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壊の唄  作者: 猫島けい
第一章
9/16

『代償』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 ずたぼろの黒い塊が、騒ぎを掻い潜って鍛冶場へと滑り込んだ。

 げほ、と一度咳き込むと、二度、三度と続いて胸郭が震える。


「――っぐ、げほッ……ッあ、……は、ァ、げほっ、げほっ、」

 血の塊がどろりと口に溢れる。

 鉄の味が不快で、乱暴にヘルムを放り捨て――その場に吐き散らした。


 指先が痺れる。全身が軋んで、腕も、脚も痙攣する。

(たった一度……、一度だけ『近衛聖騎士』と同等の動きを望んだだけでこのザマか)

 呼気が上手く取り込めず、再び咳いて、血を吐く。

 びちゃ、びちゃと血が床を叩く音が、ただ不快だ。


 カイは、ごろりと天井を仰ぐ。

 それだけであちこちの骨がミシミシと悲鳴を上げて、呻きが漏れた。

 

(もう無理だ。指先一つ動かん……)

 この動きが最後の灯だったのだろう。

 もはやカイの身体には僅かたりとも力が入らず、ただただ見慣れた天井を仰ぎ見ることしかできなかった。


 指先が、小さく鍛冶場の地面を掻こうとしたが、骨が軋むだけで動かなかった。

 天井の木目が二重にぶれて、すべてぼやけて見える。

 だというのに、心臓の早鐘だけがやけに澄んで聞こえて気持ちが悪い。


(――ああ、それでも……あの大剣を壊せたことは、一番の戦果か)

 元々の目的は果たせなかった。――だが、あの大物に一矢報いることはできた。

 しかも、まだこっちの命も残っている。

 あの状況において、最大の報酬だと言っても良いはずだ。


(とは言え、こっちの存在を認知されたのは結構不味い)

 最初の神官に施した、記憶の操作なんてやっている暇はなかった。

 若い神官と、あの近衛聖騎士に悪魔の姿を認知されてしまっている。

 

 ――となれば、狩る側から狩られる側に変わるのも時間の問題だろう。

 神殿は間違いなく、悪魔を屠ろうと警戒を強めるに違いない。


「ああ、くそ」と悪態を吐こうとして、肺が軋んだ。

 他の近衛聖騎士の武器が同じ大剣かは分からない。

 だが、それでもあの『ソウエイ』と名乗った男の戦い方と、自分の武器の相性が最悪だということは明白だ。


 欺瞞の釘と、鉄槌。己を隠す為の仮面。

 これだけでは、近衛聖騎士をどうこうするには足りない。一手どころか、二手も三手も足りないだろう。

 欺瞞の釘を己に打ち込む手段は、最後の手段にしておきたい。

 使わない手はないが、隙が欲しい時に毎度毎度使えるものではないからだ。


 だとすると――。 

(――新しい手札が必要だ)

 

 大剣使い相手に、ある程度間合いが取れるもの。

 今の――炉の火が死んでいる状態でも用意できるもの。

 正義を信じて疑わない存在に『欺瞞』を刻めるもの。

 条件を挙げていくたびに、思考が焼き切れそうになっていく。

 

 ――けれど、自分の最たる武器は『悪知恵』なのだから、思考と策を巡らせ続ける。

 ちっぽけな自分が、この世界に一つだけでも傷を刻める方法を探せ。

 あの強大な壁に打ち克つ方法を探せ、見つからなくても考えろ。

 それだけが――今の自分にできる唯一のことなのだから。

 

(…………こんなことなら、あの時――)

 カイは目を閉じる。ぼやけていた天井が、暗闇へと変わった。

 痛みも鉄の味も、しばしの間、遠くへと消えたように思える。

 ――ただ、煩いほどに響く心臓の鼓動と、自分の息だけが確かに存在していた。


 ◆


「にいさん」――と、どこか呆れた調子で、自分を呼ぶ声が聞こえる。

 空気に混ざる澄んだ金属の音。炭火で焦げるパンの香ばしい匂い。

 古びた木の感触が、指先にまでじんわりと伝わってくる。

 ――ああ、すべてがあまりにも懐かしい……遠い日の残響だ。


 今となっては、呼び掛ける声も、焼きたてのパンの匂いも、どこにもない。

 炉の火は死に――この家には俺だけが残されている。

 木の床は冷たく、どこまでも深い静寂に包まれている。

 俺だけが、まだ過去に生きている。――ひとり、取り残されている。


 痛みも、後悔も、孤独も――すべてが空っぽの胸に染み込んでいった。


 

〈続く〉

今回はちょっと短めのお話でした。

読んでくださること、感想、スタンプ、大変励みになります。

リアクションがあると「待っていてくれる方がいるんだな」と実感できて嬉しいですね。いつもありがとうございます!(*´▽`*)

次回から章が変わり、カイの過去編となります。楽しんでいただけたら幸いです。

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更新いつも楽しみにしています 主人公の新たな策と過去、気になります……! 次回も楽しみにしています! たくさん好きを詰めて執筆楽しんでください〜!
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