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壊の唄  作者: 猫島けい
第三章
19/26

『叡理』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 その日、大神殿北門に『告発』の報せが届いた。

 部下から、仰々しく渡された封筒を受け取った近衛聖騎士――エイリは、その白百合の封蝋を見るや、なんの感慨もなく視線を伏せる。

 

「さて、今度は一体どんな異端者が出たのかな」

 

 男は、その節くれだった指で薄金のペーパーナイフを取り、さく、さく、と手早く封を開けていく。

 まったく、先ほどやっと未処理の箱が空になったというのに、タイミングがいいのか悪いのか。追加の報せが一通だけで済んでいるのは、まだ幸運だったと言うべきか。

 先日の数十件の対応は、さすがに堪えたものだと思い出せば、エイリの親指は自然と薄く隈が滲む目元を擦った。


「――孤児院の子供か。となると、周りの悪い大人に影響された可能性は低いね。あの孤児院は、敬虔な信者が院長だったはずだ」

 

 そうすると、この前の――多くの女子供を巻き込むような組織的なものではないだろう。

 大がかりな仕事にならずに済みそうだ、と小さく息を吐く。

 対象は少なければ少ないほうが良い。こちらから出す労力も最小限に抑えられ、民の命も無駄に散らさずに済む。

 それは――神の御許に送られる対象が徒に減らずに済む、と同義だ。


 純度の高い信者の数を維持するために『異端』はできるだけ早い段階で、周囲に影響をもたらす前に摘む必要がある。

 ――自分の主な役割は、その剪定作業だ。

 よりよい都市とするために、無駄な枝を落とす。ただそれだけ。


 かさついた親指が、インクで綴られた文字を辿る。

 名はタスク。兄ササグと共に孤児院に入り――とまで読み、手が止まる。

 

「……ああ、この前『神の御許』に送られた神官か」

 

『悪魔』の出現で生まれた、信仰の揺らぎ。

 それを正すために信心深い人間が必要だ、と上層部は判断したそうだ。そこで選ばれたのが、このササグという神官だ。

 信心深い彼は枢機神官の目論見通り、神の糧にふさわしい結果になった。お陰で『悪魔騒ぎ』で生じた揺らぎも、無事修正されたらしい。


 そんな兄を持つ弟が『異端者』として告発されている。

 珍しい事例ではあるが、過去に無かった訳ではない。

 それより――着目すべきは告発内容だ。


 曰く――神の御許とは、神の食事や聖騎士の剣になることである。

 曰く――自身の兄は神の食事となり、この都市に溶けている。

 

 こうした聖典と乖離した発言を繰り返し、周囲を惑わせる『悪魔』と考えられることから聖騎士による対応を願う、と告発状には綴られていた。


「――へえ?」


 エイリの左手は、腰に提げたレイピアの柄を撫でる。

 美しい曲線を描く薄金は、触れていると心地がよく、エイリの思考を水平に戻してくれる。

 

 再び男は、紙に書かれたインクを、つう、と辿る。

 告発内容に軽く爪を立て――どこか愉し気にも見える笑みを目元に形作った。

 

 なぜ、この子供はその考えに至ったのだろうか。

 こんな――限りなく『正解』に近い考えを。


「前言は撤回しなければならないかもしれないね。……周りに、悪いことを教える『異端者』がいる可能性が高くなってきたじゃないか」


 簡単な仕事で終わるかと思いきや、実に面倒な気配が濃厚になってきた。

 今は仕置き部屋に閉じ込められているそうだが、外部から他の異端者が接触してくるか、あるいは――用済みとして見捨てられるか。

 

 いずれにしても、ただの『剪定』だけでは済まないだろうな、と男はため息を吐いた。


 ◆


 仕置き部屋に入って、何日経ったんだろう。

 空腹感はとっくのとうに限界を超えて、頭がひどくぼんやりするし、身体に力が入らない。

 何回ここで眠ったのか――眠ることしかできなくなったから、途中で数を数えるのを諦めてしまった。

 タスクはぐったりと壁にもたれながら、口の中の唾液をなんとか飲み込む。


 これまでも、ここに閉じ込められたことは何度もある。

 でも、食事が抜きなだけじゃなくて、水もまともに飲めないのは初めてだ。

 きっと自分はこのまま、誰も訪れないこの場所で死んでいくんだ。


 なんで、みんな俺のことを変な目で見るんだろう。

 見えているものは、同じはずなのに。

 だから言葉にすれば、みんな「そうだね」と頷いてくれると思ってたのに。

  

 これじゃあ、立派な神官になれない。

 兄ちゃんと同じ場所に行くこともできない。

 ――それが、たまらなく悔しかった。


 僅かに残った力で、奥歯を噛み締める。

 とっくに干からびたと思ったけれど、まだ涙は出るらしい。

「っうぐ、……うぅ、にいちゃん……」

 うめき声と共に、ぽた、ぽた、と石造りの床に水が落ちていった。


 兄ちゃんに、会いに行きたい。

 兄ちゃんなら、俺が言ったことも笑って受け止めてくれるから。


 ひとりは、さびしい。

 

 ひとりは、つらい。


 ぐす、ぐす、と嗚咽が小さな部屋に響く。

 膝を抱えて、顔をうずめた。

 どれだけ、兄ちゃんを呼んでも「タスク」と返ってくることはない。

 だって、兄ちゃんは、もうこの街に溶けてるから。


 生まれたときから、ずっとそう見えてた。

 選ばれた隣のおばさんも、偉い神官さまも、神様のところに行ったら――大きくて真っ白な光になって、街に溶けていったのが見えていた。

 幼馴染の女の子は、神殿に行ってから、聖騎士さまの剣になってた。

 剣のすぐそばに、女の子の形があったから、すぐに「あの子だ」ってわかったんだ。

 

 兄ちゃんは、俺の言葉を聞いても「そうだね」って笑ってくれたから。

 だから、兄ちゃんも、ここにいるみんなも、同じなんだって思ってる。


 兄ちゃんがこの前大きな光になって、神様のごはんになったのも見えてた。

 元気がなくなってた神様の光が、ちょっと元気になったから、兄ちゃんのお陰なんだって誇らしかったのに。

 

 ――どうして、先生はあんなに怖い目をしていたんだろう。

 ――どうして、俺のことを『悪魔』だっていうんだろう。


 わからないことだらけだと、欠けた爪先で、腕の布地を掴む。


「……おなか、すいたなぁ……」


 そう、誰にも届かない言葉を転がした、その瞬間――部屋の扉が開かれた。

 真っ暗な部屋に差し込む光に、タスクは思わず、ぎゅっと目を閉じた。

 そんな自分に構わずに、かつん、かつん、と誰かが堅い靴の音と共に近付いてくる。

 自分の傍で音が止まり――ふわりとやさしく、風がたなびいた。


「――こんばんは。君が、タスクくんかな?」

「……、――え」


 声を掛けられ、恐る恐る瞼を持ち上げる。

 細い剣を提げた、真っ白な服を着た人。

 その剣には、優しそうな女の人の光が寄り添っていて――タスクは思わず見惚れてしまう。


「……? どうしたのかな。――ああ、食事も水も抜かれているんだっけか。大丈夫? 立てるかい?」

「えぇと、あの……はい。だいじょうぶです。……あなたは?」


 タスクが掠れた声で問えば、白い男は柔和な表情を更に和らげ、口元に笑みを湛えた。

 

「僕はね――神殿から、君を迎えにきた聖騎士さ」



〈続く〉

生まれながらに何かが欠落している存在が、必死に足掻く様って良いですよね。

カイは二十代前半、ソウエイは二十代半ば、エイリは三十中盤~後半くらいのイメージで書いています。

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― 新着の感想 ―
その余裕が、後でどうにかなるんですかね⋯⋯エイリさん⋯⋯ それはそれとしてタスクくん( ;∀;)
エイリさん、好きそうな予感〜 続き楽しみにしています!
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