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壊の唄  作者: 猫島けい
第一章
4/12

『酒場』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 陽気に奏でられる弦楽器と無秩序な喧騒。

 酔っ払いたちが木樽いっぱいに注がれたエールを片手に、今夜も愉快な時を過ごしている。


「おかみさん、エールと燻製肉あぶったのおねがーい」

「あいよ、ちょっと待ってな!」


 カイはカウンター席に腰を下ろし、目当ての注文をする。

 結局、労働の対価は当初目論んでいたよりも大きく目減りした訳だが――それはそれとして、酒場の気分は変わらなかった。


(なに。今夜使い過ぎた分は、明日以降にどうにかすればいい)

 守るべきものも育てるべきものもいない身というのは、こういう時気楽だなと、小さく笑う。


 程なくして、木樽いっぱいのエールと、じゅうじゅう音を立てる燻製肉が目の前に置かれた。

 鼻をくすぐる燻された肉の香ばしさに、カイの胃袋はぎゅうと締め上げてくる。ああ、もう辛抱堪らん! とナイフとフォークを使い、大振りに切り分ける。


 あんぐ、と大口で頬張るだけで、程よい塩気と燻製の香りが目一杯広がって「うま、」とたまらず声を零す。

 それから、ぬるいエールを喉を鳴らして呑めば、もはやここはこの世の天国。カイの表情は崩れに崩れている。


 普段のように、しんと静まった我が家で、いつのものか分からない塩漬け肉と堅い黒パンを食うのも悪くない。そもそも好物だし。肉もパンも好きだし。


「なあなあ、訊いたか。殺された神官の話!」

「ああ、そりゃ勿論。すっげー騒ぎだったよなぁ」

「そんでさ、孤児出身の神官見習いが正式な神官に出世したってよ。いいよなぁ、俺も出世ってのしてみたいぜ」

「あっはっは! おまえにゃ無理だろ!」


 ――だが、こういった会話が聞こえるからこそ、こうして酒場に来るのも悪くないと思える。

 いくらか予算オーバーの対価さえ払えば、食の趣向と実益を兼ねている――実に効率のいい時間が過ごせるのだから。


「結局よ、神様の奇跡ってなんなンだろうなァ」

「ばっか、そんなのショミンの俺達に分かるわけねーだろ。奇跡ってのはそーいうモンだって、お偉い神官様方が言ってたぜ?」


 それもそうか、がっはっは!

 聞こえてくる会話に耳を澄ませながら、カイは束の間の食事を楽しむ。


 僅かな傷は、まだ核に至るわけもない。焦りは禁物。――いや、そもそも焦る必要性を感じられない。

 これまでも「こうやって」生きてきたのだ。気長に標的を見定めて、欺瞞の力を打ち込んでいけばいいだけの話だ。


 さて、次はどうするべきか。

 入れ替わりで来るだろう新たな神官を標的にしてもいい。だが、それだけではいずれ綻びが生じるはずだ。

 ――復讐は、策を巡らし、標的を確実に陥落させてこそ意義がある。


「さてと、これからどうすっかなぁ」

「なんだい、まさか支払う金がないとか言うんじゃないだろうね?」


 カイの独り言を耳ざとく聞きつけた女将は、食い逃げの可能性を感じ取ったのだろう。じとりとだらしのない様子のカイをねめつけた。


「いやいや! そんな食い逃げなんてしないって! 金ならちゃんとあります!」

「そうかい? なら良いんだけど。肉やエールのおかわりは?」

「あるとは言ったけど、それは完全に予算オーバーだから無理デス」


 時折聞こえてくる音を大きく外した歌声に混ざるように、鼻歌をくちずさむ。エール一杯で酔うわけもないが、気分だけはそれなりに良い。

 今夜の食事は、記念すべき第一歩を踏み出せたお祝いとでもしておこうか。


 ◆


「ああ、そういえば」

 ――試してみたいことが、一つあったのだと思い出す。

 となれば、昨晩のような単純な動きではいかないだろう。


 最後の肉片となってしまった燻製肉を、フォークの先で名残惜しげにつつきながら、カイは思考に耽る。

 気付けばエールも残りわずか。飲み干してしまうことが惜しく、最初の勢いはどこへやら。今はちみちみと舐めるように飲んでいた。


 そんなしみったれた、貧乏くさいカイのことを女将は呆れた様子で見ていたが、特に追い出すことも急かすこともしない。

 ありがたい話だ、と女将の寛大さに感謝しながら、標的のことを思い浮かべる。


 ――自分が作り出したあの杭、もとい長尺の釘は『欺瞞』の力を持つ。

 すなわち、人の目をごまかすこと、あるいは騙すこと。嘘や欺きの力と言い換えてもいい。


 昨夜のように、信心深い神官に打ち込めば『神への疑念』を刻みつけることができた。

 では――人ではなく、物ならばどうなるのだろうか。


 例えば、神殿の礎石――はさすがに警護の目もあるからすぐに実行するのは難しいだろう。ならば、柱はどうだろうか。いっそ、奇跡を行使するための道具でもいい。


 幸運なことに、次の標的は決まりそうだと、静かに笑う。

 今夜はもう遅い。明日の仕事は全部キャンセルだ。一日休みにして、機を窺うため、実地調査と洒落込もうじゃないか。


 カイは鼻歌混じりに懐を探る。

 支払いのためのいくらかの銅貨と――指先程度の針を取り出した。


「女将さん。はい、お勘定」

「はいよ、確かに。今度はちゃんと懐あったかくしてからおいで」

 鋭い一言に、カイは「うぐ」とわざとらしく呻いた。

 

「いや~それは難しいハナシだなぁ。そうだ、女将さん。包丁そろそろ切りづらくない?」

「馬鹿いってんじゃないよ。ついこの前アンタに研いでもらってばっかだろう。暫く切れ味抜群だよ」

「だよねぇ……」


 あはは、と乾いた笑いをこぼしていると、酔っ払いたちが女将の援護に回る。

「金に困ってんなら、父ちゃんみたいに聖騎士サマの武器を作ったらどうだ~?」

「そうそう! 選ばれた近衛聖騎士の武器ひとつ作りゃ、一生遊んで暮らせるんじゃねえの? 羨ましいなぁ!」


 ――なんとも下世話なアドバイスだ。

 ほんの僅かに、カイの指先に力が籠められる。小さな針の感触を確かめるカイの目には、かすかに青い炎が揺らめいた。

 (馬鹿を言うな。父さんが、どんな目に遭ったと思って――)

 そうして、慌てて首を横に振る。


「俺は父さんみたいな鍛冶師になるのは無理だっての」

「それもそうだな! いやぁ、ケンが鍛えた聖騎士サマ用の剣は見事なもんだった。あれと同じものを作るだなんて『研ぎ師』のお前には一生無理だろ!」

 余計なお世話を焼く男は、豪快にエールを飲み干す。


 そんな男の肩に、カイは軽くぽんと手を置いて。 

「そうそう。俺は一生『研ぎ師』ときどき『何でも屋』くらいでちょうど良いよ」

(――ああ、ちょうど良い。このサイズの力を試すには絶好の機会だ)

 ――指先程度の針を、躊躇わずヤジを飛ばした男に打ち込んだ。

 

「おかみぃ~! エールもういっ――……」

「はいよ、ちょっと待ってな!」

 お代わりをねだる男に、女将は反射的に返事をする。


 一方、男は目を見開き、女将を熱心に見つめて――

「――すきだ……ド好みすぎる……いい女だ……、ああなんで今まで気づかなかったんだ。女将、好きだ……!」

 うわ言めいた熱っぽい言葉を零し始めたではないか。


「なーに馬鹿なことを言ってんだい。さっさと目ぇ覚ましな」

「……あれっ?! 女将が美女じゃなくなってる……っいってぇ!」

 その言葉に、女将は黙って男の頭にゲンコツを落とした。

 がつん! と容赦なく叩き込まれたであろう音に、カイはたまらず肩を揺らして笑う。


「くくっ、呑み過ぎは危ないぜ? んじゃ、お先~」

 目を白黒させながら痛みに呻く男を後目に、カイは足取り軽く酒場を後にした。


 

〈続く〉

日常パートが続きました。

次の標的は一体何になるのか、そもそもなぜカイは復讐をしようとしているのか。

その辺りを書いていきたいですね。

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