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壊の唄  作者: 猫島けい
第一章
3/12

『日常』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 鍛冶屋にひとり住まう男――カイの朝は別段早いわけではない。


 本来、鍛冶仕事に身を投じるのであれば、炉の火を絶やさないことが第一前提になる。

 実際カイの父親は、毎日太陽が昇る前に起きていた。

 朝早くから薪割りをしたり、炭の確認をしたり何とも忙しなかったことを覚えている。


 カイが目覚めるときには、既に工房から「――かん、かん」と澄んだ音が寝室まで届いていたものだ。あの音が目覚まし代わりになっていたと言っても過言ではないだろう。


 くあ、と欠伸を零しながら寝台の上で伸びをした。

 太陽はすでに昇って、近所のあちこちから人々の喧騒が聞こえている。

「はー、よく寝た。腹も減ったしなんか食うかね」

 

 どれだけ寝過ごしても、腹が減ったと訴えても。その言葉に返ってくる言葉も反応もこの家にはない。

 大きすぎる独り言をつぶやきつつ、伸ばしたままの黒髪を適当な髪紐でくくりながら、カイは一階へと降りていく。


 ――男は幼少時から肉とパンをこよなく愛している。

 特に一度に食べられると、なお良い。

「確かまだ肉の蓄えが~っと、あったあった」

 どれだけ近所のご婦人から「野菜も食え」と言われようとも、この趣向を変えるつもりはまったくないのだ。

 

 だからいつも、カイの朝食は肉とパンである。

 今日も今日とて、塩で漬けた肉を適当にナイフで切り取り、割いたパンに雑に挟みこむ。


 これを豪快に頬張ることが何よりも至福だった。

「ん、今日も飯は美味い。いい朝だ」

 口の端に付いた塩混じりの脂を舐め取り、残りもがつがつとかぶり付いていく。


 雑な朝食をぺろっと食べ終わっても、カイの行動はのんびりしたものだ。

 父親のように昼まで槌を振るって、武器を鍛える必要もない。

 炉の火は随分前に落ちてしまっているのだから、温度を維持するために神経を巡らせる必要もない。


「さてと、今日は研ぎの持ち込みはどんだけあるかな」

 鍛冶屋の息子だったカイの仕事は、もっぱらご近所さんからの持ち込まれた包丁や小型ナイフを研ぐことだ。たまに肉切り包丁だとかの大物も来たりするが、本当にまれ中のまれである。


「んで、午後はヒイさんとこで家具運びの手伝いっと。ほんと、人使い荒いよなあ、あのばーさん。俺だって腰を痛める可能性だってあるってのにさ」

 変わらず、カイは大きすぎる独り言を零す。

 返す言葉も反応も変わらずないが、それでもカイは「まるで誰かに話しかけるように」話し続けていた。


 ◆


 結局、日が最も高く昇る時間帯まで、近所のご婦人からの持ち込みはなかった。

 

「今日も平穏なのはいいことだってな。わはは……」

 カイは『閉店』を示すプレートを扉に掛け、人使いが荒いご婦人のもとへと向かう。大きな家具であればあるほど、その日の報酬はそれなりに上がる。――と言っても、本当にその日暮らしに足りる日銭程度ではあるが。


 それでも、男は炉を再び動かすことはしない。

 今のその日暮らしが性に合っていると気付いたのは、もう何年前の話だろうか。父親のように真っ暗な内から動き出して、晩まで休みなく働くことは「絶対ムリ」と断言してもいい。


 ふと、雑踏の中で異質なざわめきに気付く。

「あれは――、ああ、もしかして」

 耳を澄ませば「神官様が」「そんな」「聖騎士を」と、悲鳴と怒号混じりに聞こえてくるではないか。


 少し寄り道したところで、依頼人のマダムは怒ったりはしないだろうとカイは足取り軽く人だかりへ近寄った。


(どれどれ……ちょっと覗いてみるかな~)

 まさしく野次馬根性で、周囲でどんどん大きくなる群衆の混乱を覗き込む。 

 そこには――呆然自失で立ち尽くす作業着姿の職工らしき一人の男。

 そして、血の海に沈む白いローブ姿のもう一人。

 

 強かに潰されてしまった顔を見て、カイは「ああ」と嘆息した。

 この手で打ち込んだ一本の杭は、微かな傷をつけられたようだ、と。


「……まずは、一つ」

 これは始まりに過ぎない。たった一つ、小さな傷をつけただけで心が満たされることもない。


 カイは周りのトーンと合わせるように、少々困惑した様子を保ちながらその場を離れる。寄り道が過ぎて、依頼人を待たせすぎてしまうのも、あまりよろしくないだろう。


 カイの足取りは軽い。今にも鼻歌を歌い出してもいいほどに。

 ふんふん~と、つい歌い始めたあたりで、妹の言葉を思い出す。

 (って、音痴だからやめて~ってカナエに言われてたんだったな)

 

 酒場に行けば、音痴の歌声なんて溢れかえっているだろうが、生憎ここはただの路頭だ。

 下手に目立って「なんだあいつ」みたいな視線を向けられるのは、結構恥ずかしいと思う。


 さて、今夜の飯はどうしようか。

 予想より多く日銭がもらえるのなら、それこそ酒場に出向いても良い。寧ろアリ寄りのアリだ。

 たまには温いエールと、じわっと炙った燻製肉で一杯やりたいし、歌いたくなったら音痴たちに混ざればいい。

 

 「よし、そうと決まれば張り切りますかね」

 夜の楽しみを胸に抱いて、カイは家具運びの手伝いへと向かう。

 

 ――「遅い」と言われ、賃金がいくらか減らされたのはまた別の話。

 

 

 〈続く〉

前書きに反して、がっつり主人公の日常を描く形となりました。

次は日常、酒場編を書きたいきもち。

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