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壊の唄  作者: 猫島けい
第三章
20/26

『尋問』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 幼い異端者を仕置き部屋から連れ出したエイリは、そのまま孤児院を離れ――こんこんと清水が湧き続ける『神の恵み』へと足を向けた。

 

 あのまま仕置き部屋で仕事を始める選択肢もあったが、この子供に対しては、第三者の介入の可能性を考える必要がある。

 であるのならば――今の時間帯ならば人気の無い、この場所まで連れ出す方が『色々』と適している。

 

 陽の光が失せたこの時間でも、神がもたらす光はこの辺りを優しく照らしている。

 子供――タスクはこの場所に初めて来たのだろう。

 疲労が見える両目を大きく開いて「すごい……いっぱい光がある……」と呆けたような声を零している。

 

 こんないかにも無垢な子供が異端者、あるいはソウエイの大剣を叩き折った悪魔とは到底思えるはずもない。

 そもそも、ソウエイは馬鹿力の大男だ。しかも神に愛された『四音』の名を持ち、枢機神官曰く『神の最高傑作』と評されるほどの傑物。

 

 その最高傑作の近衛聖騎士が振るう大剣が、悪魔に折られた――という出来事は、大神殿内ではそれはもう、盆をひっくり返したような大騒ぎだった。

 

 決して折れるはずのない神聖な剣を壊せる存在が、この街にいる。

 それは神の威光の絶対性すら揺らぎかねない事態だ。

 仮に、その張本人が目の前の子供だとしたら――内側に秘めた悪魔の本性というのは、この街の人から見れば、相応の恐怖を抱くのだろう。


 エイリは、人から好感を持たれやすいと自負しているその顔立ちに、いつも通りの笑みを見せる。

「さて、タスクくん。僕と少しお話をしようか」

 低く穏やかな声は、踊りに誘うように柔く少年の耳を撫でる。


「お話、ですか……?」

「そう。僕と君だけの、内緒の話をしよう」

 白手に包まれた指先を、自身の口元に当てる。

 ここなら誰もいない。君が話したいように話して構わないんだよ、と続ければ――幼い異端者の目がじわりと水で滲んだ。


「――ああ、その前にまずは水を飲ませた方が良さそうだ。その『神の恵み』から、掬って飲んでも大丈夫だよ」

「え、俺が使っても、いいんですか……?」

「勿論、神の恵みは平等だからね」


 にこり、と言い添えると、子供はいたく感激した面持ちで清水へと駆けていく。

 小さな手で冷えた水を何度も掬っては口に運ぶ様は、ただの無邪気な子供だ。

 これがすべて演技だとしたら相当大物だな、と冷静な思考を動かしながらも、声色は変わらず穏やかに「焦らず飲みなさい」と背中に投げかける。


 細い背中を見ながら、エイリは『異端者』の出自・経歴を思い返す。

 両親は、異端者が起こした騒ぎに巻き込まれて死亡。

 兄弟揃って神の糧になりうる平均的な『三音』の名であるにも関わらず、兄だけ優秀な適性持ちであると選ばれた。

 そして、弟は『異端者』であると告発されている。


(接触があるとすれば、両親が巻き込まれた時か?)

 優秀な兄と、劣った弟。

 ——異端側に引き込むには、丁度いい構図だ。

 再び、水を飲む子供の背へ視線を遣る。

 

(あの時の異端者は、末端含めて全て処理したはずだ。……それとも、見落としが?)

 生き残りがいるのならば、この少年を利用し――残った根もどうにかしなければならない。この街に巣食う雑草を余さず処理することが、己に課せられた仕事だ。

 

「――あの、聖騎士さま、お水ありがとうございました……!」

「僕は何もしていないよ。少しは落ち着いたかな」

「は、はい! 俺、こんなに色んな人の光が集まってるの、ちゃんと見たの初めてで……! とってもきれいですね!」

「――そう?」


「こんなに色んな人の光」――妙なことを言う。

 とは思いはしつつも、彼に警戒心を持たせるにはいかないと、エイリはそのまま緩く笑みを作る。


「あの、それで……俺、なにを話せばいいんでしょうか」

「ああ、そうだね。話しやすいように、僕からいくつか質問をしていこう」

「は、はい! なんでも聞いてください。俺、ちゃんと答えます!」

「それは助かるよ。じゃあ――」

 

 一歩ずつ、駒を進めるように問いを重ねる。

 孤児院に迎え入れる前までの過ごし方。兄との関係性。

 少し遡って、亡き両親への印象や交友関係に至るまで。

 時折冗談めいた口調も交えながら、エイリの薄茶色の瞳はじっと少年の表情、視線の動かし方――指の動きをも注視している。

 

(ここまでは、特に嘘偽り、誤魔化しの類は見受けられないか。両親の交友関係に何かしら引っ掛かりがあれば、こっちは楽だったんだけどね……)


「――そうそう。君は、お兄さんと同じように神官になりたいんだったっけ」

「はい! 俺、ずっと兄ちゃんに憧れてて。兄ちゃんはすごいんです! すごく早く見習い神官になっただけじゃなくて、神官になって奇跡も使って、それで――」


 ――神様のごはんになったんです。


 まるで、近所の散歩に行ったくらいの調子で続けられる言葉に、エイリは眉を僅かに持ち上げる。

 ああ、これかと納得しながらも、タスクの話を遮ることなく、笑みは張り付けたままだ。

 僅かな沈黙の間、さやさやと静かに水が湧く音が響く。


「それは――聖典に書いてあったのかな? それとも……誰かに教えてもらった?」

「え? 違います! 俺、孤児院の窓から見えたんです。兄ちゃんが大神殿の方向で綺麗で大きな光になって、元気がなかった神様の光に溶けていったんです。それで、今はこの街いっぱいに兄ちゃんが溶けてて形は分からなくなってて。あ、……えっと、その……聖騎士さまも、見てます、よね?」


 迷いも偽りも無い、真っ直ぐな視線だ。

 自分が見ているものは『正しい』のだと、どこまでも信じて疑わない瞳。

 職業柄、こういった目は何度も見て来たが――今回のこれは、殊更に質が悪い。


「……君は、この『神の恵み』でも似たようなことを言っていたね」

「はい! ここは、たくさんの……聖騎士さまの剣に見える光よりも、形はふわふわしてるけど、人の光が集まっててきれいだなぁって」

「聖騎士の剣にも、か」


 否定されなかったことが嬉しかったのだろう。

 タスクの目は、神の恵みの光を取り込むように爛々と輝いている。

 ――ああ、この状況であれば秘めた本心すらも容易く零してくれそうだ。


「聖騎士さまの剣には、やさしそうな女の人が寄り添ってて、俺さっき見惚れちゃって」

「優しそうな女の人? どんな姿か分かるのかい?」


 そう訊ねれば、一瞬きょとんとするも、にこにこと笑いながら教えてくれる。

 彼の心理状態は、自分の仕事において極めて理想的だ。

 だが――

 

「髪はこれくらいの長さで、ええっと、聖騎士さまよりも背はこれくらい低くて――」


 実際に目の前で見えているように、次々と挙げられていく特徴に、エイリはレイピアの柄をぎゅうと握り締める。


「あ! 今、女の人が嬉しそうに聖騎士さまのほっぺに触ってます!」

「――――――は」


 ――嬉しそうに、自分の頬に触る人。

 エイリは一人だけ心当たりがあった。

 

 いとしいひと、神様と一緒に待っているわ。

 そう言って、自分を置いていった貴女。

 ――この少年が、知り得るはずがない。

 

 ああ――だからこそ目の前の存在は、看過できないものだ。


 そう認識した瞬間、急速に頭が冷えていく感覚を覚える。

 握りしめていた柄をそっと撫でると、少年は微笑ましそうな表情を浮かべていた。

 まるで、父さんと母さんみたいに仲良しなんですね、と続けられて――エイリは、明確に意識して口元に笑みを作る。

 

 ああ、なるほど。彼は確かに『異端者』だ。 

 彼の瞳はこの世界を『正しく』捉えている。

 彼の舌は、この世界の在り様を言葉に紡いでしまう。

 ――故に、危険だ。


 白手越しの親指で、目元を微かにこする。

 知らず、詰めていた呼気を、細く吐き出した。


 己を見る少年の目の色が、僅かに変わったことに気付けないまま。

 かつん、かつん、と自身の靴の音と、冷えた水の音が響く中。

 

 ――粛清者は、その手を小さな悪魔の首へと伸ばした。

 


〈続く〉

いつも閲覧、リアクション、感想ありがとうございます。

エイリの思考は書いていてとても楽しく……筆が乗ってしまいますね……。

次も楽しんで頂けたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
エイリさん、好きですね〜!(予感から確定に変わりました) 剣の設定も好きです! 今後主人公とどのように関わっていくか楽しみです 寒暖差厳しいですが、ご無理のないよう執筆活動楽しんでください!
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