桜
私は今夢を見ている。私の記憶だろうか。悪夢でもない。とても嫌な夢だ。
私の両親はいつも焦げた料理を出してきて、いつも私抜きで話している。その上、物心がついた頃にはどこかに去っていった。そのため、私はそれからおばあちゃんに育てられた。写真立てには私とおばあちゃんしか写っていない。おばあちゃんは両親と違っていつもちゃんとした料理を出してくれる。私は、その料理が大好きで、毎日必ず完食していた。
今日は私の小学校の卒業式の日だ。卒業証書をもらったり、クラスのみんなで写真を撮ったりした。卒業式が終わると、私とおばあちゃんは家の近くにある桜の木を見に行った。私はおばあちゃんと、この桜の木を毎日のように見ていた。おばあちゃんは大の桜好きだ。その理由は、「苗字に桜という文字が入っているから」というなんとも単純な理由らしい。今は桜が満開に咲いているシーズンだ。晴れ渡った青空が広がっているということもあり、今日は絶好の観光日和なのだろう。町一番に大きいこの木には、数えきれないほどの人が集まっていた。
「おばあちゃん、桜綺麗だね!」と私は言った。
すると、おばあちゃんは「えぇ、ほんとにね。この景色、人生で後何回見れるのかしら。今、あなたといる時間を大切にしないとね。」と、透き通っていて、でもどこか儚い目で私に言った。
見ていて少し暇になったので、私は落ちている花びらを組み合わせて、桜の冠を作った。あまり踏まれていないような、綺麗な花びらを選ぶようにした。綺麗な花びらはなかなか落ちていない。綺麗な花びらを見つけても、もろくてすぐ破れてしまったりしたため、冠を作り終わった時には紅葉が空一面に咲いているようだった。
「おばあちゃん!私、おばあちゃんのために桜の冠作ったよ!」
私はおばあちゃんに冠を渡した。「桜の花みたいに、おばあちゃんもいのちいっぱいに咲いてね!」という言葉と一緒に。
「ありがとうね。一生大事にするわ。」とおばあちゃんが言った。私は、おばあちゃんに感謝されて、とても嬉しかった。
次の日から、おばあちゃんは私の元から姿を消した。これからの人生、二度と声を聞くことはなかった。
それから三年。私は高校生になった。あの日以来、私はおばあちゃんのことを考えないようにしていた。今では、私は高校生活を満喫している。入学式の日は忙しくて桜を見にいけなかった。しかし、入学式から時間も経ち、余裕が出てきた五月頃、あの日以来にあの桜の木を見に行った。桜の木の隣には、あの日以降病院が建設されていた。
この場所を訪れるとおばあちゃんのことを嫌でも思い出してしまう。でも、今日は気分を変えて桜を楽しむことにした。
この桜はあの頃と同じように大きい。時期を逃して今は初夏で、桜のシーズンではなくなってしまったがそれでも美しく映る。ほとんど花が落ちて、緑緑しくなってきている。私は、この桜も満開の時のように美しいと感じた。
桜に見惚れていたら、急に風が私を襲った。その風はとても鋭く、私は全身をナイフで刺されていると錯覚した。その風が運んできたのだろうか。病院方面から目の前に、花の冠が落ちてきた。あの日の冠に似ている。枯れているが、大切にしていたのがわかる。私は、冠が落ちてきた方向にある病室に向かおうとした。
向かおうとしたその直後、四十代前後のカップルが私の前を通り、桜の冠を躊躇なく踏んづけた。多分見えていなかったのだろう。その二人は楽しそうに会話をしていた。まるで私を嘲笑っているかのように。
「…さーん。桜永さん!」
声が聞こえた。その声で私はふと目が覚めた。本当に嫌な夢だった。現実では、消毒の匂いが充満している。見回すと、そこは病院みたいだった。隣にはナース服を着た人がいる。手には点滴がつけられている。私には、状況が飲み込めなかった。
「大丈夫ですか?」と、しばらくの沈黙の後、看護師さんが話しかけてきた。
「大丈夫…だと思います。というか、今私ってどんな状況にいるんですか?」私は聞いた。
「そうですね。あなたは今…」と看護師さんが話し始めた。
看護師さん曰く、私は三年ほど前からこの病院に入院している。となると、私は今二十歳ぐらいなのだろう。それに、私は謎の病にかかっていると言う。おばあちゃんがかかっていた病と同じものに。
「おばあちゃんもこの病院にいるんですか!?」私は看護師さんに尋ねた。衝撃の事実だ。
「いえ、今はもう。三年ほど前に他界されてしまいまして。それまでは、ここの病院、確かこの病室ですね。この病室で治療されていましたよ。珍しい苗字だったので覚えています。」と看護師さんは答えた。「その人の担当も私だったのですが、よくお孫さんの話をされていましたね。お孫さんに会えないのが人生唯一の後悔だとか。あ、そうそう。本当に他界される一秒前まで花の冠を握っていましたよ。」
そのことを聞くと、私は白い光に包まれた。優しく、甘い桜の香りが私を覆う。また夢を見ているのだろうか。でも、前の夢とは違う。私はこの記憶を知らない。この夢の中ではやけに体が軽く感じた。風が吹いたら吹き飛ばされてしまいそうだ。
目の前には、今まで見た中で一番大きい桜の木が植えられている。多分、あの桜の木よりも大きい。それに、満開だ。空間全体が桜の花びらで埋まっている。地面はピンク一色だ。
綺麗だと思った。今までの人生でいちばんの桜だった。ずっと見ていたい。動くという行為ですら不必要であると感じるほどに。おばあちゃんが桜を好きになった理由が、今やっとわかった気がする。
落ちてくる桜の花びらが私の頬を撫でている。あの日拾った花びらとは違う。綺麗で、透き通っている。一切の汚れも無かった。
桜の木の奥には、川が流れている。川のせせらぎが聞こえる。桜も相まって心地いい。
しかし、川を越えるとおばあちゃんが立っていた。おばあちゃんは、私と目が合った瞬間に後ろを向いて、歩き出した。どんどん小さくなっていく。ついには消えてしまった。
その直後、川に橋がかかっていった。まるで私に、後を追いかけろと言っているようだ。私は走った。無我夢中で走った。
橋を越えると、私は疲れ果てて地面に倒れ込んでしまった。動こうとしても体が拒否する。それでも、自然は無情なものだ。強烈な追い風が吹き始めた。その風が運んできたのであろう。
たくさんの花びらが、私の目の前に降り注いだ




