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壊の唄  作者: 猫島けい
第三章
18/26

『異端』

ジャンル:ホラー / ダークファンタジー / サスペンス

・本作には暴力的描写や流血表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。

・宗教・神格・悪魔などを題材にしています。信条により不快に感じる可能性があります。

・心理描写や恐怖描写が強めです。ホラー表現に抵抗がある方は閲覧をお控えください。

 宗教都市ルシエルに『悪魔』が現れた。

 その事実は、神の光に愛された都に住まう人々へ、僅かな衝撃を与えるにとどまった。

 

 ――悪魔が自分たちを惑わしてくるかもしれない。

 ――堕落させ、ルシエル様の御許に行かせないつもりだ。

 ――ああ、悪魔だなんて、なんて恐ろしい……。


 ――民衆が恐怖に染まっていたのも、ほんの僅かな間。

 

 ――いいや、この土地に住まう限り、ルシエル様は自分たちを守ってくださる。

 ――悪魔なぞ、またルシエル様が斃してくださる。

 ――そうだ。ルシエル様を信じている限り、私達は安全だ。

 ――先日、敬虔な神官が神の御許に向かったらしいぞ。

 ――ああ、それならきっともう大丈夫だ。

 ――ルシエル様は、私達を見守ってくださっているのね。


 私達も、俺達も、信仰している限り――ルシエル様の御許に招かれるはずだ。

 

 信仰が、たった一滴落とされた墨ごときで濁るはずもない。

 悪魔は再び現れた時が最期、偉大な近衛聖騎士たちが討伐してくれるだろう。

 たとえ――悪魔に殺されたとしても、信仰が、ルシエル様が私達を幸福へと導いてくれる。

 だから、恐れることなど何もない。


 ◆


 その孤児院の院長は、敬虔な信者の一人だ。

 だからこそ、とある子供の扱いに手をこまねいている。


 子供の名は『タスク』という。

 元々は身寄りを失くした兄『ササグ』と共に、この孤児院にやってきた。

 

 兄のササグは実に優秀で、若くして早々に神官見習いとなり――先日、神官を経て、無事神の御許へと向かったらしい。

 院長として、この報せは実に喜ばしく、誇らしいものだ。

 一方のタスクは――と視線を子供たちに向ける。

 もはや見慣れた一対多数の光景に、ああ、まただ、と院長は頭を抱えた。 


「先生~! またタスクが変なこと言ってる!」

「変なことじゃない! みんなも知ってるくせに!」

「なに言ってんのお前。お前の兄貴がこの街に溶けてる、って頭おかしいんじゃねーの? なあ、みんなもそう思うだろ?」


 こうして、度々妙なことを言い出すのだ。

 今回のように、神の御許はこの街のことだとか。あるいは聖騎士さまの武器を指しているだとか。神の恵みと神の御許は同じだ、などと。


 正直、信者としての自分は頭を掻きむしりたくなるほどの暴論だった。けれど、院長としての立場もある。

 最初は幼い子供の言うことだから、と聞き流していたけれど、最近はあまりにも目に余る。特に兄が神の御許に向かってから、虚言が増えたように思えた。


「そもそも、街に出た悪魔ってお前のことじゃねえの? 変なことばーっか言って、俺達も悪魔の仲間にさせようとしてんだろ!」

「違う! 俺、俺は、兄ちゃんと同じところに行くために、立派な神官を目指してるんだ!」

「ばっかじゃねえの? 神殿から才能ねぇって言われてんのに。お前には無理無理! そもそも悪魔のくせに神官になれる訳ないじゃん!」

「そーだそーだ! おい、みんな! 悪魔に近寄るなよ! 俺たち、ケガレて神官になれなくなるぞ!」


 タスクの両目には、分厚い水の膜が張った。

 中心となっていた子供たちだけでなく、野次馬根性を見せている子供たちもぞろぞろと集まってきている。

 こうなってしまえば、大人の自分が対処しなければ収拾がつかないだろうと、院長は深いため息を吐いた。


「もう、あなたたち――」

「違う! 兄ちゃんは……っ! 兄ちゃんは、神殿で、ルシエルさまのごはんになったんだ! だからこの街に溶けたんだ! 俺も、俺も! ルシエルさまを生き返らせる、立派なごはんになるんだ!」


 ――時が、止まった気がした。

 今、この子供はなにを言ったのだろうか。あまりにも不可解で、理解不能で、同じ言葉を使っているとは思えなかった。

 なんて醜悪な――不快感が腹の底からこみ上げ、自然と眉間に皺が寄った。


 神の御許に行くことが、ルシエル様の食事となる?

 ――違う。神の御許に行けば、ルシエル様は我々を迎え入れてくださり、人々はそこで幸せになれるのだ。 

 そもそも、ルシエル様を生き返らせる? なにを馬鹿なことを。ルシエル様は常にこの街をその慈愛をもって見守ってくださっている。

 

 子供の口から出る言葉は、一つ一つは意味を成している。けれど、全体として意味が成立していない。

 この子供は、一体どこで、そんな戯言を覚えてきたのか。この、敬虔な信者である自分が守る孤児院で。

 

 ――ただの子供の姿が、歪に見える。

 その小さな口は、自分たちを貶めるために存在し、無垢に見える大きな瞳は偽りで、泣きそうな表情ですら、欺くために作られたもののように感じられる。

 

 その瞬間、目の前が真っ赤に染まった。

 自分の唇は戦慄き、冷えた指先が無意識に震える。

 あまりの涜神に、子供たちの前でなければ茫然自失になっていたかもしれない。

 ああ、神はなんと自分に惨い試練を与えるのか。

 

 院長は充血した目で、目の前の――『子供のような悪魔』を見下ろした。

 なおも震える口を開き、冷え冷えとした声で話しかける。

 

「…………タスクは、仕置き部屋へ。そこでの一週間の謹慎を命じます。他の子供たちは、今日の予定通りに動きなさい」


 タスクに対して下された仕置きに、子供たちからは揶揄まじりの歓声が上がる。そうして『悪魔に処罰が下った』ことで、本人には早々に興味を失ったのか、皆散り散りにいなくなっていった。


 悪魔と評されたタスクは、とぼとぼと肩を落としながら仕置き部屋へと向かう。ええ、きっとその殊勝な姿さえ、自分たちを欺くための嘘なのだろう。


 ――もはや子供だからと、庇い立てをする必要もない。『悪魔』も『異端者』も赦される存在ではないのだから。

 

 院長は、傍に控えていた副院長へと声を掛ける。

「――神殿に、連絡を」

「かしこまりました。急ぎ参ります」



〈続く〉

本日! わたくし!! 誕生日ですやった~!!!

誕生日に更新する話がこれで良いのか……? と思いつつも、癖と業だから仕方ないなと……。

という事で、過去編を終えて新章開幕となります。引き続き楽しんでいただけたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
新章開幕おめでとうございます! タスクが何故そのような認識をしているのか、すごく気になります 続き楽しみにしています 体調にお気をつけて執筆活動楽しんでください!
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