私が決めた話だと説明した。買付人は別邸の全部を借りたいのではなく倉庫と前庭を使いたいのだと確認し、母は菜園まで片付けるつもりはないと答えた。彼の示した条件には畑の排水路も通路に使う案があり、母がすぐに首を振った。
「そこを塞ぐと雨の後に水が抜けなくなります。今ある溝は残しますし、そちらの荷車が入るなら別の道が必要です」
「では見て回ってから面積を計り直しましょう。こちらも一度で決めるつもりではありません。ご令嬢からは話が進んでいるとうかがっていましたが」
私は顔が熱くなった。進んでいるのは私が頭の中で作った話だけで、母は持ち物を数えるところまでしか同意していない。買付人へそのことを伝えてわび、来てもらった実費は私が払うと申し出た。
彼は帰りの馬車を待つ間に現地を見るだけ見たいと言った。母もそれは断らず、私たちは三人で外へ出た。私は説明役を母に譲り、知らない排水路の行き先を一緒に確かめた。
菜園の端には使っていない花壇があった。私は空き地だと思っていたが、母は雨の多い年に種を分けて植える予備の場所だと言った。何も生えていないから何もしていないという見方では、いつまでたっても母の話を理解できない。
買付人は敷地を見た後で必要な道幅を書き直した。最初の条件より借料は下がると言い、母はその場で決めず紙を預かった。彼が去ると私はようやく二人きりで謝れたが、母は謝ってくれたから今日中に話を進めることはしないと答えた。
「ええ。私もそのつもりです。けれど引っ越しの日だけは決めたいので、そこは別に話していただけますか。王都へ行くことまで保留にはできません」
母はうなずいた。私がそれを言うのを待っていたのかもしれないが、待っていたと決めつけて感謝するのも違う。私は出発日を紙に書いて食堂の壁へ貼り、母の引っ越しの日付の欄は空けたままにした。
発芽を試した布から小さな根が出たのはその翌日だった。私は喜んで母を呼びに行ったが、母は全部が出るまで待ちましょうと答えた。早く出た粒だけを数えてよい結果にしたいわけではないと自分でも分かり、続きを記録した。
数日のうちに芽を出した粒と出さない粒が分かれた。私はその割合を計算して母に見せたが、母はよいとも悪いとも言わず去年の帳面を持ってきた。そこには今年より少ない数で試した結果があり、条件も同じではなかった。
私は二年分をそのまま比べるのをやめた。同じものさしで測った数字に見えても布の置き場所も試した時期も違う。王都で働くなら何でも数で説明できると思っていたことが、ここではむしろ邪魔をしていた。
「店でもこういう結果を扱うでしょうね。分からないことを分かったように書くより、条件を残してくれる人の方が私なら雇いたいわ」
「お母様は採用する側ではありません。私は試験に落ちるたびに戻ってくるつもりもありませんから、そのような慰め方はやめてください」
言いすぎたと思ったが母は笑わなかった。慰めではなく仕事の話をしていたと答え、自分の帳面にも抜けがあると見せた。私はそのページへ注意を書き、母が怒らずうなずいたのでほっとした。
午後にトマが来たので試験の結果を見せた。彼は共同畑にも少量を置けると言ったが、何袋も預かることはできないと改めて線を引いた。村の人なら母の苦労を無条件で引き受けるという期待は、私の勝手なものだった。
「種を残すなら来年の世話も決めておかないと。今袋だけもらっても春に誰がまくのか分からないでしょう。奥様が本邸へ行くなら手紙で聞くことになりますね」
「私はここへ残ることも考えています。でも一人で全部を守るのは無理だから、畑を小さくしたいの。減らすのを手伝っていただける?」
母が初めて自分から減らすと言った。私はそれを喜んで口を挟みかけ、トマが返事をするのを待った。彼は毎日通う約束はできないが、週に二度なら共同畑の帰りに寄れると言った。
私は二人の話を紙に書いた。世話の内容だけでなく、母が寝込んだときやトマの畑で忙しくなったときに何を休むかも聞いた。全部を続けるための計画ではなく、続けられる範囲を決める話なら私にも手伝えた。
その夜に母と倉庫へ行った。持ち物の数を減らすためではなく、来年に使う袋と売れる袋を分けるためだった。母は何度も手を止めたが私はせかさず、自分が読める字でラベルを書き足した。
古い箱の底から私の子供の字が出てきた。「いちばん大きいの」と書いた札で、豆は残っていなかった。母は私が幼いころに大きな粒だけ集めたのだと話し、私はそんなに昔の紙を残すから箱が増えるのだと答えた。
「これはあなたが持っていってもいいわよ。帳面に挟めば場所を取らないでしょう」
「いりません。大きければ何でも立派だと思っていた証拠を、就職先へ持っていく必要はありませんので」
母が声を上げて笑った。私は札を捨てるかごへ入れようとして指を止め、結局自分の手帳へ挟んだ。母はその動きを見たが何も言わず、次の箱を開けた。
少し片付いたころに雨が降り始めた。屋根に当たる音が大きくなるので母は天井を見上げ、私は窓を閉めに行った。戻ると棚の端へ水が一滴落ち、紙に丸い跡が広がっていた。
私たちはぬれた箱を机へ移した。袋の口が濡れる前に出せたものもあれば、底の紙が水を吸ったものもある。私は保存分を全部同じ棚へ集めたことを思い出し、母を責めるより先に別の乾いた棚を空けた。
雨漏りは前にもあったと母が言った。屋根の修理を頼もうとして費用が分からず先延ばしにしたらしい。私は母も困ったことを黙っていたのだと腹を立てたが、買付人の訪問を知らせなかった自分とどれだけ違うだろうと思った。
「明日にでも屋根を見てもらいましょう。全部を直す費用が出せなければ使う部分を決める。それまではここへ種を戻さないでください」
「分かっています。でも台所に並べたら叱られるわ。今夜は客間を使って、明日どうするか考えましょう」
私は料理人へ事情を話しに走った。母も手伝いを頼むのが遅かったと自分で言い、客間の床へ敷く布を借りた。三人で運べば箱はすぐ移せたが、私は母と二人で守るつもりになっていた自分が妙に疲れていたことに気づいた。
その晩の別邸は湿った紙の匂いがした。母と私は客間の前へ椅子を出し、虫が寄らないか見ながら冷めた茶を飲んだ。私は王都へ着いたら最初に何を食べたいか話し、母は部屋の窓の向きを尋ねた。
東向きだと答えると朝はよく起きられそうねと言った。私は母が一緒に住みたがるのではないかと警戒していたことを恥じ、店の仕事が始まったら毎週は手紙を書けないかもしれないと伝えた。母は毎週返事を待つ予定はないと言い、でも部屋へ着いたときだけは知らせてほしいと頼んだ。
雨は夜半にやんだ。私たちは見回りを続けず、窓を閉めてそれぞれの部屋へ戻った。全部を守れない夜に見張る人だけ増やしても仕方がないと母が言い、私はその言葉を自分にも言い聞かせて眠った。
屋根を見た職人は乾燥小屋の全部を使うなら大きな修理が要ると言った。半分を仕切って使う案なら母の手元の金で足りるが、窓と棚を作り直す分は別だった。私は自分の旅費を出しかけ、母に止められた。
「そのお金まで使えばあなたが王都で困ります。助けてもらうなら返せる額だけよ。私が何を残すか決める前に穴を埋めようとしないで」
私は財布をしまった。頼まれてもいない金を置いていけば母はその金額に合わせて物を残すことになる。私が手伝いたかったのは母の暮らしなのに、財布で母の選択を変えようとしていた。
母は買付人の紙を出してきた。倉庫を半分と前庭の一部だけ貸す条件をこちらから提案したいと言う。排水路は残し、菜園へ入る道は共用にせず別にする。その分だけ借料は下がるが屋根の直った部分を使ってもらえる。
私は地面の図を描き、母が使う道と荷車の道を別の色にした。初めて母から必要な図を頼まれて少し張り切りすぎ、道幅の数字を一つ書き間違えた。トマが見て荷車が通れないと指摘したので現地で測り直した。
母は種の保管にも条件を付けた。川下の豆は母の畑と共同畑へ分け、さらに少量を私の勤め先へ試験用として提案する。ただしその土地で同じように育つと保証はせず、店が断れば別の保存場所を探す。
「売れればいいと思っていた豆を、売らずに送り付けるのですか。店には店の予定があります。話だけしてみますが採用は私には決められません」
「それでいいの。あなたが働くから買ってくださいと言うつもりはありません。断られたら断られたと書いてちょうだい」
私は店への手紙を書いた。品種の来歴が一部しか確かめられていないこと、母の記録と今年の試験結果があることを伝え、勝手に種は同封しなかった。最初の仕事が母の在庫処分だと思われるのは嫌だったので、そのことも母に話した。
母は少し傷ついた顔をしたが、すぐに大丈夫と言って消そうとはしなかった。私は私の仕事を始めたいのだと続け、母はそれを聞いてからうなずいた。自分のしたいことを伝えると相手が一度は困ることもあるのだと、その顔を見て覚えた。
出発まで一週間になった。買付人の返事はまだ届かず、屋根の修理も全部は終わらない。私は解決していないことを残して出るのが怖くなり、旅の箱を何度も開けて必要のない布まで詰め直した。
母は私の部屋へ来て箱の上に座った。畑のために残ってほしいとは言わず、運送屋へ渡す荷はいつ外へ出すのかと尋ねる。私はその質問に腹を立てそうになり、母が私の出発日を守ろうとしていることに気づいた。
「お母様は一人でここに残って寂しくありませんか。畑があれば誰にも会わずに済むというわけではないでしょう」
「寂しい日もあるでしょうね。でもあなたがいても寂しかった日はあったわ。今だって二人で話しているのに、私が何を言えば安心するか考えているでしょう」
私は否定できなかった。残ってほしいと言われれば母のせいにでき、行ってほしいと言われれば心置きなく行ける。母はどちらの役も引き受けず、自分もまだ次の暮らしを始めたばかりだと言った。
私は箱の中から種の帳面の写しを出した。母が一人で持っているとまた雨でぬれるかもしれないので、私が書き写したものだ。母は礼を言った後で、それを私の箱へ戻し、自分の分は自分で置いておくと答えた。
「同じ記録が別の場所にあれば困らないのでしょう。あなたが教えてくれたとおりにしているだけよ。何でも全部この家へ置いていく必要はないわ」
私は帳面を服の下へ入れた。店の書類と混じらないよう表紙に母の名を書き、余白に受け取った日付も残した。母はそれを見ると、自分の帳面にもあなたが持ったと書いておくと言って部屋を出た。
翌日に買付人の返事が届いた。面積が減る分だけ借料も減り、初めは一年の契約にしたいという。母は永く貸せる方がよいと言ったが、相手にも商いの見通しがあると納得して条件を受け入れることにした。
署名の日にはトマが立ち会った。私は図の説明だけをし、母が相手と話し終わるまで待った。使う場所の境界には簡単なくいを打ち、排水路をふさがないことと修理をする側を紙に残した。
種を置く棚の一つは共同畑へ移した。トマが人を頼んで運び、母は受け取る袋を自分で数えた。私は代わりに数を読む役を引き受けたが、数え終わった後で袋を一つ戻し忘れたのでやり直した。
その間に母は私が来春ここへ来る前提で話しそうになり、自分で言葉を止めた。トマは手の空く人でやればいいと言ったが母はうなずくだけでは済ませず、来春の担当日を自分の欄へ書いた。私はそこへ自分の名を足さなかった。
出発の二日前に店の返事が来た。試験用の豆を少量なら受け取るが、販売できるかは別の話だという。着任日に持参してほしいとあり、私は母の前で声を上げて読み、先走って売れたと喜ぶことはしなかった。
「お母様の名前で記録を添えます。私が育てたことにはできませんので。結果が出るまで待ってくださいね」
「ええ。育たなかったらそれも教えてね。店の悪口を言うためではなく、次に送るか決めるために聞きたいの」
母は豆を選び直そうとしたが、私は試験のためならよい粒だけにしすぎない方がよいと言った。二人で相談して袋全体から取る数を決め、送り元と採れた年を書いた。残った袋は母の棚へ戻し、私の箱へは入れなかった。
最後の夕食には兄も来た。母が本邸へ移らないことに驚いていたが、部屋は空けておくから来たくなったら来ればよいと言った。母はありがたいと答え、孫への贈り物は自分で持っていくので勝手に荷へ積まないでと念を押した。
兄は私が王都で何をするか改めて聞いた。私は仕入れの帳面と倉庫の仕事から始めると答え、すぐに店を任されるわけではないとも説明した。兄は知っていると言ったが、私は自分でそれを声に出しておきたかった。
食卓の豆は先日と同じ皮の固いものだった。今日は煮た後で平たくつぶして焼いてあり、私はこっちの方が好きだと言った。母も同じことを言い、兄だけは柔らかい豆がよいと答えたので、来年の注文を取りたい母が一瞬だけ口を曲げた。
出発の朝に私は客間の床を確かめた。雨の日に広げた袋はもうなく、布も片付けてある。乾燥小屋は半分だけ新しい板になり、母が使う側の窓にはまだ塗料の匂いが残っていた。
母は庭の入口まで見送りに来た。私は家の鍵を返し、必要なら帰ってきたときに借りると言った。母は予備を持っていてもよいと答えたが、私は一度返してからまた借りたいので受け取ってもらった。
馬車へ乗る前に母が小さな包みを差し出した。私はさらに種が増えるのかと身構えたが、中身は今朝焼いたパンだった。豆の袋は箱の上に入れてあるのだから混ぜないでと母が言い、私は疑ったことをわびて包みを受け取った。
「着いたら知らせます。返事は急がなくて結構です。お母様が屋根のことで困ったら、そのときは困ったと書いてください」
「書くわ。あなたも仕事をやめたい日があったら、いきなり帰ってくる前に手紙をちょうだい。来るなという意味ではないからね」
私は笑って馬車へ乗った。母は窓の外から包みを膝へ置くよう言い、箱の中ではつぶれると最後まで口を出した。私はそのとおりにして、家が見えなくなってから一つ食べた。
王都の部屋は聞いていたより狭かった。箱を二つ置くと扉が開きにくくなり、私は床の上で服を出した。豆の袋は店の責任者へ渡して受領の紙をもらったので、部屋の棚は帳面だけでも十分に窮屈だった。
母への最初の手紙には無事に着いたことと仕事の時刻を書いた。窓は東向きだが隣の建物が高いので朝日が入るのは少し遅い。私はそれを不満のように書いた後で、寝坊を心配していた母なら笑うだろうと思ってそのまま封をした。
返事は一週間後に来た。屋根の支払いを終えたこと、トマが棚の位置を替えたがっていること、母がそれを一度断ってから試しに動かしたことが書いてある。私へどちらがよいか決めてほしいとは書かれていなかった。
春になって店の試験床へ豆をまいた。母の畑と土も日当たりも違い、芽の出方にはばらつきがあった。私は店の記録を付ける仕事としてその数字を書き、母へは許可を得た範囲の結果を知らせた。
母の返事にはこちらも全部同じではないとあった。川下の畑の一部がぬかるみ、別の場所に残した分が役立ったという。私が分けようと言ったことへの礼もあったが、私一人の手柄にしない文章だったので読みやすかった。
初夏の休みに私は村へ戻った。母は少し痩せたように見えたが機嫌がよく、台所には買付人から借りた荷車の返却札が置かれていた。別邸の前庭は前よりにぎやかで、母の畑へ入る道だけは図のとおりに空いている。
私は共同畑まで歩き、トマに今年の出来を聞いた。彼はよい所も悪い所もあると答えてから、母の畑の世話を全部任されたわけではないと笑った。私はそれならよかったと言い、今日の手伝いはどこまでならできるか尋ねた。
夕方に母と食卓へ座った。母は私の好みを覚えて豆を焼いてくれたが、私は店の近くで覚えた酸味のある味付けも試してほしいと頼んだ。母は皿を半分に分け、自分の分は今のままにしておいた。
食後に私は手帳から子供のころの札を出した。母は大事に持っていたのねと言いかけたが、私が折れた角を見せると笑ってのりを取りに行った。二人で薄い紙を裏へ当て、乾くまで机の端に置いた。
翌朝の帰り支度で私は豆を売っていないことに気づいた。最初の目録に書いた値段は実現しなかったが、母は貸した場所の収入で修理費を払い、私は自分の給料で次の切符を買える。残った問題を数えながらでも出発の荷はまとまった。
母は門の所で次はいつ来るかと尋ねた。私はまだ決められないと答え、母は分かったと言ってパンの包みを渡した。前より小さな包みだったので尋ねると、もう道の途中で何を買えるか知っているでしょうと返された。
私は包みをかばんへ入れた。今度はつぶれない場所を自分で選び、馬車の足元へ収める。母が何か言いたそうに身を乗り出したので窓を開けると、札ののりが乾いたら忘れずに持っていきなさいと言われ、私は慌てて家へ取りに戻った。




