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壊の唄  作者: 猫島けい
第三章
24/26

『早朝』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 差し込む太陽の光が眩しくて、タスクは目をこする。

 呻きながら毛布に潜ると、カビと埃の嗅ぎ慣れない臭いが鼻を掠めた。

 あれ? と思って閉じたままの目をゆっくりと開けて、視界に飛び込んできたのは見慣れない天井だった。ぱち、ぱち、と瞬きをして、寝台からのっそりと身を起こした。


 遠くに小鳥のさえずり以外、音が聞こえない。

 孤児院にいたときは、自分以外の子供や、先生たちの話し声や気配があちこちにあったのに。

 木造の壁や天井、床の色は暖かいのに、しんと静まり切った部屋にタスクは毛布をぎゅっと握る。この部屋が、最後に使われたのはいつなんだろう。


 妙な居心地の悪さに、たまらずベッドから降りる。

 あのひとはもう起きているんだろうかと、タスクは軽い足音を立てて部屋から出ていった。


 家主の姿を求めながら、静まり返った廊下を歩く。

 誰の気配もない廊下で思い返すのは、昨夜のこと。

 自分は『異端者』として聖騎士に殺されそうになった。

 けれど、『悪魔』だと思っていた男に救われた――あの夜のこと。


 ◆

 

 自分の身代わりなんて、どうやって用意するのかまったく想像ができなくて、うろうろと視線をさまよわせている中――がつん、と強く鉄槌が打ち付けられた音にタスクの肩が跳ねた。


 ヘルムを被った男の行動の意味が分からずに見ていれば――杭から出ていた黒いもやもやしたものが、大きな破片に染みていく。先生が使っていた万年筆のインクをうっかり零してしまった時に似ていた。

 

 黒い染みが、じわりじわりと広がって、大きくなっていく。

 その黒い靄は、やがて石畳の破片をすっぽり包み込んでしまった。

 けれど、それだけ。

 自分の目に映るのは、黒いもやもやした大きな破片だけだった。


「……これで、身代わりは足りるだろ」

「へえ、これはさすがに――驚いたな」

 

 ただの石畳の破片を前にして、聖騎士は感心したような声を出している。

 自分の視界では何も変わらないのに、どうしてこの二人は『身代わり』が用意できたと思っているのか、タスクにはまったく分からなかったのだ。

 それでも、先までの状況が僅かに変わったことだけは感じ取れている。

 聖騎士の横に佇んでいた女の人の光が、どこか安心したように聖騎士の腕に触れていることがその証だと思う。


「じゃあ、提案通りにここは見逃してあげよう。それから、面白いものを見せてくれたお礼に――君の居所や正体が分かったとしても、神殿には報告しないであげるよ」

「――それを信じられる根拠が、どこにある」

「それは、明日の朝になってみれば分かるとしか言えないな。ここで君達を見逃すことは、何よりの信頼になると思わないかい?」


 一瞬緩んだ空気が、また、ぴんと張り詰めた。

 仮面を被った黒い人は、じっと聖騎士さまを見つめていた。じっと何かを考えているようにも見える。

 なんとなくではあるけれど、このひとが嘘を吐かないとタスクは思う。だから見逃してくれることも、偉い人に報告しないと言うのも、きっと本当のことなんだろう。

 だって、嘘を吐けるような人なら――さっき、皆ここで殺されていると思うから。


 じっと二人を見ていると、黒い人から深いため息が聞こえた。

(先生も、よくため息を吐いていたけど……この人のは、なんか違う気がする)

 だからだろうか。身体が反射的に身構える必要もなかった。きっと大丈夫だって、この人なら――嫌な気持ちになる目で見てこないと思える。


「……分かった。信じる」

「それはなにより。ああ、『目』のことも勿論忘れずにね」

 エイリの視線が不意に自分に向けられて、再び両肩が跳ねた。

「それも分かっている。……一応聞くが、その貧民の子供はどうするつもりだ」

「え? あぁ、そうだねぇ……。ここから貧民窟まで出向くのは骨が折れるし、とりあえず孤児院にでも連れていこうかな。じゃ、タスクくんのことは君に任せるよ」

 聖騎士は気絶したままの貧相な子供を抱え、その場を離れていってしまう。


 残されたのは、黒いぼろぼろの男と自分だけ。

 短く「ついてこい」と言ってくる姿は、もう『悪魔』には見えなくなっていた。


 悪魔――改め、真っ黒な男は途中で自分を置いていくこともなく、一定の速さで自分の少し先を歩いていった。

 そうして闇夜に紛れるように、ぐねぐねと入り組む細い路地裏を通った先で辿り着いたのは一軒の家だ。 少し離れた場所にある他の家と違って、長い煙突が上に伸びていた。

「あの……俺、」

「こっちだ」

 自分の言葉を遮るように――なんなら、目も合わせようともせずに、真っ黒な男は裏手からその家に入ってしまった。

 なんだよ、ちょっとくらい話したって良いだろとタスクは唇を尖らせる。


 静かすぎる廊下を歩いていく。その中で、ぎしぎし、ぎしぎし、と木の床が軋む音が少し怖い。孤児院ほどではないけれど、この家はそれなりに広いと思う。けれど、真っ黒な男と自分以外の気配が感じられない。

(もしかして……この家の人たちは、みんなこの男に殺されて……?)

 脳裏に過ぎった考えに、ぞぞっと背筋が寒くなる。最悪の想像を振り払うべく慌てて首を振っていれば、その気配を感じ取ったのだろう真っ黒な男は振り返る。

「……どうした」

「な、なんでもない! べ、別に怖くなんてないんだからな!」

 勢いよく人差し指を突き付ける。内心びくびくしてはいるが、悟られるのは恰好が悪い。せめてもの虚勢を張るべく、ぐっと胸を反らした。

 ――が、そんなタスクの心境に一切触れることなく、真っ黒な男は関心を無くしたように再び前を向いてしまった。これはこれで、妙な悔しさがあると眉間に皺を寄せたが、この表情を見られることも無かった。


 階段を登って、奥から一個手前の部屋に案内される。扉が開けられて、ぶわっと廊下に広がる埃臭さに顔をしかめてしまった。男越しに見える室内を月明かりがぼんやりと照らしているが、ベッドがある以外は良く分からない。

「元客間だ。好きに使っていい」

「えっ」

「この階の他の部屋は入るな。それから、一階の鍛冶場にも。それ以外は好きにしろ」

 戸惑いを露わにしているのも気にせず、真っ黒な男はタスクの腕を軽く引いて部屋へと放り込んでしまう。その勢いで起こった風が、床の埃を巻き上げる。瞬間的に鼻がむずむずして――堪えきれずに大きなくしゃみをしている間に、男は早々に部屋から出ていってしまった。

「……この家のこととか、色々ききたかったのに」

 そうぼやいても、もう男の姿はない。タスクは眉間に薄く皺を作りながら、ぼんやり見える部屋を見渡した。サイドチェストとベッドが一つずつ置いてあるだけで、どちらも簡素な造りに見える。

 

「好きにしろって言われても、この部屋じゃ寝ることしか出来ないじゃんか……」

 動くたびに舞う埃は一旦気にしないことにする。それにベッドを前にしたら、なんだか一気に全身が重くなってきた気がする。

「あ……俺、思ってたより疲れてたんだ……」

 言葉にして、自分自身の疲弊を自覚する。そう分かったのなら、もうさっさと寝てしまおうと心に決めた。この家のことも、気になることも、全部起きてから。


 ベッドに潜り込んで、毛布に包まる。

 カビくさいはずの毛布は不快なはずなのに、妙に落ち着いて――タスクは、あっという間に瞼の重さに抗うことなく眠りに落ちていく。


 ◆


 ――というのが、昨夜の出来事だった。

 

 言われたとおりに『客間』以外の部屋は見ていない。……この家に元々住んでいた人の死体があったら嫌だとか怖いだなんて、決して思っていない。

 

 ぎし、ぎし、と床板を軋ませながら階段を降りても、人の気配はまったくしない。もしかして、この家に一人置いていかれたのだろうか。

 でも、それなら他の部屋や鍛冶場に入るなとは言ってこないと、タスクは考える。だから、あの真っ黒な男はきっとこの家のどこかにいるはずだ。


 一人きりで知らない家の中を歩くことは、冒険みたいで少し楽しいと思う。

 でも、きっと兄ちゃんと一緒だったらもっと楽しいんだろうなとも思った。そう考えても、もう兄ちゃんはこの街に溶け切ってしまって、今の自分じゃ会うことはできないけど。


 木のテーブルと、四人分の椅子が並んでいる部屋に辿り着く。客間に比べて、あまり埃は積もっていないように見えた。奥には炊事場らしき場所もありそうだ。

「ここは……ごはんを食べるとこ、かな」

 言葉にした瞬間、腹が「きゅるるる」と音を立ててタスクは目を丸くした。腹のあたりを咄嗟に両手で押さえて、慌てて辺りを見渡す。そう言えば、何日も食事をとっていないのだ。

 

「好きにしろ、って言われたけど……でも、どこになにがあるんだろ……」

 孤児院じゃ勝手にパンや保存食を食べることは、絶対にいけないことだと教えられていたし、食事当番だったときも先生がいる中でやっていた訳で。ここでどうこうするにも、勝手が分からないものはどうしようもない。

 

「……とりあえず、あのひとを探そう」

 空腹を切なく訴え続ける腹を両手で押さえたまま、再びタスクは歩き出す。

 ――あとはもう「入るな」と言われていた鍛冶場しかない。

 もしかしたら怒られるかもしれないし、殴られるかもしれない。それでも、今の自分にはあの真っ黒な男のひとを頼るしかないんだ。


 唇を引き結びながら歩いている中、タスクの視界に”黒い靄”の切れ端が映る。

 思わず「あ」と声が漏れて、その黒い靄を追い掛けるべく、タスクの足は自然と駆け足になっていった。



〈続く〉

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― 新着の感想 ―
まさかのワクワク(?)同居生活⋯⋯!? 怖くなんてないぞ!というタスクくんの子供らしさにほっこりしますね⋯⋯。
執筆お疲れ様です 主人公達がどんな生活を送り交流していくのか楽しみです! 続きお待ちしてます!
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