『創衛』
ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス
・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。
・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。
――とん、と『神の雫』に触られて、ササグは慌てて後ずさった。
「あ、あなたは、一体なにを……!」
「――そのペンダントからは、『真実』が聞こえる。耳を澄ませ、心を傾けろ」
老婆――であったものは、今もなお枯れ枝のような指先をこちらに向けている。
その指先を見ていると、視界が霞む。声だって、老婆の声じゃないのに。自覚しないうちに呼吸は浅くなり、どくん、どくん、と心臓が早鐘を打つ。
「――っ、は、あ」
知らず、息を詰めてしまったみたいだ。
たまらず無意識に、小さく震える手で胸元のペンダントを握る。
ひんやりとした金属と白水晶の感触が、ササグを現実に縫い留める。
大丈夫。『神の雫』にちょっと触られただけ。
……でも、触れ方が、どうもおかしい気もする。どうしてだろう。
頭の片隅で、なにかが「だめだ」って呼んでいる気もする。
『……にいちゃん』
「――! タスク?!」
確かに、弟――タスクの声が聞こえた。
最後に見た、なにかを我慢するときの声で、僕を呼んでいる。
『にいちゃん、……おれ、さびしい。にいちゃんに、あいたいよ』
「タスク、タスクなのか……? な、なんで、……どうして、声だけ……」
ペンダントを握る手が、どんどん震えていく。
掌に滲む汗が気持ち悪くて、思わず白いローブになすりつけた。
「――聞こえただろう、弟の声が。お前がいるべきは、神の元ではない」
重なる声に、ササグの両肩がびくりと跳ねる。
それから、情けない表情で老婆のような存在を見つめ――再び胸元のペンダントへと視線を落とした。
(そうか、僕は……、……タスクを、待つんじゃない。タスクのところに――)
「ぼく、タスクのところに帰――」
「――これ以上、悪魔の甘言に耳を貸すな」
白く眩しい外套が、目の前に広がった。
それは――夜の恐ろしさなんて跳ね飛ばしてしまうくらい綺麗で。
「枢機神官からの指示で、君を護衛することになった。……よもや、本当に――悪魔が存在しているとは思わなかったが」
「こ、近衛、近衛聖騎士さま……!」
悪魔――と言われた老婆は、微動だにせず、割って入った純白の騎士をただ見つめている。
近衛聖騎士――『ソウエイ』と名乗った男は、悪魔に大剣を向けたまま言葉を続けた。
「――神官ササグ。君はどうやら、その魂の清廉さから悪魔に魅入られかけていたらしい。……危ないところだったな」
「あ、悪魔って、あのおばあさんが……? そんな……」
ササグは胸元のペンダントに、たまらず縋った。
『……にいちゃん、……ひとりは、いやだ……おれを、おいてかないで』
「で、でも、じゃあこの声は、タスクが寂しがって――!」
手の震えは止まらず、無意識に指は『弟の声』を求めて絡みつく。
風が冷たく頬を掠めて、足元が次第に覚束なくなった。
「――なるほど、『それ』か」
――ぶちん。
無理矢理、手の中の冷たさと硬さが奪われる音だ。
ササグを短く一瞥した白騎士は、ごくごく軽い動作でササグの胸元からペンダントを引き千切った。
元々細い鎖ではあるものの、そう簡単に千切れないと思っていたササグは呆気に取られてしまう。
「まって、待って、ソウエイさま、それは僕の……!」
僕だけの、奇跡を使うための『神の雫』なのに!
「……残念ながら、この『神の雫』は呪われてしまった」
「やめてっ、待って……!」
大きな手の中で弄られるペンダントを見て、呼吸が浅くなる。
呪われたものがどうなるかなんて、嫌でも想像がついてしまうから。
ササグは必死に『神の雫』に手を伸ばすが――。
ばきん、と呆気なく、冷たい光を散らしながら砕けた。
「――あ、あぁ……ぼくの……、……ごめん、ごめん、タスク……」
きらきらと、白く細かな結晶が小さく光って舞い降りていく。
その光景がひどくきれいで、ササグの両目に分厚い水が張っていく。
そんなササグの痛々しい様子を見て、純白を纏う騎士は目の前の悪魔へ隠しもしない敵意を向けた。
「――まったく、これほど敬虔な神官を惑わそうなど……やってくれるな、悪魔め。いい加減正体を――現せッ!」
両手で振るわれた大剣は、轟音と共に悪魔へ放たれる。
砂埃が激しく舞う中――老婆であった姿が、ざわりと揺らめいた。
じ、じ、と姿が暗闇に溶け――老婆の目が赤く光った。
「――ああ……やはり、枢機神官たちの『悪魔』に対する懸念は事実だったか」
「――まったく、余計な真似をしてくれる」
不明瞭な、けれど澄んだ声。女性の声とも、男性の声とも判断がつかないその声は変わらない。けれど――
ぼろぼろの黒い外套。掌よりも大きな杭。
呪術めいた模様が刻まれた鉄槌。
そして、顔を覆う真っ黒な仮面からは、痛々しい赤い涙が零れていた。
「あ、……あれが、悪魔……」
聖典でしか知らなかった存在が、目の前にいる。
唯一神ルシエルさまが打ち倒したとされる悪魔が、蘇っている。
――この悪魔に、一度でも耳を貸してしまった自分。
その事実に、ササグの呼吸は荒くなっていく。
「あ、あぁ、ぼくは、」
僕は、神を裏切ってしまいそうだったんだ。
悪魔の言葉に、呪われた『神の雫』の――偽者のタスクを信じようとしてしまった。
「……ごめん、タスク……」
とうに両目は決壊して、ぼろぼろと水が零れていく。
ごめん、と何度も口にするも、それを許す存在はここにはいない。
ソウエイは、再び痛々しげにササグを見つめ。
強い敵意を『悪魔』へと向ける。
「――近衛聖騎士がひとり、ソウエイ。正義の名のもとに、今ここで! 悪魔を討伐する!」
この『悪魔』は、決してここで逃してはならないと、心に誓った。
〈続く〉
ソウエイのような頑迷で面倒くさい堅物男が、自身の根幹を揺るがされる瞬間が癖なんですよね……。
次回、戦闘シーンとなるので、じっくりしっかり向き合って書いてみます。
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神の名前を間違えるという失態を修正しました。




