『接触』
ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス
・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。
・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。
・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。
先輩神官の手によって、見習いだった彼に『神の雫』が授けられる。
――この日から、カイがこの『ササグ』という名の幼い神官を尾行する日々が始まった。
(まったく……なんだって、俺はこんなまどろっこしい真似をしているんだろうな)
わざわざ一人になった瞬間を狙って、身体ではなくペンダントを狙う。それも刻み付けようとしているのは『神への疑念』ではなく、『弟が寂しがる幻聴』という腑抜けっぷり。
こんな遠回りな真似に、わざわざ杭のような大きさの釘を使おうとしている。
自分は、この馬鹿げた世界に復讐しようとしているはずなのに。
――だというのに、あの背丈の子供を見てしまうと、どうしても……どうしても、過去の残響とともに胸が軋む。
「――僕、タスクが……あ、タスクって僕と同じ孤児院にいた弟なんですけど。弟も神官を目指していて。だから、僕、弟に恥じない立派な神官になるって決めたんです!」
「ほう、お前に弟が。しかも兄弟そろって神官を目指すとは……なんとも立派じゃないか」
「はい! 僕の自慢の弟です! えっと、……でも、時々『にいちゃん』って僕のことを呼ぶのが恋しくなっちゃって……。やっぱり、まだまだですよね。もっとちゃんとしないと!」
――にいさん、と自分を呼ぶ声が不意に重なる。
小さく握られた手が、離れないまま震えていた。
それでもなお、妹は……――カナエは。
(……俺は、あのとき……)
後悔しても、しきれない。だからこそ――今回は失敗できない。
(だから――あの子供には、自分の意思で弟の元へ帰ってもらう)
「はは、心持ちは確かにまだまだ未熟だが、それでも今日の奇跡は見事なものだったじゃないか」
「えっ、そ、そうですか? 僕、あの子の目が見えるようになりますようにって必死になりすぎて、途中で祈りの言葉噛んじゃったけど……。――でも、見えるようになって本当に良かったです。帰ってから、またルシエル様に御礼をしないとですね!」
満面の笑みで嬉しそうに語るササグを、先輩の神官は微笑ましそうに見守っていた。
「たとえ祈りの言葉が途中で詰まってしまったとしても、だ。ササグ、お前の祈りはたしかにルシエル様へと届いた。それは紛れもない事実だろう? ……多少寂しくはあるが、そろそろ私がいなくとも問題ないだろうと思っているよ」
「え、そ、そそ、そんな、僕なんてまだまだで……! せめて祈りの言葉を噛まなくなるまで、一緒にいてください……!」
「はは、その言葉は先輩冥利に尽きるんだけどね。……はあ。残念ながら、これは上位神官からのご指示でもあるんだ」
――その判断を待っていたと、カイは指先をぴくりと動かす。
「とりあえず、まずは明日の奇跡行使は一人で行ってみなさい。なにかあったら、先輩として相談に乗るとも」
「うぅ……約束ですからね。あと、僕がちゃんと噛まずに祈れるかも、応援していてください……!」
神官ふたりを眺めるカイの黒い瞳に、ちらちらと青い炎が揺らめいた。
◆
この日の夜は、ひどく静かに感じた。
唯一神の御威光が届かない時間に、若い神官――ササグは帰路を急ぐ。
(優しいおばあさんで、つい喋りすぎちゃった……こんなに外って暗いものなんだ……)
大神殿の近くは、いつも神の恵みで明るくて。
ササグは、一人で歩く夜の街がこれほど暗く、不安に駆られるものなのだと初めて知った。
孤児院でも、日が沈むとみんなで夕餉を囲って、そのまま灯りの下で眠っていた。だからだろうか――
(――ひとりって、こんなに寂しくて、怖いんだ)
自分ひとりの呼吸の音、靴底が砂利を踏む感触。時折、ぴゅうと吹き抜ける風。
まるで、この世界に自分しかいないみたいだと思えるほどの静けさ。
ササグは、自分に与えられた『神の雫』を握り込む。
ひんやりとした感触が、孤独に惑いそうな自分を冷静にさせてくれた。
(大丈夫、ルシエル様の御威光がこの時間に隠れたとしても、ルシエル様は僕のことを見守ってくれているから)
それに――暗いのが怖いだなんて情けない姿を、間違ってもタスクには見せられない。にいちゃんは、かっこよくて自慢のにいちゃんのままで在りたい。
だから、早く帰ろう。
「――れか。だれか、いませんか……」
「えっ」
こんな時間に、誰だろう。足が、わずかに止まる。
「だ、大丈夫ですか? 僕、神官です。なにか力になれることはありませんか」
助けを求める声を、無視することなんてできなかった。
タスクだって、人を助けるにいちゃんの方がかっこいいと思うだろうから。
「ああ……、あぁ……神官さま、こんな汚い婆に……ありがたや……ありがたや……」
「え、えっと、安心してください。ルシエル様の慈愛は誰にだって平等です。それに、困っているひとがいたら、助けるのは当たり前ですから」
足をくじいたのだろう老婆は、ササグから差し伸べられた手を見つめたまま「ありがたや……ありがたや……」と繰り返すだけだ。
「大丈夫ですか? 立てますか? 家まで送りますよ」
「あぁ……本当に、本当にお優しい……」
「い、いえ、当然のことですよ。さあ、手を」
「だからこそ、お前は帰らねばならない。――弟の元へ」
「…………、……え」
老婆の声だったものが、別人めいたものに変わる。
不明瞭なのに妙に澄んでいて。
女の声にも、男の声にも、どちらにも聞こえた。
老婆を見つめている視界が、二重にぶれる。
「ぼ、ぼく、あなたに弟がいることなんて、」
「――知っている。弟の名を。お前がどれだけ、弟を想っているかも」
じり、と無意識に靴底が砂利をなぞる。
一刻も早く逃げ出したい。けれど、なぜか逃げられない。
――いや、逃げてはいけないと思ってしまった。
「……あ、」
自身の胸元にぬらりと伸びる老婆の手を、なぜか受け容れてしまう。
白い水晶を、枯れ枝みたいな指先がなぞって。
――とん、と叩いた。
〈続く〉
ブックマークやスタンプ、評価ありがとうございます。とても励みになっております……!
次回、私の癖と業をまた詰めますので、楽しみにして頂けると幸いです。
===
不要な段落スペース削除。




